表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/145

第37話

 その報告は、月のない深夜のワシントンD.C.に、一本の赤い電話よりもたらされた。

 ホワイトハウス、シチュエーションルーム。アメリカ合衆国大統領、ジョン・トンプソンは、CIA長官から突きつけられた、にわかには信じがたいインテリジェンスレポートに、眉間の皺を深くしていた。


「……正気か、君は」

 トンプソンは、低い声で唸った。「日本の総理大臣と官房長官が、眠っていない? そして、同時に二つの場所に存在している、だと? スパイ映画の見過ぎではないのかね」


「残念ながら、事実です、大統領」

 CIA長官は、動じることなく答えた。「過去二週間の、沢村総理と九条官房長官の動向を、衛星とヒューミント(人的情報)の両面から追跡した結果です。彼らのバイタルサインを遠隔でモニタリングしている我々の協力者によれば、二人はこの十日間、合計で五時間程度しか睡眠を取っておりません。しかし、そのパフォーマンスは全く落ちていない。むしろ、以前よりも精力的にさえ見える。そして、これが決定的な証拠です」

 長官は、テーブルの中央に置かれたモニターに、二つの映像を並べて映し出した。

 片方には、日本の国会で野党の厳しい追及に答弁する沢村総理の姿。もう片方には、官邸で開かれているゲート構想の専門部会を、テレビ会議で主宰する沢村総理の姿。

 映像の右上に表示されたタイムスタンプは、全く同じ日時を指していた。


「……合成フェイクではないのか」


「複数の専門家チームが、あらゆる角度から分析しましたが、その痕跡は一切確認できませんでした。結論として、我々は一つの、ありえない可能性を認めざるを得ません。彼らは、KAMIから何らかの新たな力を授かった。それは、睡眠を不要にし、そして、自らの分身を作り出す能力である、と」


 シチュエーションルームは、重い沈黙に包まれた。

 数秒後、その沈黙を破ったのは、トンプソン大統領の、怒りに満ちた拳がテーブルを叩きつける、激しい音だった。


「――ずるいぞ! うちも欲しい!」


 彼の口から飛び出したのは、一国のリーダーとは思えない、子供の嫉妬のような、剥き出しの本音だった。

「我々だって、同じように身を粉にして働いている! 私のスタッフは、この数ヶ月、家族の顔さえまともに見れずに、この世界の危機に対応しているんだ! なのに、なぜ日本だけが! 同盟国だろう!? パートナーだろう!? なぜ、我々に黙って、そんな便利なものを手に入れているんだ!」


 彼の怒りは、もっともだった。

 神の力を巡るこの奇妙なゲームにおいて、日米は運命共同体のはずだった。だが、そのパートナーが、自分に黙って強力な「チートアイテム」を手に入れていた。それは、裏切りにも等しい行為だった。

 トンプソンは、即座に決断を下した。

「東京に繋げ。今すぐ、四カ国首脳レベルの緊急ビデオ会議を要請する。沢村総理に、問いたださねばならん。一体、どういうことなのか、と」


 その数時間後。

 東京、ワシントン、北京、モスクワを結ぶ、最高機密の回線が、再び開かれた。

 モニターに映し出された沢村と九条の顔は、以前とは比較にならないほど健康的で、血色も良かった。その事実が、トンプソンの苛立ちに、さらに火を注いだ。


「――沢村総理。単刀直入に伺う」

 トンプソンは、外交儀礼もそこそこに、本題を切り出した。「貴殿らが、我々に黙ってKAMIから新たな力を得たというのは、事実かな?」


 その、あまりにも直接的な問い。

 沢村は、一瞬だけ九条と顔を見合わせた後、静かに、そして正直に頷いた。

 彼は、KAMIから二つのスキル…『超効率的睡眠』と『分身』を授かった経緯を、隠すことなく三カ国のリーダーたちに説明した。自らが精神的、肉体的に限界を迎え、神の「福利厚生」として、半ば強制的に与えられたのだと。


