今は亡き後
私はいつも健康診断で肝臓で再検査がでていました。
このままではいけないと肝臓と向き合う時間を作りたくてみた夢を言語化できたらと思い綴りました。
気がついたとき、私は自分が死んだのだと悟った。
驚きも恐怖もなく、ただ「そうなのだろう」と受け入れている自分がいた。
世界は、どこか色褪せていた。
白黒ではない。けれど鮮やかだったはずの家族の服も、
リビングの観葉植物も、台所に置かれた緑黄色野菜でさえ、
陰影のような色をまとっているだけだった。
家族の声も輪郭がぼやけていた。
自分のすぐそばにいるのに、遠くのほうから響いてくるみたいに。
私はここにいるのに、ここにはいない。そんな感覚が続いていた。
彼女がいた。
俯いたまま、一言も発しない。
生まれながらの家族に囲まれているのに、彼女の周りだけがひどく静かだった。
家族が気を遣っているのがわかる。
その沈黙の中心に、彼女がいる。
ここは実家のリビングだ。
いつも祖父母が祈っている部屋。神棚のある場所。
私は信心深いほうではなかった。
だからこうなったのだろうか、と一瞬だけ思う。
しかしその理由さえ、どうでもいいような気がしてしまう。
彼女に触れたい。
肩に手を置くだけでいい。名前を呼ぶだけでいい。
けれど近づこうとすると、世界がわずかに歪む。
触れることを拒んでいるように。
それなのに視点は、生きていた頃と同じ高さのままだ。
どこか上から見ているのではなく、確かに“ここに立っている”はずなのに。
私は死んだのだ。
最後の記憶を探してみる。
海。
それだけは覚えている。
多分、溺れたのだろう。
けれど確信はない。
脂肪肝だった。
肝機能が弱っていて、身体全体にガタがきていた。
そのまま静かに終わったのかもしれない。
理由はいくつもあるのに、どれも本当のようで嘘のようだ。
気がつくと、自分の手が肝臓のあたりに添えられていた。
そこに痛みはない。重さもない。
ただ、触れていた。
「ごめんね」
声は出たのか、自分の胸の中で響いただけなのかもわからない。
「ごめんね、えり」
彼女の名を呼んだとき、色褪せた世界が少しだけ揺れた。
その揺れが、涙のようにも見えた。
ひとりにしてしまった。
その事実だけが、死んだあとにも残っていた。
目を覚ました私は、まだ温もりの残る身体を抱きしめるように、そっと両手を肝臓のあるあたりに置いた。
夢の続きがそこに残っている気がして。
小さく呟いた。
「ごめんね」
その言葉は、誰に向けたものだったのだろう。
身体か。彼女か。
あるいは、まだ生きている自分自身にか。
世界はもう色を取り戻していたが、胸の奥だけは、
あの夢の褪せた静けさをまだ少し抱えていた。
拙い文章ですが、最後まで読んでいただけたなら幸いです。ありがとうございます。




