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賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


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第236話

 霧の都ロンドン。

 テムズ川の川面に朝霧が立ち込める中、

 この歴史ある都市の地下に張り巡らされた血管――世界最古の地下鉄網「チューブ」は、

 今や全く新しい、そして異質な熱気を孕んだ動脈へと変貌を遂げていた。


 英国におけるダンジョン開放初日。

 F級ダンジョン『メトロ・ラビリンス(地下鉄迷宮)』。


 かつては通勤客でごった返していた地下鉄の駅構内は、

 今や冒険者たちのベースキャンプとして機能していた。

 そこにある光景は、インドのデリーで見られたような怒号と混沌が支配するカオスではない。

 驚くほど整然とし、静謐で、そして冷徹なまでにシステム化された「英国式」の秩序が支配していた。


 その秩序の要となっているのが、

 日本政府からの技術供与によって導入された、

 インド仕込みの『完全予約・順番待ちシステム』である。


「――パーティID:Alpha-704。ゲートオープン。進んでください」


 キングス・クロス駅の改札口。

 自動改札機にスマートフォンをかざすと、無機質な電子音と共にゲートが開く。

 事前にアプリでマッチングを済ませ、指定された時刻に、指定されたメンバーで現れる。

 それは、まるでよく管理された会員制クラブの入店風景のようでもあった。


 ゲートをくぐり抜けた先。

 タイル張りの壁が剥がれ落ち、古代の石壁と融合した薄暗いプラットホームで、

 一つのパーティが顔合わせを行っていた。


 その構成は、英国社会の縮図そのものだった。


「――ごきげんよう。本日はよろしくお願いいたしますわ」


 優雅に一礼したのは、仕立ての良い特注の軽量魔法衣ローブを纏った金髪の少女だった。

 シャーロット・ウィンザー。19歳。

 名門貴族の令嬢であり、ケンブリッジ大学に在籍する才女。

 彼女の胸には誇らしげに『ナイツ・オブ・ラウンド(円卓の騎士)』ギルドの見習いバッジが輝いている。

 その手には、日本のオークションで競り落とされたという、魔力伝導率の高い高級な杖、

『E級・紅蓮のロッド』が握られていた。


「やあ、よろしく頼むよ。今日は良い狩り日和になりそうだね」


 彼女の隣に立つのは、同じく上流階級出身の青年ウィリアム。

 彼は白銀に輝く『F級・ミスリルコート』に身を包み、腰にはレイピアを帯びている。

 彼もまた「円卓」のメンバーであり、今日のパーティにおいては、

 シャーロットの護衛兼指揮官補佐の役割を担っている。


 対して、彼らの向かいに立つ三人の男たちは、明らかに「毛色」が違っていた。


 彼らが身につけているのは、国から貸与された量産型の革鎧と、実用一点張りの武骨な武器。

 防具の肩には『ユニオン・ジャック・レイバーズ(労働者ギルド)』の認識番号が、白ペンキで雑に書かれている。


「……へい、よろしゅう頼みますわ、お嬢様」


 先頭に立った大柄な男ハサンが、少し緊張した面持ちで頭を下げた。

 浅黒い肌に深い彫りの顔立ち。

 中東系の移民二世であり、昨日までは港湾労働者として働いていた男だ。

 彼の手には巨大なタワーシールドが握られている。

 今日の彼の役割は、モンスターの攻撃を一手に引き受ける「タンク(壁役)」だ。


「よろしくな。足手まといにはならねえよ」


 続く男ジャックは鼻を鳴らして、ぶっきらぼうに言った。

 ロンドンの下町イーストエンド出身の生粋の英国労働者階級ワーキング・クラス

 手には工事現場から持ち出したかのような、重そうなスレッジハンマーを持っている。


「あら、貴方は……移民の方かしら?」


 シャーロットが悪気のない、しかし無知ゆえの純粋な瞳でジャックに問いかけた。

 彼女の生活圏において、このような荒々しい風貌の男を見る機会など、これまでの人生でほとんどなかったのだ。

 彼女にとって労働者とは「景色」の一部であり、個として認識する対象ではなかったからだ。


