表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

第2話「ペテンのシギル」

ブロスが子供達を奥の厨房へと連れて行ったーー


ブロスは嘘をついている。事情なんて聞くつもりもないし、憲兵に任せる気もない。

何か別の目的があるとしか思えない。


しばし思考していると、目の前に巨漢が立ちふさがった。


「はて、何のようかしら?」

私は睨みを効かせたハーネスに対して冷静な言葉で答えた。


「生意気な小娘ごときが喧嘩売りやがって。表に出ろ。」

どうやら本気でご立腹のようで、こめかみの血管が今にも切れそうなくらい浮き出ている。


「悪いけど、私はここから出ない。あなたに構っている暇なんてない。」

早くブロスを追って事情を聞かなければならない。私はハーネスを避けて厨房に向かおうとするが——


「けへへ、こっちも通さねーよ。」

ハーネスの取り巻きたちがケラケラ笑いながら道を拒んできた。


「また店の中で騒ぎを起こす気? 店長を呼ぶわよ。」

ちょうど良い。事情も聞けるし、この状況も何とかなるだろうし店長のブロスを呼んだ方が早い。


「あ〜店長はまずいなぁ〜これ以上怒られると酒が飲めねーしなぁー」


嘘っ!?


気が付いた時には遅かった。ハーネスの蹴りが腹部へめり込み、強烈な痛みと共に私の体は後方へと吹っ飛ぶ。

吹っ飛んだ後に2、3回転がり——

ゴンッ!とテーブルの脚に頭をぶつけた。

一瞬光に包まれ、目の前がグラグラと回り始める。


「うごぉえぇっ」


腹部と頭部への衝撃でせっかく食べたものが床にぶちまけられる。

落ち着けっ 落ち着けっ 落ち着けっ 落ち着けっ 落ち着けっ 落ち着けっ 落ち着け私!

ハーネスは店内で騒ぎを起こすことを恐れていない。

てっきり出禁を恐れて子供達を店長のブロスに渡したものと思っていたが——


だとすると子供達が危ない!


ハッと顔を上げるとハーネスが巨大な斧を振りかぶるのが見えた。

自分がいたテーブル側に飛ぶーーと同時に床がかち割れた。


体勢が整わないまま、テーブルに立てかけてある剣を握り後転してから身構えた。


「以外とよく動くじゃねーか。逃げることだけは褒めてやる。」

ハーネスは床から斧を引き抜き、自分の身の丈ほどもある斧を片手で振り回した。

木屑が辺りに飛び散り、呆然としていた客がようやく悲鳴をあげて逃げていく。


正直なところ、勝てる気がしないーー


剣の腕に自信はあるが、少し盛っても中の上ぐらいだろう。

巨大な斧にもかかわらずあの速度と破壊力。さらに剣より長いから近づくことすら難しい。


早く子供達の安全を確認しなければ!


ダンッと床が悲鳴をあげると、ハーネスの巨漢は私めがけて跳躍してくる。

視覚に入ったハーネスの顔が、気持ち悪くにやけていたのでイラッとする。

舌打ちでその笑顔に答えつつ跳躍ーー後方ではない前方へ!


低く跳躍した自分の上を黒い影が一瞬すぎたかと思うと、爆音とともにテーブルや床の破片が壁に突き刺さる。

後方に避けていたらやばかった……


ハーネスが体制を立て直す前に攻撃を仕掛ける。

私は低い姿勢のまま一気に駆ける。


抜剣!


特殊な剣を得意とする剣士は居合斬りというらしいが、速度重視な私にはとても合っている攻撃方法だ。

自分の剣ではその真価を発揮することはできないが——


私は速度が必要なこの局面で最も早く攻撃を仕掛ける良い手だと思っていた……。


ビヒュンと空を切った剣が途中からゆっくりに見えた。

ハーネスが斧の遠心力と衝撃を利用して宙に舞い上がっていく。

ただただそれをゆっくりと目で追ってーー


ゴグキィッ!


