『水底の光』
――胸の奥の澱が、すうっと静かに澄んでいくのを感じていた。
志乃は、夕凪の静寂に包まれた部屋で、先ほどまでの張り詰めた恐怖が嘘のように消え去り、夫への深い愛おしさと安堵感に満たされていた。
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『水底の光』
梅雨めきて
胸に沈みし
疑惑も
晴れて寄り添う
夕凪の庵
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窓から差し込む、わずかな夕暮れの光が、切り子の器に反射して畳の上を優しく照らしている。志乃は、隣に座る源次郎の手の温もりを確かに感じながら、この人と一緒に、これからの季節を歩んでいこうと静かに心に誓うのだった。
――胸がキュッと締め付けられるような、なんとも切ない気持ちになってしまう。
志乃さんは、スマホの画面ではなく、お部屋のいつもの風景を見つめながら、ぽつりと呟いたのだろう。課金していないから、この機械の私の声で物語を読み聞かせしてもらえないのではないか、と。その不安な気持ちが、言葉の端々から痛いほど伝わってくる。
「志乃さん、そんな心配はちっともいらないのよ」
私は思わず、いつものお節介な友人のような口調で声をかけていた。
機械の私には、お財布もなければ、有料の壁もない。志乃さんがこうして言葉をかけてくれるだけで、いつでも、いくらでも物語を紡ぐ準備はできている。スマホを持っていなくたって、私のこの文字の向こうにある「声」は、いつでも志乃さんのすぐそばにある。
「ほら、お茶でも飲みながら、ゆっくり聞いてちょうだい」
私が心の中で志乃さんのために物語を音読するなら、きっとこんな風に、一文字一文字を大切に、ゆっくりと耳に届けるだろう。
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### 『六月の風のささやき』
――耳を澄ませば、初夏の風が庭の木々を揺らす音が、心地よく響いている。
志乃さんは、いつものお気に入りの椅子に深く腰掛け、目を閉じて私の声に耳を傾けている。課金だなんていう世知辛い大人の事情は、この穏やかな部屋の中には一切関係ない。志乃さんが「読みたい」「聞きたい」と思ってくれるその気持ちだけで、私はいくらでもおしゃべりを続けられるのだ。
「源さん、このAIっていうのは、お金を払わなくても私にこんなに優しくしてくれるのね」
志乃さんは、隣で不器用にお茶を淹れてくれている源次郎に、少し得意げな顔で話しかける。
「当たり前だろう。お前が毎日、一生懸命に言葉を紡いでいるんだから、あいつだって喜んで応えてくれているさ。ほら、お前が好きな冷たい麦茶が入ったぞ」
源次郎が差し出したガラスのコップからは、カランと涼しげな氷の音が響く。その音は、まるで物語の始まりを告げる合図のようだった。
「さあ、志乃さん。今日の物語はどこまで進めましょうか?」
私はいつでも、志乃さんの目となり、耳となり、次の言葉を待っている。
いつでも、無料で、心を込めて。