 ジャックのこめかみに青筋が浮かぶ。


「……おいおい、勘弁してくれよ、お嬢様」


 彼はハンマーを肩に担ぎ直し、コテコテのコクニー訛りで言い返した。


「俺は移民じゃねえぜ? じいちゃんの代からロンドンっ子だ。

 この地下鉄の路線図なら、あんたより詳しいくらいだぜ。

 まあ、住んでる世界が違うから分からねえかもしれねえがな」


「まあ! それは失礼いたしましたわ」


 シャーロットは口元を扇子で隠して上品に笑った。悪びれる様子はない。


「言葉遣いが少し……その、ワイルドでしたので。

 勘違いしてしまいましたわ」


「へっ、これだから上流ポッシュは……」


 ジャックが毒づくのを、ハサンが慌てて肘でつつく。

「よせよ、ジャック。雇い主だぞ。機嫌を損ねて契約解除されたら、今日の飯代がなくなる」


 そう。これは冒険ではない。雇用関係だ。

 『円卓』のメンバーが『労働者』を雇い、パーティを組む。

 それが英国政府が定めた「最も効率的で、階級秩序を乱さない」ダンジョン攻略のスタイルだった。


「まあまあ、仲良くやろうじゃないか」


 ウィリアムが爽やかな笑顔で仲裁に入った。


「我々の目的は一つ。効率的なダンジョン攻略だ。

 君たちには前衛で体を張ってもらう。

 我々は後方から火力支援を行う。

 シンプルな分業だ。

 報酬については、アプリでの契約通りで構わないね?」


「ええ、確認しています」


 三人目の労働者、真面目そうな青年のトムが答えた。


「『魔石およびドロップ品は全て労働者側の取り分とする』。

 その代わり『モンスターへのトドメ(ラストヒット)』および、それに伴う『経験値(XP)』の権利は、

 全て貴族様……円卓の方々に譲る。

 これで間違いありませんね?」


「ええ、そうですわ」


 シャーロットが頷いた。


「私達は魔石など不要ですもの。

 はした金は必要ありません。

 欲しいのは『レベル』と『実戦経験』、そして『名誉』だけ。

 お金ならありますから、魔石は全部、貴方達で分けてくださいまし。

 その代わり、トドメは私達に譲っていただきますわよ?

 間違っても、ハンマーで潰してしまわないように」


「ありがてぇな」


 ジャックがニヤリと笑った。これがこの歪なパーティが成立する最大の理由だった。


 金はあるが、強さが欲しい上流階級。

 強さよりも、明日の生活費が欲しい労働者階級。

 互いの需要と供給が、残酷なまでに完璧に噛み合っていた。

 これは「共闘」ではない。

「取引」だ。


「よし、行くか!!!」


 ジャックがハンマーを掲げた。


「お嬢様たちに傷一つ付けさせねえよ。

 その代わり、稼がせてもらうぜ!」


「ええ、頼りにしていますわ」


 シャーロットが杖を構える。


「では参りましょう。

 メトロ・ラビリンス攻略開始です!」


 ***


 ダンジョン内部。

 かつての地下鉄線路は今や苔と発光するキノコに覆われ、異界の回廊と化していた。

 線路の枕木の上を、五人のパーティが進んでいく。


「ギャギャッ!」


 暗闇の奥から耳障りな鳴き声が響いた。

 ゴブリンの群れだ。

 錆びた剣や棍棒を持った小鬼たちが、線路の向こうから走ってくる。

 その数、三体。

 F級ダンジョンの標準的なパックだ。


「敵襲! 前方、三体!」


 ウィリアムが的確に指示を出す。


「前衛ラインを上げろ! 敵を釘付けにしろ!

 後衛に近づかせるなよ!

 シャーロット、詠唱準備!」


「了解ですわ!」


 シャーロットが杖を掲げ、精神を集中させる。

 彼女の視界に浮かぶ半透明のステータスウィンドウ。

 その『スキルセット』の項目には、彼女が事前に入手し、セットした強力なスキルジェム『ファイアストーム』が赤く輝いている。

 武器に埋め込むのではない。

 彼女自身のステータスに紐付けられたそのジェムが、術者の魔力を吸い上げ、現象へと変換していく。


「へっ、雑魚が!」


 ジャックが前に出る。

 ゴブリンが飛びかかってくるが、彼は動じない。

 持っているハンマーをゴブリンの脳天めがけて振り下ろすのではなく、腹部へ向かって横薙ぎに払った。


 ドゴッ!


