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タオル

作者: 竹仲法順

     *

 毎晩、屋内に設置してある洗濯機を回す。そう、シャツや下着などに加えて、汚れたタオルなどを洗濯するためだ。毎日、疲れて家に帰ってきていたのだけれど、入浴後、必ず洗濯する。特にタオルはしっかり洗っていた。マンションで一人暮らしをしているのだけれど、洗濯機は屋内に設置してあり、夜間回しても大丈夫だ。

 洗濯している間、リビングでパソコンを立ち上げてネットに繋ぎ、ニュースやブックマークしているサイトなどを見ていた。多少遅い時間帯まで起きていても平気である。普通に午後十一時過ぎとか、午前零時前には眠るのだし……。ベッドに入る三十分ほど前に市販されている睡眠導入剤を飲み、静かなクラシック音楽を掛けて眠りに就く。

     *

 地方都市の目抜き通りにオフィスを構える準大手の出版社に勤めていて、編集者の立場で作家の原稿を読むのが仕事だ。午前九時前に出勤し、デスクにあるパソコンを立ち上げて、仕事を始める。ローカルで準大手に過ぎない出版社なので、作家といっても地方在住の人間たちが圧倒して多い。小説やエッセー、詩など多岐に亘るジャンルの作品が寄せられてくる。

 この冷える季節でもペットボトルに沸かした水道水を入れて、必ず持っていっていた。むしろ秋冬の方が喉が渇く。乾燥しているからだ。喉がカラカラになった時は水分補給していた。もちろん、フロア隅にあるコーヒーメーカーでコーヒーを淹れて飲むこともあったのだけれど……。

     *

槙原(まきはら)主任(しゅにん)、お疲れ様です。先にお昼行ってきますね」

「ええ、行ってらっしゃい」

 大抵部下たちは正午になると、すぐに食事を取りにフロアを出て、外のランチ店などに行く。あたしもお昼を取るため、社内にある社員食堂へと行っていた。別に値は張らない。あくまで社員用だから、定食などを一食頼んでも、千円でお釣りがくるぐらいの価格だ。

 その日も午後零時二十分過ぎぐらいに食事を取っていると、課長の堀岡が来た。ステーキを頼んだらしく、焼き上がった香ばしい肉の載っている皿をトレイに置いて持ってきていた。

     *

「槙原君、お疲れ様。……そこいいかい?」

「あ、課長、お疲れ様です。どうぞ。……ステーキなんですね?」

「ああ。俺も肉食わないと仕事できないからな。しっかりやってるよ」

「課長、私も今いろんな作家さんの原稿読んでるんですが、これと言ったものがなくて」

「だろうね。俺もそう思ってる。専属作家の本だけでも、利益に繋がってるのは本音だけどな」

「今度、私に新人賞に公募されてきた作家の原稿を読ませてください。きっといいものが見つかると思いますので」

「そう?そんなにヒット作出したい?」

「ええ。既存の作家の作品だけじゃ、頭打ちみたいな面も多少ありますし」

 本音が漏れ出る。実際そう思っているのだ。堀岡が、

「俺の方からも上に掛け合ってみる。君のヒット作を出したい気持ちも分かるからな」

 と言った。そしてテーブルに置いていたトレイの上の皿の肉でナイフで切り、フォークで刺してから口へと運ぶ。この課長は豪快だ。食事に関しては妥協することがないようで、いつも肉料理ばかり食べているのを知っている。

 先に食事を取り終えてトレイを返し、食堂を出た。使った金はわずかで、部下たちのようにランチ店に行くより、安い費用で済む。節約できていた。そしてフロアへと移動中に、持ってきていたスマホを見ながら歩く。

 フロアに着き、デスクに置いていたカップのコーヒーが冷めていたので淹れ直した。そして軽く口を付け、またキーを叩き始める。しっかりやっていた。何せ、管理職で部下が十人ほどいたのだし……。

     *

 それから二日後、ちょうどまたお昼の時間に食堂で食事を取っている時、堀岡が来て、

「おう、また君と会ったな。いい話がある」

 と言ってきた。

「何でしょう?」

「君に社が主催する新人賞の下読みをしてもらうことにしたよ。いくらでも公募原稿を読んでくれ」

「本当ですか?」

「ああ。上の人間たちから許可を取った。『槙原君は優秀だから、是非やらせてみてください』って頼んでね」

「ありがとうございます」

 礼を言って、ふっと持ってきていたタオルを取り出し、口を拭いた。そして食事を取り続ける。堀岡も空腹を覚えているようで、すぐにいつもの肉料理に箸を付けた。最近、充実している。昼間は職場にいるのだけれど、夜帰宅した後は、昼間読み切れなかった分の原稿の続きを読んだりする。商業出版された専属作家たちの作品もある程度売れていて、だからこそ、尚更やる気になるのだ。

 午後八時頃にコーヒーを飲むこともあった。睡眠導入剤を服用していても、コーヒーは半分癖になっているのだ。別に気にしてなかった。コーヒーはブラックで飲むと、薬の代わりになると聞いたことがある。そう思っていたから、杯数は以前より増えていた。

 昼間使ったタオルも、入浴時に使ったそれも洗濯する。洗濯機の稼働音がずっと聞こえていた。絶えることなく。そして脱水が終わったら自動で乾燥までしてくれるのだ。今の洗濯機は優れものが多かった。頻繁に使う人間の一人として、そう思う。

     *

 一夜明け、翌日も通常通り出勤する。通勤には地下鉄を使っていた。ずっと昔からのことなので、別に気にしてない。この地下鉄に何年乗っただろうと思う。利用歴が長いから、明確には覚えてないのだけれど、多分十年以上は乗り続けている。

 それにしても出版不況と言われるのも分かる気がした。乗り物の中でも外でも、皆歩く人は常にケータイやスマホなどを見ている。ここ数年間、端末の登場でそういった風になってきた。あたしも空き時間、買っていた文庫本などを読むことはあったのだけれど、あくまで本業は作家の原稿を読むことなので、そっちの方に比重を置いていた。

 社に着けば、またデスクで原稿を読む。今はオンラインで作業していて、作家の方もメールで作品を送ってくる。慣れてしまっていた。慣れというのは恐ろしいものだ。習慣化してしまうのだから……。担当する作家のゲラを読み、チェックを入れて送り返す。それがメインの仕事だった。それに今度は新人賞の原稿の下読みまで任されたのである。仕事が増える。でもよかった。充足しているのだし……。

 持ってきているペットボトルもタオルも変わらない。特にタオルはハンカチ代わりに使うので、しっかり洗濯していた。人間の健康は衛生面でも左右される。そう思っていた。だから毎日必ず洗濯する。汚れたシャツや下着類と一緒に、だ。

 それに帰宅してからの時間が、実に楽しみなのだった。冬で夜も長いのだから、起きておく。新人賞の下読みという新しい仕事も任されたのだし……。

                             (了)



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