序章~第十一章
代々木の路地裏でエロ本を巡る出会いから始まった、世界一残念で最高に笑える4人のアウトロー集団の物語。
銃と呪文と転倒事故で今日も世界を救う――
プロジェクト・ゼロのドタバタ劇を、どうかお楽しみください。
序章:吹き溜まりの四重奏
東京・代々木。線路沿いの雑居ビルの三階。
壁の塗装は剝げ落ち、窓の外には電車の轟音と排気の匂いが絶え間なく漂っていた。
その薄暗い一室に、社会のレールからわずかに外れた四つの影が、奇妙な縁で集まっていた。
――すべての始まりは、”路地裏”だった。
<ガンスミス・鷹見>
最初にその場にいたのは、キャップを目深に被った男、鷹見。
元・警視庁特殊部隊の銃器エキスパート。
身に覚えのない女性スキャンダルで警察を追われたのち、数年間、外人部隊に身を投じた経歴をもつ。
拳銃、小銃、散弾銃、機関銃――構造も癖も知り尽くしている。
だが、過酷な任務よりも堪えたのは、部隊に“女性がほとんどいなかった”という現実だった。
「ここは俺の居場所にふさわしくない」
と言い残して帰国した彼は、今は代々木の一室で裏稼業のガンスミスとして身を潜めている。
クールで無愛想に見えるが、カバンの奥にはグラビア雑誌の切り抜きがぎっしり。
彼が見る狙撃用スコープの先には、しばしば近隣女子大の更衣室が入る。しかし、これは偶然にすぎない。……彼はそう信じるようにしている。
<ペテン師・九条>
次に現れたのは、黒いタートルネックに丸眼鏡――
一見すれば上場企業のコンサルタントか大学教授のような風貌だが、その正体は、人の心を操ることを生業とする“言葉の錬金術師”だった。
九条は、自らを「脳の潜在能力を解放する心理コンサルタント」と称し、詐欺まがいのセミナーで多額の利益を得ていた。
だが、彼のトーク術は単なるハッタリではない。相手の癖や微表情、声の抑揚を瞬時に読み取り、次の行動を半ば“誘導する”ことができる。その手腕は、上司を掌で転がすサラリーマンから裏社会の交渉まで、あらゆる場で本領を発揮する。
……もっとも本人は、たまに“自分の名前をポチだと思い込ませる”など、無意味な催眠を披露しては本気でドヤ顔するあたり、やはり胡散臭さの方が勝っている。
信じさせること、それこそが九条にとっての生きがいだった。
<掃除屋・零士>
その路地の隅では、小柄な青年が壁に頭を打ち付けていた。
零士――裏社会の暗殺一家の出で、組織の中でずば抜けた身体能力を持っていたが、生まれつきの“人見知り”が災いし追放された。
戦場では一騎当千の実力を持つ一方、コミュ障のため人の視線を感じたたけで心臓がバクバクになる。
そんなアンバランスさを隠そうと、常に周囲を威圧して誰も近づけないようにしている。
それでも、彼の眼差しにはどこか澄んだ優しさがあった。
<天界の令嬢・エリカ>
最後に転がり込んできたのは、白いドレスを土埃にまみれさせながら全力で走る女だった。
長い金髪が乱れ、息を切らしながらも、その瞳だけはやけに強気だ。
「どきなさい! 私を誰だと思ってるの!」
そう叫びながらゴミ箱につまずき、盛大に転んだ。
彼女の名はエリカ。新興宗教の教祖の娘にして、自らを“神に選ばれた使命を負う身”と信じている。美貌と品格は天使級ながら、致命的なまでのうっかり屋で、潜入任務の途中に自分のコードネームを忘れたこともある。
その日の午後、彼らは偶然、いや運命的(?)に一カ所に引き寄せられた。
鷹見が路地裏で“誰かが捨てたエロ雑誌”を拾おうとした瞬間、混乱の中で四人が重なり合うように転がったのだった。
本を拾い上げたエリカに、鷹見がつぶやいた。
「……あっ、“その本”は…」
あっ、ごめんなさい、その雑誌はあなたの?――って、あなたたち誰なの?一般人じゃなさそうね…」
「……銃のプロだ。雑誌は断じて俺のじゃないぜ…」
「……心理の専門家です」
「……あ、う……」
そんな間の抜けたやり取りも束の間、曲がり角の向こうから、黒スーツの男たちが十人、銃を構えて現れた。大蛇組――九条たちを追っていた極道組織だ。
「ちょっと、どうするんですの!?」
エリカの問いに九条が胸を張って答えた。
「落ち着いてください、ご令嬢……こう見えて私には秘技があります」
「秘技……!?」
「――“右足の靴下が微妙に脱げかかっていると錯覚する”!」
その瞬間、ヤクザたちの足元が一瞬もつれた。
すかさず、零士の体が霞のように動き、十人の関節が一斉に音を立てて外れた。
沈黙が訪れた路地裏で、鷹見だけが小さくつぶやく。
「……悪くねぇ腕みたいだな、みんな」
誰も返さない。ただ、空になった弾倉が地面に転がり、その金属音だけが妙に心地よく響いた。
これをきっかけに、偶然出会った四人は、この世の裏側を渡る“クズで天才”な寄せ集め集団として動き出す。
そして、誰が最初に提案したわけでもなく、いつの間にかその名が定まった。
――“プロジェクト・ゼロ”。
世界でいちばん危なっかしく、最も笑えるカルテットの物語が、ここから始まる。
第1章:潜入!湯けむりカジノの罠
彼らに舞い込んだ最初の依頼は、悪徳政治家が運営する「地下温泉カジノ」から機密データを盗み出すことだった。
「潜入には変装が必要だ。エリカ、お前はバニーガールとしてディーラーに潜り込め。俺と零士は客だ」
鷹見の指示(下心100%)により、エリカは際どいバニー姿に。
「ちょっと! なんでこんなにお尻が出てるのよ! 失礼しちゃうわ!」
と言いつつ、鏡の前で自分の美貌にうっとりするエリカ。
一方、零士は客として椅子に座っているだけで、
「あの男、タダモノじゃない……」
と思わせるように周囲を威圧(実際は隣に座ったマダムに緊張して震えているだけ)。
九条は監視室に潜入し、警備員の「鼻の穴を広げる」呪文で注意を逸らしていた。
しかし、エリカが「必勝の祈り(ただのダンス)」を披露している最中に、機密データの入ったUSBメモリをシャンパングラスの中に落としてしまうという失態を演じる。
「ああっ! 待って、今取るから!」
エリカが身を乗り出した瞬間、バニー服のホックがパァン!と弾け飛んだ。
「お、おおおお……! シャッターチャンス!」
鷹見が隠し持っていた超小型カメラを連写する。
「何してるんですか鷹見さん! 敵が来ましたよ!」
九条の叫びと同時に、カジノの用心棒たちが乱入。
「……ひ、人に見られてる……殺される……殺される前に、やる……」
零士は、観客の視線に耐えきれず発狂。手近なルーレットの球を指で弾き飛ばし、銃を持つ用心棒たちの眉間を次々と正確に撃ち抜いていく(殺傷能力はないが、全員気絶)。
「データは回収した! 逃げるぞ!」
エリカを抱きかかえ、どさくさに紛れて触らなくてもいい部分を大胆に触りながら、鷹見が窓から飛び降りる。
「ちょっと! 今、神聖な場所に触れたでしょ!?」
「黙れ! 重心を安定させるためだ!」
「……あの、九条さん……俺、もう帰りたい……」
限界に達した零士を九条が引きずりながら、4人は爆走するバンに飛び込んだ。
後ろではカジノが爆発。エリカが仕掛けた爆弾のタイマーを間違えて早く設定しすぎたためだった。
「ふぅ……。今回も私の知略のおかげで助かりましたね」
とつぶやく九条に、エリカが言った。
「あんた何もしてないじゃない! 足の指をちょっと痒くしただけでしょ!」
言い争う4人を乗せ、バンは夜の街へと消えていく。
第2章:沈没寸前!?豪華客船と視線恐怖のパニック
今回の依頼は、公海上の豪華客船で開催される「闇の兵器オークション」への潜入。ターゲットは、盗まれた小型核弾頭の起動チップの奪還だ。
「いいか、今回の作戦の肝は『自然に溶け込むこと』だ」
タキシードを渋く着こなした鷹見が、帽子を直しつつ告げる。しかし、その視線はデッキに並ぶビキニ姿の美女たちの胸元に釘付けだ。
「……鷹見さん、鼻の下が3センチ伸びてますよ。あと、その隠しカメラ付きのネクタイピン、レンズがモロに下乳の方を向いてます」
九条が冷めたツッコミを入れる。九条は、なぜか「船専属のマジシャン」という怪しい変装をしていた。
「うるせえ! これは証拠写真の練習だ!」
一方、一番の問題は、パーティー会場の入り口でガタガタと震えている零士だった。
「……む、無理だ……。人が……人が、俺を見ている……あ、う……殺される……視線で殺される……」
