第十二章~第十八章
プロジェクト・ゼロ! ― 今日も平和にカオスです
第十二章:代々木の朝は、銃声とパン屑と共に
東京・代々木。相変わらず電車の轟音と排気の匂いが窓から遠慮なく入り込む雑居ビルの一室で、今日も「プロジェクト・ゼロ」の面々は、社会の底辺から一歩も動かずに世界を救う準備を整えていた。……いや、正確には昨晩の残りのピザを誰が食べるかで、世界大戦に匹敵する睨み合いを続けていた。
ここで、この寄せ集め四重奏の顔ぶれを、改めて紹介しておこう。
まずは、キャップを目深に被り、無愛想にマグナムのシリンダーを掃除している男、鷹見。元警視庁特殊部隊の銃器エキスパートでありながら、女性スキャンダル(という名の冤罪)で追放された過去を持つ。彼の見るスコープの先には、常に「平和の守護」と「隣のビルの着替え」が同居している。カバンの奥に潜むグラビア雑誌の切り抜きは、もはや彼の分身と言っても過言ではない。
次に、優雅に紅茶を啜りながら、怪しげな催眠術の本を読んでいる丸眼鏡の男、九条。自称「心理コンサルタント」だが、その正体は人の心を弄ぶ詐欺師にして言葉の魔術師だ。相手に「自分の右足がバナナになった」と錯覚させる程度の嫌がらせから、国家機密を吐かせる交渉術まで、その胡散臭さは天下一品である。
そして、部屋の隅に置かれた段ボール箱から、時折「ひっ」という悲鳴を上げている小柄な青年、零士。裏社会の暗殺一家に生まれ、神速の動きと戦闘能力を持ちながらも、致命的な「視線恐怖症」によって追放された。彼は人が自分を見ていると感じただけで、心臓が爆発するか、あるいは周囲の人間を全員気絶させてから逃亡する。
最後に、鏡の前で自分の美貌に見惚れながら、ポーズを決めている金髪の美女、エリカ。新興宗教の教祖の娘であり、「私は神に選ばれたヒロイン」と信じて疑わない。その品格は本物だが、中身は驚異的なポンコツである。彼女が歩けば必ず何かに躓き、彼女が触れれば必ず何かが爆発する。彼女にとって、この世の物理法則は自分を際立たせるためのスパイスに過ぎない。
「……おいエリカ、俺のピザの耳を食ったのはお前だな。あれは俺が後で、マヨネーズをたっぷりかけて『夜の楽しみ』にする予定だったんだぞ」
鷹見が愛銃の銃口をエリカに向ける(もちろん、弾は入っていない……はずだ)。
「失礼ね! 女神が食べてあげたんだから、むしろ光栄に思いなさいよ! ほら、お詫びに私のこの神々しい微笑みを撮ってもいいわよ。一枚一万円でね!」
エリカがモデル顔負けのポーズで微笑んだ瞬間、彼女の足元にあった空き缶が転がり、彼女はそのまま豪快にひっくり返った。その拍子に、彼女の着ていたブラウスの第一ボタンが「パァン!」と弾け飛び、鷹見の鼻血が噴水のように空を舞った。
そんな日常の地獄絵図の中に、突然、ドアを蹴破って「招かれざる客」が乱入してきた。
「動くな! 警視庁捜査一課だ! 鷹見、貴様がここに潜伏しているのは分かっているんだぞ!」
現れたのは、タイトなスーツに身を包み、ポニーテールを揺らす凛々しい美女。彼女の名は神崎リン。鷹見が警察にいた頃の後輩であり、かつて彼を「師匠」と仰ぎながらも、スキャンダル事件以来、彼を「警視庁の恥」として追いかけ回している執念のキャリア刑事だった。
「……リンか。相変わらずノックもできない不調法な女だな。そんなんじゃ一生、婚期を逃すぞ」
鷹見が鼻血を拭いながら皮肉を言うと、リンの頬が真っ赤に染まった。
「黙れ変態スナイパー! 今日こそ貴様を……って、何よこの部屋は! 宗教団体に詐欺師に、箱に入った不審者!? ここは犯罪のデパートか何か?」
「おや、神崎警部補。そんなに興奮すると、せっかくの美しい眉間にシワが寄りますよ。……新呪文『自分の怒りの理由が、実は「朝食に食べた納豆が美味しかったから」だと錯覚する』」
九条が指を鳴らした瞬間、リンの怒鳴り声が止まった。
「……えっ? そういえば今朝の納豆、粒が大きくて……って、何言わせるのよこのペテン師!」
リンが再び銃を構えようとしたその時、背後の窓ガラスが粉々に砕け散った。
「ターゲットを確認! 女王の娘と、裏切り者の鷹見だ。全員始末せよ!」
突入してきたのは、フルフェイスのヘルメットを被った謎の特殊部隊。かつてエリカの実家である教団と敵対していた国際シンジケート「黒い福音」の残党だった。
「ひっ、人がいっぱい……窓から……目が合う……死ぬ……!!」
段ボール箱から飛び出した零士が、恐怖のあまり「神速のパニック状態」に突入した。彼は部屋の中をピンボールのように飛び回り、突入してきた敵兵たちのヘルメットを、素手で次々と叩き割っていく。
「ちょっと! 警察がいる前で暴れないでよ! 私の聖なる事務所がめちゃくちゃじゃない!」
エリカが逃げ惑いながら、机の上に置いてあった大量の依頼資料をバラ撒いた。その紙吹雪が敵の視界を遮り、さらには彼女が転んだ拍子に投げ飛ばした灰皿が、敵のリーダーの股間にクリティカルヒットする。
「ぐはっ……! な、なんだこの女は……予測不能だぞ……!」
