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釣書に載っていた女性は何故か拳銃を構えていました。

作者: 安和

 従兄(いとこ)に母が倒れたと聞いて急いで家に帰れば満面の笑みでその母に迎え入れられた。脱力してしまった僕を母は元気良く家の中に引きずっていった。

 ソファに座らされ不満な様子を隠さずに、笑顔の母に問いかけた。


「母さん。倒れたんじゃなかったの?」


「母さんはアンタの曾孫を見るまで死にませんっ」


「先長いなっ!」


 ドヤ顔で言う母さんに僕は頭を垂れた。そんな僕が他の事を考え出す前に何かが差し出された。


「……何これ」


「これはねぇ、アンタが売れ残りになる前に何とかしなくちゃと思ってね」


「売れ残りって……。母さん、僕はまだ22歳で、来年社会人になるんだけど」


 そう溜め息をつきながら渡された……釣書、を開けば美女さんが写っていた。僕は何かの間違いだと思って閉じた。美女さんがおかしいと言うわけではない。いや、従兄達と違って平凡な自分のお見合い相手が美女である事は十分おかしい事であるのだが、如何せん、その人が持っているものがおかしいのだ。母を見上げるとニヤニヤしてこちらを見ている。……どうやら確信犯らしい。僕は溜め息をついた。


「母さん」


「なあに?」


「どうしてこの人は拳銃なんて持っているの?」


 そう、おかしい事に写真の美女さんは拳銃を構えて写っていたのだ。凛々しい顔も素敵です……いやいや、煩悩に負けるな僕。そういう問題ではない。どう考えてもおかしいだろ、これは。


「あらぁ? いまどき拳銃持っていても不思議じゃないでしょう?」


「……」


 どうやら僕の母親には常識が通じなかったらしい。男の僕に【桔梗(ききょう)】と名付けるぐらいだ。少しずれてはいると思っていたがここまでとは。ここは日本である。銃刀法違反である。不思議に決まっているではないか。

 ―――――――まてまて、本気にしては駄目だ。これはきっと玩具なんだ。母は僕をからかっているだけなんだ。きっとそうに違いない。


母の発言から動かなくなった僕を見ていた母はニヤニヤした表情を崩してうっとりとした顔になった。


「疑ってるかもしれないけど、これ本物よぉ。バーンッて撃って真ん中に当たるんだもの。カッコ良かったわぁ」


 間延びする口調とうっとりした顔、50過ぎのおばさんがすることでは


「何か言ったっ?!」


「イエ。ナンデモゴザイマセン」


恐ろしい。母というイキモノは恐ろしいものだ。こと年齢の事になると……ゴホンゴホン。何もいえない。そして僕は何も考えてはいけない。主に自分の安穏の為に―――いや、そのイキモノによって今それが壊されようとしている事を忘れていた。


「いや、ふざけんなっ!!」


「んん~? 誰に向かってその口調かな~き・きょ・う・君?」


「いや、ふざけないで下さいオカアサマ」



 母は言いなおした僕に満足すると、僕の持っている釣書を良く見るように言った。よく見た先に写っていたのは


「……【戦う嫁協会】?」


 僕がそう言った時の母の満足げな顔は、僕に嫌な予感しか与えなかった。



―――――――絶対碌な事ではない。

 




嫌な予感がするのは僕の経験談である。僕が母に逆らえないのは断じて母が大事だからという訳ではない。いや、大事だが、言いたい事は僕が『マザコン』では無いという事だ。そして最初に言った事を訂正させてもらおう。逆らえないのではない、逆らわないのだ。誰だって命は惜しい。唯一父親だけは母に意見するがその意見が通ったところなど一度も見たことが無い。そもそも無いのだろう。何故結婚したのか未だに理解不能である。たとえ母の見目がよろしくてもさすがにない。ドMか。いや、壁にヒビを入れるほどの強さで繰り出された母のパンチを受けても平然としている父親だ。普通であるはずが無い(お前ら人間じゃねーよ。頑丈さとかどんだけ……。先に家が壊れそうだ)


