第1話:”女の園”購入
ここは八王子。
八王子っていうと、東京でも西の果て。
東京都内に対して「東京都下」とか「多摩地区」なんて呼ばれる。
都内の人と話をするとき、なんとなく引け目を感じてしまうが、
引け目を感じることなんてぜーんぜんないのだ。
気づいてみれば、八王子ってなんて住みやすいとこなんだろう。
また、彼女たちはわりと駅に近いところに住んでいるから
なおのことそう思うのかもしれないけど。
「彼女たち」っていうのは、東花梨、
西小粋、南姫子の三人のこと。
彼女たちは、昭和43年生まれの申年。
女ざかりの36歳。
花梨は立川駅からバスで10分ほど行ったところにある、特定郵便局勤務。
明るくシャキシャキと仕事をこなす。
わけあってバツ1。
好きな色はリフレッシュできる緑。アルコールならビールが一番好き。映画ならアクション。
食べ物は中華。80年代は中森明菜が好きだった。身長は高めの165センチ。
小粋はJR八王子駅からほど近いところで小料理屋を営んでいる。
世話好きなしっかり者で、困っている人を見ると放っておけない。
小料理屋は固定客をつかんで、そこそこはやっている。
とってもわけあってバツ2。
好きな色は情熱の赤。アルコールなら日本酒。
映画ならサスペンス。食べ物は和食。
80年代は小泉今日子派だった。
ちょっぴりポッチャリ型だけど、和服はよく似合う。
姫子は元は幼稚園の先生だったけど、30歳で幼稚園をやめて、
子ども服を作って売るお店を、甲州街道沿いで営む。
子どものことをよく知っている姫子は、機能的でかわいらしいデザインの服を作るので
ママたちの間で口コミで噂が広まって、結構繁盛している。
性格はおっとり型。話すのもゆっくりだ。小さめの体だがしっかり仕事する。
好きな色は柔らかい桃色。アルコールなら赤ワイン。
映画はラブコメディー。食べ物はイタリアン。
80年代は松田聖子狂いだった。
高い声で自慢げに「私、行かず後家なの」と言っている。
これももちろんわけあってのことだ。
彼女たちは小学校からの仲良しで、お互いの恋愛もひとつひとつ見てきた。
それぞれが離婚した理由とか、結婚しなかった理由とか十分理解できる。
しょうがないと思う。しょうがないことなのだ。
結婚とか恋愛とかがうまくいかないことなんて。
それぞれ一生懸命やってきたから、誰かが誰かを責めることはない。
だけど。
なんだか三人とも男性というものに疲れていた。
三人とも恋愛は何度かしたけど、どうも男というヤツは理解できない生き物だった。
女同士なら、この三人の仲間同士ならいろんなことがわかりあえるのに。
どうして男性とはこんな関係になれないのか不思議だった。
もしかしたら女同士の絆が強すぎることが、
かえって彼女たちの恋愛とか結婚を阻んだのかもしれなかった。
とにかく、夫や彼よりも気心の知れた三人でいるのが一番いいと思った。
「男なんてもうまっぴらよねえ。あんなヤツとは別れて正解!」
というのが彼女たちが酔ったときの口癖になった頃、
「三人で暮らさない?」と花梨が言った。
かぞえの33歳、本厄に入っていた。
女にとって、30代の厄年はとっても重要だ。
いろんなことが起こる。健康面や精神面で問題が発生する。
人生が左右されるようなことが起こるかもしれない。
結婚とか出産とか。まあこれは20代で済ませる人もたくさんいるけど。
厄っていうだけで、いっぱい不幸が降りかかってきそうな気がする。
だからこそ、不安な自分を支えてくれる人が必要となる時期なのだ。
それが男性の場合もあるし、彼女たちみたいに同性の友達ってこともある。
「暮らそうか」(小粋)
「どこに?アパートとか一軒家借りるの?」(姫子)
「三人でマンション買おうよ。厄払いに。」(花梨)
「それって厄払いになるのー?厄年に子どもを産むと厄が落ちるとは聞いたけど。」(小粋)
「同じようなことじゃない。生活が変わるっていう意味で。
マンションは私たちの子どもって考えればさ。お金の工面は産みの苦しみ。」(花梨)
「ふむ。いいかもね。」(小粋)
「ずーっと楽しいかもね」(姫子)
「毎日毎日楽しいとは限らないけど、でも、辛いこととか嫌なこととか
三人でいれば乗り越えて行けそうな気がしない?」(花梨)
「する!」(他の二人)
「でもかわいそうな女たちって言われるわね、きっと。
男とうまくいかないからって、女三人で暮らしてるよって笑われるかも。」(姫子)
「気持ち悪いとか不健全だとか、結婚して子どもを産み育てる義務を果たさない
女なんて人としてどうよ?とかね。」(小粋)
「いいじゃない、言いたいヤツには言わせておけば。
そういう風に噂したい気持ちもわかるよ。他に話題もないだろうから。」(花梨)
「逆にうらやましいって人もいるかもしれない。自由に暮らせるんだもん」(姫子)
「一人より自由かもしれないよ。寂しくないし。
ちゃんと独りになれる場所もそれぞれ持ってさ。」(小粋)
「いいねっ」(花梨)
「そうね!」(姫子)
こういうわけで三人は3LDKのマンションを買うことになった。
