†4† 絶望の淵
しばらくすると、ナソンが女を連れて戻ってきた。それは、元はソラの母だったのだろう。もう、今はもう、ただただ叫び続ける狂った女になってしまっているように感じる。
「母・・・さん・?」
ナソンはそっとフィナに話しかけた。
「フィナさん、ちょっと、奥の部屋で落ち着きましょう、ね?ココアを入れるから。そうしたら、落ち着くでしょう?ね?」
ナソンは変わり果てたフィナの背中を撫でながら奥の部屋へ向かった。そして、部屋に入る直前に悲しげにソラに微笑みかけて言った。
「ソラくん、疲れたでしょう?横になっていてね。疲れが明日に残るとダメでしょう?」
そうして奥の部屋へ入っていった。
ソラは悲しみに打ちひしがれながら母が編み物をしながらいつも父の帰りを待っていたソファーに座った。いつもなら、いつもなら家族で楽しい夕食を終えて談笑していたはずだ。何も狂わなければ、楽しく話していたはずだ。
そんなことを考えていると、コンコンとドアを叩く音をした。ソラは力なく立ち上がってドアを開けた。父さんだったらいいのに。そうぼんやり考えながら。
「ソラ・・」
外にアリバンがずぶ濡れになって立っていた。ソラは力なく微笑みながら言った。
「そんなとこに突っ立ってるなよ。暖炉で暖まってろ。タオルを持ってくる」
「ソラ!!」
ソラはタオルを取りに行きかけたところで立ち止まった。アリバンが悲しげな顔をしてソラの目を見つめている。
「俺の母さんが来たんだろ!?俺のせいだ!俺がもっとちゃんと止めてりゃ、お前の母さんはッ!!」
「やめてくれ、アリバン。お前のせいじゃないよ。どっちにしても、母さんは狂ってた。仕方が無いことだ」
そんなことじゃねぇよ、とアリバンが弱々しく言った。
「とにかく、早く暖炉の前に行って温まってくれ。それから体も拭けよ。今ココアでも入れるから。話はそれからだ」
アリバンは目を閉じた。目を開ければ、炎がパチパチと燃えているのが見える。
『お前のせいじゃないよ』
『どっちにしても、母さんは狂ってた。仕方が無いことだ』
ソラはいつもああ言って皆を庇っている。その重みが、今どれほど自分を苦しめているのか、ソラは全く気付いていないんだ。どちらにせよ、狂ってたという考え。確かにそうかもしれない。でも、不倫を知らなければこれほど悪化することもなかった。そして、フィナが元に戻らないと考えている事。この2つを、間違えている・・・。
「で、何なんだ?」
アリバンはため息をついて言った。
「お前は2つ間違えてる1つ目」
そういって人差し指を上に向けた。
「もしお前の母さん、フィナさんがお前の父さんの不倫を知っていなけりゃ、こんなに深刻なことにならなかった。お前の母さんは狂う。自分じゃ何も出来なくなる」
そんな、とソラが小さく言った。
「2つ目」
中指も上に向ける。
「お前の母さんが戻らないと思い込んでいること」