 ここまでで分かるように我が家はカカア天下である。(亭主関白?ナニソレおいしいの?状態である)そして、母が最強なのは家庭だけには(とど)まらなかった。



 一つ。昔、母が女子高生であった時、勇者をしていたらしい。その話を聞いた幼い僕は素直に信じた。それを素直に話した僕は軽くいじめられた。それを母親に言えば、翌日その友達だった人たちはボロボロだった。そして土下座された。(幼稚園児が土下座なんてそんな高等技術はどこで覚えたんだっ!!)そしてそいつらは気付いたときには母の舎弟になっていた。(もうそれ勇者じゃない)僕が母親の事で軽くいびられただけで、その行為は続いた。僕が大学に受かるまで。そしてそれは当然噂が立った。そのせいあって、僕に友達は少ない。彼女も出来なかった(母の愛は偉大だね。…………泣いていいかな)



 二つ。近所に不良が溜まるようになって夜中にバイクの音が響くようになった時があった。ちょうど僕の高校受験の時である。比較的仲の良かったクラスメイトの女の子が絡まれるという事件があった。………しかも僕の目の前で。自分に助けられるかどうかで悩み、勇気を振り絞り、覚悟を決めて助けに出ようとした時颯爽と母が現れその事件、いや、その不良&なんちゃって不良達をも締め上げ夜の騒音も解決させた。……それも僕の目の前で(そこぉっ!! ヘタレって言うなぁ!! 僕はただ自分に自信が無いだけなんだ!!)

しかもその時のセリフが


「きーちゃん(僕)が受験勉強でクソ忙しいときに何騒いでくれてるわけ? ふざけるんじゃないわよ。……ねぇ?」


にやぁと悪役のように嗤った母はその場に居た不良共を文字通り叩き潰した。二桁居た人数を一人で(しかも笑いながら)倒すのは相変わらずおかしかった。そしてそのままそいつらのボスを倒して気付いたら母がボスになっていた。結構大きな暴走族だったらしく、良い舎弟(パシリ)が増えたと母は笑っていた。(もうそれ勇者じゃ…以下略)

 そして助けられた女の子は母のファンになった挙句学校で母のファンクラブが作られた。住所が分からない母の連絡の橋渡しが僕。その日から僕にたくさんの手紙が手渡された。周りからは男たちの嫉妬の視線。しかし手元にあるのは僕自身ではなく母への手紙。このときばかりは数少ない友人に慰めてもらった。(涙は我慢できなかった。……ちくしょうっ!!)



 三つ。どうやら母は妹の旦那であった元義弟(叔母夫婦は叔母が亡くなる前に離婚しているので“元”である)が気に入らない………もとい殺したいほど嫌いらしい。母は三人兄弟の長女である。母方の家系は皆美形である。母である林野(りんの)家長女那海(ナミ)、長男(アオイ)、次女莉由瑚(リユコ)。叔母さんは兄妹の中で一番早くに結婚し、子どもを産み、そして兄弟の中で最も早く亡くなった。その時の僕はまだ幼くて分からなかった。ただ、眠るように綺麗な顔だった。従兄の悠兄(ゆうにぃ)は驚くほど叔母に似ているらしい(僕は叔母の顔を覚えていない)。ただ、性格は父親そっくりらしくいつも母がギリギリしている。


「あの時召喚されなかったらあんな男の下には嫁がせなかったのにっ!」


(えっと、やっぱりその話はマジなの?)


