†2† 旅する部族
クリョンは山羊殺しを摘んでいた。ここにはよく山羊殺しが生えている。山羊殺しは葉をすり潰して肌に塗れば熊の出没を防げるし、種を割って出てくる汁は切り傷を早く治す。おまけに根にできる芋は長く保存できるという便利な草だ。ただし、肌に塗ったら5時間後には必ず洗い落とさなければならない。5時間たつと毒素が肌から侵入して死に至る。山羊殺しと呼ばれる由来は、その葉を食べた山羊が死んだからだそうだ。
これで十分だと思い、籠を持って立ち上がると、ずん、と何かが落ちる音がした。クリョンはとっさに背中の弓矢を手にした。・・・周りには何もない。そろそろと音がした方向へ行く。すると、10メートルも行かずして人影が見えた。クリョンは弓矢を背に戻し、人影に近づいた。
少年だった。クリョンと同じような歳の少年だった。見上げると5メートル上に狐草が生えていた。恐らくこれを取りに来て転落したのだろう。クリョンは脈をはかった。脈も息もある。ただ、いたるところから出血している。骨を折らなかったのが奇跡的だ。
クリョンは少年を背負い、洞穴へ入った。籠の中には先ほどの山羊殺しが入っている。少年の傷は岩でつくった切り傷だった。クリョンは種を出し、割った。透明の少しドロッとした汁が出てくる。それを少量指にとり、傷口に塗った。
沁みるようで、少年は塗るたびにビクッと体を動かした。クリョンは顔をしかめた。切り傷が多い。恐らく集落へ持ち帰る分はなくなるだろう。一瞬躊躇したが、すぐにそれが嫌になった。人を助けるのが嫌になるなんて。
しばらくすると、少年の意識が戻った。
「これを飲んで。ワク(山に生える柑橘類)の果汁」
少年はありがとう、と言って水筒を受け取り、数口飲んだ。
「ここは?」
「峡谷の洞穴。ちょっと、目を見せて」
クリョンは顔を少年の目に近づけた。左右の瞳孔に異常はない。脳からの出血はないようだ。少年は頭を抑えた。
「頭痛とめまい。それから吐き気がする?」
少年はコクリと頷いた。
「心配ない。脳震盪だから。長引くなら言って。脳からの出血はないと思うけど・・」
「ほんとに、有難う」
少年はクリョンよりも背が高かった。この年齢から考えても、背が高いほうだろう。ねえ、と少年が声をかけてきた。
「何?」
「名前は?なんていうの?」
「クリョン」
「クリョン?変わった名前だね。この辺りで聞いたことがない」
「そうだと思う。私達は旅の部族だから、文化が貴方達とは違う」
ふーん、と少年は言った。
「貴方の名前は?」
「ソラ」
「ソラ、か。ソラ、狐草を取りにきたでしょ?」
あっ、とソラは言った。
「大丈夫。私採ってきたから。ちゃんとあげるから」
クリョンはソラの傷の様子を見た。出血は収まり、かさぶたが出来ている。
「そろそろ良さそう。家は?送っていく」
「悪いよ」
「一人であの崖上ろうっていうの?また怪我するけど」
クリョンはふふっと笑って言った。
「送るから。私、あんな崖上らないでいい道知ってるんだ」
ソラが家に着いたのはずいぶんと日が暮れた時だった。
「ソラ!」
母がソラをぎゅっと抱きしめた。
「母さん、息!息できない!」
「ソラ、心配したんだぞ?どこに行ってた?」
「西の峡谷だよ。狐草を採りに」
「狐草?そんな危ないところに行かなくても・・」
「そこでクリョンに助けてもらったんだ」
振り向いてクリョンが居ると思ったが、もうクリョンはいなくなっていた。
「あら?ソラ?それどうしたの?」
え?と言って母の指差すところを見ると、小さなかわいい籠が置いてあった。中には山で採れる果物が入っていた。
「そのクリョンちゃんはきっと旅の部族の子なんだな。旅の部族じゃなきゃ、こんなもの手に入らない」
ソラは小さな紙が入っていることに気付いて紙を広げた。
私達は、旅の部族。旅の部族は、外の人間とかかわりを持ってはいけなかったのです。
どうか私のことは部族の人間に伝えないでください。 クリョン