「ふん、これが俺たちの『プロジェクト・ゼロ』の日常だ。リン、邪魔するなら撃つぞ(カメラのシャッターを)」
鷹見が愛銃を構え、敵の装備の隙間を的確に撃ち抜いて無力化していく。その最中、彼はリンの破れたスカートから覗く太ももを、しっかりと網膜とSDカードに焼き付けていた。
結局、わずか数分で襲撃者は全員、床に転がることになった。九条の「相手のベルトだけを急激に緩める」という地味な呪文によって、敵はズボンを抑えながら逃げ出すという、あまりにも惨めな敗北を喫したのである。
「……待ちなさい、鷹見。今日はあんたを逮捕しに来たんじゃないわ。……あんたが警察を追われたあの事件。……黒幕の尻尾が見えたの。協力しなさい」
リンが複雑な表情でそう告げた。彼女の瞳には、かつての憧れと、現在の不信感が混ざり合っていた。
「……協力、ねぇ。報酬は、お前の連絡先か?」
「死ねばいいのに」
リンの罵倒と共に、代々木の午後は再び平和なカオスへと戻っていく。過去の因縁、警察との共闘、そしてエリカの「私を巡る恋のトライアングルね!」という盛大な勘違い。
プロジェクト・ゼロ。彼らの物語は、今、より大きな陰謀と、より下らない欲望を飲み込みながら、次なるステージへと加速していく。
幕間:エリカの秘密日記
『聖なる日記:〇月×日 今日、ライバルの女刑事が現れたわ。どうやら私の美しさに恐れをなして、偵察に来たみたいね。鷹見も九条も、私の虜だから心配ないけど。零士は相変わらず箱の中で震えてるけど、きっとあれは私への愛が重すぎて直視できないんだわ。ああ、罪深い女神! 明日の朝ごはんは、誰かに高いパンケーキを貢がせることにするわ!』
「……エリカさん。その日記、マイクが入ったままスピーカーで事務所中に流れていますよ」
九条の声に、代々木のビルが揺れるほどの絶叫が響き渡ったのは、言うまでもない。
第十三章:偽りの誓いと硝煙のバージンロード
豪華客船「クイーン・オブ・カオス号」。その名の通り、欲望と虚飾を乗せた巨大な鉄塊が、漆黒の太平洋を切り裂いて進んでいた。船内では、世界中の闇エリートたちが集う「秘密の合同結婚式」が開催されようとしている。 だが、その華やかな祭典の裏で、四人のクズと一人の実直な刑事が、絶望的な作戦会議を開いていた。
「いい、今回のターゲットは、このパーティーの主催者である武器商人、バロン・金剛。奴は、鷹見が警察を追われる原因となった偽造スキャンダルの証拠を握っている。……作戦はこうよ。私と鷹見が『偽装夫婦』として式に潜入し、奴の書斎からデータを盗み出す」
タキシードを渋く着こなした鷹見の隣で、神崎リンは純白のウェディングドレスに身を包み、顔を真っ赤にしながら説明した。
「……リン、その格好、意外と悪くないな。特にその胸元の開き具合、警察の制服じゃ絶対に見られない黄金比だ。俺のシャッター指が、任務を忘れて暴走しそうだぜ」
鷹見がタキシードの袖に隠した超小型カメラを構えると、リンのハイヒールが彼の足の甲を正確に踏み抜いた。
「黙りなさい! 仕事よ、仕事! ……っていうか、なんであんたたちが付いてくるのよ!」
リンの視線の先には、さらにカオスな光景があった。
「何言ってるのよ! 私を差し置いて結婚式なんて、一億年早いわ! 私は『乱入してくる悲劇のヒロイン』として、このパーティーを神聖に盛り上げてあげるんだから!」
エリカは、なぜか新婦よりも豪華な、スパンコールを全身に散りばめたドレスを強引に着込み、ワイングラスを片手にふんぞり返っている。
「やれやれ。私はこの船の『専属牧師』という立場で潜入します。神の御前で、嘘を真実に変えるのは私の得意分野ですからね。……零士さんは、ウェディングケーキの土台の中に潜ませておきました。窒息しないといいのですが」
九条は神々しい法衣を纏い、丸眼鏡を光らせた。
船内の大ホール。シャンデリアが輝く中、偽りの結婚式が始まった。牧師席に立つ九条が、厳かに(胡散臭く)口を開く。
「愛とは、錯覚の共有です。健やかなる時も、病める時も、相手の財布が自分のものだと思い込めるか……。さあ、誓いのキスを」
「なっ、キス!? そんなの聞いてないわよ!」
リンが狼狽する中、ホールの入り口からエリカが「ちょっと待ったぁー!」と絶叫しながら乱入してきた。予定通りの(?)カオス展開である。
「その結婚、認めないわ! 鷹見、私という女神を捨てて、そんな堅苦しい女と幸せになるつもり!? 罰が当たるわよ!」
エリカが迫真の演技で駆け寄ろうとした瞬間、いつものようにドレスの裾を自ら踏みつけた。彼女はそのまま、時速四十キロ近いスピードで回転しながらバージンロードを転がり、最前列に座っていたバロン・金剛のテーブルに激突した。
「な、なんだこの女は! 警備員、捕まえろ!」
金剛が立ち上がったその時、ホールの中央に鎮座していた巨大な五段構えのウェディングケーキが、内側から爆発するように弾けた。
「……ひっ! 人が……人がいっぱい見てる……! 殺される、祝辞を述べさせられる前に、やる……!」