 ちなみに、そう叫びながら投げ飛ばした花瓶は当たった窓ガラスごと粉々に割れた。(いったいどんなマジックだよ……)

翌日には綺麗に直っていたガラスと花瓶をみて驚愕した。(もともとあった傷の位置まで一緒なんですけど、いったいどんな…以下略)





 どう考えても恐ろしい思い出だ。僕は母さんが勇者であったと本気で信じられるかもしれない。こんなのがただの人間であったならば地球存続の危機だ。危険すぎる。

因みに僕は母方の従兄弟達の中では一番下である。父方の方の親族とは会っていない。絶縁状態らしい。父も謎が多い。駆け落ちなら両方とも縁が切れているはずであり、片方だけ繋がっているのもおかしい。むしろ、僕のイメージ上『娘はやらん』とかなんやかんやで距離が開きそうなのは母方のような気がする。母が引っ張ってきたのか? ……普段の母を見ていると否定できないのが辛い。本気になったらやってのけそうだ。しかしベタ惚れなのはどう見ても、考えても、父の方である。あれはストーカーだ。一種の変態である。さらに謎が深まった。(恐ろしいので知りたくも無い)


 しかしやっぱりか。釣書を見ながら僕が思ったこと。


(母さんは自分が嫁き遅れたって事を気にして僕に――――)



「何を考えていたのかな?」


「いえ何も(ニッコリ)」



さすが偉大なる母。僕の考えはお見通しである。〈因みに桔梗君はこれが当たり前すぎて別におかしくないと思っています。桔梗君の頭の中は【母=人の思考を読める人】……血は争えないという事ですね。〉



「そうよね。桔梗君は“優しい”から、母さんの傷をえぐるような事なんて考えないよね。ごめんね」


「………」



 きっと母は分かっていて言っているに違いない。そうに違いない。僕は演技などには騙されない。騙されてたまるか。騙されて――――? はて、いったい僕は何と言われて実家に帰ってきたのだろうか。


 内心そう思った僕をあざ笑うかのように、母はしょげた顔をやめて笑って言った。



「あ、そうそうお見合い相手、すぐ来るから」


「はぁぁぁぁああっ?!」



 ピーンポーン♪



まるで図ったかのように、家のチャイムが鳴った。僕は呆然として立っていた。母はそんな僕に一瞥もくれることなくスキップしながら玄関の方に向かって行った。



「はいは~い。今行くよ~。きーちゃんの婚約者ちゃんっ」



 僕の意見はまるっと無視して“婚約者”になっているんだね。気付いた頃には“奥さん”って呼んでいそうだ……。


僕はソファにボフッと座って虚空を見つめていた。………ごめん父さん。柱に隠れて泣いていないで部屋に入ってきてくれないかな、怖いから。っていうかなんで居るの。今日仕事でしょ?



「那海さ…ん。が、きょう君の婚約者を連れてくるって言うから、居ても経っても居られなくてな」


「父さん。まだ婚約者でもないし、その感傷はなんかおかしいよ。娘を持つ父親みたいだよ」



 と言うか、母さんを呼ぶときの変な間はナニ?



「那海さ……んによく似たきょう君がついに人のものにっ!!」


「その発言は何なんだよっ。父さんいつもより変だ。もう一回言うけど、まだ決まったわけじゃないし、勝手に決めるな!」



 だからその間は何だっ!!



「ジッとなんかしていられないっ!!」


「おいっ」



話を聞けっ、この似非変人!!




 


―――――――――






 我が家の客間には僕、母、父、そして反対側には“あの”釣書の女性。そう、拳銃を構えていた、あの。



「初めまして、梔子(クチナシ) (アカネ)と申します」


「よく来てくれたわぁ。どうも、葉山(はやま)桔梗の母、那海です」


「父の竜胆(りんどう)です」


「……どうも、桔梗です」



 梔子さんはどう考えても身構えすぎた、というより息子が心配でそろった親バカ二人を前にしても堂々としていて、綺麗だった。僕は彼女にすごく申し訳ない気がしてきた。すみません。変な両親で(一人は似非ですけど)