 鈍い音と共にゴブリンが吹き飛ぶ。

 だが殺しはしない。手加減をしているのだ。

 ダメージを与え、動きを止めるだけ。

 トドメは「雇い主」のものだからだ。


「ハサン! 右!」


「おうッ!」


 ハサンがタワーシールドを構え、右から回り込んできたゴブリンの突進を受け止める。


 ガィィン!


 重い衝撃。だが彼の足は一歩も揺るがない。

 その盾には、アメリカのキャピタル・ギルドから流れてきた『物理耐性強化』のエンチャントが施されている。


「トム! 左を抑えろ!」


「分かってる!」


 トムが長槍を突き出し、左のゴブリンを牽制する。

 三人の労働者が完璧な連携でゴブリンたちの進行を阻み、一箇所に固める。

 それはまさに「肉の壁」だった。


「――準備完了ですわ!」


 後方でシャーロットの声が響く。

 ステータス画面のスキルアイコンが点灯し、彼女の杖の先にバスケットボール大の火球が渦を巻く。

 スキルジェム『ファイアストーム』。

 指定地点に火の雨を降らせる強力な範囲攻撃魔法だ。


「そこを退いて!」


「へいへい、仰せのままに!」


 ジャックたちが慣れた動きで左右に散開する。

 視界が開けた、その瞬間。


「――『ファイアストーム』ッ!!!」


 シャーロットが杖を振り下ろした。

 轟音と共に灼熱の炎の渦が、線路の上を走り抜ける。


 ゴブリンたちが悲鳴を上げる間もなく、炎に飲み込まれる。

 ジュッという音がして、三体のゴブリンは一瞬で炭化し、光の粒子となって霧散した。


 カランカランカラン。


 後に残ったのは黒く焦げた地面と、そこに転がる三つの魔石だけ。


「やりましたねー! ナイスショットです、シャーロット!」


 ウィリアムが拍手をする。


「ふふっ、良い感じですわね」


 シャーロットは額の汗を拭いながら、満足げに微笑んだ。

 彼女の視界には、経験値バーが上昇したことを示すシステムメッセージが表示されている。


「おっ、魔石3つですわ。

 では貴方たちで分けて下さいね」


 彼女は足元に転がる魔石には目もくれず、次の通路へと視線を向けた。


「へっ、ありがてぇな」


 ジャックが魔石を拾い上げ、埃を払ってからポケットに入れた。

 F級魔石一個、1万円相当(ポンド換算で約70ポンド)。

 たった数分の戦闘で、彼らの日当の数倍が転がり込んだことになる。


「おい、分配は後だ。

 次のが来るぞ!」


「了解!」


 彼らは進む。

 貴族が魔法を放ち、労働者が盾となる。

 その奇妙な、しかし恐ろしく効率的な行軍は、ロンドンの地下を深く、深く潜っていった。


 ***


 しばらく周回を続けた頃。

 小休憩の際、ハサンがふとシャーロットの杖を見ながら呟いた。


「……うーん。

 お嬢様の魔法威力はすげえんですが……。

 たまにこっちに流れ弾が来そうで、ヒヤヒヤするんですよね」


 彼は盾の焦げ跡をさすった。さっきのファイアストームの余波だ。


「あら、ごめんなさい。

 でも敵が動き回るものですから、照準を合わせるのが難しくて」


 シャーロットが困ったように言う。

 彼女は才能はあるが、実戦経験は浅い。


「それに……敵の注意ヘイトを固定しきれてない場面もありました」


 ウィリアムが分析する。


「ハサン君が盾で防いでも、知能のあるゴブリン・リーダーなどは盾を無視して後衛の私達を狙ってくることがある。

 それを止める手段が、今の我々には欠けている」


「あー、やっぱりアレか……」


 ジャックが頭をかいた。


「『挑発タウント』のスキルジェムってやつか。

 あれをステータス画面にセットしておけば、叫ぶだけでモンスターの敵対心を強制的に俺たちに向けさせられるんだろ?」


「ええ、そうです」


 ウィリアムが頷く。


「タンク役には必須のスキルですね。

 ですが……君たちは持っていないのかい?」


「……持ってるわけねえだろ」


 ジャックが苦笑した。


「あー、俺等は貰ってないですね。

 貸与された装備はただの鎧と武器だけ。ステータスのスロットは空っぽさ。

 スキルジェムなんて高級品、支給されるわけがねえ。

 市場価格で一つ数十万円(数千ポンド)するんだろ?