生クリームまみれの零士が、ケーキの中から飛び出した。彼は周囲の視線に耐えきれず、手に持っていたケーキナイフ(実は暗殺用の超硬質セラミック刃)を振るい、襲いかかる用心棒たちのベルトとネクタイだけを瞬時に切り裂いていく。
「今よ、鷹見!」
リンがドレスのガーターベルトに隠していた特殊警棒を引き抜き、金剛に向かって飛びかかった。鷹見もまた、タキシードを脱ぎ捨て、その下に隠していたホルスターから愛銃を引き抜く。
「九条、例のやつを頼む! 敵の足止めだ!」
「承知しました。新呪文、その名も『全人類が、自分が今まさに、究極に尿意を催していると確信し、かつトイレの場所が自分の故郷にしかないと思い込む』!」
九条が指を鳴らした瞬間、銃を構えていた用心棒たちが一斉に顔を青ざめさせ、股間を押さえてその場にうずくまった。
「う、うおおお! ここは代々木じゃない! 実家は……実家は秋田だ! 間に合わん!」
「漏れる! 社会的な死が、物理的な死より先にやってくる!」
阿鼻叫喚の地獄絵図と化したホールで、金剛は逃げようとしたが、エリカが転んだ拍子に投げ飛ばした特大のシャンパンボトルが、彼の後頭部を正確に直撃した。
「……やったわ。データの回収に成功よ」
リンが金剛の胸元からUSBメモリを奪い取ったその時、船全体に轟音が響いた。金剛が仕掛けていた自爆装置が作動したのだ。
「ちょっと! 船が沈むじゃない! 私のドレスが濡れたら一兆円の損失よ!」
エリカが叫ぶ中、五人は燃え盛る大ホールからデッキへと駆け抜けた。
「……あ、う……海……広い……誰も見てない……。今なら、飛べる……」
零士が限界を超えた跳躍を見せ、四人を抱えて救命ボートへとダイブした。背後でクイーン・オブ・カオス号が激しい火柱を上げ、ゆっくりと海に沈んでいく。
夜の海に漂う救命ボートの中。濡れ鼠になったリンが、震えながら鷹見の肩に頭を乗せた。
「……鷹見。これで、あんたの冤罪を晴らせるわね。……また、警察に戻ってくる気はないの?」
「……警察か。あそこじゃ、お前みたいな美人のウェディングドレス姿を堂々と撮れないからな。俺はこっちの『カオス』の方が性に合ってる」
鷹見がカメラのプレビュー画面を見せると、そこには、爆発を背景に絶叫するエリカと、なぜか生クリームを舐めている九条、そしてリンの「奇跡の一枚」が収められていた。
「……最低ね。やっぱり逮捕してやるわ」
「ケロっ!? ……あ、間違えた。あら、いいじゃない、愛の逃避行っぽくて!」
エリカの能天気な声が響く中、ボートはゆっくりと水平線の向こうを目指す。
プロジェクト・ゼロ。彼らの絆は、今日も最悪な形で、しかし誰よりも深く結ばれるのであった。
幕間:九条の「本当の祝福」
「……九条さん。さっきの呪文、実は全員に効いたわけじゃありませんよね? 何人か、普通に戦おうとしていた奴がいましたよ」
鷹見がボートの隅で尋ねた。九条は濡れた眼鏡を拭きながら、月を見上げた。
「おや、バレましたか。実を言うと、あの呪文は『自分は本当は結婚したくなかった』と心の底で思っている者にしか効かないんですよ。あの場の用心棒たちは、みんな家庭に問題を抱えていたのでしょうね。……お二人には効かなかったようで、安心しましたよ」
「……どういう意味よ、それ!」 リンの怒声が、静かな海に溶けていった。
第十四章:代々木・全面戦争! 正義の弾丸と堕ちた権力
代々木の雑居ビル、その三階にある「プロジェクト・ゼロ」の事務所は、かつてない緊迫感に包まれていた。テーブルの上には、豪華客船から命懸けで持ち帰ったUSBメモリが置かれ、神崎リンが持ち込んだ警察専用の解析デバイスが、青白い光を放ちながらデータを吸い上げている。
「……解析完了よ。鷹見、信じられないわ。あんたをハメたスキャンダルの黒幕……その正体は、現職の警視庁副総監、京極だったわ」
リンの声が震える。京極は「警察の聖域」と呼ばれるほどの発言力を持つ男だ。彼が裏で武器密売組織と癒着し、その事実を嗅ぎつけた鷹見を社会的に抹殺したのだ。
「京極か。あの狸親父め、相変わらずいい面して裏で汚いことやってやがる」
鷹見は愛銃の弾倉を確認し、冷たく笑った。その瞳には、数年間抑え込んできた怒りの炎が静かに宿っている。
「副総監なんて、私の実家の教団に比べればただの平社員みたいなものよ! 私が『聖なる鉄槌』を下してあげるわ! ほら、九条、早く私の戦闘服(最新のブランドドレス)を準備しなさい!」
エリカが騒ぎ出したその時、窓の外で不自然なカラスの群れが飛び立った。
「……皆さん、お喋りはそこまでです。お客様のご到着ですよ。それも、とびきり野蛮な方々が百人ほど」
九条が窓の外を見下ろす。ビルの周囲は、黒塗りの車両と、警察の特殊部隊「SAT」を装った京極直属の私兵集団によって完全に包囲されていた。
「……ひっ! 人が……百人も、俺を見ている……殺される、視線のレーザーでハチの巣にされる……! 怖い、怖すぎて……逆に何も見たくない!!」