「それにしても、いい名前ねぇ」


「ありがとうございます」


「何がいい?」


「はぁ?! あんた知らないの?!」



 僕はいきなり母に叩かれた。痛い。


 僕には母の思考を理解できるわけではないのだから母が何を思って“良い”と思ったかなんて分かるはずがない。父さんじゃあるまいし。

その父さんが僕のほうを向いて笑った。僕はそのあくどい顔にゾクッとした。父は絶対に母には見せない顔で笑っている。母は父のこの顔を知らない……はずだ。僕が知る限りでは。



「梔子の花は知っているかい?」


「あぁ、うん。白い花のヤツでしょ?」


「そう。実が熟しても口が開かないから“クチナシ”っていうんだけど。それでね、梔子はアカネ科の常緑低木、なんだ」


「え?……あぁ、そういう事……」



 クチナシはアカネ科、ね。そして彼女は梔子 茜さん。生物の、特に植物を専門的に研究している母には嬉しい名前だろう。因みに母の旧姓には“林”という文字が入っている。その苗字を持つ母の弟の子ども、つまり僕に連絡をよこした(騙した)従兄だが名を詩音(シオン)という。なんとも(漢字を見なければ)母が役得な名前である。因みに「僕の名がこの名前でなかったら、そこらへんの虫と同じだったよ……」としみじみ語ったのは父である。母の基準が分からん。漢字が『紫苑』じゃないのは、兄妹内でも最強だった母に対する叔父の精一杯の抵抗だったのかもしれない。僕の常識が通じない事は分かっていたのだが、まさか僕の嫁探しでも名前から入るとは思ってもみなかった。



「……でね。どうかしら?」


「私は拒否する事はありませんよ。嫌ならこちらには来ていません。私の持ちうる力の全てで桔梗様をお守りします」




 ちょっと待て。話がなにやらおかしな方向に進んでいる気がするのだが。僕を差し置いて話が進んでいる事は、どう考えてもおかしいだろう!!

助けを求めるように、母よりは僕の常識が通じる父を見たが、父は感情の読めない笑みでこちらを見ていた。 え?



「茜ちゃん。こっちにいらっしゃい。台所の使い方を教えるわ」


「はい。お義母様」


「……話が進みすぎだってっ!!」


「茜ちゃん。早く」


「は、はい……」


「母さん……」



梔子さんはこちらを気にしたが母は聞こえなかった事にしたらしい。なんという自分勝手、なんてゴーイングマイウェイな人なんだ。そもそも僕を守るとかなんだ。そんな僕を父は自分の部屋に連れて行った。



 父さんが椅子に座り、僕は立って説明を求めた。



「那海さ……ん、がね。もう少しで素晴らしい研究結果を出せそうなんだけど、その那海さ…ん、を目の仇にしてるヤツがいるんだ」


「……うん。それで、それを奪おうとしているのか失敗させようとしているのか分からないけど、何かを仕掛けてきた。だけどやり方が陰湿で証拠が見つからないから母さんの弱点である家族を守ろう……なんて展開じゃないよね」


「……さすが俺の息子」


「そんなドラマみたいな展開があるかっ!!」



 冗談は態度だけにしてろよこの似非野郎がっ!! 信じられるかボケ!



「信じる、信じないのもいいが、現実だからしょうがない。馬鹿はどの世界にも居るもんさ」


「心読むなっ!!」



 ってか世界って広いなっ!!


つい突っ込んでしまう僕をニヤニヤした顔で見つめる父。さっきも自分のセリフに笑いそうだったに違いない。これが本当の父なのだ。いつもは本物の変人である母が目立たないように変人の振りをしている。これが僕がこの(おや)を“似非”変人と呼ぶ理由である。いや、よくよく思えば、母の為にそんな“振り"をしているのだから、やっぱり変人だ。うん、どう考えても変人である。