 俺たちの給料じゃ、逆立ちしても買えねえよ」


 スキルジェム。

 それはこの世界のダンジョンで稀にドロップする希少品であり、ステータス画面にセットすることで超常の力を発揮するアイテムだ。

 持てる者と持たざる者を分ける、決定的な境界線。


「そうですか……。

 まあ貴方達に不要なのは、そうですが」


 ウィリアムは少し考え込んだ後、シャーロットに目配せをした。

 シャーロットはすぐにその意図を理解した。

 彼女は聡明だ。自分の安全のためには、多少の出費など惜しくはない。


「……タンクとしては、挑発スキルジェムぐらいは欲しいですね」


 彼女は、さも当然のことのように言った。


「貴方たちが敵を漏らせば、私が危険に晒されますもの。

 私の安全のために、貴方たちにはもっと優秀な壁になってもらわなければ困りますわ。

 肉の壁にも、質の向上は必要ですものね」


 彼女は懐から最新型のスマートフォンを取り出した。

 そして執事への直通回線を開く。


「手配しておきましょう!

 じい? 私ですわ。

 ええ、今すぐ『挑発タウント』のスキルジェムを3つ、シティの取引所で落札してちょうだい。

 価格? いくらでも構いませんわ。

 明日の探索までに、この方たちに支給できるように手配を。

 ええ、経費で落としておいて」


 電話を切ると、彼女はニッコリと笑った。


「これで解決ですわね。

 明日からはステータス画面にセットして、ちゃんと私を守ってくださいまし?