 その説明を聞き終えたトンプソンの反応は、早かった。

「なるほど、事情は理解した。ならば、話は早い。その『福利厚生』とやらを、我が国にも提供していただきたい。我々の政府職員も、貴国に劣らず疲弊している。同盟関係の健全な維持のためにも、能力の均等化は不可欠であると考える」

 彼の要求は、純粋に、そしてプラグマティックに、自国の組織のパフォーマンス向上を目的としたものだった。


 だが、北京とモスクワの反応は、全く異なっていた。

 モニターの向こうで、中国の王将軍とロシアのヴォルコフ将軍は、それまで腕を組んで黙って話を聞いていたが、互いに何かを探るような視線を交わした。


「……ふむ」と、最初に口を開いたのは、王将軍だった。「沢村総理、九条長官。貴殿らのご苦労、お察し申し上げる。だが、我が国は、そこまで逼迫してはおりませんな。我々の統治システムは、貴国のような脆弱な民主主義国家とは異なり、極めて強固かつ効率的に機能しておりますので」

 その言葉には、自らの体制への絶対的な自信と、日本への皮肉が、たっぷりと込められていた。

 ヴォルコフ将軍も、それに続いた。

「うむ。我が国も同様だ。我々の指導者は、鋼の精神力をお持ちだ。睡眠不足ごときで、国家の運営に支障をきたすことなど、ありえんよ」


 その、見え透いた強がり。

 沢村と九条は、何も言わずに、ただ黙って彼らの言葉を聞いていた。


「……ですが」

 王将軍は、そこで初めて、その目の奥に、ギラリとした探究心の光を宿した。「その『分身スキル』とやらは、少々興味深いですな」


 彼は、まるで獲物を値踏みするかのように、九条に問いかけた。

「九条長官。いくつか、その能力の詳細について、お伺いしたい。その『分身』とは、単なる影武者のようなものかな? それとも、本体の意思を忠実に実行する、遠隔操作のゴーレムのようなものか? あるいは…」

 彼は、最も核心的な質問を口にした。

「あるいは、その分身もまた、本体と全く同じ意識と記憶を共有する、第二の『本体』なのですかな? どっちもが、本体である、と」


 その問いに、九条は、一瞬だけ答えるのをためらった。

 だが、嘘はつけない。

「……我々の理解では、後者です。意識は、常に両方の身体で共有され、経験と記憶は、リアルタイムで同期されます。どちらが本体で、どちらが分身かという区別は、存在しません」


 その答えを聞いた瞬間。

 王将軍とヴォルコフ将軍の間に、電流のような緊張が走ったのを、沢村は見逃さなかった。

 彼らは、気づいたのだ。

 このスキルの、本当の恐ろしさに。

 その、生産性向上などという矮小なメリットの、さらに奥底に眠る、究極の戦略的価値に。


「……なるほど」

 王将軍は、もはやその興奮を隠そうともせず、呟いた。「なるほど、なるほど。実に、興味深い。つまり、こう解釈できますな」

 彼は、まるで詰将棋の最後の盤面を読み上げるかのように、冷静に、そして恐るべき分析を語り始めた。


「その分身スキルは、どちらもが本体ということは…常に一人の分身を、地球上で最も安全な、地下深くのシェルターにでも保管しておけば、もう一方の本体がどのような攻撃を受けようとも、その指導者の意識と経験は、完全に保持される。究極的には、絶対に死なない、安全な政治家を作り出せる、ということではないですかな?」


 その言葉に、シチュエーションルームのトンプソンが、はっとしたように息を呑んだ。

 そうだ。

 彼は、このスキルの価値を、完全に読み違えていた。

 これは、ただの便利な道具などではない。

 指導者の、物理的な不死を約束する、究極の安全保障システムだ。


「テロリストによる暗殺も、敵国による斬首作戦も、あるいは不慮の事故や病でさえも、もはや意味をなさない。指導者が死なない国家。それは、究極の統治の安定を意味する。これは、我々が探し求めていた、究極の能力ではないですかな?」