「因みに俺は、那海さ……ま、の為にしか動かんからな」


「いつか言うと思ったらついに言ったなこの魔王っ!! 間を開けたところで誤魔化せんぞっ!」


「勿論ワザとだ。これで気が付かないあの人がおかしいのだからな。それにしても……」


「流す、な……?」



 そう言って僕を見た父の目が怪しく光った気がした。後ろに下がりそうになるのを何とかこらえて何をするのかと睨み返した。父は僕を満足げに見返していた。いや、その顔怖いよ。



「ふむ。……さすが俺とあの人の子どもだな。」


「意味が分からん」


「……そのうち分かる。俺の子だからな」



 そう言って“魔王(仮)”は笑った。不敵に。

お前は最近の厨二病患者かっ!!と叫びたくなるが、叫んではいけない事は分かっている。何せ裏番はこの厨二くさい父なのだから。


 我が家の最強は母である、と言ったが、それは“表”の話。一歩でも裏に入れば父の領域なのだ。

 なにせ母の舎弟(パシリ)や、母が懲らしめた奴等が仕返しに来ないのは母が怖かったからではなく(勿論それが含まれているヤツもいるだろうが)、この魔王(仮)(とうさん)がきっちりシめたから、である。裏の世界では魔王と定評のある父はそれが母の耳に入らぬように情報規制している。(それだけの為に、いったい何人が犠牲……げふんげふん。協力させられているのだろう)ただあの魔王は母に追従しているので、逆鱗(はは)に触れなければ無害である。


友達からは「何であんな両親を持って、お前みたいなのが生まれるんだ?」と言われた。そんな事、僕が知りたい。いや、ハイスペックな両親と従兄弟を持てば、僕の気持ちも分かってくれるのかもしれない。この肩身の狭さが。


 とりあえず、魔王(仮)は母しか守らないことは良く分かった。最後に長年疑問に思っていることを聞いてみた。

“母さんのどこを好きになったのか”と



「リンドウの花言葉って知っているか?」


「まぁ。母さんに大体は覚えさせられたからね」


「そのままだよ。妹を想う那海さんに惚れたんだ……いや、惚れたなんて言葉では…」



 まだ何かブツブツ言っているような気がするが無視だ、無視。今度は滑らかに“さん”って言いやがった。本当にワザとだったのか。



リンドウの花言葉:悲しみにくれているあなたを愛する




 父さん。母さんは悲しみにくれているよりも憎悪と闘志で満ち溢れている気がするんだけど、本当にそうなの?




――――――




 恥ずかしい(むしろ僕にとっては居心地の悪い)昼食会を終えて(でもご飯は最高に美味しかった)、どうぞ、若い二人でごゆっくり~と定番な言葉をいって僕の両親は家から出て行った。定番な所はそこだけだ。何せ場所は僕の家だし、僕だけ両親がそろってるし、料理をつくったのは母と梔子さんだし。いきなり二人きりにされた僕は、最初に謝る事しか考えていなかった。



「自由奔放な両親が迷惑をかけて申し訳ないです」


「あら、いいんですよ。楽しいご両親じゃないですか。わたくしもそのノリに乗らせていただきましたし」



 その返答に、見た目より案外図太いなと、思ったのは僕だけの秘密である。


『甘いなっ!! お前の思考パターンは理解しているっ!!』


『怖っ!!』


と後日母とそんな会話をする事になるなんて、その時の僕は知らなかった。(と、言うより分かるはずがない)



「――? 桔梗さん?」


「うぇっ!? あっ、す、すみません、梔子さん」



 ボーっとしていた僕は梔子さんの声に引き戻された。(変な声でた。すっごく恥ずかしい)案の定梔子さんはクスクス笑っている。



「茜、でいいですよ。年も近いので、そう呼んでくださるとありがたいです。敬語もいいですよ。わたくしの場合はもう癖ですからこれ以上崩す事はできませんが」


「分かりました、じゃなかった。わかった。茜さん」



 そう言ったときの茜さんの顔は満足8割、不満2割と言うような感じだった。「呼び捨てで構いませんのに」という言葉は丁重にお断りさせていただいた。女の子と話す機会が少ない僕にはハードルがすごく高い。名前だけでも心臓がバクバクいっているのに。