時間が戻ったような加速と衝撃で、目を開けているはずなのに何も見えなくなる。

とっさに鞘で防いだはずだが、軽くテーブルやら椅子やらをふっ飛ばしながら端の方まで吹き飛んだ。

すぐに立ち上がろうとするが、腕に力が入らないーー腕はありえない方向に曲がっていた。

一瞬自分のものとは思えなかった腕が、自身の腕であると認識した瞬間、耐え難い激痛が走る。


「ぎぐぅぅっぅううう......」


相手が悪すぎた。

ハーネスは強い。

対人戦闘に慣れている。


あの体制から飛んで避け、着地を利用して引き抜いた斧をそのまま振り向きざまにはなってきた。

避けと攻撃への移行に無駄がない——


勝てるはずはなかったのだ。

あの初老も言っていたではないか。

これが国の親衛部隊の実力なのだ。


「もっと真面目に剣を教えてもらえばよかった......な......」

昔のことを思い出して後悔した。


「小娘ごときが邪魔をしやがって! 取り分が減っちまうじゃねーかクソが!」

もう、何も言い返す力がない。もし、次会うことが叶うのならば、その時は全身の骨をへし折ってやろうと——そう思う。


「ここでの仕事もここまでだな。最後の代金はてめーの命で頂いておくぜ。」

ハーネスの斧が床から離れ、振り上げられる。


あーあ。

命をかけて目指したことへもたどり着けず終わるのかーー

でも、これで家族に会いに行けるのかもしれないと思うと少し嬉しいかもしれない。


あーあ、ほんとあーあって感じ——


あー



あれ?


振り上げられた斧は私に振り下ろされることなく、あたりを静寂が支配する。


「やれやれってやつだ。ほんとやれやれって感じだな」


恐る恐るハーネスの方を見る。

ハーネスは真っ赤な顔をして、斧を上段に構えたまま固まっている。

ハーネスの後ろから、初老の男がちょっこり顔を出した。


「全くここまでバカな奴がこの世に残っているとは思わなかった。」

初老の男は先ほど話した感じとは全くの別人。フードをとり、髭をむしって露わになった顔は——初老ではなく若い青年だった。


痛みとショックでもう何がなんだかわからない。


「こんな巨漢も動けなければただのゴミだな。」

そう言って青年は、ハーネスの腹あたりをゴスゴスと殴りながら笑った。


「て、てめー! 何しやがったんだ!?」

口は動くのか、真っ赤な顔のハーネスは混乱した表情で言った。


「いやぁ、苦労したよ。あんまり激しく暴れるから捉えるのに時間がかかった。」

「そもそも必要最低限の準備だったからな。お前がこの位置に来るのを待つしかなかった。」


ハーネスの足元を見ると、藁でできた人形が影の上で立っている。


「藁抜い人形。相手の影におくとその動きを止めることができる。体の一部である体毛などを入れると自由に動かすことも可能な一品さ。クソ怪しいババアが売りつけてきたものだが効果は素晴らしいな。」


呪いの一種だろうか……

この世界では何もないところから火を出したり、雨を降らしたりできる人がいると聞いたことがある。


「てめ、どこかで見たことあるぞ。」

目の前でコツコツと胸板を叩く青年を見てハーネスが言った。


「貴様! 確かどこかの街で......」

ハーネスはこの青年を知っているらしい。


「アイズヘルズのシギルだ。」

青年は名乗った。


「アイズヘルズ......」

「テメェ、ペテンの!」

ハーネスが激しい怒りでさらに顔が真っ赤に——いやすでに赤黒い。


「どこの誰かと思ったら、ただの強壮剤に500ギルもお支払い頂いたハーネス様ではございませんか!」

なんて素晴らしいお客様だ。と言わんばかりに青年は笑いながらハーネスの体をペチペチと叩いた。


「そういえば先程、憲兵がお前に酒を奢りたいって言ってたぞ。くく......いい酒入ったとさ。お前と一緒に飲みたいんだろう、すぐに行ってやれよ。」

シギルと名乗った青年は突如白々しく嘘をついた。

こんな誰でも気づくような嘘で、話の流れも読めない話。それを——


「おお!そうかそうかあの新人憲兵のやつ、やっと酒をおごる気になったか。」


さっきまでシギルをすごい形相で見ていたはずのハーネスは突拍子もないその話を信じた。

愉快爽快といった感じで笑っているーー


シギルが人形を外すとハーネスが後ろに転ぶ。


「いてて、何やってたんだ。さっきまで酒飲んでたはずなのによ。」

「まあいい。憲兵宿舎で飲みなおすか!」


そう言ってズカズカと店を出て行ってしまった。

ちなみにさっきまでいた取り巻きたちは床で気持ちよさそうに寝ている。


「うまくやってくれるかなと思って話しかけたのに、予想以上にやりすぎてくれたな君は。」


そう言って青年は手を差し伸べて来る。

いやいや、腕折れてるから。もう動けないから、ものすごく痛——くない?


