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賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


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第43話

 日本中が『ゲート構想』という、あまりにも巨大で、そしてあまりにも厄介なパズルに頭を悩ませ、その議論が日増しに熱を帯び、もはや全国規模の口喧嘩へと発展しようとしていた、土曜日の午後。

 その日、官邸の記者会見場は、またしても異様な熱気に包まれていた。

 数日前に急遽告知された、『政府による重要発表』。

 ゲート構想の設置場所がついに決定したのか。それとも、アメリカとの間で何か新たな動きがあったのか。あるいは、沈黙を守る中国・ロシアが、ついに牙を剥いたのか。

 様々な憶測が飛び交う中、集められた数百人の記者たちは、今か今かと、その発表の瞬間を待ちわびていた。


 やがて、演台に立ったのは、沢村総理ではなかった。

 内閣官房長官、九条。その鉄仮面のような無表情は、今日の発表が、政治的な駆け引きや、国家間の緊張を煽る類のものではないことを、暗黙のうちに示していた。

 会場が、静まり返る。

 九条は、集まった記者たちをゆっくりと見渡すと、用意してきた原稿を、淡々と、しかし歴史の教科書の一ページを読み上げるかのような、厳かな口調で語り始めた。


「――皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。先日、沢村総理より発表いたしました『ゲート構想』につきましては、現在、国民の皆様から数多くの貴重なご意見を賜りながら、関係各所と鋭意調整を進めているところであります。この国の未来を形作る、重要な議論です。政府として、今後も時間をかけ、丁寧に、そして真摯に、この課題に取り組んでいく所存です」


 まず、国内の最大の関心事であるゲート構想に釘を刺す。その老練な話術。

 記者たちが、「なんだ、今日はその話ではないのか」と、わずかに弛緩した、その瞬間。

 九条は、本題を切り出した。


「本日、皆様にお集まりいただきましたのは、全く別の、しかし、我が国にとって、いや、全人類にとって、これ以上ないほど喜ばしい、新たな一歩についてご報告するためであります」

 彼は、そこで一度、 劇的な間を置いた。

「皆様もご存知の通り、我が国とアメリカ合衆国は、友好国である異世界『アステルガルド』のリリアン王国と、平和的な文化交流及び、科学技術交流を進めております。その交流が、今、新たなステージへと進むことになりました」


 ゴクリ、と。誰かが息を呑む音が、静まり返った会場に響いた。


「来る、近日中。リリアン王国の陛下の名代として、王国の最高顧問にして、王立魔導院の長である、大魔導師エルドラ様が、我が国、日本へ、公式な親善訪問をされることが、正式に決定いたしました」


 その一言が、静寂を打ち破った。

 異世界人の、来日。

 それも、ただの商人や兵士ではない。国家の最高レベルの重鎮が、公式な『国賓』として、この国を訪れる。

 その事実が持つ、あまりにも巨大なインパクト。

 記者たちは、声も出せずに、ただ九条の次の言葉を待っていた。


「エルドラ様の来日は、記録に残る人類の歴史上、我々とは異なる世界に生まれた知的生命体が、公式な使節として、初めてこの地球という惑星に足を踏み入れることを意味します。これは、いかなる誇張もなく、コロンブスのアメリカ大陸発見、あるいはアポロ11号の月面着陸にも匹敵する、人類史に残る偉業であると、我々は考えております」

 九条の声に、わずかに熱がこもる。

「我々日本政府は、この記念すべき最初の交流が始まることを、心の底から喜ぶと共に、エルドラ様を、最大限の敬意と、おもてなしの心をもってお迎えする所存です。そして、この歴史的な訪問が、我々二つの世界の、恒久的な平和と、相互理解、そして共に発展していく未来への、確かな礎となることを、強く願っております」


 そして彼は、予想される質問の嵐を先回りするように、釘を刺した。

「しかし、皆様。ご理解いただきたい。今回の来日は、我々にとって、全く前例のない、未知との遭遇であります。エルドラ様の安全を確保し、そして実りある交流を実現するためには、万全の準備と、慎重な配慮が不可欠です。つきましては、具体的な来日の日程や、滞在中のご予定につきましては、現時点では未定であると、発表させていただきます。詳細が決まり次第、改めて皆様にはご報告いたします。どうか、国民の皆様におかれましても、冷静な、そして温かい心で、この歴史的な瞬間を見守っていただきたく、お願い申し上げます。私からは、以上です」


 質疑応答は、もはや狂騒そのものだった。

「長官! エルドラ様とは、人間なのですか!?」「いわゆる、エルフや魔法使いといった存在なのでしょうか!?」「魔法は、この世界でも使えるのですか!?」「皇居や伊勢神宮への訪問は、予定されているのですか!?」

 あらゆる質問が、怒号のように飛び交う。

 その全てを、九条は「お答えは差し控えます」「調整中です」「決まっておりません」という、完璧な官僚答弁で、柳のように受け流し続けた。

 そして、会見は、熱狂の頂点の中で、一方的に打ち切られた。


 その日の夜。

 日本の全てのテレビ番組が、この歴史的な発表の話題で、完全にジャックされた。

 中でも、最も高い視聴率を記録していたのは、ゴールデンタイムに緊急生放送された、あるニュース特番だった。


『――こんばんは! 「ニュース・ディープダイブ緊急特番、異世界から初の国賓! 日本、そして世界の未来は!?」、司会の宮澤です!』

 スタジオには、日本を代表する知識人たちが、興奮した面持ちで顔を揃えていた。

 国際政治学者、経済アナリスト、そして、特別ゲストとして、今や異世界ジャンルの第一人者として、政府のアドバイザーも務めるライトノベル作家、沢渡恭平の姿もあった。


「いやあ、宮澤さん! まさか、こんな日が本当に来るとは!」

 番組の冒頭、興奮気味に口火を切ったのは、政治評論家の田崎だった。

「これは、沢村政権による、あまりにも見事な一手ですよ! ゲート構想を巡って、国内がギスギスした雰囲気に包まれていた、まさにこのタイミングで、このカードを切ってきた! 国民の関心を、国内の利権争いから、異世界という壮大な夢と希望へと、一気にかっさらっていきましたからね。これは、一種の『お祭り』ですよ。しばらくは、このお祭りムードで、日本中が盛り上がるでしょう」