そんな僕をニコニコと見つめる茜さんは一瞬だけ表情を変えて僕に話しかけた。



「桔梗さん、お部屋を見せてもらってもよろしいですか?」


「僕のですか? …まぁ、いいよ。あんまり面白くないと思うけど?」


「いいえ、きっと、楽しいひとときになると思いますわ……」



 その時の彼女の顔に気が付いていれば、僕の未来は変わっていたのかもしれない。でも、きっと変わらないだろう。何せ僕だから(ヘタレって意味じゃないぞ。断じて違うんだからなっ!!)



「じゃぁ、こっちに―――」


「―――伏せてっ!!」



 立ち上がろうとしたら、急に険しい顔をした茜さんが僕を下に押さえ込んだ。何事かと思えば、さっきまで僕が座っていたソファの背が、何か硬いものが高速で通ったように抉れていた。何かに気付いたあかねさんは、先程より、強く僕を床に押さえつける。さっき穂唐突であまり気にしなかったが、少しずつ冷静になってくると背中あたりにはあの、女性の、柔らかい感触が…いや、考えちゃ駄目だ。考えちゃ駄目だ(煩悩退散煩悩退散)。非常事態なんだ。女の子に慣れていなかったとしても、この一瞬だけは無感情を貫けっ(煩悩退散、煩悩……やっぱり柔らか…いかんっ。落ち着け僕!!)


 僕が己の煩悩と戦っている間、壊れた窓から侵入しようとしてきた。冷静になって周りを見れば、十分に危険な状況だった。逃げなければ。命が危ない。



「茜さんっ。ひとまず、逃げようっ」


「大丈夫です。この程度なら問題ありません。返り討ちにしますから、桔梗()は動かないでくださいませ」


「え?」



 茜さんはそういうと、スカートを捲り上げあの釣書と同じような拳銃を二丁持っていた。そして躊躇うことなく相手に向かって発砲した。静か過ぎるくらい、静かな発砲。茜さんから次々に打たれた侵入者達は血を出すことなく倒れていく。僕はただ、それを傍で見ているだけ。(父さんの妄想じゃなかったんだ。襲撃。茜さんすごいな……)


 現実逃避しか、する事がなかった。



だからその事に気付けたのは全くの偶然だった。



「茜さんっ!」


「桔梗様っ?!」



 僕は茜さんの後ろに向かってナイフを持って走っていった男の懐にもぐりこみ。襟と袖を掴んで技をかけた。静かな攻防を繰り返していた中での、僕が床に叩き付けた男の音。ドンッと響いた音に他に似た様な男が今度は僕に向かって走ってくる。今度は、倒れている男に向かって投げた。下敷きにされた男の口から空気が漏れた音と、嫌な音が聞こえたが、聞こえなかった事にした。分が悪いと悟った侵入者達は立ち去ろうとしたが、どこからか現れた茜さんの仲間と思われる(茜さんが指示を出していたから)人たちが捕らえて倒れている人たちも回収して、新しいソファと窓に変えて出て行った。(すっごい早業だった。でも何で家のソファと窓の種類を知っていたんだろう。しかもサイズまで同じだった)

