プロローグ
むかし、むかし。
みおいり山のふもとの村に、むかしがたりのじょうずな娘がおりました。
ある晩、みなりのりっぱなうつくしい男がたずねてきて、「おもしろい話をきかせてください」と娘に言いました。
娘はしずかなやさしい声で、ひと晩じゅうかたりつづけました。男はつぎの晩も、そのつぎの晩も、娘の話をききにやってきて、夜があけるまえに帰っていきました。
「あのひとは、いったいどこのだれだろう」
娘がふしぎにおもって、月のない晩に、男のあとをつけていくと、はたして男はみおいり山のおくふかくにひっそりと立っている、クスノキの精でした。
そのころ都では、ふねをつくるための木がたりず、こまっていました。そこで、みおいり山のクスノキをぜんぶ、都へはこぶよう村の人たちに命じました。
お役人の言いつけですから、さからうことはできません。村人全員で、クスノキを伐ることになりました。
ところが、山のおくふかくに立っている一本のクスノキだけは、村の人が斧をふるおうとすると、斧が幹にはじかれてどうしても伐ることができません。
「おかしいなあ」
何度やってみても、だめです。こまった村の人たちは、娘にたのみました。娘はことわりきれず、しずかなやさしい声でクスノキに話しかけました。
「おねがいです。どうか、伐らせてください」
すると、クスノキは斧をはじかなくなり、とうとう、どうんとおおきなおとをたててたおれました。
娘はかなしくて、かなしくて、切り株のそばで泣きました。そして、それから毎晩、しずかなやさしい声で切り株にかたりかけ、芽がでるのを何年も何年もまちつづけました。
けれども、十六年目の十六夜に、娘ははやり病にかかって死んでしまいました。
切り株から芽がでたのは、つぎの朝のことでした。
あわれにおもった村の人たちは、娘のなきがらをクスノキの切り株の根もとにうめました。すると、そこから新しい芽が生えました。
ふたつの新芽はどんどんのびて大きくなり、やがてよりそうようにして一本のクスノキの幹となりました。
それから、村人たちは、二度とクスノキを伐ることはありませんでした。