零士がパニックを起こし、事務所にある全てのカーテンを引きちぎって自分の体に巻き付けた。彼はそのまま、視覚を完全に遮断した「心眼モード」という名の暴走状態に突入した。
「作戦開始よ! 鷹見、あんたは屋上から狙撃。私は正面から奴らの足止めをする! エリカと九条はデータのバックアップを持って脱出しなさい!」
リンの指示を無視して、事務所のドアが爆破された。
「突入! 抵抗する者は射殺しろ!」
重武装の男たちがなだれ込んでくる。だが、彼らが最初に目にしたのは、神々しいドレスを纏い、なぜかバナナの皮を床に敷き詰めているエリカの姿だった。
「どきなさい! この私を誰だと思ってるの! 神に選ばれた……あだだだっ!」
期待を裏切らず、エリカは自ら敷いたバナナの皮で豪快に滑った。しかし、その倒れ込んだ拍子に、彼女の手から放たれた「教団秘伝の香炉」が割れ、中から強力な催涙ガスと、なぜか「猫が猛烈に集まってくるマタタビ粉」が噴出した。
「何だ、この煙は!? 目が、目がぁー!」
「うわあ! どこからともなく野良猫が! 噛むな、ズボンに登るな!」
混乱する敵兵の隙間を、巨大なカーテンの塊(零士)が跳ね回る。視界を捨てた零士は、敵の足音と呼吸音だけで位置を特定し、見事なまでのプロレス技で次々と男たちを床に沈めていく。
屋上では、鷹見が京極の乗るヘリをスコープに捉えていた。
「リン、あいつの右手のスイッチを狙う。あれを押されたら、このビルの証拠が全部灰になる」
「任せたわよ、師匠!」
「九条、合図だ!」
鷹見の叫びに、地上で敵の指揮官を翻弄していた九条が指を鳴らした。
「新呪文、その名も『全人類が、自分の持っている銃が、実はチョコバナナだと確信して、思わず舐めたくなる』!」
「なっ……何だ、この銃……甘い香りがするぞ?」
ヘリの中で起爆スイッチを構えていた京極も、九条の暗示に一瞬だけ脳を支配された。彼が愛銃の銃口を口元に運ぼうとしたその瞬間。
パァン――!
鷹見の放った一撃が、京極の手元のスイッチを粉砕し、そのままヘリのローターを正確に撃ち抜いた。ヘリはバランスを崩し、ビルのすぐ隣にある公園の巨大な噴水へと墜落した。
「……終わりだな、京極。お前の悪事は全部、今この瞬間に世界中にライブ配信されているぜ」
九条がタブレットを掲げる。エリカが戦闘中にうっかり蹴り飛ばしたWebカメラが、京極が墜落後に「私が法律だ! 全部私の指示だ!」と喚き散らす姿を、全世界に垂れ流していたのだ。
代々木のビルに、静寂が訪れる。私兵たちは戦意を喪失し、リンが呼んだ本物の警察部隊が到着した。
「……終わったのね。鷹見、これでやっと……」
リンが安堵の表情を見せたが、鷹見はすでに、救助されるエリカの「水に濡れてスケスケになったドレス姿」を、最高の連写モードで撮影していた。
「ああ、最高のエンディングだぜ。リン、お前の泣き顔も撮っておいてやるよ」
「……一生、刑務所に入れてやるわ!」
こうして、鷹見の冤罪は晴らされた。だが、彼の不名誉な「変態スナイパー」という通り名は、むしろ裏社会でより一層輝きを増すことになる。
京極の事件から数日後。事務所に一振りの「錆びたクナイ」が届いた。それを見た瞬間、いつもは箱の中で震えている零士が、この世の終わりを見たような顔で硬直した。
「……家族だ。……兄さんが、俺を殺しに来る……」
零士の実家であり、数千年の歴史を持つ暗殺一族「霧隠家」。彼らは一族の恥である零士を抹殺するため、最強の刺客を代々木へと差し向けたのだ。
「面白そうじゃない! 私がその暗殺一家とかいうのを、私の慈愛(という名の爆破)で更生させてあげるわ!」
エリカの能天気な宣言と共に、物語は零士の忌まわしき過去と、暗殺一家との全面対決へと突入していく。
第十五章:暗殺一家の里帰り! 恐怖の霧隠れ屋敷
古都・京都のさらに奥深く、地図にも載っていない霧深い谷間に、暗殺一族「霧隠家」の里はある。そこは千年の時が止まったかのような静寂と、どこから矢が飛んでくるか分からない殺意に満ちていた。
「……帰ってきちゃった……。空気だけで胃が痛い……。あ、う……あの木の陰に、長老がいる……絶対、俺の悪口を念じてる……」
零士は、九条が「特注」した、背負い籠のような形をした遮光性抜群の移動式引きこもりボックスの中に丸まり、ガタガタと震えていた。
「いいか、零士。これはお前の家庭問題だが、俺たちを巻き込んだ以上、もうプロジェクト・ゼロのミッションだ。……あと、隠れ里のくノ一たちの装束が、伝承通り『網タイツにミニスカ』であることを切に願うぜ」
鷹見は、最新の暗視スコープ付きライフルを背負い、観光客を装った格好で周囲を警戒していた。そのポケットには、予備のバッテリーがパンパンに詰まっている。
「あら、意外と風情がある場所じゃない! 私の別荘にしてもいいわよ。……あら、あそこに立派な仏像があるわね。私の美貌を拝ませてあげ……あだだだっ!」
エリカが仏像に向かって優雅に歩み寄ろうとした瞬間、隠し落とし穴のセンサーを踏み抜いた。彼女が真っ逆さまに落下したかと思いきや、穴の中から強烈なバネが作動し、彼女は噴水のように空高く打ち上げられた。
