日本人じゃないのは確かだ
「何人だと思う?」
「外人さん!」
兄の質問に嬉々として答えるのは小学一年生の陽乃ちゃんだ。僕の同級生である誠也君の妹だ。
「外人は国じゃないよ」
誠也君は呆れて妹を睨む。それを受けて今度は僕の親友の駿成が答えた。
「アメリカ人だ!」
「えー!英語しゃべってなかったよ」
突っ込んだのは僕の弟の輝。こいつは小学三年生で、僕とは年子だ。身長は僕の方が大きいけど、体重では5kgも負けている。だから喧嘩しても勝ったり負けたりで、僕には兄の威厳がない。
駿成は輝に否定されてちょっとご機嫌斜めだ。
男の人の明るい金髪を見て、僕は少し考えた。思い出したことがあったのだ。
「じゃあ、サンタクロースの国の人だよ」
僕が国の名前を思い出せないでいると、駿成が不思議そうに見てきた。
「てか、どこだよそれ。何でサンタさん?」
「サンタさんの国は金髪の人が多いって聞いたから。お母さん、どこの国だっけ?」
話を振られて、驚いたように僕を見るお母さん。
少し考えて、「フィンランド?」っと疑問形で返してきた。
「それ。金髪が多いフィンランド人じゃないかなあ」
本当かどうかは知らない。でも、前にテレビでそう言ってた気がする。フィンランド人は金髪が多いって。で、それ何処って聞いたら、地球儀を持ち出してお母さんは上の方を指さして、「サンタさんの国だねえ」って言ってた。
元はお母さんからの知識だったけど、物知りですごいといった目で駿成と陽乃ちゃんが僕を見たので、照れ臭いものの、素直に嬉しかった。と、思っていたら、母が言い募った。
「金髪が多いのはフィンランドだけど、今の時期は極寒だと思うよ。ここはフィンランドじゃないね。少し肌寒い程度で、コート着てたら暑いもの」
「フィンランド人も不正解!」
弟が鬼の首を取ったかのように鼻で笑った。
そして僕も駿成と同じようにご機嫌斜めになる。
「日本にフィンランド人がいてもおかしくないと思うけど……」
と呟いた誠也に、お母さんが頷いた。
お母さんは手に持った牛丼をテーブルに並べている。
「ま、状況の確認と推測は後にしよう。お腹空いたでしょ。帰ってきてから何にも食べてないんだし。冷たくなってるけどないよりましだし、お昼にしちゃおう?」
割り箸をそれぞれにセッティングして、みんなに席を勧めた。
男の人は意識を失ってしまったみたいだし、お母さんが止血をして包帯巻いたので、とりあえずすることがなくなってしまった僕たちは、暇にまかせて答えの出ない議論をしていたのである。
お母さんがした手当は直接圧迫止血法と言うらしい。
傷口にきれいな布を当て、手でその場所を圧迫して血を止める方法なんだって。
あの時、男の人に指示された方向に進んでいくと、十分ほどで結構な広さのログハウスに辿り着いた。
扉には鍵が掛かっていなくて、中は広くて綺麗だった。
外側が素朴だったので、意外に感じて僕たちが興味深げに部屋を見回していると、男の人が力尽きて床に転がった。
お母さんはそれに巻き込まれて床に倒れこんでしまう。
何とかみんなで彼を仰向けにしてお母さんを救出したものの、彼をその場から動かすことはできなかった。
仕方がないので、お母さんは入口の所で手当を始めた。
意識をなくした男の人はとても重くて、僕達では服を剥ぎ取ることができなかったので……変な服で、脱がせ方も分からなかったのもある。服を捲り上げて腹部をさらけ出す。
その状態で僕たち四年生組は彼の背中を持ち上げ、後ろに入りこんで身体を少し起こしてやった。
これ、三人がかりで背中の下に入りこんで支えたにもかかわらず、あまりに重くて、泣きそうだった。
で、そんな僕たちにお母さんはやっていることを一つづつ説明してくれる。
「包帯を作りたいから、給食着をこうやって五㎝の幅で切って行くの。出来るだけ長いものを作って。包帯って、何か分かるよね? 二着あるから両方とも作って」
鞄からハサミを取り出し、見本を見せた後は輝へそれらを渡して後を引き継ぐ。
そうして、自分は三角巾と裏返した巾着を男の人の傷口へ当てた。
「血が止まらないから、こうやって押さえて止血するの。傷口を直接押さえるので、直接圧迫止血法って言うんだって。ここに来るまでも圧迫してたからそろそろ止まってくれるとありがたいんだけど。こら、あんたたち、ちゃんと支えてなさいよ」
バランスを崩した僕たちを睨むお母さん。
だけど、僕たちはちゃんとしているつもりなんだけど、男の人が重いのと、お母さんの押さえる力が強いのとで、彼の上半身を起こしたままにするのはかなりの重労働だった。思わず体がフラフラしてしまう。
「できた!」
一本の細長い布をお母さんに渡して、もう一着分を包帯にしようとハサミに手を伸ばした輝は、それを陽乃ちゃんが持っていることに気づいた。
「私がする」
一人仕事がなくて立ちつくしていた彼女の言葉にお母さんが首肯した。
「うん。陽乃ちゃんが作って。任せて大丈夫だよね?」
その言葉に、彼女は真剣な面持ちで頷いた。任せてもらえて、何処か嬉しそうでもあった。
「輝はこっち。あんた力が強いから、ここ思いっきり押さえて。その上からお母さんが包帯を巻くから」
口にすると、お母さんは僕の手提袋をじっと見つめた。
「体操着とかは使うかもしれないもんね。樹、あんたの手提袋今週洗濯したから使うね」
宣言して、裏表を逆にして二つ折にすると、傷を押さえている三角巾の上に重ねて包帯を巻き始めた。
「こうやってね、圧迫したまま包帯できつく巻けば、とりあえず手当は終了なんだ」
説明しながら、言葉の通りに輝が作った包帯をぎゅうぎゅうに巻いていく。男の人が大きすぎるのか、僕たちがフラフラするからなのか、とても手際良いとは言えない手つきでお母さんは作業を進めた。
「お医者さんみたい」
僕じゃない誰かが呟いた。
「上手にはできないけどね。樹がおでこを怪我して救急車で運ばれた時に救急隊員がしてたの。私を安心させるために説明もしてくれたし、覚えててよかったわ。陽乃ちゃん、ありがとう。」
出来上がった二つ目の包帯を受け取って、先に巻いていた包帯と結んで一本にすると、お母さんはまた作業を続けた。
「あ、僕のおでこ縫った時?」
「そうそう。人間なんでも経験しておくべきだよね」
最後に少し出しておいた包帯の先同士を固く結んで終了。
「お疲れ様。ゆっくりと下ろしてあげてね」
お母さんがにっこりと笑った。
僕たち三人は、ほうほうの体で彼の下から抜け出し、息をついたのだった。
その後、男の人は起きないし、重くてそこから動かせないしで、僕たちは暇を持て余してしまった。
で、さっきの会話に戻るのである。