「ちょっと零士、しっかりしなさいよ! ほら、私のこの神々しいドレス姿を見て元気出しなさい!」
エリカは、依頼費用を勝手に前借りして買った超高級ブランドのロングドレスを翻し、優雅に(空回りしながら)ポーズを決める。
「……エリカさん、そのドレス、後ろのタグが飛び出てますし、さっきからヒールで自分の裾を踏んでますよ」
「えっ!? ちょっと、誰か直しなさいよ! 私は選ばれしヒロインなのよ!」
オークション会場。チップが出品される直前、九条が合図を送る。
「よし、零士。あそこにいるガードマンたちの注意を逸らせ。お前の『威圧感』で道を空けさせるんだ」
しかし、ガードマンが零士に
「お客様、チケットを拝見できますか?」
と声をかけた瞬間、零士の「あがり症」がリミットを突破した。
「……ひっ! う、あ、あ、あ……あぁぁぁーーっ!!」
パニックに陥った零士は、無意識に手元にあったディナーナイフを投擲。ナイフはガードマンの帽子のエンブレムをミリ単位で弾き飛ばし、その勢いで零士は天井のシャンデリアに飛び移った。
「うわあ! 何よあいつ、野生動物みたいになってるじゃない!」
エリカの叫び声で会場は騒然。武装した用心棒たちが一斉に銃を構える。
「チッ、こうなったら乱戦だ!」
鷹見がリボルバーを抜き放つ。しかし、その瞬間。
「おっと、私の出番ですね。新呪文その名も『全自動・チャック全開』!!」
九条が指を鳴らすと、襲いかかろうとした用心棒たち全員のズボンのチャックが、物理法則を無視して一斉に弾け飛んだ。
「なっ……!?」
「俺のナニが!」
動揺し、股間を押さえる用心棒たち。
「今だ、エリカ! チップを奪え!」
「任せなさい! いけっ、私の聖なる……あだだだっ!」
エリカは突撃しようとして、案の定ドレスの裾を踏んで転倒。そのままゴロゴロと壇上まで転がっていき、偶然にもオークショニアの股間に頭突きを食らわせ、チップのケースを奪い取ることに成功した。
「……人に見られた……恥ずかしい……もう死ぬしかない……」
シャンデリアの上で丸まっている零士を回収し、4人は救命ボートへ飛び込んだ。
背後の客船では、チャックが開いたまま右往左往する用心棒たちと、なぜか勝利の舞を踊ってボートから落ちかけるエリカの叫び声が響いていた。
「……ハァ、今回も散々だったな」
鷹見がため息をつきながら、救命ボートの影でこっそり「エリカの転倒シーン(パンチラあり)」を撮ったデジカメを確認して、ニヤリと笑った。
幕間:秘密のブラックボックス
数日後。代々木の事務所。
「ちょっと、鷹見! 私の勝負服のクリーニング代、経費で落としなさいよ!」
エリカがギャーギャーと騒ぎながら、鷹見のデスクを勝手に漁り始めた。
「おい、やめろエリカ! そこは俺のプライベートな……!」
鷹見が制止するより早く、エリカはある「黒いハードケース」を引き出した。
「何これ? 鍵がかかってる……。九条! 開けなさい! 呪文で!」
「やれやれ。……新呪文『鍵に自分が鍵であることを忘れさせる』」
カチッ、と呆気なく開くケース。中から出てきたのは、大量のSDカードと、手書きで「宝物庫」と書かれたインデックスだった。
エリカがその中の一枚をパソコンに差し込む。 画面に映し出されたのは――。
『潜入:温泉旅館でのエリカ様の寝顔(ヨダレ付き)』
『激写:ガードマンの股間を狙う零士の真剣な横顔』
『秘蔵:九条の丸眼鏡が曇った瞬間』
……そして、膨大な数の「街で見かけた美女の脚」のコレクション。
「…………。」
事務所に凍りつくような沈黙が流れる。
「……あ、う……鷹見さん……最低……」
零士がゴミ箱の中に隠れながら、軽蔑の眼差しを向ける。
「違うんだ! これは、ターゲットの行動確認のついでに、その…プロとしてのリスク低減の…だな……!」
「この変態スナイパー! 私の寝顔を売るつもりだったんでしょ! 慰謝料よ! 1億よ!」
エリカの拳骨が鷹見の脳天に炸裂する。
「まあまあ。これもまた、チームの絆(?)が深まった証拠ですよ。……あ、鷹見さん。私の曇った眼鏡の写真は、1枚1000円で買い取りますからね。著作権料です」
九条がちゃっかり電卓を叩く中、鷹見の悲鳴が代々木の街に響き渡るのであった。
第3章:10万人の視線と過去から来た弾丸
「……い、嫌だ……死んでも嫌だ……絶対に無理だ……」
代々木の事務所の隅で、零士はゴミ箱を被ってガタガタと震えていた。
「いいですか零士さん。あなたの戦闘力は世界一ですが、そのあがり症のせいで、ミッションのたびに私のズボンのチャックを飛ばさなきゃいけないこちらの身にもなってください」
九条が眼鏡をクイと上げ、ホワイトボードに巨大な「100,000」という数字を書いた。
「今週末、神宮外苑で開催される『平和の祈り・超巨大フェス』。そこのゲストスピーカーとして、あなたに15分間の演説をしてもらいます。聴衆は……10万人です」
「10万……!? ひっ、ひっ……うあああああ!」
零士は過呼吸を起こしてひっくり返った。
「大丈夫よ零士! 10万人なんて、ただのジャガイモと思えばいいのよ! 私なんて常に全世界から注目されてる自覚があるわ!」
エリカが根拠のない自信満々に胸を張るが、彼女の着ているブラウスのボタンは、今にも弾けそうなほどパツパツだった。
「(……ジャガイモにしては、あの胸はデカすぎるな)」
鷹見がキャップの下でニヤけながらカメラを構えた瞬間――。事務所のドアが、音もなく開いた。
「相変わらずね、鷹見。最低の角度でレンズを向けているわ」
冷ややかな声とともに現れたのは、黒のライダースーツに身を包んだ、モデルのような美女・美咲だった。
鷹見の動きが止まる。
「……美咲。なぜここがわかった?」
「あんたの隠し持ってる『お宝フォルダ』のパスワード、まだ私の誕生日のままじゃない」
「ええっ!? ちょっと鷹見! 過去の女の誕生日をパスワードにしてるの!? キモっ! 信じられないくらいキモいわよ!」
エリカが自分のことを棚に上げて叫ぶ。
美咲は鷹見の元・相棒であり、ある事件で彼を裏切って消えたはずの女だった。
「昔話をしに来たわけじゃないわ。今週末のフェス、国際テロ組織が『バイオガス』を撒く計画がある。……鷹見、あんたの腕が必要よ」
フェス当日。会場は10万人の熱気に包まれていた。 作戦はこうだ。九条、エリカ、美咲がテロリストを捜索し、鷹見が狙撃ポイントから援護する。そして……「不審な動きを察知させないためのカモフラージュ」として、零士がステージに立つ。
「……あ、う……あ、あ……」
ステージ裏。タキシードを着せられた零士は、今にも魂が口からこぼれ落ちそうだった。
「さあ、行ってきなさい! 私の聖なる加護(という名の物理的な押し出し)よ!」
エリカが零士の背中をド突き、彼は10万人の視線が注がれるステージ中央へ放り出された。
「……ッ!!」
10万人の視線が、レーザー光線のように零士を焼く。その瞬間、九条が呪文を唱えた。 「新呪文! 『全聴衆が自分のお母さんに見える』!!」
零士の目には、10万人の屈強な男たちや若者が、全員「割烹着を着た優しい母親」に見え始めた。
「……お、お母さん……? お母さんが、いっぱい……」
零士がうっとりと語り始めたその時、客席に紛れていたテロリストたちが動き出した。
「見つけたわ! 鷹見、3時方向のスピーカーの上よ!」
美咲が叫ぶ。
「了解だ。……だが、美咲。そのライダースーツのジッパー、もう少し下げてくれないか? フォーカスが合わないんだ」
「死ねばいいのに」
と言いつつも、美咲は囮として大胆にポーズを決める。鷹見の弾丸が、テロリストの手から起動装置を正確に弾き飛ばした。
一方、ステージ上では大変なことが起きていた。 エリカがテロリストを捕まえようとして足を滑らせ、舞台袖の巨大なレバーに激突。 すると、ステージ上に「大量のローション」が噴出する特効演出が誤作動した。
「きゃあああ! 何これ、ヌルヌルするー!!」
エリカがステージ上で無様に滑り、バニーガール顔負けのポーズで転倒。
それを見た零士の「お母さんフィルタ」が、パニックでバグを起こした。
「……お母さんが、ヌルヌルに……!! お母さんを汚す奴は……全員殺す……!!」
