第234話
フランス・パリ16区。
ブローニュの森にほど近い、地図には記載されていない会員制のサロン『ル・サンクチュエール(聖域)』。
ここは、欧州連合(EU)という巨大な官僚機構と、その背後で糸を引くオールド・マネー(旧来の財閥)の頂点に立つ者たちだけが入室を許される、現代の貴族たちの隠れ家であった。
ロココ調の豪奢な内装、ふかふかのペルシャ絨毯、そして部屋を満たす最高級のコニャックと葉巻の紫煙。
数百年の時を経ても色褪せぬマホガ二ーの重厚な家具に囲まれたこの空間は、外の世界の喧騒とは無縁の、時間が止まったかのような静寂と特権意識に支配されているはずだった。
だが今宵、このサロンを支配していたのは、優雅な談笑でも、芸術談義でもない。
壁一面を覆う巨大なハイビジョンモニターから流れる映像に対する、押し殺した怒号と、グラスが砕けそうなほど強く握りしめられた手から発せられる、冷ややかな殺気にも似た苛立ちだった。
『――我々グレート・ブリテンはここに宣言する!』
画面の中では、イギリス首相ボリス・ジョンソンが、ダウニング街10番地の演台を叩きながら、いつものように金髪を振り乱して熱弁を振るっていた。
その背後には巨大なユニオンジャックが掲げられ、熱狂する支持者たちが「God Save the Queen!」「Dungeon is Ours!」とシュプレヒコールを上げている。
その姿は、かつての大英帝国の栄光を夢見る道化のようでもあり、同時に確かな計算に基づいた煽動者のそれでもあった。
『今回のKAMI様によるダンジョンの賦与は、我が国固有の歴史と伝統、そして騎士道精神に対する神聖なる信託である!
これは英国の主権に関わる問題であり、ブリュッセルの官僚どもや国連の空虚な議決ごときに左右されるものではない!
我々のダンジョンは、我々のものだ!
欧州大陸からの干渉は断固として拒否する!
資源も技術も、その全てはまず第一に英国民のために使われるべきである!
我々はもはや、EUの鎖に繋がれたライオンではないのだ!』
ボリスの演説は続く。
それはダンジョンを持たざる国々、とりわけ海峡を挟んだ隣人であるEU諸国への、明白な絶縁状であり挑発だった。
「……野蛮人が」
サロンの主賓席、豪奢な革張りのソファに深く身を沈めていた初老の男が、クリスタルグラスを卓上に叩きつけるように置いた。
アンリ・ド・モンモランシー。フランス重工業界のドンであり、現政権を裏から操るフィクサーの一人である。
彼の顔には、隠しきれない軽蔑と、それ以上の焦燥が刻まれていた。
「聞いたかね、今の暴言を。
『ブリュッセルの官僚ども』だと?
EUの結束を何だと思っているのだ、あの道化は。
ブレグジットでどれほど我々が温情をかけてやったか、もう忘れたというのか」
「全くだ。品性のかけらもない」
向かいに座る肥満体の男が、ドイツ語訛りの英語で同意した。
クラウス・フォン・ウェーバー。ドイツ金融界の重鎮であり、欧州中央銀行(ECB)に絶大な影響力を持つ男だ。
彼は太い葉巻の煙を天井に向けて吐き出しながら、不快そうに顔をしかめた。
「美味しいところだけ持っていき、義務は放棄する。いつもの彼らの手口だ。
魔石という次世代の石油を独占し、我々を飢えさせるつもりだ。
KAMIという後ろ盾を得て、完全に図に乗っている。
……制裁だ。EU全加盟国による対英完全禁輸措置を発動させるべきだ。
ドーバー海峡を封鎖し、ロンドンの食糧を断つ。金融取引も停止させる。
そうすれば、あの島国の猿たちも少しは礼儀を思い出すだろう」
「そうですな。
国連での日本大使の提案……『合意形成』など待っていられない。
実力行使あるのみです。
我々が本気になれば、英国経済などひとたまりもないことを教えてやらねばならん」
サロン内の空気は、対英強硬論一色に染まっていた。
彼らのプライドは傷つけられ、そして何より、目の前にある「無限の富」を奪われた焦りが理性を焼き尽くそうとしていた。
彼らは知っているのだ。
魔石を持たざる経済がいかに脆弱か。
日米中露、そしてインドが爆発的な成長を遂げる中、EUだけが旧態依然としたエネルギー問題と不況にあえぐ未来。
それが彼らフィクサーたちにとっての悪夢だった。
だが。
その殺気立った空間に、場違いなほど軽やかな、そして冷徹に洗練された足音が響いた。
コツコツコツ。
大理石の床を叩く一定のリズム。
「――おやおや。
随分と熱くなっておられますな、紳士諸君。
せっかくの年代物のコニャックが、怒りの熱で蒸発してしまいそうですぞ」
サロンの重いオーク材の扉が開き、一人の男が入ってきた。
仕立ての良いサヴィル・ロウのダークスーツに身を包み、手には黒い革のアタッシュケース。
完璧に整えられた髪、隙のない着こなし、そしてその顔に張り付いた英国紳士特有の慇懃無礼で、どこか人を食ったような薄笑い。
その佇まいは、ここが敵地であることを微塵も感じさせない余裕に満ちていた。
「……誰だ、貴様は」
アンリが鋭く問う。
「ここは会員制だぞ。招待なき者の入室は許されん。セキュリティは何をしている」
「招待状なら、貴方のポケットに入っているはずですが?」
男は涼しい顔で言った。
アンリが眉をひそめ、胸ポケットに手を入れると、そこにはいつの間にか一枚の黒いカードが入っていた。
金色の箔押しで刻印されているのは、英国情報局秘密情報部――MI6の紋章。
「……英国の犬か」
クラウスが低い声で唸り、ソファの肘掛けを握りしめた。
「何の用だ。我々への宣戦布告状でも持ってきたのかね?
