第8話「交差する思い」
見事借金と引き換えに無罪を勝ち取った私は、少年を探す為に窪地にある集落へとやってきていた。
数えきれない溜息の末、近くにあった木箱の上に腰を下ろした。
暑い、臭い、疲れた。
入り組んだ道を通っては一軒ずつ見て回るを繰り返し、そろそろ全体を見て回ったと思うが、少年の姿は未だに見つかっていない。
こうして一時間も彷徨っているのである。
天を仰ぐ私の前を少年少女が駆けて行った。
ガタンッ
眩しい天を睨んでいると、何かが崩れる音が聞こえてくる。
「ゲホゲホッ」
痩せ細った女性が積んであった材木に倒れている。やれやれと腰を持ち上げて、女性に近づき手を差し出す。
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。ありがとうございま、ゲホゲホガホ」
女性はしばらく咳き込んだ後、ゆっくりと立ち上がり、静かにお辞儀をして歩き出す。
「あ、あの無理しない方が……」
私の忠告は空に飛散して行った。
あの様子だと明らかに何かの病気だ。ふらふらとしている姿を見る限り普段は外を出歩かないのだろう。手足も痩せ細っている。
私が持っているポーションでは病気は治せない。シギルが私に使った骨折すら瞬時に直す物は通常手には入らない。
とりあえず少年探しを続けようと思い歩き出した時だ。
ガタンッとまた何かにぶつかる音が聞こえ、振り返ると、今度は完全に倒れている女性の姿が目に入った。
急いで駆け寄る。
「もう、大丈夫じゃないですよね? 一度家に戻りましょう」
流石に立ち上がる力も残っていない様だ。
上半身を抱き起こすと、女性は道の先に手を伸ばし苦しそうに言った。
「私は行かなければ、あの子を守らなければ」
自分の状況が見えていないらしい。
少し混乱状態なのかもしれない。
パンッと頰を叩く。
「そんな状態で守られているのは誰ですか? 守も何も貴女が危ないわ」
女性は私の肩に手を置いて必死に訴える。
「一刻を争うのです。エルの命が危ない。今すぐ行かないと手遅れになってしまう」
言葉に嘘がない。エルと呼ばれる人物が危険なのは事実だろう。
女性は私をしばらく眺め、突然目を見開いた。
「冒険者の方ですよね? お願いです、ギルなら払います。何でもします。助けてください。息子を、あの子を助けて下さい!」
懇願する必死さに圧倒され私は渋々話を聞くことにした。
「できる限りのことはやりましょう。まずは家に戻ってからなにがあったのか話してもらえますか?」
女性は安堵したようで、日差しの強い天を仰いだ。
***
私は女性を家まで送り、話を聞いた。
その内容に嘘はなかった。
故に頭が混乱している。
顎に手を当て目を閉じる。
つまり、この女性はあの少年エルの義理の母親であり少年達を利用して密売の手伝いをさせていた。女性も組織に雇われ金のためにこの仕事をしていたが、エルはどの子供達よりも優しく、自分を母親とまで慕ってくれるようになった......と
まあ、ここまでは良い。
うんうんと自分を納得させる。
それで、知っていたと。
エルは人ではなく餓鬼というモンスターである事を。
それでもエルを実の子のように愛していると。
私は悩む。
餓鬼は女子供の元に人の姿で現れ、栄養分を徐々に奪い相手を餓死させるモンスターだ。
もしかして病気はそれが原因ではないのか?
そう疑念を抱いていると女性は言った。
「私の病気は薬物による後遺症なんです。そうなった人間はこうして密売の手伝いをさせられる。私は桃源郷を製作していました。」
嘘はない。
うーん本気で悩む
「あの子が餓鬼であることを奴らは知っているんです。簡単に処分して次の子供を利用できるから!」
「どうしてそこまでモンスターであると知っていながら守りたいと?」
餓鬼は相手の心に漬け込む事を得意とするモンスターだ。
「私はあの子を失いたくない。たとえモンスターでも、あの子は誰も傷つけず人と共に生きています。この場所でも子供たちに影響することなく生活しています。私の為に密売まで手伝っているんです。でも私の体はもう持たない。このままあの子を一人にしたくないんです。」
女性は呼吸を整えると落ち着いて言った。
「本来いるべき場所に返してあげてほしい」
やはり嘘はない。
つけ込まれている可能性もあるけれど、ここまで嘘なく話しているのだから疑う理由もないか。
私が探している少年がそのエルなのだから目的とも合致しているし断る理由はないと思った。
***
だいぶ日が落ちてきた。
街灯が雰囲気を夜へと一変させる。
噴水前の広場で椅子に座りながらシガーを味わっていると、リュカが小走りで戻ってきた。
「おししょーさま、調査終わりましたのん」
「場所と内部の詳細を教えてくれ。それを確認したらすぐ準備に入る」
「りょーかいですのん」
リュカから詳細を確認し、必要な道具を準備しようと立ち上がると、息を切らした少年、確かエルとか言ったか? がこちらに走って来た。
「ハァハァ、商人のお方、折り入ってお願いがございます」
膝に手を置き息を整えながらエルは力強く言った。
「ほう、私に依頼ですかね。いいでしょうまずは話を聞きましょう」
エルは包み隠さず全てを話した様だ。
俺は腕を組みながら状況を整理していた。
このエルは餓鬼であること、いつしか自分を慕う義理の母親を思うようになり、仕事から手を引かせたいと......
俺は奴らの尻尾を捕まえたい。こいつは母親を救いたいか。利害は一致しているがその事を考慮して動くのは面倒だ。
「で、いくら出せる?」
一通り話を聞いた俺は交渉の座に着いた。
「見ての通り、僕にはギルがない。だからこの命で少しでもギルになるならそれで!」
「笑止!」
俺はエルの話を遮った。
「モンスターの命など大したギルにはならん。それよりもだ......」
俺が餓鬼というモンスターのあるものに希少価値がある事を知っている。
「では、交渉と行こうか」
思わず俺は口元をにやけてしまった。