零士はヌルヌルのステージ上を、摩擦係数を無視した動きで滑走。 襲いかかるテロリストたちの間を、見えない刃のように通り抜け、一瞬にして全員を「全裸に近い状態」まで切り刻んで無力化した。
「……いやあ、圧巻ですね。まさに『母への愛』が奇跡を起こしました。……まあ、呪文の副作用で、彼は1週間ほど誰を見ても『ママ』と呼ぶようになりますが」
九条が満足げに頷く。
こうして、テロは阻止されフェスは大成功(?)に終わった。 美咲は、鷹見の頬に軽くキスをして(そして隙を見て彼の財布から10万円抜き取って)、再び夜の街へ消えていった。
「ちょっと! 鷹見、あの女と何してたのよ! 鼻の下伸ばしちゃって!」
エリカが詰め寄る。
「……ママ……。エリカママ……お腹すいた……」
零士がエリカの腰にしがみつき、虚空を見つめている。
「ちょっと零士!? 誰がママよ! 離しなさい! ……あーん、もう! 私の聖なる美貌が台無しじゃない!!」
夕暮れの神宮外苑。 財布を盗まれた鷹見と、ママと呼ばれるエリカ、電卓を叩く九条、そして廃人となった零士。彼らの「特殊コンサルタント」としての絆は、今日も最悪な形で深まるのであった。
第四章:覚醒!有能秘書モードの大誤算
代々木の雑居ビルに、かつてない静寂が訪れていた。窓から差し込む午後の光を浴びながら、鷹見は愛銃の手入れを止め、呆然と目の前の光景を眺めている。ゴミ箱の中に引きこもっていた零士も、信じられないものを見たという顔で、そっと蓋を上げた。二人の視線の先にいるのは、あのポンコツの化身、エリカだった。
「鷹見様、コーヒーのお代わりはいかがでしょうか。豆はキリマンジャロを中煎りにし、抽出温度は八十四度に設定しております」
タイトな黒の事務服に身を包み、眼鏡をかけたエリカが、非の打ち所のない所作でカップを差し出す。数日前、エリカは安売りスーパーの特売卵を死守しようとしてトラックの荷台から転落し、頭を強打した。その結果、彼女は自分の名前以外のすべてを忘れ、代わりに「超一流の秘書」としての才能に目覚めてしまったのである。
「……おい九条、これどういう状況だ。エロ本の隠し場所が全部バレて、五十音順に整理されてるんだが」
鷹見が震える声で尋ねると、九条は電卓を叩きながら溜息をついた。
「記憶喪失による人格の反転、といったところでしょうか。今の彼女は、経理、スケジュール管理、さらには裏社会の交渉術まで完璧にこなしています。おかげで事務所の赤字が三日で完済されましたよ。彼女にかけようとした新呪文『自分の名前が思い出せず、ずっと「あ、えっと」と言うだけになる』が、奇跡的に脳の変なスイッチを押しちゃったのかもしれません」
「零士様、本日の外交ルートの打ち合わせですが、すべて私が代行いたします。あなたはただ、そこに座って威厳を放っているだけで結構です。他の方との視線は私がすべて遮りますので、ご安心ください」
エリカが優しく微笑むと、重度のあがり症である零士は、生まれて初めて人間に対して安らぎを覚え、ポロポロと涙を流した。
「……ま、まま……いや、エリカ秘書……一生、ついていく……」
しかし、そんな平和(?)な時間は長くは続かなかった。エリカの有能すぎる手腕によって、事務所のセキュリティは鉄壁となり、結果として裏社会の大物「暗黒商事」の不正送金ルートを意図せず遮断してしまったのだ。事務所の前に、黒塗りの車が十数台並び、重武装の男たちが降りてきた。
「出てこいプロジェクト・ゼロ! 我々のビジネスを邪魔した代償を払ってもらうぞ!」
玄関を突き破って乱入してきた男たちに対し、エリカは眉一つ動かさなかった。彼女はスッと眼鏡のブリッジを押し上げ、手に持っていたタブレット端末を操作する。
「……お引き取りください。あなた方の組織の脱税証拠、および社長の『裏アカウントでの過激な自撮り写真』は、すでに各関係機関へ予約送信済みです。これ以上の接近は、社会的抹殺を意味します」
完璧なまでの冷徹な交渉。敵のリーダーが顔を青くして後ずさる。だが、業を煮やした一人の構成員が、エリカに向かって銃を向けた。
「うるせえ! 死ね、小娘!」
「……あ、う……エリカ、危ない……!」
零士が飛び出そうとした瞬間、エリカの足元にあった「お徳用洗剤のボトル」が、不自然な方向に滑り出した。九条がこっそり指を鳴らしたのだ。
「新呪文、その名も『床が氷並みにツルツルになるけど、自分だけは滑らないと思い込む』」
敵の足元が猛烈に滑り、銃弾は大きく逸れた。そしてその弾丸は、運悪く(あるいは運良く?)、壁に掛かっていた「特大サイズのタライ」の紐を断ち切った。
ゴンッ!!
凄まじい音と共に、タライがエリカの頭頂部に直撃する。一瞬の静寂の後、エリカは白目を剥いてその場に倒れ込んだ。
「……おい、まさか……」
鷹見が恐る恐る近づくと、エリカの瞼がゆっくりと開いた。
「……痛ったぁーい! 何よこれ! 誰が私の聖なる頭にタライを落としたのよ! 九条、あんたね!?」
叫び声と共に、彼女の周囲に漂っていた「知性」という名のオーラが、一滴残らず消散した。ポンコツ女神の帰還である。
「ちょっと鷹見、何よその顔! さっさとあの黒服の人たちを追い払いなさいよ! 私は選ばれし貴婦人なのよ、あんなむさ苦しい男たち、見てるだけで目が腐るわ!」
エリカが駄々をこねるように足をバタつかせると、その拍子に彼女のスカートのジッパーがパァンと弾け飛んだ。
「……ああ、この感じだ。この、何の役にも立たないのに、無駄にスリルだけはある展開……」
鷹見はどこか安心したような顔でリボルバーを抜き放ち、エリカの「残念な曲線美」を網膜に焼き付けながら、敵に向かって引き金を引いた。
「さあ、仕事の時間だ。零士、ママが怒ってるぞ」
「……ママじゃない……けど……殺す……」
零士の神速のナイフが閃き、敵の服だけをシュレッダーのように切り裂いていく。九条が「相手のベルトだけを急激に熱くする」という地味な呪文で援護する中、代々木の雑居ビルは、再びいつもの騒がしさと、ちょっぴりのエッチなハプニングに包まれるのであった。
「ちょっと九条! さっきの呪文のせいで、私のこの最高級のストッキングまで伝線したじゃない! 弁償よ、一億円よ!!」
夕暮れの事務所に響く、美貌だけは一流な女性の怒声。彼らの戦いは、これからさらに「世界を救う(かもしれない)」大騒動へと繋がっていくことになる。
幕間:九条の隠し口座と、エリカの「有能な残り香」
事件の翌日。エリカが記憶を失っていた間に作成した「完璧な財務諸表」を眺めながら、九条はニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
「……フフフ、彼女がうっかり書き残したこの『暗号資産の運用プログラム』。これさえあれば、世界経済を裏から操ることも不可能ではない……。私のような天才に相応しい力だ」
九条が震える指でエンターキーを押した瞬間。パソコンの画面に現れたのは、黄金に輝く財宝の山ではなく、エリカの直筆メッセージだった。
『このボタンを押した人は、一週間、鼻の穴が三倍に広がります。――賢者エリカより愛を込めて』
「ぶっ……!?」
九条の鼻が、物理法則を無視して横に広がり始める。どうやら、有能だった頃のエリカは、自分が元のポンコツに戻ることを予見し、九条が調子に乗った時のための「聖なる罠」を仕掛けていたらしい。
「……九条、その顔……ぷっ、あははは! まるでゴリラね! 傑作だわ!」
「……くっ、エリカさん……覚えておきなさい……私の新呪文『笑うたびに自分の靴が片方ずつ脱げる』を、あなたに……!」
代々木の午後は、呪いと笑いと共に過ぎていくのであった。
第五章:富士の樹海とAIの悶絶小指
代々木のボロ雑居ビルに、かつてないほど「世界滅亡」の足音が近づいていた。事の始まりは、九条がネットの闇掲示板で見つけた、ある「予言」だった。当初は誰もが誇大妄想の類だと笑い飛ばしていたが、その日の夕刻、空が不自然な紫色に染まり、スマートフォンのすべての通信が遮断されたとき、四人は事の重大さに気づかざるを得なかった。
「どうやら、カルト組織『虚空の眼』が、成層圏にある旧時代の衛星兵器の制御を奪ったようです。彼らの目的は、この不浄な文明を太陽光レーザーで焼き払うこと。……いやあ、これはさすがの私も、少しだけ胃が痛い展開ですね」