それとも、あの道化た首相の演説の続きを生で聞かせに来たのか?」
「とんでもない」
男――コードネーム『アーサー』は優雅に一礼した。
その動作一つ一つが、計算され尽くした演劇のようだった。
「私は平和の使者として参りました。
そして何より……皆様に、この殺伐とした状況を打開する『特別なご提案』をお持ちしたのです」
彼は許可も得ずに、アンリとクラウスの間の席に腰を下ろした。
そしてアタッシュケースをテーブルの上に置き、カチャリと解錠した。
その音は、銃の撃鉄を起こす音のように、静かなサロンに響いた。
中から現れたのは、爆弾でも盗聴器でもない。
一本の青白く発光する液体が入った小瓶と、数個の黒く輝く石。
そして一枚の分厚い契約書の束だった。
「これは……」
アンリの目が釘付けになる。
本物だ。
映像でしか見たことのないダンジョン産の『魔石』と、そして『怪我治癒ポーション・改』。
その輝きはダイヤモンドよりも遥かに魅惑的で、見る者の魂を吸い寄せる魔力を持っていた。
「ご挨拶代わりです」
アーサーは微笑んだ。
「どうぞお納めください。
……さて、テレビのニュースはご覧になりましたか?」
彼は顎でモニターをしゃくった。
そこではまだ、ボリス首相が「EUふざけるな!」「我々の権利だ!」と演説を続けている。
「あのジョンソン首相の勇ましい姿。いかがです?
なかなかの演技力でしょう?
シェイクスピア俳優顔負けだとは思いませんか」
「……演技だと?」
クラウスが目を細める。
「ええ。
あのような公式見解(建前)は、大衆向けの安っぽいパフォーマンスに過ぎません。
国民のナショナリズムを煽り、支持率を維持するためだけのね。
皆様のような賢明な指導者の方々なら、お分かりでしょう?
政治とは、表の舞台と裏の楽屋、その両方で演じられるオペラのようなものだと」
アーサーはグラスに注がれたコニャックを手に取り、香りを楽しむように揺らした。
「我々英国政府も馬鹿ではありません。
EUという巨大市場を敵に回して、この先生きていけるとは思っていない。
孤立は死を意味する。それはブレグジットで嫌というほど学びましたからね」
「……何が言いたい」
「単刀直入に申し上げましょう」
アーサーは声を潜めた。
その瞬間、彼の纏う空気が外交官のそれから、闇取引を持ちかける悪魔のそれへと変わった。
「英国政府……というより、シティ(金融街)と王室はEUとの全面対決など望んではおりません。
むしろ貴国ら欧州の盟友たちとは、特別なパートナーシップを結びたいと考えております。
……『裏口』からのね」
「裏口……だと?」
「ええ」
アーサーは契約書を広げた。
そこには驚くべき内容が記されていた。
『欧州特別優先通商協定(非公式草案)』。
「我が国に設置される予定のダンジョン。
そこで産出される魔石、資源、そしてドロップアイテム。
その総産出量の『一定割合』を、関税なし、煩雑な審査なしの特別ルート(ノーチェック)で、EUの特定企業――すなわち、ここにいらっしゃる皆様の関連企業に優先的に卸すというご提案です」
アンリとクラウスが顔を見合わせた。
喉から手が出るほど欲しい魔石。
それを正規のルートを経ずに優先的に入手できる?