「きゃあああ! 飛んでる! 私、本当に女神として昇天しちゃうわー!」
「……おやおや、景気のいい挨拶ですね。さて、神崎警部補。警察の権力はこの里では通用しませんが、どうされますか?」
九条が隣を歩くリンに尋ねる。リンは「非公式捜査」として、着物姿で潜入していた。
「決まってるでしょ。零士をあんな冷酷な連中から守り、ついでに未解決の暗殺事件の証拠を全部押さえるわ。……それにしても、あのバカ(鷹見)の視線が、さっきから私のうなじに刺さっててイライラするわね」
一行が里の最深部、巨大な日本家屋である「霧隠本邸」に辿り着くと、そこには冷徹な空気を纏った一人の男が座していた。零士の兄にして、一族の次期当主、霧隠真一である。
「……よく戻ったな、落ちこぼれの弟よ。そして、よくもまあこれだけの『不純物』を連れてきたものだ。一族の恥を、ここで完全に清算させてもらう」 真一が指を鳴らすと、天井や畳の下から、黒装束の暗殺者たちが音もなく現れた。
「……ひっ! お、お兄ちゃん……。怖い、怖いけど……。この人たちは、俺の大事な……大事な『カオス』なんだ……! 壊させない……!!」
零士が籠から飛び出した。極限の緊張が、彼の脳内のリミッターを外す。彼は一瞬で霧のように姿を消し、襲いかかる暗殺者たちの得物を、目にも止まらぬ速さで「全て竹筒の形をした水鉄砲」にすり替えた。
「何っ!? 我が秘剣が……水だと!?」
「今です、皆さん! 新呪文、その名も『全人類が、自分が今まさに、実家に帰って母親に叱られているような気分になり、正座したくなる』!」
九条が不敵に微笑みながら呪文を放つと、百戦錬磨の暗殺者たちが一斉にガックリと膝をつき、畳の上で綺麗な正座を始めた。
「……ごめんなさい、お母さん。もう仕事だなんて嘘ついて、裏で人を刺したりしません……」
「洗濯物、自分で畳みます……」
「チャンスだ! リン、あいつを捕まえろ!」
鷹見の援護射撃(催涙弾と、間違えて混入させた『くノ一のブロマイド』)が炸裂する。
混乱の中、エリカは空から降ってきた拍子に、偶然にも真一の頭上にヒップドロップを食らわせた。 「ちょっと! 何よこの頭、硬いわね! 私のお尻が痛くなっちゃったじゃない!」
「ぐはぁっ……! 女神の加護(物理)だと……!?」
最強の暗殺者である真一は、エリカの「予測不可能な不運」という名の暴力に屈し、そのまま意識を失った。
こうして、霧隠一族の「零士抹殺計画」は、一人のペテン師と、一人の変態、そして一人のポンコツ女神によって、粉々に打ち砕かれた。
「……零士。あんた、もう自由よ。こんな暗い里になんて、二度と戻らなくていいわ」
リンが優しく零士の肩を叩く。零士は涙を浮かべながら、いつものように九条の後ろに隠れた。
「……うん。俺……代々木の方が、ずっと安心する……」
「ハッハッハ! そうだ、代々木には俺が撮り溜めた『世界の忍者ガール』の秘蔵フォルダがあるからな! 帰ったら反省会だぜ!」
「……最低。やっぱり全員逮捕よ」
古都の霧が晴れ、朝日が里を照らす。プロジェクト・ゼロの絆は、一族の血よりも濃く、そして今日も救いようがないほどに騒がしかった。
幕間:真一の「覚醒」
事件の後。意識を取り戻した真一は、自分の懐に、エリカがうっかり落としていった「教団特製・開運ブロマイド」が入っているのを見つけた。
「……この、天界の如き微笑み……。一族の技を極めるよりも、この女性を守ることに、真の暗殺の道があるのかもしれん……」
どうやら、敵であったはずの最強の暗殺者が、エリカに「変な方向で」惚れてしまったようだ。
「……おや、また面倒なストーカーが増えそうですね」
九条が電卓を叩きながら、不敵に笑うのであった。
第十六章:鏡の中の深淵! 心理学の頂上決戦と偽りの聖者
代々木の事務所に、一通の黒い招待状が届いた。そこには、ただ一行。
『親愛なる「聖者(ルビ:ペテン師)」九条へ。あなたの“嘘”が、私の“真実”に勝てるか、答え合わせをしましょう。』
その文字を見た瞬間、常に余裕を崩さない九条の口角から、わずかに笑みが消えた。
「……やれやれ。開けてはいけない箱の底に、まだ残っていたものがあったようですね」
数日後。一行が向かったのは、都心から離れた湖畔に建つ、幾何学的なデザインの私設研究所。そこで彼らを待っていたのは、白衣をドレスのように着こなした、冷徹な美貌を持つ女性だった。
「お久しぶりね、九条。……いいえ、かつて帝国大学の脳科学研究室で、『百年に一人の天才』と謳われた新君。今のその『九条』という偽名、安っぽくてあなたに似合っているわ」
「神代先輩……。相変わらず、人の心の中に泥靴で踏み込むのがお好きなようだ」
彼女の名は、神代シズル。世界的な認知心理学者であり、かつて学生時代の九条と「知の双星」と呼ばれた唯一のライバルである。
九条の過去:白銀の天才時代