 王将軍の言葉は、もはや問いかけではなかった。

 確信だった。


「ぜひ、欲しい」

 今度は、ヴォルコフ将軍が、その欲望を隠すことなく、断言した。

「この能力は、我が国の安全保障にとって、不可欠なものであると判断する。KAMIに、そう伝えていただきたい」

 そして、彼はとどめを刺した。

「具体的に言うと、我が国のプーチン大統領個人を対象として、このスキルを要求する」


「我が国も、同様です」と、王将軍も続いた。「中国共産党中央委員会総書記、習近平首席のために、この能力の提供を、正式に要請いたします」


 会議は、終わった。

 要求は、明確に突きつけられた。

 不死身の独裁者。

 その、あまりにもおぞましく、そして世界のパワーバランスを永遠に固定化しかねない、悪夢のような未来の設計図。

 その実現を、彼らは日本政府を通じて、神に要求してきたのだ。


 官邸の執務室。

 モニターが暗転し、後に残された沢村と九条は、ただ呆然と、互いの顔を見つめることしかできなかった。


「……九条君」

 沢村の声は、絶望によって震えていた。

「我々は、とんでもないものを、世界に示してしまったのではないかね…」

 彼らが、ただ生き延びるために受け入れたスキル。

 それが、独裁者たちの永遠の支配を盤石にするための、究極の道具として、今や軍拡競争の新たな火種となろうとしていた。


「……断ることは、できるのでしょうか」と、九条が呻くように言った。


「断れば、どうなる?」と、沢村は問い返した。「我々だけが、不死の指導者を持つ国となる。彼らは、そのアンバランスを、決して許容すまい。我々を、最大の脅威と見なし、このスキルを奪うか、あるいは無力化するために、あらゆる手段を講じてくるだろう。外交的な圧力だけでは済むまい。それこそ、世界大戦の引き金になりかねん」


「では、受け入れると?」と、九条は続けた。「永遠に権力の座に君臨する、プーチンと習近平が支配する世界。その未来に、我々が手を貸すと?」


 どちらを選んでも、地獄。

 彼らは、神の気まぐれな「福利厚生」によって、人類史上最も困難な、そして最も不道徳な選択を、突きつけられていた。


「……KAMIに、伝えるしかない」

 最終的に、沢村は、力なくそう言うしかなかった。「この要求を、ありのままに。そして、彼女がどう判断されるか。その神託を、待つしかない」


 彼は、自らがもはや、一国の総理大臣などではないことを、改めて痛感していた。

 自分は、ただのメッセンジャー。

 神と、その力を渇望する人間たちとの間を行き来する、哀れな連絡役に過ぎないのだと。

 そして、その連絡ミス一つで、世界は容易に滅びてしまうのだと。


 沢村は、執務室の窓から、暮れなずむ東京の街を見下ろした。

 平和な、日常の風景。

 だが、その平和のすぐ裏側で、今まさに、世界の指導者たちの「不死」を巡る、新たな、そして最もグロテスクな軍拡競争が始まろうとしていた。

 その引き金を引いてしまったのが、自分自身であるという、あまりにも重い十字架を背負いながら。

 彼はただ、これから自分たちが呼び出さなければならない神が、せめてほんの少しでも、理性的な判断を下してくれることを、祈ることしかできなかった。

 その祈りが、おそらくは無駄に終わるであろうことを、心のどこかで予感しながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>世界大戦の引き金になりかねん スキルを使って戦争したら剥奪なら、善意でよこしたスキルを狙って戦争しても剥奪されるとは思わんのかな。
ワーカホリックの日本人はこの危険なスキルを咄嗟に判断出来たが他国は理解出来ていないんだろうね。どちらも本体と言ってるのに片方だけ安全ならokと考えているなんて
総理に物理攻撃無効付与したの忘れてる?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