九条は鼻の穴が三倍に広がる呪いからようやく解放されたばかりの顔で、冷静にタブレット(オフライン)を操作した。今回の標的は、富士山の麓にある放棄されたレーザー受信基地。そこにあるメインサーバーを物理的に停止させる以外に、世界の終わりを止める術はない。
「よし、行くぞ。……エリカ、お前は今回も囮だ。その、何だ……なるべく布面積の少ない格好をしておけ。敵の注意を逸らすためだ。あくまで作戦上の理由だぞ」
鷹見は愛用のマグナムをホルダーに収めながら、予備の弾丸と一緒に「高画質カメラのメモリーカード」をポケットにねじ込んだ。
「ちょっと! 何よその『作戦上の理由』って! 私を何だと思ってるのよ! 私は選ばれし聖女なのよ、そんな下品な……あだだだっ!」
言いかけたエリカは、いつものように自分の足を引っ掛けて転倒した。その拍子に、彼女が着ていたミニスカートの裾が機材の角に引っかかり、無惨な音を立てて大きく裂けた。
「……見えた。吉兆だ。今日の俺の動体視力は、かつてないほど研ぎ澄まされている」
鷹見が確信に満ちた顔で親指を立てる。一方で、零士はすでにパニックの限界に達していた。何しろ今回の敵は、一万人を超えるカルト教団の信者たちなのだ。
「……一万人……一万人が、俺を見る……あ、う……一万人の眼球に、焼かれる……死ぬ……」
「零士さん、安心してください。九条特製の『対人センサー遮断ゴーグル』です。これをかければ、周囲の人間がすべて『動くダンボール箱』に見えます。……さあ、世界を救いに行きましょう」
四人を乗せたオンボロのバンは、不気味な紫色の空の下、富士の樹海へと突き進んだ。
基地に潜入すると、そこは白装束に身を包んだ信者たちで埋め尽くされていた。
「あ、あ、あああああーーっ!!」
零士の絶叫が響き渡る。ゴーグルの隙間から一瞬だけ生身の人間が見えてしまったのだ。恐怖が臨界点を超えた零士は、もはや制御不能の「死神」と化した。彼は重力など存在しないかのような動きで壁を走り、ダンボール箱(信者)たちを次々と昏倒させていく。
「今だ、九条! サーバー室へ行け!」
「了解。エリカさん、あなたはそこで適当に踊って、敵を混乱させてください」
「もう! 投げやりね! 私の聖なる舞は高いわよ!」
エリカがヤケクソになって踊り始めると、裂けたスカートが激しく翻り、カルト信者たちの信仰心が別の意味で揺らぎ始めた。信者たちが鼻の下を伸ばして釘付けになっている間に、九条と鷹見は最深部のコントロールルームへと辿り着く。
しかし、そこには世界最強のセキュリティAI「イヴ」が待ち構えていた。
「警告。物理的な破壊は不可能です。すべてのハッキングも無効化しました。衛星のカウントダウンまで、あと三〇秒」
「……九条、どうにかしろ! 俺のマグナムじゃコンピュータの魂までは撃てない!」
鷹見が叫ぶ。九条は眼鏡を光らせ、絶体絶命の瞬間、人知を超えた行動に出た。
「やれやれ。科学で勝てないなら、非科学で対抗するまでです。……新呪文、その名も『全知全能のAIが、自分の右足の小指をどこかの角にぶつけたような気がして、三分間悶絶する』!!」
「……は?」
鷹見の呆れ声を無視して、九条が指を鳴らした。その直後。
「……ッ!?……ア、ア、アアア……ッ!!」
冷徹だったAIの声が、激しい苦悶に歪んだ。無機質なはずのサーバー本体が、まるで小指を押さえてのたうち回っているかのように火花を散らし、エラーログが滝のように流れ始めた。
「今です、鷹見さん! メインスイッチを!」
「……お前、マジで天才か、それともただの馬鹿か……」
鷹見がスイッチを蹴り壊した瞬間、空を覆っていた紫色の光が霧散し、平和な夜空が戻ってきた。こうして世界は救われた。一人のインチキ魔導士の、あまりにも「しょうもない」呪文によって。
「……ふふふ。見ましたか、これぞ人類の英知です」
鼻を高くする九条の背後で、ようやく正気を取り戻した零士が、信者たちの山を見て再び失神していた。
「ちょっと! 九条! 私、踊りすぎて腰を痛めたわよ! あと、この破れたスカート、どうしてくれるのよ! 恥ずかしくて外を歩けないじゃない!」
エリカが涙目で詰め寄るが、鷹見はすでに彼女の背後から、完璧なアングルで「破れた隙間から見える聖なる領域」を撮影し終えていた。
「気にするなエリカ。お前の犠牲が世界を救ったんだ。……さあ、代々木に帰って、お祝いに特売の半額弁当でも食べようぜ」
「冗談じゃないわよ! 高級レストランに連れて行きなさいよ!」
富士の麓に響き渡る残念な美女の叫び。プロジェクト・ゼロ。彼らの戦いは、明日もまた、誰にも知られることなく(そして誰からも感謝されることなく)、新宿の片隅で続いていくのである。
幕間:九条の「本当の魔力」
事務所に戻った九条は、こっそりと一人で古ぼけた魔導書を閉じた。実は、あのAIを止めた呪文は、一歩間違えれば九条自身の精神が崩壊するほどの高度な「概念干渉」であった……というのは彼だけの秘密である。
「九条さーん、お茶淹れたわよー。……あ、またその変な本読んでる。そんなの読んでるから、鼻の穴が広がっちゃうのよ」
エリカが雑に淹れた、ぬるいお茶を差し出す。
「……お気遣いなく。次は、エリカさんの『口を開くたびに変な擬音が出る』呪文でも開発しましょうかね」
「ちょっと! 呪うわよ! 私の神聖な口に変なことしないで!」
九条は眼鏡を拭きながら、小さく笑った。世界を救うことよりも、この救いようのない仲間たちの騒動を止めることの方が、彼にとってはよほど難易度の高い「魔法」が必要なようであった。
第六章:サバイバル・メイドカフェと究極のオタ客
世界を救ったという自負とは裏腹に、代々木の事務所を襲ったのは深刻な食糧危機であった。プロジェクト・ゼロの銀行口座は、カルト教団のサーバーを破壊した際のハッキング対策によって凍結され、手元に残ったのは鷹見が隠し持っていた「撮影用機材」の山と、エリカが昨日使い果たした美容パックの山だけだった。
「空腹は最高のスパイスと言いますが、これではスパイスだけでメインディッシュがない状況ですね。……あ、零士さん、その壁に付いているシミは食べられませんよ。それは、先週エリカさんがこぼした聖なるココアです」
九条が力なく指摘すると、壁を虚ろな目で見つめていた零士が「……あ、う……」と小さく震えた。そんな中、事務所のボロいドアが勢いよく蹴り開けられた。現れたのは、かつて鷹見の財布を盗んで消えた「元相棒」の美咲だった。
「久しぶりね。……あら、なんだか事務所が磯の香りと絶望に包まれているわね。ちょうどいいわ、あんたたちに儲け話を持ってきたわよ。報酬は、現金一千万円。前払いで二百万、今ここにあるわ」
テーブルに置かれた札束の輝きに、四人の目が一瞬で獲物を狙う猛獣のそれに変わった。依頼内容は、新宿に新しくオープンした「メイド・サバイバル・カフェ」の用心棒兼、店内に隠されたスパイの摘発だという。どうやらその店は、某国の諜報機関が情報の受け渡し場所として利用されているとのこと。
「メイドカフェ……。おい、それはつまり、メイド服を着た美女たちが、俺に『萌え萌えキュン』と囁いてくれる場所か?」
鷹見の瞳に、不穏な火が灯った。彼はすでに、帽子のツバを整え、カメラのレンズを磨き始めている。
「ちょっと! 何で私じゃなくて、そんな安っぽいメイドに鼻の下を伸ばすのよ! 私の方がよっぽど神聖で美しくて……とにかく、その仕事、受けるわよ! 二百万あれば、私の特製最高級シャンプーが十本は買えるわ!」
エリカの判断は早かった。九条も「調査費」という名目で札束を半分懐にしまい、零士に至っては「……メイド……視線が……厳しい……」と震えながらも、空腹には勝てなかった。
当日。新宿のど真ん中に位置するそのカフェは、異様な熱気に包まれていた。作戦は、エリカが「新人メイド」として潜入し、鷹見が客として監視、九条がバックヤードの管理、そして零士は……あまりの挙動不審さを逆手に取り、「超ド級のオタク客」として店内の空気を攪乱することになった。
「……は、恥ずかしい……。死にたい……何で俺が……こんなピンクのバンダナを……」
零士は、客席の隅でガタガタと震えながら、オムライスを凝視していた。しかし、彼の放つ殺気があまりに鋭いため、周囲の客は「あの人、究極のツンデレ推しでは?」と勘違いし、妙なリスペクトを集めていた。
