生命詩歌
周期的な振動が私の意識をまどろませる電車内。腰掛けた赤布張りの椅子は堅くて、お世辞にも座り心地がいいとは言えない。けれども、窓から差し込む太陽光が僕の膝に陽だまりとなっているせいで、眠りの世界へと誘われてしまうのだ。
「あたしのお話、聞いてくれる?」
柔らかく澄んだ声が耳に届いた。
「ああ、いいよ。子守唄くらいにはなるだろう」
言ってから思う。ああ、私はなんて失礼なことを言っているのだろう。しかし思考と行動は伴わない。そもそも、意識はなかったのかもしれない。
「眠たいの。まぁいいわ、愚痴のようなものだから」
目の前の席に座った三つ編みの少女はそう言って、不思議な話を始めたのだ。
それは、まるでもう少ししたら私の瞼が見るであろう夢の話。ぼやけた少女の柔らかな輪郭の中で、サクランボの柔らかさを湛えた、言葉を滔々と紡ぐ唇だけがはっきりと瞳に映る。
あたしには夢があったの。
お父さんみたいになりたかったの。いつも働いてくれて、けれども帰ってきたら優しくあたしに「ただいま」と言ってくれる、そんな人にね。
私は覚えている。遠い昔の記憶と同じだ。
「わかるよ、でも……その後はきっと」
言葉は伝わっただろうか、夢と現の境界に飲み込まれてしまったのだろうか。
少女の顔に一度強い日差しが当たり全くの白い世界となる。
そして少女は失われて、私は再びというまでもなく、眠りに体を寄せる。しかし、寄せたのは眠りの暖かさではなく、冷たさであった。
氷のように冷たい、しかし柔らかさを持ったそれは私のよく知る女の体。わずかにお驚いて、私の右肩を支える彼女の顔を重い瞼の向こうにある瞳に受け入れるのだ。
髪を肩のところで切りそろえた、鋭い目つきの女の子。
「久しぶり、私のことを知っているよね」
「さぁ、わからない。でも、あなたの言いたいことはわかっているわ。当てて見せるわよ」
彼女は悲しげに微笑み「変わってないんだね」と呟いた。
「ええ、私は変わらなかった。むしろ変われなかったの」
少女は独り言を始める。それは、漏れ出す吐息のよう。
私は十四になってから、好きな人ができたの。かっこよくてね、それでいて頭がよくて。非の打ちどころのないところに惚れたんだと思う。
ある日私は告白した。すんなりと受け入れてもらえたわ。その時ばかりは、嬉しかった。
でも、それからすぐになんで彼のことを好きになったのかわからなくなって、別れたわ。
同時に自分の存在とか夢とかがわからなくなっちゃった。言葉を多く語らなくなって言った。
そして、お父さんは亡くなったの。
「この先は、知らない。教えてくれない?」
少女は私に問うた。
ええ、いいわよ。この後、後悔するの。お父さんは、私に「おかえりなさい」を言って欲しくて働いていたのに、私は自分のことばかりに気を取られていた。このこともお母さんに言われなければ一生気がつけなかったかもしれないわね。
そうして、後悔したの。気がついたら、周りが信じられないくらいに変わって見えて、ものすごく恐ろしかった。
私だけがとても小さく見えた。
「まだこの先はあるけど、聞きたい」
「どうせ、苦しみから逃れようとして飛び降りるんでしょ。それくらい知ってるわ」
少女はそっけなく応えた。きっとそれは彼女が予想できた答えだ。いろんなことがあって、ごちゃ混ぜになった彼女の。
電車はトンネルに入った。近くにいる髪の短い彼女の顔は見えないけれど、光に取り込まれていたはずの三つ編みの少女が再び姿を見せた。
「見てみようよ、あなたが見た困惑の世界を!」
そう言って、窓を勢い開ける。同時にトンネルを抜けた。
一面の花、広がる青空。山に木々は芽吹き、風が電車内に吹き込む。
「そうよ。私はあなたの思った通り、この世界が恥ずかしくて逃げたの。でも、それは扉を開ける前に別のものに変わってしまった」
「いったいどんなものに?」
髪の短い少女は眉間にしわを寄せて言った。彼女の髪は風にそよぎ、風という不定形なものの存在を伝えている。
「まず、外へ出てみようか」
木枠の窓を支える三つ編みの少女が私と彼女の両方に手を差し出した。そうして、思いっきり花畑に投げた。
眠気などどこかに吹っ飛んでしまった。心なしか困惑顔の彼女も嬉しそうに見える。三つ編みの少女は電車の中から笑ってこちらを見ていた。
「答えを言うよ」
私と電車にいる彼女は息を合わせてこう言った。
『もう一回やり直したいの。例え、つらくても、私は知っているから』
それが正しいのかもわからない。でも、それは私の答えなのだ。
昔から閉まいっぱなしで、たった今開いた願い。
時間はきっと戻らない。電車は過ぎていくし、この答えを取り消すこともできない。
でも、ただ笑っていたい。
部活動で短編を書くことになっていたのですが、あまりにも電波話すぎたのでこちらに投稿
深い意味とかないです 雰囲気とかを楽しんでいただけたら幸いです