十五年前、大学時代の九条(当時は新)は、今とは正反対の「純粋な真理の探究者」だった。彼は言葉一つで被験者の心拍数を自在に操り、眼球の動きだけでその者の「嘘」を100%見抜くことができた。教授陣は彼を「人間の心という迷宮の地図を持つ者」と恐れ、崇めた。
しかし、ある日突然、彼は全ての論文を焼き捨て、大学から姿を消した。
「真実はあまりに退屈で、人を救わない。ならば私は、最高の『嘘』で世界を飾り立てる道を選びます」
それが、彼が「九条」という偽りの皮を被った日だった。
頂上決戦:マインド・チェス
「九条、あなたの今の仲間たち……この『元刑事』、『引きこもり』、そして『自称女神』。彼らがいかに脆弱で、一瞬で崩れる砂の城か、私の心理実験で証明してあげる」
シズルが指を鳴らすと、研究所の壁一面に巨大なモニターが現れた。そこには、鷹見、リン、エリカ、零士それぞれの「精神的弱点」を突くための、高度なサブリミナル映像と誘導尋問の仕掛けが映し出されていた。
「まずは、このエリカという女性。彼女の自己肯定感は、他者からの賞賛という危うい基盤の上に立っている。私が一言『あなたは誰からも必要とされていない』と暗示をかけるだけで、彼女は……」
「……ちょっと、おばさん。さっきからゴチャゴチャうるさいわね!」
エリカが退屈そうに欠伸をしながら、シズルのデスクに置いてあった高価な結晶石を文鎮代わりに使って、自分の爪を磨き始めた。
「なっ……私の言葉を聞いていないの!? あなたの存在意義を否定しているのよ!」
「否定? あら、私ほど完璧な存在を否定するなんて、あなたの脳みそ、ちょっと腐ってるんじゃない? 九条、この人かわいそう。私の教団の『脳が良くなる聖水(ただの炭酸水)』を一杯飲ませてあげて!」
「……バカな。私の計算では、彼女は今、絶望の淵に立っているはずなのに……!」
九条が静かに前に出る。
「先輩。あなたの心理学は、あくまで『まともな人間』を対象にした学問だ。……ですが、私の仲間たちは、あなたの定義する『人間』の枠を、とうの昔に(悪い意味で)飛び越えているんですよ」
「お次は俺か? よお、博士。俺の心を除きたいなら、まずはこのカメラのレンズを通してからにしてくれ。あんたのその『冷徹な仮面』が、敗北の屈辱で歪む瞬間を……4K画質で激写してやるぜ」
鷹見が不敵に笑い、シズルの仕掛けた心理的圧迫を「撮影のスパイス」として楽しんでいる。
「……ひっ! 怖い女の人だ……。でも、九条さんをいじめるなら……俺、やる……。視界を遮断して、あなたの足元の影だけに集中すれば……あなたの『心の乱れ』、全部わかります……!」
零士がガタガタ震えながらも、殺気にも似た集中力をシズルに向けた。
「……くっ! なぜ私の完璧なプロファイリングが通用しないの! 九条、あなたは何を教え込んだのよ!」
「何も。私はただ、彼らの『クズさ』を肯定しただけです。……先輩、これが私の到達した心理学の答えです。『完璧な絶望は、完璧な馬鹿に勝てない』」
九条が最後の一歩を踏み出す。
「新呪文、その名も『全人類が、自分が今、世界で一番難しい数式を解かなければならないという強迫観念に襲われ、かつ、その答えが「バナナ」だと確信してしまう』!」
「そんなデタラメな暗示が、私に効くわけが……っ!? ……う、数式が……フェルマーの最終定理の解が……バ、バナナ……!? 嘘よ、計算が合わないわ! バナナが……黄色いバナナが数式を埋め尽くしていく……!」
知性の塊であったシズルは、九条の放った「論理の崩壊」という名の猛毒に侵され、白目を向いてその場に崩れ落ちた。
決着、そして
研究所を後にする一行。夕日に照らされた湖の前で、九条はかつての自分を切り捨てるように、古びた学生証を水の中に投げ入れた。
「……九条。あんた、本当はすごい学者になれたんじゃないの?」
リンが少し寂しそうに尋ねる。
「ふふ。今の私は、ただの『依頼料にうるさいペテン師』ですよ。それに……あんな冷たい研究室よりも、ここで皆さんの醜態を撮影している方が、よほど人間というものを深く理解できますから」
「ちょっと! 誰が醜態よ! 私の美しさを研究しなさいよ!」
「ああ、エリカ様。あなたの脳内はすでにバナナで満たされているようですね。素晴らしい、まさに神の領域だ」
九条の眼鏡が、沈む夕日を反射して不敵に光る。 過去を清算した彼を待つのは、さらに予測不能な、そして「愛と暗殺」が交錯する代々木の日常だった。
幕間:シズルの再起
一週間後。シズルは自分の研究所で、狂ったようにバナナを食べ続けていた。
「……九条。次は負けないわ。バナナ……バナナの糖分が、私の脳をさらに加速させる……! 待ってなさい、次の実験場は『代々木』よ!」
どうやら、ライバルもまた「カオス」の住人として覚醒してしまったようだ。
第十七章:愛と暗殺の代々木事変! 最強のストーカーと不浄な三角関係
代々木の空に、不穏な「殺気」と、それ以上に濃厚な「バラの香り」が漂っていた。 プロジェクト・ゼロの事務所のドアが、音もなく開く。そこに立っていたのは、霧隠一族の次期当主にして、現役最強の暗殺者、霧隠真一であった。