一方、エリカは、案の定メイド服を最高に着こなしてはいたが、仕事の内容は最悪だった。
「はい、お待たせしました! 聖なるオムライスよ! 感謝しなさい、この私がケチャップでハートを描いてあげたんだから!」
と言いながら、ケチャップを客のネクタイに派手にぶちまけ、逆ギレして泣き出すという、接客業としては致命的な失態を繰り返していた。
そんな中、鷹見の「むっつりセンサー」が不審な動きを捉えた。カウンターの奥で、エリカのパンチラを狙っているように見せかけて、実際には巧妙な角度で店内の配電盤に超小型送信機を仕掛けようとしている男がいた。
「見つけたぜ。……九条、あいつだ。二時の方向、眼鏡のデブを装ったエージェントだ」
「了解しました。……さて、せっかくのメイドカフェですからね。風情のある術を使いましょう。新呪文、その名も『萌え萌えキュンと言うたびに、周囲の重力が一・五倍になる』!」
九条が呪文を放った瞬間、店内のステージでメイドたちが一斉に「萌え萌えキュン!」とパフォーマンスを始めた。突如として、店内を襲う異常な重力。
「ぐふっ!?」
スパイの男が、機材を持ったまま床に這いつくばった。同時に、メイド服の重みに耐えかねたエリカも「体が重いわあぁぁ!」と叫びながら、バランスを崩してスパイの上にダイブした。
「な、何だ貴様は!? どけっ!」
「あんたこそ、私のスカートの中に潜り込もうとしたわね! 変態! 万死に値するわ!」
エリカがデタラメに振り回したトレイが、スパイの顎を正確に撃ち抜いた。そこへ、重力に逆らって音もなく移動してきた零士が、恐怖のあまり「視線を合わせないための高速回転」を繰り出し、周囲の護衛たちの武器を瞬時に奪い取った。
「……は、早く……帰りたい……!!」
零士の絶叫と共に放たれた回し蹴りが、店内の装飾を破壊しながら敵を全滅させた。 鷹見は、混乱に乗じてエリカの「重力で強調された胸元」を連写していたが、最後に美咲から背後に回られ、せっかくのメモリーカードを再び没収されるという結末を迎えた。
結局、店は半壊し、報酬の残りは修理代に消えた。代々木の事務所に戻った四人を待っていたのは、美咲が置いていった「二百万円分の、店の売れ残りの冷凍オムライス」だけだった。
「……まあ、飢え死にするよりはマシですね。エリカさん、温めていただけますか?」
「嫌よ! 私に何をやらせるのよ! ……あ、でも、ケチャップで自分の名前を書くのは楽しいかも……」
夕闇の新宿。電子レンジの回転音と、四人の残念な笑い声が、どこまでも虚しく、そして賑やかに響いていた。
幕間:鷹見の「失われた記憶」
「ねえ鷹見。……あんた、美咲さんのこと、まだ好きなの?」
深夜の事務所。エリカが珍しく、真面目なトーンで尋ねた。鷹見は暗闇の中でタバコに火をつけ、帽子のツバを深く下げた。
「……さあな。だが、あいつに盗まれたのは、財布やカードだけじゃないってことだ」
「えっ、何!? 心!? 心を盗まれたの!?」
「……俺の、秘蔵の『女子アナお着替えデータ』入りのHDDだ。あれを返してもらうまでは、死んでも死にきれん」
「……死んでいいわよ、あんた」
エリカの冷たい視線を受けながら、鷹見は静かに煙を吐き出した。彼らの夜は、まだ始まったばかりである。
第七章:秘湯騒乱! 湯けむり宝探しと転倒女神
連日の冷凍オムライス生活に終止符を打つべく、プロジェクト・ゼロの一行は、美咲から持ち込まれた新たな「慰安旅行兼ミッション」に従い、山奥の秘湯、不帰ノ湯へと向かっていた。表向きは「古びた老舗旅館の地上げを狙う地元の暴力団からの警護」だが、美咲が言うには、その旅館の地下には戦時中に隠された「金塊の地図」が眠っているという。
「秘湯……露天風呂……。九条、これはつまり、湯煙の向こう側に『真実』が隠されているという意味だな?」
鷹見は車内ですでに防水仕様の望遠レンズを装着したカメラを愛おしそうに撫でていた。彼の頭の中では、ターゲットの警護よりも、混浴露天風呂における「決定的な瞬間」の記録の方が優先順位の上位を占めている。
「……鷹見さん、そのギラついた目は警護員のそれではありません。捕食者の目です。あと、エリカさんがさっきから浴衣の着付けを間違えて、左前になっているのを教えるべきかどうか、私の論理的思考が迷っています」
「ちょっと! 何よ、秘湯って聞くから期待したのに、このボロさは何!? 聖なる私が泊まる場所じゃないわよ! しかも何よこの浴衣、丈が短すぎて動くたびにお尻が見えそうじゃない!」
エリカが喚き散らしながら、わざとらしく裾をひらつかせる。彼女は文句を言いつつも、自分の美貌が温泉という舞台でどう映えるかを計算し尽くしている節があった。一方、零士はといえば、バンの座席の下に潜り込み、芋虫のように丸まっていた。
「……温泉……裸の付き合い……。無理だ……死ぬ……」
旅館に到着した一行を待っていたのは、案の定、刺青を隠そうともしない強面な男たちと、今にも崩れそうな木造建築だった。夜、作戦が開始された。九条の分析によれば、地図は男湯と女湯の仕切り壁の裏側に隠されているという。
「よし、俺が『警護』の名目で男湯を制圧する。エリカ、お前は女湯から壁の隙間を探れ。いいか、隙間だぞ。絶対にあるはずだ」
鷹見は鼻息を荒くして男湯へ。零士は「ダンボール箱偽装」の術(ただの箱を被って移動するだけ)で廊下の見張りを無力化していく。
だが、事態は思わぬ方向に転がった。旅館に潜入していたのは地元ヤクザだけでなく、地図を狙う国際的な女暗殺者集団もいたのだ。 女湯で呑気に「お肌がツルツルだわー」とくつろいでいたエリカの前に、漆黒の戦闘用レオタードに身を包んだ刺客たちが現れた。
「な、何よあんたたち! 湯船に服のまま入るなんて、マナー違反よ! 罰当たりなんだから!」
「黙れ、小娘。地図の場所を吐け、さもなくばその無駄に整った顔を切り刻んでやる」
「ひっ……! 助けてー! 鷹見ー! 九条ー!」
エリカの叫び声が男湯まで響く。鷹見が壁を蹴破って(ついでにカメラのシャッターを連写しながら)乱入しようとしたが、九条がそれを制した。
「待ちなさい、鷹見さん。ここは私の新呪文を試す絶好の機会です。……いけっ、『温泉の湯気がすべてドライアイスの煙のように濃くなり、三センチ先も見えなくなるけど、足元の石鹸だけは猛烈に光り輝く』!」
九条が指を鳴らした瞬間、浴場内は真っ白な霧に包まれた。視界を奪われた刺客たちは、唯一の光である「床の石鹸」に吸い寄せられるように足を運ぶ。
「なっ、何……足元が……うわっ!?」
ツルンッ、ドシンッ。九条の計略通り、刺客たちは次々と石鹸に足を滑らせ、芸術的な放物線を描いて湯船に沈んでいった。
「……今だ! 零士!」
霧の中から、桶を被った零士が猛然と飛び出した。彼は「誰とも目が合わない」という確信を得た時だけ、文字通り鬼神の如き強さを発揮する。 「……見えない……誰も俺を見ていない……なら、絶対勝てる……!!」
零士の神速の貫手が刺客たちのツボを突き、彼女たちは声も上げられずに気絶していった。その混乱の最中、エリカは滑って転んだ拍子に、偶然にも仕切り壁の隠し扉を頭突きで破壊。中から古びた巻物が転がり落ちてきた。
「……取ったわ! 地図よ! 私の聖なる頭脳が勝利を導いたわ!」
しかし、喜びも束の間。鷹見が「霧が晴れる瞬間」を狙って構えていたカメラには、地図ではなく、転倒して浴衣が完全に捲れ上がったエリカの「聖なる領域」が、これ以上ない鮮明さで記録されていた。
「……神はいた。地図などどうでもいい。これこそが人類の至宝だ」
「ちょっと鷹見! 今、どこ撮ったのよ! 消しなさい、今すぐ消さないと一兆円請求するわよ!」
結局、地図の中身は「美味しい温泉卵の作り方」という先代店主の冗談だったことが判明し、報酬は激減。美咲には「楽しかった?」と嘲笑され、またしても一文無しに近い状態で代々木に帰る羽目になった。
「……まあ、いいじゃないですか。零士さんのあがり症が『霧の中なら大丈夫』という限定的な進歩を遂げましたし」
「……ママ……霧、買って……」
「誰がママよ! 九条、あんたのその変な呪文のせいで、私の髪がパサパサじゃない! 責任取りなさいよ!」
