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シーン3

ようやく筆が乗ってきました。

 酒は良い。

 ビール、日本酒、焼酎、ワイン、ウォッカ等々。色々種類があるのだが、俺は度数の高いウィスキーを気に入っていた。

 大体四十度。つまりアルコール四十パーセントで、大体ビールが五パーセントくらいだから実に八倍くらい、酔いやすいってことだ。

 湯呑に注いだウィスキーを煽る。

 むせるような喉の熱さを楽しみながら、俺は視界の揺れに合わせて頭を振っていた。

 酒は良い。酒だけが俺の楽しみだ。

 もう一口と思ってウィスキーの入ったペットボトルに手を伸ばすが、なぜかペットボトルは遠ざかっていく。

 おいおい、俺から酒を取り上げるつもりか? 喧嘩売ってんのか、売ってるんだな。よし、いくらだ。言い値で買おうじゃないか。金ならねえ。酒に使っちまったからな。そうだ酒だ。酒を飲もう。酒があるなら何でもできる。元気があるだけじゃなんもできねえ。すごいことを知ってしまったぞ。つまり酒は神だ。神と言えばトイレットペーパーがそろそろなくなる。買ってくる金もねえ。酒に使っちまったからな。そうだ酒だ。あれ、酒はどこ行っちまったかな? さっきまでテーブルの上に置いてあったのに、天井しか見えねえ。それじゃあ、テーブルの上にある酒が見つかるわけもねえか。いや、天井にももしかしたら酒があるかもしれねえ。そうだ、酒だ。酒を飲もう。

 ふと気づくと、女の子が俺を見上げていた。

「ふぁれふぁ?」

 誰だ? と聞いてるつもりだが、口が回ってない。酒の所為じゃしかたない。

「ふぁれふぁよ?」

 誰だよ。と言いたいのだけど、口が回らない。まあ、酒の所為じゃ仕方ないよな。

 女の子は首を傾げた。どうやら、俺が何を言っているのかわからないみたいだが、俺だってわからない。うん。酒の所為だ。

 酒で頭が回らないときはどうすればいいんですか? 寝ればいいんです。俺は寝ることにした。だって、酒の所為だから。

「おやふみ」

 そうと決めたら、寝る。

 女の子が横に入ってきたせいで少し暑かったが、これも、酒の所為だ。



「やべ、今何時だ?」

 飛び起きる。二日酔いだろう痛みに顔をしかめたくなるが、そんなことをしている余裕はない。

 時計を見ると、すでに出勤時刻である十時を大きく上回っていた。

 血の気が引く感覚。こればかりは何回味わってもなれることはない気がする。

 そうして、起きだそうとしたとき思い出した。

「バカか俺……今日は休みだ」

 普段物を貯め込まないくせに、安く借りたアパートの一室は酒瓶や、コンビニで買ったつまみの袋なんかが散乱して、ひどく汚くなっていた。

 そして案の定、頭が痛い、吐き気がする。典型的な二日酔いの症状。

 もう一度、散らかった部屋を見る。

 この状態でこれを片付けろって言うのか……。

 自分で蒔いた種だと言われればそうとしか言いようがないのだが、それでも気分は沈む。

 瑠璃がいたら片付けてくれたのかな。

 そう考えた瞬間に、自分の頬を殴った。

 それだけは、あまり考えたくはなかった。

「あー、いてぇ……」

 二日酔いの身体を動かすとろくなことにならねえ。

 どうせ休みだし、二度寝でもしよう。と横になったら、女の子と目が合った。

「うおぅ」

 自分でも情けない悲鳴を上げつつ、体を起こした。

 見れば小学生に入るか入らないかくらいの女の子だ。別に近所の子供一人一人を覚えているわけじゃないが、こんなやつを俺は見たことがねえ。

 冷汗が垂れる。

 俺が、どこかで攫ってきた……?

 確かに昨日は飲みすぎた。だいぶ前後不覚になっていた。いや、でもそもそも昨日は家の中でしか飲んでないじゃないか。外に出……たな。つまみ買いにコンビニまで。

 いやいや、待てよ。それで攫ったのはおかしいだろう。俺は世間一般で言われているようなロリコンじゃない。つまり、こんな小さな女の子に欲情することはあり得ない。だから攫う動機なんてものは存在しない。つまりは俺は攫ってきたわけじゃないのだ。