「……兄さん!? なんでここに……! 殺される、今度こそ刺身にされる……!」
零士がマッハ5の速さで段ボールの中に潜り込み、ガムテープで内側から封印を施す。
だが、真一の瞳は弟を見ていなかった。彼は、ソファでポテトチップスを頬張りながら通販番組を眺めていたエリカの前に跪き、懐から血痕のついた布……ではなく、最高級のシルクで包まれた「何か」を取り出した。
「エリカ様。あの日、古都の空から舞い降りた貴女のヒップドロップに、私の魂は貫かれました。……これを受け取ってください。一族に伝わる秘宝、隠密の勾玉です。これを身につければ、半径百メートルの気配を完全に遮断し、万引きしてもバレません」
「あら、万引きはしないわよ。私が通れば、店主が勝手に献上してくるはずだもの。……でも、高いのかしら、これ?」
エリカが勾玉を光にかざして値踏みしていると、その横からシャッター音が響いた。
「おいおい、勝手に俺の『専属モデル』に貢ぎ物してんじゃねえよ、暗殺者くん」
鷹見が、タバコをくわえながらカメラのファインダー越しに真一を睨みつける。
「……貴様か。エリカ様の尊いお姿を、その不浄な機械に閉じ込めている不届き者は。貴様の指をすべてへし折り、二度とシャッターを押せぬようにしてやろう」
「やってみろよ。お前の動きは、全部俺の動体予測ソフトが読み切ってるぜ。……それに、エリカの『ベスト・オブ・うなじ』を撮れるのは、世界で俺一人だけなんだよ」
代々木の狭い事務所で、「重度のストーカー気質な暗殺者」と「変態的執着を持つスナイパー」による、次元の低い火花が散った。
地獄の三者面談
「ちょっと! そこで殺し合いを始めるんじゃないわよ!」
リンが割って入るが、真一の殺気は収まらない。
「ならば決闘だ。エリカ様に相応しいのは、影から敵を屠る私か、それともその薄汚いパパラッチか……。今夜、代々木公園で決着をつける」
「いいぜ、受けて立ってやるよ。俺が勝ったら、お前の里の『くノ一・マル秘写真集』を差し出せ」
「……おやおや。愛の形は人それぞれですが、これはまた随分と歪ですね。……よし、せっかくですから、私が審判を務めましょう」
九条が楽しそうに眼鏡を光らせた。
決戦:代々木公園・深夜のラブロマンス
深夜の公園。真一は闇に紛れ、木の葉一枚動かさぬ神速の身のこなしで鷹見に肉薄する。
「死ね、恋敵!」
「甘いぜ。新開発の『セクシー・ホログラム弾』だ!」
鷹見が放った特殊弾丸が空中ではじけ、そこら中に「ウェディングドレス姿のエリカ」の立体映像が浮かび上がった。
「なっ……! どこを見ても、エリカ様が……! 尊い……尊すぎて、刀が振れん……!」
真一が悶絶し、膝をつく。その隙を見逃さず、鷹見が至近距離からシャッターを切ろうとした瞬間。
「あだだだっ!」
見物していたエリカが、暗闇の中で木の根っこに躓き、二人の間にダイブした。彼女の手から飛び出した「聖水の瓶(中身は超強力な潤滑油)」が割れ、地面は一瞬でスケートリンク状態に。
「うわあああ!」
「ぐはあぁ!」
真一と鷹見は、かっこよく決闘していたはずが、ヌルヌルの油の上で情けなく絡まり合い、そのまま公園の池へと滑り落ちていった。
「……九条さん、今です。仕上げをお願いします」
段ボールから顔を出した零士が、ボソリと呟いた。
「承知しました。新呪文、その名も『全人類が、自分が今、ものすごく恥ずかしいポエムをSNSに誤爆したと確信し、死にたくなる』!」
池の中で揉み合っていた二人の脳内に、ありもしない「過去の黒歴史」がフラッシュバックした。
『我が魂の抜刀……それは君への恋のメッセージ(※送信先:全世界)』
『レンズ越しに見つめる君は、俺だけの現像不可能な奇跡……(※ハッシュタグ:#愛のポエム)』
「……うわあああああ! 殺せ! 誰か俺を今すぐ殺してくれ!」
「死ぬ……。一族の家訓よりも重い恥辱だ……!!」
最強の男二人が、池の中で頭を抱えて号泣するという、あまりに無惨な結末となった。
結末:そしてカオスは加速する
翌朝。びしょ濡れの真一は、なぜかプロジェクト・ゼロの事務所で雑用をこなしていた。
「……エリカ様。私は一度敗れた身。これからは、貴女を守る『影の掃除係』として、この代々木に留まる所存です」
「あら、そう? じゃあ、そこのトイレ掃除しといて。あと、タピオカ買ってきて」
「御意!!」
「……最悪だ。事務所にガチの暗殺者が住み着いちまった……。俺の盗撮チャンスが減るじゃねえか」
鷹見が不機嫌そうにカメラを磨く。
「もう勝手になさい……。私は報告書に『異常なし』って書くだけで精一杯よ……」
リンは机に突っ伏した。
こうして、プロジェクト・ゼロに「最強の(ストーカー)用心棒」が加わった。三角関係は解決するどころか、より一層面倒な四角、五角形へと膨れ上がっていくのであった。
幕間:零士の憂鬱
「……九条さん。兄さん、あんなになって……。霧隠一族、もう終わりですよね?」
