シーン2
理不尽に思うことっていうのはいくらでもある。
気がつけば、勝手に仕事を押し付けられたうえに、それにかかりきりになれば他のことがおろそかになっていると言われ、挙句の果てには勝手に押し付けた仕事を断ればよかったんだと詰られたり。
ざっと思い浮かぶのはそういう最近の仕事のことだけど、幼いころにだってそんなことは往々にしてある。それこそ、例を挙げようとするときりがないくらいには。
大人になることとは諦めることだ。どうしてか、そんな言葉を思い出す。誰の言葉だか忘れたが、諦めきれない俺は、まだ子供だってことなのだろうか。
理不尽だ。不条理だ。
そう嘆いてすべてを投げ出してしまいたい。
子供を産むために妻が死んだその時に、「お前のいない人生になど意味がない」そう言って自殺してしまえるならそれはそれで幸福だったのだろう。
でも、俺はできなかった。
そして、今目の前にいる小さな命に対して、勘違いな恨みを抱いている自分を自覚している。
こんな小さな子に恨みを持つことは果たして正しいことなのだろうか。
自分に問いかけてみるが、もちろん答えは否だ。
病院の一室。消毒薬の匂いや、独特の雰囲気は毎日のように来ているうちにすっかり慣れてしまった。
目の前には生まれたばかりの赤ん坊。腕の中ですやすやと寝ている寝顔は、よく猿のようなと形容されるが、それでもなんとなく妻のそれにとても似ている。
忘れ形見。そんな言葉が頭に浮かぶ。彼女を指すのに、それ以上に的確な言葉はない。そう思えるのに、俺は彼女を憎んでしまっていた。
いっそ、このまま腕を締め付けて殺してしまおうか。そんな考えが頭に浮かんではかき消す。そうしているうちに、俺は疲れてしまった。
「お前を生むために、お母さんは死んだんだぞ」
初めて、父親からかけられた言葉がそれだなんて、と小さく呟いたその言葉が聞こえなければいいなとは思いつつも、言うのをやめられなかった。
そして俺は、彼女を手放すことを決めた。
そうだ、義父母に預けよう。義父さんたちも娘が死んで寂しそうだったし、俺一人で彼女を育てられる自信がないと言えばいい。
まったくの嘘ではないし、それはいい提案に思えた。
「さなもそれでいいよな?」
まだ、俺の腕の中で目を閉じている赤ん坊に聞く。当然、答えは返ってこない。
ひどい父親だ。そもそも父親だなんて口が裂けても言えない所業だろう。
それでも、お前を恨む俺なんかと一緒にいるよりは、お前も幸せになってくれるだろう。
目から涙があふれてきた。その涙がさやの頬に落ちて、伝っていく。ずいぶん勝手なことだけど、さやも泣いてくれているみたいに見える。こんなにも恨んでいるのに、それがとても愛おしかった。
そっと、ベッドの上にさやの体を寝かせる。
さやが目を開けた。じっと俺のことを見てくる。
「元気でな」
さやの耳元で俺は囁くと、彼女に背を向けた。
その日から、俺はさやと会っていない。