 そう、保護しただけかもしれない。コンビニに行ったのはだいぶ夜遅くだったから一人で歩いているこいつを心配になってとりあえず家に上げたってだけかもしれない。

「いや、その後に警察に連絡とかもせずに酒をかっくらっている時点でアウトだろう」

 自分の考えに自分でツッコミを入れる。もう何が何だかわからなくなってきた。

「ちょっと待ってくれ、頭の整理をしたい」

 とりあえず、女の子にそう言うと、コクコクと頷いた。素直でいい子だ。

 ふむ、とりあえずは事情聴取だな。まあ、現実的には俺が警察から事情聴取……と言うか取り調べを受けることになりそうだけど、それは置いておいて。

「お前は誰だ?」

「さやです。五才です」

 指を立てて教えてくれるが、おしい。四本しかたってない。四歳になっちゃうぞ。

 しかし、俺は安心して放っと息を吐く。

 彼女が誰だかわかった。

 さや。妻であった美夏の忘れ形見。

「どうやってここまで来たんだ?」

「おじいちゃんにおくるまでおくってもらった」

 お義父さんの仕業か。

「ちょっと待ってろ」

 さやにそう言って、机の上で酒瓶に埋もれかけていた携帯を取る。

 ほとんど登録されていないアドレス帳からお義父さんの番号を見つけて電話をかけてみた。

「もしもし、こっちにさやが……」

 つながったと思って勢い込んで話したが、帰ってきた言葉は現在、電波の届かない場所にいるか、電源が切られています。というアナウンスメッセージ。

 ならば自宅だ。と思い、義父実家の番号にかけてみるが、そちらは留守番につながった。

 ふと、ズボンを引っ張られてそちらを見ると、さやがズボンを引っ張っていた。

「パパ?」

 疑問形で言われた言葉。そりゃそうだ。さやがまだ小さいころに逃げた俺なんて、父親だなんて言えないだろうからな。

「健二でいい」

 だからあえて名前で呼ばせようとした。俺はお前の父親じゃない。そういう意味を込めて。

「パパ! おじいちゃんがパパのなまえはけんじだっていってた。けんじはパパ!」

 しかし、そのような裏をまったく気にしないかのようにさやは俺をパパと呼んだ。

 思わずため息が出る。

 あの時の、初めてさやを抱き上げた時の感情が、胸のうちに燻る。

 怒鳴って、当たって、その小さな頬を張り倒して、外にぶん投げてしまいたい。

 しかし、酒の抜けた頭では、それをしないだけの理性が残っていて、どうしていいのかわからなくて途方に暮れた。

「パパ! こうえんいきたい!」

 そんな混乱している俺にかけられたさやの能天気な声。

 考えてみると、どうせ義父に連絡がつかないし、それまでの間は不本意ながらさやを預かるしかない。

 部屋で騒がれるのも面倒だし、公園でなら勝手に一人で遊んでくれるんじゃないだろうか。

 それは、意外にもいい提案に思えた。

「そうだな。この近くに公園あったか?」

「うん、おくるまにのってるときにみた」

「じゃあ、そこ行くか」

 嫌そうだったろう俺の顔を見て、それでもさやはその言葉に嬉しそうに笑った。

 まったく能天気なやつだ。もうちょっと人のことを考えられる子に育ってほしかったな。

「パパ! これ持って行っていい?」

 そう言ってさやが指さしたのは高校の頃使っていたバスケットボールだ。

「ああ。いいぞ」

 捨てられずに取っておいただけだから、ためらいなく俺は頷く。

 女の子がボール遊びするっていうのは、イメージがわかない。どうするんだろうか?

「どうやって遊ぶんだ?」

「うーん、こうやるの」

 ボールを地面に落として、跳ね返ってきたボールを手の平で叩く。

 そしてまた跳ね返ってきたボールをまた手の平で叩いて、それが床に着いた瞬間に下から掬いあげるようにしてボールを取った。これ以上は下の住民に迷惑になる。

 そして、さやがしようと思っている遊びもわかった。なるほど、手まり遊びって言うんだっけな。

「パパすごい!」

 俺の手の中に入ったボールを見て、さやが目を輝かせていた。

「てにボールがくっついてるみたい」

「そうか」

 久々に触るボールに、高校のころを思い出してちょっとテンションが上がる。そのまま指の先でボールを回してみると、さやがおおっと声を上げた。

「さやもやりたい!」

「公園に行ってからな」

 そう言って、玄関へ向かうと、後ろからどたばたという足音が俺についてきた。

「パパ、楽しみだね」

「遊園地じゃないんだから、そんなに楽しいところじゃないと思うぞ」

 公園にそんな多大な期待を寄せられても困る。特に最近じゃ、遊具なんかも怪我をするからといって設置されていないそうだし。

「だって……はじめてだから」

 そんなことを考えていると、さやが小さく言った。

 そんなことを言われても、返事に困る。

「そうか」

 俺はそれだけ言って、部屋を出た。

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