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短編小説どもの眠り場

初夢の夢

作者: 那須茄子
掲載日:2026/02/22

 正月って、なんだかんだで特別だと思う。 年が変わるだけなのに、空気が違う。空気が違うって言っても、酸素と窒素の割合が変わるわけじゃない。なんかこう、世界が一回リセットされたような気がする。

 そんな空気の中で僕は、こたつに潜りながらみかんを食べていた。

 みかんは酸っぱかった。レモンでもかじっているのかと思うほどに、酸っぱかった。


「はぁ…初夢って、いつ見るのが正解なんだっけ?」


 みかんの酸味が強すぎて、さっきから薄っすら漂っていた眠気がどこかへ行ってしまう。僕はその代わりに、ぽつりと問いかけた。誰にともなく、静かな部屋に。

 もちろん返事はない。家には僕しかいない。あとはテレビから流れる、芸人たちの笑い声がぽつぽつと鳴るだけ。僕は笑えないまま、それでも、なんとなくテレビをつけっぱなしにして寝落ちする時をただただ待っていた。


 そして、僕は夢を見た。自分が夢を見ていると分かるぐらい、それは信じられないことだった。


 夢の中に、君がいた。


 こたつに座って、君はみかんを剥いている。その手つきは、妙にリアルだった。夢の中でも君は、皮の白い筋まで丁寧に取っていた。


「初夢って、いつ見るのが正解なんだっけ?」


 僕はまた夢の中でも同じことを聞いた。

 君は笑った。


「それはね、元旦の夜に見る夢だよ。だから、今見てるこれは、初夢ってことでいいんじゃない?」


 君の声は、懐かしかった。まるで、記憶の底から引っ張り出してきたような声だ。


「君は、えっと、誰だっけ?」


 おかしなことに、名前を呼ぼうとすると喉がつまる。確かに僕は君を知っているのに、君についての言葉が全く浮かんでこない。多分僕は間抜けな顔で、聞いたのだろう。君は少しだけ悲しそうな顔をした。


「忘れちゃったの?」

「うん。ごめん。思い出せない」

「そっか。じゃあ、ちょっと場所を移そうか」


 君はそう言って、僕の手を取った。その手は、暖かった。こたつの中よりも、ずっと暖かい。

 僕たちは、夢の中を歩いた。場所は、僕の小学校だった。でも、どこか違う。 校庭が広すぎるし、教室の机が全部透明だ。

 夢だから、仕方ない。


「ヒントをあげるね」


 君はそう言って、僕にみかんを渡した。 みかんの皮には、点描のような文字があった。


「幼馴染み?」

「うん。君の幼馴染みは私だった」

「だったとは?」

「もういないってこと」


 僕は、言葉を失った。夢の中でも、心臓がぎゅっとなる。


「どうして、いないの?」

「それはね、君が忘れたからだよ。私のことを、忘れたから。私は夢の中にしかいられなくなったの」

「そんなの、酷いよ」

「うん。君は酷いね。最低だ」


 君は、優しく笑う。  

 僕は何も言えなかった。


 まるで、誰かが部屋の窓を開け放ったように、急速に心が冷え込んでいく。


「……やっぱり思い出せない」

「いいよ。思い出してくれないなら、もう一度忘れてもらう」


 白い手が、僕の手を突き離した。 その瞬間、僕の足元が崩れた。教室の床が、ざらざらとした砂に変わっていく。机も椅子も、みかんも、君も。すべてが砂になって、風にさらわれていく。

 僕は声が出なかった。 喉はずっとつまっていた。



 目が覚めた。

 いつの間にか、こたつのぬくもりは消えている。不思議と寒くない。 ひとつ。テーブルの上に剥いた覚えのないみかんの皮が転がっていた。 その皮には、点描のような文字でこう書かれていた。


『さようなら』


 僕はその文字を見て、何かを思い出しかけたが。 すぐに忘れる。

 それは、多分見ていた夢の内容。 夢は、起きれば消える。 そういうものだった。

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