事務所に響くいつもの怒声。だが、鷹見だけは満足げに、暗室で一枚の写真を現像し、そっと「家宝」と書かれたフォルダに仕舞い込むのであった。
幕間:九条の「本当の狙い」
「……九条さん。あんた、あの地図が偽物だって、最初から知ってたんだろ?」
深夜、鷹見がタバコを燻らせながら尋ねた。九条は眼鏡を拭きながら、薄く笑った。
「さあ、何のことでしょう。ただ、あの旅館の経営難を救うには、一度『宝探し騒動』を起こして話題にするのが一番手っ取り早かった……とは言えるかもしれません。明日のワイドショーは、あの秘湯の話題でもちきりですよ」
「……相変わらず食えねえ野郎だよ。だが、あんたのおかげで、俺のコレクションに新たな伝説が加わった。礼を言っておくぜ」
「それは何より。……あ、鷹見さん。その写真、あとで私に一枚コピーを。研究資料として、ですよ」
二人の悪党は、暗がりの中で静かにグラスを合わせた。プロジェクト・ゼロ。彼らの「正義」は、今日もどこまでも不純で、そして少しだけ温かい。
第八章:全人類モゾモゾ計画と女神の後頭部
代々木の街が、奇妙な静寂に包まれていた。空には巨大なデジタル・クロックが投影され、謎のカウントダウンが刻まれている。世界中の人々がスマートフォンの画面を凝視したまま動かなくなり、街の至る所で「無気力な人間」の群れが呆然と立ち尽くしていた。プロジェクト・ゼロの事務所だけが、いつものように騒がしいのが救いだった。
「……解析が終わりました。某国のIT長者が打ち上げた衛星『ネオ・エデン』による全人類へのマインドコントロールです。特定の周波数を流すことで、人々の思考能力を奪い、従順な家畜に変えようとしています」
九条が眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。
「思考停止の波……。道理で、さっきからエリカの顔を見ても、鼻の下が伸びないわけだぜ。俺の野生が、世界的な危機のせいで萎縮しちまってる」
鷹見が愛銃のシリンダーを回しながら、苦々しく吐き捨てる。
「ちょっと! 失礼ね! 私の美貌はマインドコントロールを跳ね返すくらいの神々しさがあるのよ! ほら、零士もそう思うでしょ!」
エリカがポーズを決めると、ガタガタと震えていた零士が、ようやく口を開いた。
「……あ、う……みんな、動かない……。視線が、死んでる……。死んだ目に囲まれるの、一番怖い……。助けて、ママ……」
今回の標的は、新宿の超高層ビルの屋上に設置された「送信アンテナ」だ。これを破壊すれば、衛星とのリンクが切れ、人類は正気を取り戻す。四人は人影の消えた新宿の街を駆け抜け、ビルの最上階へと乗り込んだ。そこには、完璧な論理で設計された最強の防御システム「アブソリュート・ロジック」が待ち構えていた。
「侵入者を確認。全人類の効率的な統治を妨げる『非論理的分子』を排除します」
無機質な声と共に、レーザー砲を装備した最新鋭のドロイド兵が群れをなして現れる。 「……あ、う……ダンボール、ダンボールをくれ……!!」
零士が恐怖のあまり、自分のマフラーで顔を隠しながら、盲目的な猛攻を開始した。視界を遮断した零士は、ドロイドの動きを「音」と「殺気」だけで察知し、音速の踏み込みで次々と機械の首を跳ね飛ばしていく。
「いいぞ零士! 俺も援護する!」
鷹見の銃弾が、ドロイドのセンサーを的確に破壊する。だが、敵の数は無限に近い。さらには、ビルの床が電磁障壁に覆われ、四人の動きを封じようとしてきた。
「九条! 何か呪文はないのか! この『論理的すぎる敵』を黙らせるやつを!」
鷹見が叫ぶ。
九条は、ゆっくりと懐から「古びた十円玉」を取り出し、宙に放り投げた。
「……やれやれ。科学と論理の極致に対し、私のインチキ魔術がどこまで通用するか。……新呪文、その名も『全人類が、靴の中に小さな小石が入っているような気がして、三秒ごとに足をもぞもぞさせる』!」
「……はあ!? 世界を救う時に何言ってんのよあんた!」
エリカのツッコミを無視して、九条が指を鳴らした。その瞬間、不可解な現象が起きた。衛星を通じて「全人類の感覚」と繋がっていた防衛システムが、全人類から一斉に送信された。「右足の不快感」という莫大な非論理的データを受信し、オーバーヒートを起こしたのだ。
「警告……不快……指数、計測不能。全人類の右足に……未知の物理的干渉……。エラー、エラー……」
ドロイドたちの動きが、一斉に「足をもぞもぞさせる」という奇妙な動作で停止した。
「今です、エリカさん! あなたの『聖なる重さ』で、あの制御パネルを破壊してください!」
「私、重くないわよ! ……って、きゃあぁぁ!」
エリカが突撃しようとして、案の定、床に落ちていたドロイドの首に足を滑らせた。彼女はそのまま巨大な弾丸と化して飛び、メイン制御パネルに後頭部から激突した。ガシャーン!! という凄まじい音と共に、アンテナから放たれていた紫色の光が消え、夜空に星が戻ってきた。
世界は救われた。全人類の「右足の違和感」と、一人の美女の「致命的な不注意」によって。
「……やったわ! 私が世界を救ったのね! 感謝しなさい、この女神に!」
エリカが頭に大きなこぶを作りながら立ち上がると、衝撃でドレスのストラップが外れ、危うく「全世界への放送事故」が起きそうになる。
「待てエリカ! 動くな! 今、その決定的瞬間を……世界平和の象徴として記録に残してやる!」
鷹見が涙を流しながらシャッターを切る。
「……あ、う……みんな、目が動いてる……。怖いけど、さっきよりマシだ……」
零士がマフラーを巻き直し、静かに安堵の息をついた。
こうして、史上最も「しょうもない」呪文によって、世界は救われた。九条の魔術はインチキだったはずだが、システムを狂わせた「不快感」の正体は、今も科学では証明されていない。
幕間:代々木、祝杯の夜
「……九条さん。あの呪文、本当は全人類に効いたんじゃなくて、あのAIの『計算式』の中に小石を放り込んだだけなんじゃないですか?」
事務所でシャンパン(という名の安物の炭酸水)を飲みながら、鷹見が尋ねた。
九条は眼鏡を拭きながら、不敵に笑った。
「さて。ですが、明日のニュースは『世界的な足のむくみ現象』で持ちきりでしょうね。私の魔術の副作用は、意外と長く残るんですよ」
「ちょっと二人とも、私の活躍の話をしなさいよ! あのパネル、私の頭で壊したのよ! 慰謝料代わりに、明日から一週間、私の朝ごはんはパンケーキの食べ放題にしなさい!」
エリカが叫ぶ中、零士はそっとエリカに近づき、小さな声で言った。
「……エリカ……ママ……。足、痒い……」
「だから、誰がママよ! 自分で掻きなさい!!」
代々木の夜は、笑いと怒声、そしてほんの少しの謎を乗せて更けていく。プロジェクト・ゼロ。彼らの「インチキ」が、いつか本当に神話になる日が来るのかもしれない。
第九章:硝煙と美貌の競演! ヒロインの座を賭けたサバイバル・ゲーム
その日の代々木は、いつにも増して熱気に包まれていた。プロジェクト・ゼロの事務所に、予告もなく現れた美咲が、テーブルの上に一枚の招待状を叩きつけた。それは、南の島で開催されるプライベート・サバイバル・ゲームへの招待状だった。
「いい、鷹見。今回、あんたたちのチームの『真の価値』を見定めさせてもらうわよ。特に……そこにいる、自称・女神のポンコツ娘。あんたが鷹見の隣に立つのに相応しいかどうか、私が直接教育してあげるわ」
「何よ、このライダースーツ女! 私の神聖な美しさに嫉妬してるのね? 受けて立つわよ! 私が勝ったら、あんたの持ってる鷹見の隠し口座のパスワード、全部私に譲りなさい!」
エリカが鼻の穴を膨らませて叫ぶ。彼女の頭の中では、すでに勝利後の豪華なディナーとエステの予約が始まっていた。
「……おい、俺の口座が景品かよ」
鷹見は呆れ顔で帽子を直したが、その手にはすでに、砂埃や水しぶきにも強い、完全防水の超高性能ハイスピードカメラが握られていた。
「……あ、う……南の島……。水着……。知らない人がたくさんいる……。行きたくない……死ぬ……」
零士はいつものように机の下に潜り込もうとしたが、九条がその襟首を掴んで引きずり出した。
「まあまあ、零士さん。たまには日光を浴びないと、あなたのその驚異的な身体能力もカビが生えてしまいますよ。それに……今回の私の新呪文は、水辺でこそ真価を発揮するのです」