「ふふ。いいじゃないですか。殺伐とした暗殺稼業より、恋に破れてトイレ掃除をする方が、よほど健康的ですよ。……さて、次はどこの誰が、このカオスに飛び込んでくるのでしょうね?」
第十八章:聖母帰還! 代々木を覆う偽りの光
代々木の街角に、突如として白装束の集団が現れた。彼らは整然と列をなし、手には黄金の燭台、口には神聖な賛美歌を携えている。その中心に鎮座する豪華な神輿の上で、冷徹な瞳をした男が杖を振った。
「見つけましたぞ……。我らが教団の至宝、迷い子となった聖母エリカ様を!」
彼の名は、超巨大宗教団体『天啓の銀河』の最高幹部、ゼノン。エリカがかつて「実家の教団」と呼んでいた、世界中に数百万人の信者を持つ本物の巨大組織の使者である。
聖母奪還作戦
事務所のソファで、エリカはいつになく真剣な表情……というより、単に高いアイスをどっちから食べるか悩んでいた。
「……うわっ、ゼノンの声ね。あの人、しつこいのよ。私が教団の金で勝手にタピオカ屋を作ろうとしたからって、そんなに怒らなくてもいいじゃない」
「金額の問題じゃないだろう……。っていうか、お前、本物の聖母だったのかよ」 鷹見が呆れながらカメラを向けるが、窓の外を見て顔をしかめた。事務所の周囲は、すでに洗脳された「信者特殊部隊」によって完全に包囲されている。
「エリカ様は渡さん……。たとえ神が許しても、この掃除係が許さん!」 真一が、モップを持ったまま窓から飛び出そうとする。だがその時、事務所のドアが静かに開いた。
「皆様、落ち着きなさい。……ゼノン殿、久しぶりですね。あなたの教団の『奇跡の仕組み』、まだあの古い低周波発振器を使っているのですか?」
九条がティーカップを片手に、優雅に現れた。
心理学vs狂信
ゼノンが事務所になだれ込んでくる。彼はエリカの前に跪き、仰々しく手を広げた。
「エリカ様、戻りましょう。貴女がいなければ、信者たちへの『浄化の儀式(集金)』が捗りません。さあ、この聖なる香水を浴びて、自我を捨て去るのです!」
ゼノンが謎の霧を吹きかけようとした瞬間、九条が指を鳴らした。
「新呪文、その名も『全人類が、今この瞬間に、自宅のガスコンロを消し忘れたのではないかという猛烈な不安に襲われる』!」
「……っ!? ……ガス? ……いや、私は今、聖なる儀式を……。だが待て、確かに今朝、紅茶を淹れた後……消したか? 記憶にない! 消していない気がする!」
ゼノンだけでなく、背後に控えていた信者たちも一斉に顔面を蒼白にした。
「実家が燃える!」
「アパートが爆発する!」
「聖なる光より先に、ガスの火が!」
「今よ、鷹見! 零士!」
リンが叫ぶ。
「任せろ! 特製『フラッシュバン・パパラッチ』だ!」
鷹見が放った強烈なストロボ光が、不安で動揺した信者たちの視界を奪う。
「……ひっ! 闇……闇が一番安心する……。でも、エリカ様を連れて行かせない……! 影に潜んで、全員の靴紐を……結び直してやる(歩けなくしてやる)!」
零士がゴミ箱からゴミ箱へと超高速で移動し、信者たちの足元を次々と封鎖していく。
偽りの聖母、真の奇跡
「ええい、黙りなさい! 私こそが神の代弁者だ!」
ゼノンが逆上し、隠し持っていた黄金の拳銃を突きつけた。しかし、そこでエリカの「加護」が発動する。
「ちょっと、うるさいわね! 私のアイスが溶けちゃうじゃない!」
エリカが怒って立ち上がった瞬間、床に落ちていたモップ(真一が置き忘れたもの)の柄を思い切り踏みつけた。テコの原理で跳ね上がったモップの先が、エリカの頭を直撃……するかと思いきや、彼女がのけ反った拍子に、背後の巨大な観葉植物がゼノンの上に倒れかかった。
「ぐわあああ!」
さらに、エリカがバランスを崩して投げ飛ばしたアイスのカップが、ゼノンの持つ拳銃の銃口に見事にホールインワン。
「な……弾が出ない!? アイスの粘着力で、神の弾丸が……!」
「……ふふ。これこそがエリカ様。計算も論理も通用しない、純粋な混沌です。ゼノン殿、あなたの教団に彼女を制御することなど、一億年早いですよ」
九条が冷たく言い放った。
結局、ゼノンと信者たちは、心の底からの「火の用心」という強迫観念に耐えきれず、一目散にそれぞれの自宅へと走り去っていった。
結末:カオスの日常
「……はあ。また変なのと縁が繋がっちゃったわね」
リンがため息をつきながら、散らばったパンフレットを拾い集める。
「いいじゃない。あのゼノンって奴、結構いい顔してたぜ。今度『絶望する教祖』ってタイトルで写真集を出してやるよ」
鷹見がニヤリと笑う。
「エリカ様……。貴女がガスコンロを消し忘れても、この私が宇宙の果てまで火を消しに向かいます!」
真一が目を輝かせて誓う。
「……みんな、バカね。私はコンロなんて使わないわよ。全部九条にやらせてるもの」
エリカがドヤ顔で言い、九条はただ静かに微笑んで頷いた。
こうして、巨大宗教団体の魔の手から(勝手に)逃れたプロジェクト・ゼロ。 だが、この騒動によって、鷹見の刑事時代の過去を知る「ある男」に、彼らの居場所が知られてしまうことになる。
(つづく)