 呆然としている僕に茜さんが少し興奮を隠せない様子で迫ってきた。



「桔梗様っ。お強いのですねっ!! 何か武道の経験が?」


「えっ?! あぁ、父さんにある程度仕込まれたからね(襲ってくる不良やらなんやから身を守るためだとは言えまい)」



 その返答に茜さんはキラキラと目を輝かせていた。その様子にちょっと驚きながらも、浮かんだ疑問を晴らす事にした。



「えっと、何で急に様付けなの?」


「何故と言われましても、あの御二方の御子様ですもの、当然ですわ。それに、桔梗様はお強かったですし」



 じりじりと迫ってきそうな茜さんに、僕は若干後ずさった。そんな僕に、茜さんは少し寂しげな顔をした。



「拳銃をバカバカ打つような野蛮な女は嫌いですか?」


「い、いや。強くてカッコいいと思いますけど?」


「わたくしの事は嫌いですか? わたくしの様な女はタイプではありませんか?」


「えっ?! いや、美人ですし。どちらかと言うとタイプです。あ、好きか嫌いか、と言えば好き、なのかも知れないですけど……」



 誘導尋問されているような気がしてならない。だが、潤んだ瞳で上目遣いというのは、女の人に慣れていない僕には毒だった。(ちょっとどきどきしてきた。恋なのか恐怖なのか分からないけど)



「このお見合いには、あまり乗り気じゃないようでしたが?」


「えっ、あ、いえ。僕は今朝聞いた話で、こんな美人が来て、しかもこんな僕が良いと言うとは思っていなかったから……」


(乗り気になった瞬間、『結婚式何所がいい?』と訊かれて気付いた時は手遅れでしたになりかねない母の様子だったから、なんて言えない…よね)


「桔梗様はカッコいいですよ。一目惚れしたんですって言っても信じてもらえませんか?」


「いえ、両親にする人をよく見てきたので、本気かどうかは分かるつもりですから、信じますよ」


「……よかった」



 茜さんがホッと息を吐いたとき、僕はソファに押し倒されていた。


(え?)


 どうやらじりじりと本当に追い詰められていたようだ。2メートルは離れた場所にいた筈なのに。


慣れた手つきで我が家のリクライニングソファを倒し、僕の上に覆いかぶさった。その時の茜さんの顔は少し赤く色付いていて、吐息が熱かった。何故そんなことが分かるかと言うと、いきなり口付けをされたからだ。僕のファーストキスがっ!! (彼女居ない暦をなめんなぁ!! 女友達すらいねぇんだぞ、オラァ!!)


 そして何故だか身動きが取れない。動揺した僕に茜さんは妖艶な笑みを浮かべて言った。



「世の中には、知らぬうちに相手の自由を奪う方法もありますのよ。御気を付けください、桔梗様」


(今の貴女が僕にとって一番危険な気がするんですけどっ!?)



 心の中で暴れる僕に、茜さんは僕の服のボタンをぷちぷちと外していた。そして、僕の肌に直に触れた。ひんやりとした手に、僕は思わずビクッとした。



「い、いったい何をっ?!」


「楽しいこと、ですわ。ご両親からも許可を取ってありますし、安心してわたくしに身を任せてくださいませ」


(僕の許可は!?)


「唯一不満があるとすれば、桔梗様のベットではないということでしょうか。折角の初夜が……」


(初夜っ?! はぁ?)



 僕の意見は、案の定、通らなかった。(それ以前に声が出なかった)




 そしてその夜、僕の童貞は散った。(これ、女の子が言うセリフじゃないのかなぁ……)



そして目を覚ませば茜さんの綺麗な笑顔だった。

お互いに何も着ていないのは、まぁ、そういうことだ。(何も言うな。ほっとけ………)



「まぁ、無理やりとはいえ(襲われたのは僕だが)、事に及んだ出しまった事はそうだし、まぁ、とりあえず、これからよろしくね。茜さん」



 僕の言葉に茜さんは破顔した。



「こちらこそっ!! お願いいたしますわっ!!」



 僕の非日常はここから始まった。


この出来事が両親にからかわれるのは、もう少し、後。

桔梗キキョウ 花言葉

やさしい愛情

誠実、従順

変わらぬ愛、変わらぬ心

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[一言] はじめまして(・∀・)♪ 読ませていただきました* とても面白かったです\(^O^)/ これからも頑張ってください(*^-^*)
2012/09/15 18:39 退会済み
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