翌日、一行は美咲が手配したヘリで無人島へと降り立った。ルールは単純。島中に隠されたフラッグを奪い合い、最後まで生き残ったチームが勝者となる。ただし、使用するのは特殊なペイント弾。命中すれば、その服は瞬時に溶け、屈辱的な「敗北の跡」が刻まれる仕組みだという。
「何?……溶ける弾だと!? 美咲、お前……」
鷹見の瞳が、かつてないほどのプロフェッショナルな輝きを放った。
ゲーム開始の合図と共に、美咲は風のように森の中へと消えた。プロの暗殺者としての動きは無駄がなく、隙がない。一方のエリカは、なぜか「戦う女神」を自称して用意した、際どすぎるハイレグ仕様のバトル水着で堂々とビーチを歩いていた。
「さあ、出てきなさい! この美しすぎる私を撃てるものなら撃ってみなさいよ!」
パシュッ! という音と共に、エリカの足元にペイント弾が着弾した。
「きゃああ! 何これ、熱い! 溶けてる! 私の最高級の水着が、お尻のところが変な形に!」
エリカがパニックで走り回ると、その振動でさらに布地が危うい状況になっていく。それを木の上から望遠レンズで捉える鷹見。
「いいぞエリカ、そのままジグザグに動け! 画角が最高だ!」
「助けなさいよ、この変態スナイパー!」
そこへ、美咲が仕掛けたトラップが次々と発動する。零士は「水着の女性がこっちを見ている」という恐怖心からくる異常な反射神経で、飛んでくるペイント弾をすべて空中で叩き落としていたが、ついには限界に達した。
「……無理だ……。美咲さんの……あの大人な色気、視線が痛い……。もう、消えたい……」 零士が砂浜に穴を掘って埋まろうとしたその時、九条が動いた。
「やれやれ。そろそろお披露目しましょう。新呪文、その名も『全人類が、急に猛烈なクシャミをしたくなり、その拍子に自分の水着の紐を引っ張ってしまう』!」
「どんな呪文よ! 最低だわ!!」
エリカの叫びを余所に、九条が指を鳴らした。
茂みに潜んでいた美咲が、突如として「ハ、ハ、ハックシュン!」と大きなクシャミを放った。その反動で、彼女のライダースーツのジッパーが大きく下がり、中から覗く艶やかな肌が白日の下に晒される。
「……っ!? 何よこれ、体が勝手に……!」
「今だ、エリカ! 聖なる突撃だ!」
九条に促され、エリカはヤケクソになって美咲に飛びかかった。しかし、そこはエリカ。案の定、砂浜に落ちていた流木に躓き、美咲を巻き込む形で二人で波打ち際へともつれ込んだ。
バシャーン! と大きな水しぶきが上がる。揉み合う二人。解ける紐。溶けるペイント。飛び散る海水。
「ちょっと! 離しなさいよ、このポンコツ!」
「あんたこそ、その隠し口座のパスワードを言いなさいよ! この泥棒猫!」
二人の美女が砂まみれになって取っ組み合いを演じるという、鷹見にとってはまさに「天国」のような光景が展開された。鷹見はすでに予備のメモリーカードを使い切り、最後には自分の眼球にその光景を焼き付けるべく、カメラを捨てて双眼鏡を覗き込んでいた。
結局、勝負はエリカが偶然美咲の脇腹をくすぐったことで美咲が爆笑し、その隙にフラッグを奪った(と思ったら、エリカがそれを「高いバナナ」と勘違いして食べてしまった)ため、引き分けという形に終わった。
「……まあ、いいわ。あんたのその、予測不能な馬鹿さ加減。それも一つの才能かもしれないわね」
夕暮れのビーチで、ボロボロになった水着をタオルで隠しながら、美咲が小さく笑った。
「ふん、当然よ! 私に勝とうなんて、百万年早いのよ!」
エリカは勝ち誇ったように鼻を鳴らしたが、彼女のタオルが風で飛ばされ、再び悲鳴を上げることになったのは言うまでもない。
幕間:夕暮れのデッキと、失われたデータ
帰りのヘリの中。鷹見は真っ青な顔で自分のカメラを見つめていた。
「……嘘だろ。九条、お前の呪文のせいか……? メモリーカードが……全部、砂の城の画像に書き換わってやがる……」
「ああ、言い忘れました。私の魔術を水辺で使うと、記録媒体が『一番純粋な子供の心』に同期してしまうんですよ。つまり、あなたが撮りたかった邪な欲望は、すべて砂遊びの思い出に変換されたわけです」
「九条ぉぉ!! てめえ、 わざとやっりやがったな!!」
鷹見の絶叫がヘリの中に響く中、エリカは美咲と仲良く(?)美容トークに花を咲かせていた。
「ねえ、美咲。あんたのそのお肌、やっぱり特殊なオイルとか塗ってるの?」
「そうね。知りたいなら、次のミッションを成功させたら教えてあげるわ」
その様子を、零士は遠くを見つめる目で見守っていた。
「……あ、う……ママが、二人……。世界が、終わる……」
プロジェクト・ゼロ。彼らの戦いは、新たなライバル(?)を加え、ますます混迷を深めていくのであった。
第十章:王室騒乱! 偽りの女王と震える騎士
代々木の事務所に、またしても美咲が「厄介すぎる黄金」を運んできた。今回の依頼主は、欧州の小国「ラピスラズリ王国」の王室。急進的な反対派によるクーデターの噂がある中、建国記念パーティーを無事に乗り切るため、毒を盛られて一時的に執務不能となった女王と、ショックで引きこもった騎士団長の「身代わり」を務めてほしいというのだ。
「いい、期間は三日間。報酬は一人五千万。これ、内金の一千万よ」
テーブルに置かれたアタッシュケースの中身を見た瞬間、エリカは自分のアイデンティティをあっさりと捨て去った。
「任せなさい! 私こそが真の女王よ! むしろ、今まで私が女王じゃなかったことの方が世界の歴史のミスだわ!」
数日後、四人は王国の古城にいた。エリカは、宝石を散りばめた、胸元が大胆に開いた深紅のドレスを身に纏い、すでに女王気取りでふんぞり返っている。
「オーッホッホ! 誰か、私のこの聖なる喉を潤すために、最高級のシャンパンを持ってきなさい!」
「……エリカさん、まだパーティーは始まっていませんし、その椅子は女王の玉座ではなく、ただの掃除用具入れの椅子ですよ。あと、コルセットがキツすぎて、さっきから顔が青白いです」
九条は、宮廷魔術師を装った銀のローブに身を包み、冷淡に指摘した。
一方、最大の問題は、伝説の騎士団長に扮した零士だった。彼は白銀のフルプレート・アーマーに身を包んでいたが、その中身はガタガタと激しく振動し、甲冑同士が「カシャン、カシャン」と悲鳴を上げていた。
「……無理だ……。騎士団長なんて……何千人もの部下に、指示を出すなんて……。視線が、鉄板越しに突き刺さってくる……死ぬ……」
「零士、しっかりしろ。お前はただ、黙って立っていればいい。……俺も、この王室専属ガン・マスターという立場を最大限に利用して、城内の『防衛ポイント』……主に侍女たちの着替え室付近を重点的にパトロールしてやる」
鷹見は、騎士の礼装を渋く着こなしつつも、その隠しポケットには最新の超小型高性能カメラが数台、すでにスタンバイされていた。
建国記念パーティー当日。大広間には各国の要人が集まり、熱気に包まれていた。 エリカは、女王としての威厳(と、コルセットで強調された圧倒的な美貌)で会場を魅了していたが、いよいよ反対派の刺客たちが動き出した。給仕に化けていた暗殺者たちが、一斉に隠し持っていたナイフを抜く。
「偽物の女王め! 覚悟しろ!」
「ひっ……! 助けて! 零士! 鷹見!」
エリカが悲鳴を上げながら逃げ回ると、案の定、豪華な絨毯に足を滑らせた。その拍子に、彼女のドレスのストラップがブチッと弾け飛び、あわや王室最大の不祥事という展開に。
「……待て、エリカ! そのまま倒れるな! 今、最高のアングルで……いや、防衛体制に入る!」
鷹見がリボルバーを抜き放ち、暗殺者たちの武器を次々と狙撃していく。しかし、敵は増援を呼び、会場は大混乱に陥った。
「九条! 何か呪文はないのか! この『王族の誇り』を傷つけないようなやつを!」
「やれやれ。では、この高貴な場所に相応しい『礼儀正しすぎる』呪文をお見舞いしましょう。新呪文、その名も『全人類が、急に自分が生まれた時の体重を思い出して、その場に丸まって泣きたくなる』!」
九条が指を鳴らした瞬間、襲いかかろうとした暗殺者たちが、一斉に「……おぎゃあ……おぎゃあ……」と呟きながら、床にうずくまって咽び泣き始めた。 「母さん……僕は、あんなに小さかったのに……何で人を殺すなんて……」 会場がシュールな泣き声で埋め尽くされる中、零士のパニックが頂点に達した。
