第4話「旅立ちの日」
「で、お前は何でここにいる?」
テントの前に仁王立ちした男が眉間にしわを寄せて私を問い詰めている。
この男に出会ったのはつい昨日である。町のいざこざに巻き込まれた私を助けてくれた。(お金で)
その時は町の人間に扮していたため地味な格好をしていたが、改めて見ると商人を名乗るには物々しい出で立ちをしている。
男は薬草やら瓶やらが吊るしてあるベルトを腰に巻き、太腿には小さなポーチ、そして黒いボロマントを羽織っている。
彼は昨晩おこした火種を丁寧に消しながらブツブツと小言を言っている。
「うーん、行くあてがある訳でもないしたまたま方向が一緒ということもあって、まあこうなってるのよ」
「回答になってないぞ」
「それに高額な商品買ったけど手持ちもないし道中働いて返さないと行けないじゃない?」
「別にすぐ払わなくてもいい、取り立てはいつでもできるからな。」
「逃げたらどこにいるかわからないじゃない?」
「そうでもない。指定した相手の居場所を知る方法はある」
まじですか、嘘を言ってないし……
「方法は教えん。企業秘密だ」
「まだ何も言ってないし」
半眼で相手を睨みつける。
察したのか男は答えた。
「表情や仕草、目線に至るまで人の思考を知る方法はいくらでもあるからな」
こいつめんどクセェ
ため息をついて足を前に投げ出した。
こいつといると全身が凝りそうだ。
男は一通りの装備と荷物をまとめると牛と呼ばれる動物に乗せ、目配せをしてくる。
「ついでだ。道中の護衛を任せる。」
「それは依頼かしら?」
「借金返済までついてこられても面倒だ。この護衛でチャラにしてやる。」
心底嫌そうに目を細めている。
そこまで嫌か!
お互い無言のまま、牛の動きに合わせてゆっくりと歩いて行く。
牛の毛並みは綺麗だ。黒く艶やかな毛は、風になびいてキラキラと光を放っている。獣臭もしない。瞳は潤いを持って何処か遠くをみているようだ。
何こいつかわいい。
牛を手綱で引く男の姿が憎くてたまらなくなって来た。
まあ一応命の恩人ではある。ただ頭の中はドルで出来ているのは間違いない。
顔色を伺おうとしたが、フードで隠れて表情は見えなかった。
無言のままといいうのもいささか楽しさに欠ける気がする。当たり障りのない話題でもしてみようか。
「ねぇ、これからどこに向かう予定?」
「アルサバールだ。弟子を待たせている。」
「え、一人じゃなかったの?」
「それは勝手な思い込みだろう。思い込みはこころに隙を作るからやめるべきだ。」
無口なのかと思ったが意外と話をしてくる。しかし、表情は相変わらず変化がない。
ついでに説教までされるとは。
ブスッとしていると向こうから話しかけられる。
「で、お前は何者だ?」
しばらく顎に指を添えて思考し何かがおかしいなと気づく。
「そういえばあんた名前なんていうの?」
何者と聞かれ、よく考えてみれば名さえ知らないなとつい出た言葉に対し、男はピタリと動きを止めてギギギと首だけを回しながらこちらに向かって叫んだ
「質問に質問を被せるんじゃねぇ!」
無表情だった顔に怒りと悩みの表情を浮かべ頭を抱えながらブツブツとつぶやいている
「バカか、バカなのか、バカなのだろう?」
「バカって言う奴がバカだ!」
つい感情的になりギリリと歯を鳴らし眉間にしわを寄せた時だった。
男の背後を大きな影が勢いよく飛び出す。
遅れて風圧と甲高い咆哮
「モンスターだ! 一旦距離を取れ」
一気に緊張が走る
目で肯定し抜剣しつつ後退する。
目の前にいるのは......
「カマギウス!」
二本の腕は鎌の形状をし、ノコギリのような刃先をしている。三角の頭部をコキコキと左右に動かしながらこちらを目で捉えている。
胴は細長くぎゃくに尻尾は太く、羽をばたつかせながらこちらに脅威を向けている。
何より驚きを隠せないのは、大きさだった。
カマギウスの全長は約2メートル程だが、目の前にいるのは4メートルはある。
生態系の異常で天敵が少なく、餌が豊富な環境下で育つと巨大化するという事例は過去にもある。実際に見るのは初めてだ。
腰を落として剣を構える。
カマギウスの腕の動きは速い。こいつは背後に回るのが基本的な戦い方だ。さらにこの大きさで狙うのならば足か尻尾しかない。
大事なのは初手だ。正面を向いている今をどう切り抜けるかが大事なのだ。
奴の腕に意識を集中し、いつでも動けるように身構える。
ほんの少しでも反応が遅ければ致命傷だ。
大きいから遅いとか動きが見え易いなどと誤解してはいけない。
大きいからこそ力があり射程も広い。
侮ってはいけない!
ピリ……
ほんの少しの殺気が空気を伝わって全身へスイッチが入る。
全力疾走
カマギウスの左横薙ぎを地面を滑って避ける。
空を切った音が耳を突き抜ける。
走った勢いを使って体を起こし、右前に跳躍する。
後ろで地面が割れる
前転1回奴の足首を斬撃
そのまま3回腹を切り奴の後ろに回り込んだ。
心臓が一気に沸点へと達する。
だがまだだ、こいつの後ろを維持しつつ剣を振るう。
黄色や緑の液体が辺りを染めて行く。
相手の動きを見ながらの為、なかなか致命的な傷を負わせることができない。
何度も同じところを狙い続け、ようやくカマギウスは足を折りその場に崩れた。
「やるじゃないか、剣の腕はそれなりにあるんだな」
男はその場にへたってしまった私に手を差し出した。
考える気も起きずその手を握り立ち上がる。
息を整えて、服の汚れをはたき落としていると、男はカマギウスの頭を綺麗に剥ぎ取って行く。
「そんなの何に使うのよ」
「これだけのサイズだ。もしかしたらギルドで討伐依頼が出ている可能性もある。証拠品は持って行くべきだろう。」
そう言って牛のお尻にカマギウスの顔を括り付けた。
「依頼が無くてもコレクターには高く売れそうだな。上手くいけば両方からギルを取れそうだな。」
目は笑っていないが、口元が笑っていた。
ほんとこいつ危ない......
男は手綱を引きながら、何かを思い出したように振り返った。
「そう言えば名をまだ聞いていなかったな。俺の名はシギル。ご存知の通り商人をやりながら旅をしている。短い期間だがよろしく頼む。」
「私はアリル。一応冒険者よ。」
飛んだ割り込みが入ったが、こうして私とシギルの旅が再開された。