始まりはアネモネ
目に留めていただきありがとうございます。
最後を加筆しました。
「ユーリ、何を読んでるの?」
「精霊に関する本だよ」
「ふーん、難しそうな本ね」
「…リリーにはまだ少し早いかもね」
ユーリは小馬鹿にしたように鼻で笑いながら言った。私よりはるかに勉強ができるのは事実なので反論はしないが、なんとも失礼である。
「…まぁいいわ。そんなことより今日は西の森に行きましょう!食べごろのヨルガ菜がたくさん実っているらしいわ」
「ヨルガ菜か、いいね。晩飯が豪華になるし、母さんたちも喜ぶ」
「じゃあ決まりね!準備したら早速行くわよ!」
私とユーリの家は隣同士なのでそれぞれの家に入る前に、ユーリには鎌とヨルガ菜をまとめるための紐を用意するように頼む。私は二人分のカゴを用意しよう。えーっとそれから…
「リリー、準備できた?」
「ユーリ、もう準備できたの?」
言いながら小走りでユーリに近づき、二人で並んで玄関を出る。その時遠くでちょうど買い物帰りのユーリの母を見つけ、声をかけておく。
「おばさーん!ヨルガ菜鳥に行ってくるわね!うちの母さんにもよろしく言っておいてー!」
親同士の仲が良のでどちらかの親に言っておけば勝手に情報を共有してくれるのでこうして心配されずに済むのだ。
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西の森には私達の村から見て、その名の通り西に位置する森である。この西の森に用がある人は馬車で行くのが普通であり、牧草や薬草を取りに行く馬車に相乗りさせて貰うのが村の住人の常である。
というわけで、私達も薬草を取りに行くという馬車に相乗りしている。
「嬢ちゃんたちはそう遠くにはいけねぇだろうから…。そうだな、教会の鐘が鳴り始たら戻って来いよ。5回目の音が鳴ったら馬車を出す合図だ」
「わかったわ。ありがとおじさん!またあとでね」
ユーリはうなずくことで了承の意を示す。最近のユーリは人見知りであることを隠すためか、クールぶるようなことが多い。しかし私にはまったくもって無意味なのである。ぷぷぷ、必死な姿に思わず笑いがこみ上げてしまう。
「……なに?」
おじさんから離れた所でニヤニヤし続けている私を睨んできた。
「べつにー?それよりも早く刈らなきゃ!時間なんてあっという間なんだから!」
「はぁ…まったく…。そうだね、急いで刈り取ろう」
ヨルガ菜は刈り取ったらすぐに正しく処理しないと2.3時間ほどでダメになってしまうが、塩漬けにして保存すると3ヶ月は腐る心配なく食べることができるのでたくさん刈り取って帰りたい。
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「あ、鐘の音…。カゴもいっぱいになったし馬車に戻りましょ」
「うん」
二人で馬車に戻る日菅良、どちらが多く刈り取ることができたか言い争っていると突然、
「ん?今何か聞こえなかった?」
「え?何も聞こえなかったわ」
どんな小さな音も逃すまいと耳を澄ますがなにも聞こえない。
「小さな男の子の声だ…。……っ!助けてっていってる!ちょっと様子を見てくる!!」
そう叫びながら歩いて来たばかりの、馬車とは逆の道を走って戻っていく。
「ちょっ!待ちなさい!」
もし熊や狼、まして魔物に襲われていたらどうするつもりなのか。おじさんに事情を話しに行くか迷うも、一瞬の間にどんどん遠ざかっていく。見失ってしまうなら追いかけて止めたほうがきっと良いはず。
「どっちだ?たぶんこのあたりだと思うんだけど…」
生い茂った草木でろくに道もない場所を突っ走っており、男の子を助ける前に自分たちがケガしてしまうかもしれない。もう少しで追いつける。何とか止めなければ。
「こっちか…っ!」
「あぶないっ!!」
背の高い茂みの部分にユーリが一歩足を進めた瞬間、足を踏み外す姿が見えた。この先が崖だと悟り、手を伸ばせば届く距離にいたユーリの腕を掴み力の限り思いっきり引っ張り上げる。
同時に反動によって自分の体が崖のほうに投げ出されるのがスローモーションのように、すべてがゆっくりと流れ、鮮明に見えた。
「リリー?」
体全体が空中に投げ出された私を見てユーリの顔が驚愕に染まっていく。すぐに手が伸ばされるがもうお互いの手をどれだけ伸ばしても届かない。
「リリィィィィ!!」
意識が途切れるその寸前、泣きそうな、悔しそうな、そんな感情が綯交ぜになったユーリが視界の端で見えた気がした。
お読みいただきありがとうございました。