序文
国の歴史を語る事、それはその国の迷宮の歴史を語るに等しい。
国の勃興衰亡は常に迷宮とともにある。
それほどに、国と迷宮の関係は深い。
自身も高名な『迷宮探索者』であり、引退後は自身の経験を元に迷宮研究の論文をいくつも発表したバウスネルン卿が晩年に出版した、全10巻にも及ぶ大著『真説・迷宮考』は、そんな書き出しで始まっている。
迷宮が発生し、そして国が生誕する。
国が滅亡すれば、迷宮もまた消滅する。
これは、子供でも知っている理屈である。
まず、迷宮が生まれ、そこから産出される魔法石・魔結晶、それ以外の資源を求めて人が集まる。
無論、迷宮がただの宝箱ではないのは周知のことだ。
神話に登場するような凶暴な魔物、探索者の喉首を狙う凶悪な罠の数々。
迷宮は同時に墓穴でもある。
迷宮攻略のために人々は協力して集落を築き、迷宮資源によって村へと発展し、やがて街へ、ついには都市へと至る。
そして迷宮最深部の攻略をもって、そこに『王』を戴いた国が生まれる。
『王』が存在する国の迷宮から産出する資源の量と質は、ただの迷宮から算出するそれらを遥かに上回る。
だが『王』が失われ、国が倒れ、人が去れば、迷宮はその入り口を閉じ、国土とともに荒野で風化するか森に飲まれて消える。
255層にも及んだという大迷宮『錯視階梯』を、数多の先達が築いた178年分の礎を踏み越えて攻略した偉大なる探索者トーヴィル。
トーヴィルを『王』として誕生したバルトロメウス王国は、『錯視階梯』から産出される上質の魔法石・魔結晶によってさらなる発展をするだろうと誰もが考えていた。
そのバルトロメウス王国が、トーヴィルに続く『王』の不在のためにたったの35年で滅んでしまったということは記憶に新しいだろう。
『錯視階梯』がそれから2年も経たずに枯れ果ててしまったことも。
なぜ、そのようなことになってしまうのか。
それを、我々の誰も知らない。
食堂の竈に火の魔法石が埋め込まれていること。
我々の喉を潤す水が、水の魔法石から湧いていること。
それを、我々の誰もが知っている。
しかし、その根源である迷宮のことを、我々はあまりにも知らない。
迷宮はどうして生まれるのか。迷宮が供給する魔法石・魔結晶はなぜ尽きることがないのか。
迷宮は、何のために存在するのか。
かつて迷宮探索者であり、今は迷宮研究者である私は、それを明らかにしたいと、そう願っている。
私自身がそれを成すことは残念ながら叶わないだろうが、同じ志を持つ若者たちの一助となればーー