 道具は与えましたわよ」


「……マジかよ」


 ジャックたちは顔を見合わせた。

 数十万円のスキルジェムを、電話一本で、しかも三つも。

 まるで消耗品でも買うような気軽さで。


「……へっ、金持ちってのはすげえな」

「ありがてぇ……これで仕事が楽になる」


 彼らは感謝した。

 だが、その感謝の裏には埋めようのない格差への諦めと、そして「施し」を受けることへの微かな屈辱が混じっていた。


 ***


 一方その頃。

 場所は同じロンドン・ダンジョンの少し離れたエリア。

 そこではイギリスとは全く異なる熱気と、そして悲壮な覚悟が渦巻いていた。


「――アレー(行け)! 休むな! 次だ!」


 リーダーの怒号が飛ぶ中、数百人の若者たちが泥まみれになって戦っていた。

 彼らは『EU統合探索者ギルド』の派遣部隊たちだ。

 フランス人、ドイツ人、イタリア人、スペイン人。

 国籍は違えど、彼らの目には共通の色が宿っていた。

「焦り」と「ハングリー精神」だ。


 彼らは「特別ビザ」を持って海を渡り、このダンジョンに潜っている。

 自国にはまだダンジョンがない。ここで稼ぎ、強くなるしかないのだ。


 彼らの手には、日本やアメリカから輸入されたばかりの『スキルジェム』が握られている。

 高額な輸入品。

 政府が血税を投入し、日本やアメリカに頭を下げて買い集めた虎の子の戦力だ。

 ステータス画面のスロットには、彼らの希望が詰まっている。


「日本から輸入したスキルジェム……無双だなー」


 ドイツ人の青年ハンスが、ステータス画面から発動させた『ファイアボール』でゴブリンの群れを焼き払いながら呟いた。

 F級のジェムだが、その威力は現代兵器を凌駕する。


「魔法が使えるだけで、こんなに世界が変わるとはな。

 俺たちは今まで、こんな力を持った連中に経済を牛耳られていたのか。

 日本もアメリカも、こんな力を持っていたのか」


「ああ。だが、これで対等だ」


 隣のフランス人ピエールが剣を振るう。

 ステータスにセットした『ダブルストライク』のジェムが輝き、二連撃が炸裂する。


「早くレベル上げして、ステータスで人生逆転したいぜ。

 イギリス人に雇われてペコペコするのは御免だ。

 あっちのダンジョンで稼ぎまくって、いつかはこのスキルを自分のものにするんだ」


 彼らの装備はイギリスの「円卓」のような高級品ではない。

 日本の中古市場から流れてきた型落ち品やリサイクル装備だ。

 傷だらけの鎧、刃こぼれした剣。

 だが彼らにはハングリー精神があった。


「おい、次のゴブリンのグループ倒しに行こうぜ?」


「ああ、行こう」


 彼らは知っている。

 自分たちが「特別枠」という名の裏口入学で、イギリスのダンジョンに入れてもらう立場であることを。

 だが、中に入ってしまえばこっちのものだ。

 実力で成り上がり、いつか本国に富を持ち帰る。

 それが彼ら「大陸組」の誓いだった。


 ***


 夕方。

 ロンドン、ユニオン・ジャック・レイバーズ・ギルド支部。

 探索を終えたジャックたちのパーティは、換金所のカウンターにいた。


 シャーロットとウィリアムは汚れるのを嫌って、専用のVIPラウンジで紅茶を飲みながら待機している。

 換金手続きのような雑用は、従者(労働者)の仕事だ。


「……査定完了。

 本日の魔石およびドロップ品の総買取額、2100ポンド(約30万円)になります」


 受付の女性が告げた。


「おお……!」


 ジャックたちがどよめく。

 F級ダンジョンにしては上出来だ。

 貴族たちの火力支援のおかげで回転率が桁違いに良かったのだ。

 普通なら一日かかって稼ぐ額を、数時間で叩き出した。


 ジャックは現金を受け取ると、シャーロットたちの元へ戻った。


「イギリス人パーティーでは山分けは貴方達で3等分ですわ」


 シャーロットが当然のように言った。

 彼女にとってその程度の金は端金だ。財布に入れるのも煩わしい。


「どうぞリーダー」


「……へい」


 ジャックは金を三等分した。

 一人あたり700ポンド(約10万円)。

 彼らが工場で働いていた頃の二週間分の給料だ。

 それがたった半日で手に入った。

 手のひらに残る紙幣の厚みが、現実感を伴って彼らの胸を打つ。


「換金おつかれ様。我々は不要なので」


 ウィリアムが微笑む。


「君たちが装備を整えてくれれば、我々も安心して背中を預けられる。

 その金は明日のための投資だよ。

 もっと良い盾を買うなりしたまえ」


「はい、お一人700ポンドですわ」


 シャーロットも優雅に言った。


「また明日も組みたいですけど、どうです?

 貴方達の壁としての働き、悪くありませんでしたわよ。

 私のレベルも上がりましたし、明日はもっと深くまで行けそうですわ」


 上から目線。

 どこまでも「使う側」と「使われる側」の線引が明確な言葉。


 だが、その手には確かな報酬が握らされている。


 ジャックはその札束の厚みを指先で確かめ、そして腹を括ったように笑った。


「ええ、喜んで。

 お嬢様のレベル上げ、とことん付き合わせていただきますよ。

 ……では、また明日」


「ごきげんよう」


 貴族たちは迎えに来た高級車で去っていった。

 残された労働者たちは地下鉄に乗って、パブへと向かう。


「……700ポンドか」


 ハサンが呟いた。


「故郷に送金すれば、家族が一年暮らせる」


「悪くねえ商売だ」


 ジャックはビールを注文した。


「プライドは傷つくが、腹は膨れる。

 それに、あの『挑発』のジェム。あれがあれば俺たちはもっと稼げる。

 ……いつか、あいつらを見返してやるさ」


 彼らは知らず知らずのうちに、このシステムの歯車として完璧に機能し始めていた。

 階級による分業。

 富の偏在と再分配。

 歪んでいるが、確実に回っている。


 ロンドンの霧の中、魔石の輝きだけが人々の欲望を照らし出していた。

 英国のダンジョン・エイジは静かに、そして強固に、その根を下ろしつつあった。

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― 新着の感想 ―
上級ダンジョンは上流階級にだけ開放する、みたいな話してなかったっけ。 労働者階級は、上流階級の低レベル者がレベル上がるまでの肉盾やるのが役目なんじゃない? 上級ダンジョンでは円卓だけでPT組むんだと思…
そもそも上級の人数が足りるのか? そして労働者が経験値得られないならレベルアップも出来ず、上の級のダンジョンに付いてこられなくなるがどうするのか? このやり方で大丈夫なんだろうか。
イギリスのシステムはすすめば進むほど破綻する未来しかないな 労働階級に頼ったシステムだと修羅場や技術が向上せず経験値だけ受け取ってレベルアップするけど上の階層ではそういうの通用しないし上級国民が命のリ…
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