「……視線が……泣いてる目が……怖い……!! 怖いから、全員眠れ……!!」 零士は甲冑の重さを感じさせない神速の動きで、床で丸まっている刺客たちの首筋を、次々と手刀で打ち据えていった。それはもはや騎士の戦いというより、慈悲深い(物理的な)救済に近い光景だった。
混乱の最中、エリカは脱げかかったドレスを必死に押さえながら、偶然にも壁に飾られていた「伝説の聖剣」を掴んで振り回した。
「もう! 私のドレスを返してよ! この、スケベな刺客たち!」
デタラメに振るわれた聖剣が、部屋の支柱を粉砕。崩れ落ちたシャンデリアが、残っていた反対派の首謀者をピンポイントで押し潰し、クーデターはあっけなく鎮圧された。
「……フッ、さすがは我が国の女王陛下だ。あの『破廉恥な戦い方』こそが、勝利を呼ぶ鍵だったというわけか」
鷹見は、ボロボロになったエリカの姿を(主に危うい部分を重点的に)一万枚ほど撮影し、満足げにカメラを収めた。
結局、本物の女王たちが復帰するまでの間、プロジェクト・ゼロは「伝説の英雄チーム」として国民から熱烈な支持を受けることになった。
幕間:王室の秘密と、消えた金貨
「……九条さん。今回の報酬、何だか金貨の袋が一つ足りない気がするんですが」
帰りの専用機の中で、鷹見が帳簿を眺めながら呟いた。九条は優雅に紅茶をすすりながら、遠くの雲を見つめている。 「ああ、あれですか。……実は、エリカさんが女王を演じていた間に勝手に発行した『エリカ様を讃える特製記念メダル』の鋳造費用に消えましたよ。一万枚ほど作ったそうです」
「ちょっと二人とも! 見てよ、私のこの肖像画! 素晴らしい出来栄えでしょ! これ、事務所の玄関に飾りなさいよ!」
エリカが掲げた肖像画には、なぜか彼女が「バニーガールの耳をつけた女王」という、歴史がひっくり返るような姿で描かれていた。
「……あ、う……ママ……。その絵……視線が、怖い……」
「零士、あんたも騎士ならシャキッとしなさいよ! ほら、私のメダルを一〇〇枚くらいあげるから!」
代々木に戻った彼らを待っていたのは、山のような「価値のない記念メダル」と、クーデターを阻止したという偽りの栄光だけだった。だが、鷹見のパソコンには、王室の公式記録には絶対に残せない「聖なる女王の、不徳な一瞬」の数々が、厳重なパスワードと共に保存されるのであった。
第十一章:呪いの孤島! 精霊の求婚と根っこの花婿
ラピスラズリ王国の報酬で、束の間の豪華客船クルーズを楽しんでいたはずの四人だったが、運命の女神はエリカ以上に気まぐれだった。突如として発生した「魔のバミューダ海域的な渦」に巻き込まれ、目が覚めたとき、彼らは地図に載っていない不気味な孤島、通称「迷い子の島」の砂浜に打ち上げられていた。
「……おい、俺の最高級防水カメラが砂まみれだ。だが、おかげで水に濡れて透けたエリカのドレスという、国宝級の光景が目の前にある。絶望の中にも光はあるもんだな」
鷹見は砂を吐き出しながら、すでにシャッターを切っていた。
「ちょっと! どこが光よ! 私のプラチナブロンドが潮風でゴワゴワじゃない! 早く高級ホテルのスイートルームに連れて行きなさいよ、この無能スナイパー!」
エリカが喚き散らすと、島のジャングルがそれに応えるかのようにザワザワと不気味に揺れた。
「……あ、う……この島、視線が多すぎる……。木も、草も、みんな俺をジロジロ見てる……。死ぬ、土に還りたい……」
零士はすでにパニックで、自分の体を砂浜に半分埋めて擬態していた。
「皆さん、落ち着きなさい。この島は強力な魔力の磁場に覆われています。どうやら、島全体が一つの『意思』を持っているようですね」
九条が眼鏡を拭きながらジャングルの奥を見つめると、巨大な蔓が蛇のように伸びてきて、エリカの足を優しく、しかし力強く絡めとった。
「きゃあ! 何よこれ、セクハラよ! 私の美しい脚を触っていいのは、一兆円払った人だけなんだから!」
エリカが暴れる中、森の奥から荘厳な、しかしどこかズレた声が響き渡った。
「……おお、見つけたぞ……。純粋なる『空虚の美』を持つ乙女よ。我が森の王妃として、永久にこの地で暮らすが良い……」
現れたのは、樹齢数千年を越える巨大な精霊「ウッド・ベル」。彼はエリカの「中身が何もないポンコツな魂」に一目惚れしてしまったらしい。
「えっ、王妃? 私が? ……まあ、精霊にまで求められるなんて、私の美貌も罪深いわね。いいわよ、毎日最高級の木の実と、朝露のシャンパンを用意するなら考えてあげても……」
「エリカさん、調子に乗らないでください。王妃になるということは、あなたの体も徐々に木に変わるということですよ。光合成だけで一生を終える覚悟があるんですか?」
九条の冷徹なツッコミに、エリカは一瞬で青ざめた。
しかし、事態はそれ以上に深刻だった。精霊の王は、論理的な思考を持つ九条を「島の秩序を乱す毒」と判断し、地中から伸びた巨大な「知恵の根っこ」を彼の体に巻き付けたのだ。
「……秩序を司る者よ。お前は我が妹である『千年の根』と契りを結び、永遠に地下で大地の計算を手伝うがいい……」
「なっ、根っこと結婚!? 冗談ではありません! 私にはまだ、解明すべき世界の謎と、隠し持っているエリカさんの恥ずかしいデータが山ほどあるんです!」
九条が珍しく取り乱す中、鷹見はといえば、木に同化しかけて服がボロボロになったエリカを「神秘的だ……」と言いながら連写し、零士は「……根っこの結婚式、お祝いのスピーチとか……絶対無理……」と失神しかけていた。
「鷹見! 撮影してないで助けなさいよ! 私、足の指から葉っぱが生えてきたわよ!」 エリカの叫び声と共に、ジャングル全体が結婚行進曲のような不気味な音色を奏で始めた。
「やれやれ。根っことの結婚生活なんて、私のプライドが許しません。……新呪文、その名も『全島規模の、猛烈な「くすぐったさ」の誘発』!!」 九条が指を鳴らした瞬間、島全体に不可視の波動が広がった。
「……ッ!? ぐ、ふふっ、アハハハハ!!」 威厳のあった精霊の王が、巨大な枝をバタつかせて爆笑し始めた。九条を拘束していた根っこも、ミミズのように悶え、地面をのたうち回る。
「く、くすぐったい……! やめろ、そこは私の『年輪』の性感帯……アハハハ!!」
「今だ、零士! 逃げるぞ!」
鷹見の声に、零士が覚醒した。彼は爆笑して緩んだ蔦の間を、重力を無視したスピードで駆け抜け、エリカと九条を小脇に抱えて海面へと飛び出した。
「……あ、う……笑ってる森……怖い……!!」
零士の脚力が水面を叩き、四人はボロい救命ボートへと飛び乗った。背後では、島全体が波打つように笑い転げ、巨大な津波(笑いすぎによる海水の変動)が発生していた。
「ちょっと! 助かったのはいいけど、私の爪が緑色になってるじゃない! どうしてくれるのよ、九条!」
「命があっただけ感謝してください。私の『花婿』としての価値を認められた妹さんには、あとで呪い返しを送っておきますから」
「……ま、待て。今の『笑い転げる森と、衣服が弾け飛んだ精霊の女王』のショット……。これは現代アートとして数億円で売れるかもしれん」
鷹見は満足げにカメラを抱きしめ、水平線の向こうに見える代々木の幻影を追うのであった。
幕間:事務所の鉢植えと、九条の憂鬱
代々木に戻った翌日。 エリカは、島からうっかり持ち帰ってしまった「精霊の種」を、事務所の窓際にある鉢植えに植えていた。
「ねえ九条、これに水をあげたら、またあの王様が来るのかしら? 今度こそ、ダイヤモンドのなる木を育てさせたいんだけど」
「やめてください。そんなことをしたら、今度は事務所ごと地下に引きずり込まれますよ」 九条が溜息をついた瞬間。鉢植えから小さな芽が伸び、九条の指に優しく、恋人同士のように絡みついた。
「……あら、九条。その根っこ、なんだかあんたに懐いてるじゃない。やっぱり相性がいいのよ。結婚おめでとう、お幸せに!」
「……エリカさん。今度その口を開いたら、あなたの声を一週間だけ『カエルの鳴き声』に変えますよ」
「ケロっ!? ……あ、まだ何も言ってないわよ!」
プロジェクト・ゼロ。彼らの日常に、また一つ、救いようのない「呪い(愛)」が加わった夜だった。
(つづく)