「経済的なインパクトも、計り知れません」と、経済アナリストが続く。「『エルドラ様、来日』。このニュースだけで、明日の株式市場は、観光、インバウンド関連の銘柄を中心に、記録的な高騰を見せるでしょう。彼女が、日本のどこを訪れるのか。その視察先の一つに選ばれるだけで、その地域の経済効果は、オリンピック招致にも匹敵するかもしれません」


 そして、司会の宮澤が、この日の主役ともいえる沢渡に、話を振った。

「沢渡先生。先生は、これまで数多くの異世界を舞台にした物語を、執筆されてきました。その専門家として、今回のニュースを、どうご覧になりますか?」


「ええ、まあ、専門家と言われると、少し照れますが…」

 沢渡は、まんざらでもない、という顔で口を開いた。その瞳は、作家としての興奮で、キラキラと輝いていた。

「正直に言って、鳥肌が立ちましたよ! まさに、これは我々が愛してきた、ライトノベルやアニメ、『ゲート』の世界そのものじゃないですか! これまでは、我々が『向こう側』へ行く話だった。でも、今度は、『向こう側』から、我々の世界へ、公式な使節がやって来るんですよ!? これは、もう、フィクションが現実を超えた瞬間です!」

 彼は、身振り手振りを交え、熱っぽく語り始めた。


「しかも、やって来るのが、ただの使節じゃない。『大魔導師』ですよ! おそらくは、エルフか、それに近い長寿種族でしょう。数百年の叡智と、我々の物理法則を超越した『魔法』をその身に宿した存在。そんな方が、日本の、例えば国会に現れたら、どうします!? ぜひ、国会の証人喚問にでも、出て欲しいですね! 『魔法とは何か』『マナの根源とは』なんて、予算委員会で議論してほしいですよ!」


 その、あまりにもオタク的で、しかし誰もが想像して胸を躍らせてしまうような光景。

 スタジオは、大きな笑いに包まれた。

 番組は、視聴者からの声を、次々と紹介していく。

『エルフに会えるとか、マジ!? 秋葉原に来てほしい!』

『日本の伝統文化に触れて、何を思うのか、すごく興味がある。ぜひ京都へ!』

『総理、グッジョブ! これで、ゲートの設置場所を巡る、地元の醜い争いを、少しは忘れられるよ…』


 熱狂。

 興奮。

 そして、現実逃避。

 日本中が、九条の、そして沢村の思惑通り、異世界からの来訪者という、巨大な祭りの熱に、浮かされていた。


 官邸、執務室。

 沢村と九条は、その熱狂的なテレビ番組を、冷めた目で見つめていた。

 モニターの中では、コメンテーターたちが、エルドラが訪れるべき日本の名所について、楽しそうに議論を戦わせている。

「いや、やはり日本の精神性に触れてもらうなら、伊勢神宮でしょう!」

「何を言うか! 我が国の最先端の科学力を見せるべきだ! 筑波の研究学園都市に決まっている!」


「……上手くいきましたな、総理」

 九条が、静かに言った。「ガス抜きとしては、これ以上ないほどの効果です。これで、数週間は、時間を稼げるでしょう」


「ああ。だがな、九条君」と、沢村は疲れた声で答えた。「祭りは、いつか必ず終わる。そして、祭りの後には、現実が、それも以前よりさらに巨大になった現実が、我々の前にのしかかってくる」

 彼は、テレビの電源を、リモコンで消した。

 熱狂が消え失せた執務室に、再び重い静寂が戻る。


「エルドラ師の、本当の目的は、観光などではない」と、沢務は続けた。「彼女は、我々の『科学』を、その神髄を、探りに来るのだ。そして、その対価として、我々がまだ抗うことのできない、『エリクサー』や『若返りのポーション』といった、悪魔のカードを、ちらつかせてくるだろう」

 彼は、窓の外の暗い空を見上げた。

「我々は、国民の目を、一つの大きな夢に向けさせることに成功した。だが、その夢の裏側で、我々は、人類の未来を左右する、あまりにも危険な取引を、始めなければならないのだ」


「御意」

 九条は、静かに頷いた。

「ショーの、準備を始めましょう、総理。人類史上、最も華やかで、そして最も危険な、外交という名のショーの、準備を」


 その日、日本は、一つの大きな夢に酔いしれた。

 その夢が、やがて自分たちをどこへ連れて行くのかも知らずに。

 ただ、テレビの中の熱狂に、我が身を委ねて。

 そして、その熱狂を冷徹に作り出した二人の男は、その夢の裏側で、次なる、そしてより困難な現実との戦いに、その身を投じようとしていた。

 神の不在のまま。

 人間たちだけで、紡がれていく、希望と、絶望の物語。

 その、新たな一幕が、今まさに、静かに、そして華やかに、始まろうとしていた。

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秋葉原はヤバいエッチな叡智が見られてしまう
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