女も三十路を過ぎるとある程度貯金はある。
頭金は一人350万円ずつ、合計1050万用意した。
残りはローンを組んで三人で払っていく。
場所は京王八王子駅まで走れば10分で行けるところ。
近くにコンビニもあるし、ファーストフード店も何軒かある。
新築のマンションの7階。夜景がきれいだ。
駅附近にはヨド○○カメラもダイ○○もあるし。
まったく便利なところだった。
入居の日。
「さすがに最上階ともなると眺めがいいねえー」(花梨)
「おお、おお、川が流れてる。水が見えるとこっていいよね」(小粋)
「うん、海とか湖の方がいいんだけど、川だっていいもんね」(花梨)
「英語にしたらここ、リバーサイドでしょ。レイクサイドよりいい感じ」(姫子)
「今日からここが私たちのお城だね。」(小粋)
「よしっ、これからここを”女の園”と名づけよう。」(花梨)
「いいね。もちろん男子・・・」(小粋)
「禁制!」(花梨)
「賛成!」(姫子)
「姫子、別に韻を踏まなくてもいいんだよ」(小粋)
「あはは」
どの部屋も6畳だが、一部屋だけは和室だったのでそこは小粋が使うことになった。
リビングには大きめの観葉植物を3鉢置いたけど、
花梨の部屋はもうジャングルみたいに緑でいっぱいにしてあった。
植物の吐き出す新鮮な酸素で健康を維持したいのだそうだ。
小粋の部屋は小物もカーテンも和風にしてあって、
茶色の和ダンスには、小料理屋の女将として働くための
それほど高価ではない着物や帯がたくさん入っていた。
姫子の部屋は薄い桃色で統一されていた。ベッドのそばには19800円で買った
ミシンが置いてあった。
高いミシンじゃなくても十分良い服が作れるのだそうだ。
もちろん、甲州街道沿いのお店にも19800円のミシンが置いてある。
「玄関のドアに”女の園”ってプレート掛けようよ」(姫子)
「危ないよ、防犯上!女ばっかりってわかったらすぐに強盗に狙われるよ」(花梨)
「そうね、防犯のために下のポストにも苗字しか書いてないわけだし。
でも、リビングのドアの内側ならいいんじゃない?男子禁制だからそこなら
見られることもないもん」(小粋)
「そうね。じゃあ百円ショップに行って、プレートセットを買って来よう」(花梨)
「それぞれの部屋のドアにも名前のプレート掛けるでしょう?」(姫子)
「そうだ、そうだ。トイレはさ、”トイレ”だと露骨だから”お花畑”
っていうプレート掛けよう」(小粋)
「お花畑?あはは!何それ、おかしい!!」(花梨)
「今どこだかの隠語であるらしいよ。トイレに行ってきますっていう意味で、
ちょっとお花摘みに行ってきまーすっていうの」(小粋)
「そうなんだ。”女の園”のイメージにも合ってるし、いいじゃない」(姫子)
「じゃあお風呂、洗面所、脱衣所の空間にも何かいいネーミングない?」(花梨)
「パイナップルアイランド!」(姫子)
「あはは。なんでまたパイナップルアイランドなの?」(花梨)
「昔の松田聖子の歌に”パイナップルアイランド”っていうのがあるのよ。
バスルームって南の島のイメージだし、ここの洗面所もなんか
ゴージャスだし。”北の宿から”より楽しい感じでよくない?」(姫子)
「うん、女の子っぽいしね。”北の宿から”だと寒いしね」(小粋)
「私たち、まだ女の子でいける?」(花梨)
「いける、いける!」(小粋)
「それじゃあ、それぞれの部屋に掛けるプレートも80年代にしようよ」(花梨)
「いいね。じゃあ私は”ゆれる街角”にする」(小粋)
「中村雅俊?」(姫子)
「違うわよ!それは”恋人も濡れる街角”でしょっ!
”ゆれる街角”は小泉今日子」(小粋)
「な〜る」(姫子)
「私は”禁区”」(花梨)
「明菜ね。入っちゃいけないって感じするわ。
じゃあ私は”マイアミ午前五時”にしよう」(姫子)
「それじゃあ24時間、午前五時のままだよ」(小粋)
「いいじゃない、マイアミの午前五時なんてさわやかそうで」(花梨)
「夜勉強してたらさ、うちのお姉ちゃんがこの歌を聖子っぽく歌うのが
聴こえてきて夜中に大笑いしたことあるの」(姫子)
「姉妹そろって聖子好きだったんだ」(小粋)
「じゃあ決まったことだし買い物行こっか」(姫子)
このマンションを買うとき、三人で決めたこと。
恋愛は自由。でも男を部屋に連れて来ない。
もし結婚することになっても、それまで払った分のお金は一切返還しない。
返還しない代わりに、それ以後は払わなくてよし。
出戻りも可。結婚生活がうまくいかない場合だってあるから。
三人とも結婚することになってしまったら、部屋を売ったお金を
それぞれに還元する。
それから3年経過。無事に厄年を乗り切った。
誰も結婚しなかったことを「無事に」と言っていいものかどうか。
でも、彼女たちが楽しくて幸せだったんだからそう言ってもいいんじゃないかな。
この3年間、平凡平凡と言いながらいろんなことが起こった。
そしてこれからも起こるだろう。
そういう「いろんなこと」をみなさんに報告していこうと思う。