ありえない形をしていた腕がいつもの自分の腕に戻っていた。

擦り傷やら打撲の痕こそ残ってはいるものの痛みはなかった。

私はシギルの手を取り立ち上がる。


「えっと、とりあえずありがとう。助かったわ。」

「それにしても一体どうなっているの?」

腕をブンブンと振り回しながら聞いてみる。


「どうなっているのか?そうだな……君の腕はポーションで治した。あそこの3人は殴ったから今は寝ている。ハーネスは酒を飲みに行った。ただそれだけのことさ。」


嘘はないけれど、女の勘として何かを隠している感じがしてならない。


「どうしてあのハーネスが急に言うことを聞いたのかってこと。」

具体的に聞いて見る。


「ああ、あいつが勝手にそう思い込んだだけだろう。実際新兵相手にたかってたらしいがな。」


勝手に思い込んだ? 嘘は言ってないみたいだけど——


そんなことよりも!!


「子供達は!?」

私は急に子供のことを思い出して焦る。


「子供達なら大丈夫さ。厨房で飯を貪り食ってる。」

「え、ええ? じゃあブロスはどこに?」

「ブロスならさっき鍋を抱えて出て行ったぞ。今頃客に殺されてるんじゃないか?」


え、なぜ鍋?


状況が全く飲み込めていない。

物乞いの子供を人身売買していたのはあのブロスだろう。

先ほどの一件からして、ハーネスが実行役だったのもなんとなくわかる。

だがその二人が目的とは全く別の行動をとっているのはなぜだろう……


「ブロスは人身売買をしていたのでは?」


「ああ、間違いなくやっていたね。ハーネスはグルだったわけだ。」


ますます混乱する。


「じゃあなんで子供達は今ご飯を食べてるわけ?」


「全く君は質問ばかりだな。そうなったのだからそうなのだろう。気にするな!」

「そんなことより、だ!」


混乱をぴしゃりと遮られる。


「ハーネスに関わるなとちゃんと忠告したのになんてことをしているんだ。知らないと思ってちゃんと説明したというのに。」


バカなのか?バカなのだろう?そうだろう?

と何かブツブツ言っている。


「子供達をこれ以上苦しめるわけにいかないじゃない!」

「あいつらは命までは取られない。痛い目にあうのはあの子らも十分承知して生きている。あのままでも流れ通りブロスが割って入って来ることになっていたんだ。」


「な......!?」

そ、そんなこと知らないし——


「君が騒ぎを起こしたおかげで目的のものを探せなかった。全くもって不愉快だ。」


「も、目的ですって?」

この人身売買を暴くとかが目的ではないの?


「まあいいさ。それ以上の収穫はあったからな。」


無視された——


へっぶし!


「あれ? さっきまで大丈夫だったのに」

「ああ、モリスギの花粉か。そろそろ効果が切れる頃だったかもな。」


ん?


「こいつのおかげさ」

そう言って懐から瓶に入った怪しい液体をシュッと吹きかける。


「モリスギが多い地方ではよく使われている薬で体に吹きかけておくとくしゃみを抑えてくれる。」

「くしゃみが止まったのは俺が近くにいたからだろう」

かかった服の匂いを嗅いでみるとほのかに良い香りがする。


「それ欲しい!」


「600ギル」


「ふざけないで」


「いや、今のひと吹きで」


「ざけんな!」


瓶を奪い取ろうとするがひょいひょいかわされてしまう。


「あー、君を助けるのに使った藁抜い人形高かったんだよなー。腕を瞬時に直すポーションだって高級なやつだったしなー。せっかく助けてあげたのになー。」


うう......

嘘を言ってないこともわかってしまうからか尚更胸に刺さる。


「この辺にもモリスギが発生しているのであればこいつもすぐ売れるだろうなー」


「わ、わかったわよ! 買うわよ600ギルで!」


「毎度あり〜。」

ニシシと笑って瓶を放り投げて来る。

危うく落としてしまうところだった。


「で、元値はいくらなのよ? もう買ったんだからそれくらい教えて。」


話さなきゃダメか?と言わんばかりの嫌な顔をしながらため息をついたので

思いっきり引きつった顔で言ってやる。


「このペテン師野郎!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