表向きは対立しながら裏では手を握る。
それは彼らが最も得意とする、汚く、そして美味しいやり口だった。
「さらに」
アーサーは畳み掛ける。
「皆様が推薦する『特別な顧客』に対しては、英国政府公認の『特別探索ビザ(ゴールデン・チケット)』を発給いたします。
これにより貴国の方々は、英国民と同様に自由にダンジョンに出入りし、そこで得た利益を自由に持ち出すことが可能になります。
国籍による制限など、皆様のような上流階級には無縁の話にしましょう。
一般市民は締め出しますが、皆様は別です。
貴族には貴族のパスポートがあるべきだとは思いませんか?」
それは究極の優遇措置だった。
表向きは「鎖国」を叫びながら、裏では特権階級にだけ鍵を渡す。
大衆を欺き、エリートだけで富を分け合う。
「……ふん。虫のいい話だ」
アンリが警戒心を解かずに言った。
だがその手は無意識に契約書へと伸びかけていた。
「なぜそこまで我々に便宜を図る?
ただの親切心でないことは明らかだ。条件があるのだろう?」
「ご明察」
アーサーはニヤリとした。
「条件は一つだけです。
国連およびEU議会における英国への『反対大合唱』を止めていただきたい」
彼はモニターのボリス首相を指差した。
「あの男が叫んでいるような『英国の主権』を、表向きは認める形にしていただきたいのです。
ですが、ただ認めるのでは皆様の顔が立たないでしょう。
そこで世論をこう誘導していただきたいのです」
アーサーは、まるで劇の台本を読み上げるように言った。
「『イギリスは危険な実験場だ。まずは彼らをモルモットとして泳がせ、安全性が確認されてから我々も導入を検討しよう』と。
『あんな未開のダンジョンなど、野蛮なイギリス人に毒味をさせておけばいい』と。
アメリカのトンプソン大統領も、そのシナリオで動いています。
EUもそれに同調し、『賢明なる静観』を決め込んでいただきたい。
そうすれば貴国らのメンツも保たれ、我々も面倒な干渉を受けずに済む」
つまり、口をつぐめということだ。
批判の矛先を収め、英国のダンジョン独占を黙認せよと。
その代償として、甘い汁を吸わせてやると。
「……我々を買収しようというのかね?」
クラウスが冷ややかに言った。
「我々の沈黙の対価として、魔石の利権を渡すと。
……それで、その『一定割合』とは具体的にどの程度だ?」
「産出量の30%です」
アーサーは即答した。
「英国で採れる全魔石の3割を、ロンドンの市場を通さず直送で、パリとベルリンにお届けします。
価格は国際相場の半値。いかがです?」
30%。半値。
それは天文学的な利益を約束する数字だった。
通常ならば飛びつくような条件だ。
だがクラウスは鼻で笑った。
彼は交渉のプロだ。相手が足元を見ていることなど百も承知だった。
「30%? ふざけるな。
我々を子供扱いする気か?
英国のダンジョン建設には、我々EUの建設資材やインフラ技術も使われるのだぞ。
それに我々が黙認することで得られる、貴国の政治的安定コストを考えれば安すぎる」
クラウスはテーブルを指で叩いた。
ドン、という重い音が響く。
「40%だ。
40%を相場の3分の1でよこせ。
それなら議会のうるさい連中を黙らせてやろう。
フランスの農業団体も、ドイツの労働組合も、私が責任を持って抑え込む」
「……ほほう」
アーサーは眉を上げた。
その表情には困惑ではなく、獲物がかかったことを喜ぶ狩人の色が浮かんでいた。
想定通り。強欲な彼らは必ず、もっと要求してくる。
「欲張りますね、クラウス様。
さすがは『鉄の財布』と呼ばれるだけはある。交渉の何たるかを熟知しておられる」
アーサーは困ったような仕草をした。
「……ですが40%は難しい。
国内のギルドへの配分、そしてアメリカへの『みかじめ料』も考えれば、30%が限界なのです。
これ以上譲歩すれば私の首が飛びます。
何より国内の右派勢力が暴発しかねない」
アーサーは演技がかった仕草で頭を振った。
「しかし……。
ここで交渉決裂となれば、EUとの全面対決は避けられない。
それは我々にとっても本意ではない。
何よりKAMI様のご機嫌を損ねるのは避けたい」
彼は懐から、もう一枚の、さらに小さな、しかし重厚な紙を取り出した。
それを滑るように、アンリとクラウスの前に差し出した。
まるで切り札を切るカードディーラーのように。
「では、こうしましょう。
公式な裏取引としての枠は30%で固定させていただきます。これは譲れません。
これ以上は英国議会が納得しませんから。
ですが……」
彼は身体を二人に近づけ、声を極限まで潜めた。
それは悪魔の囁きだった。
「+10%もやぶさかではありません」
「……どういうことだ?」
「この追加の10%は『特別報酬』として処理します。
これはEUという組織に対してではなく……。
今回この賢明なる合意形成にご尽力いただいた『一部のお客様』――つまり、ここにいらっしゃる皆様方と、その関連企業向けに、さらに特別なルートで、特別なレートで卸させていただく枠です」
アーサーの目が爬虫類のように細められた。
「具体的には相場の10分の1。
そしてその決済は、ロンドンのシティに設けた『番号付き匿名口座』を通じて行われます。
税務署もEUの監査委員会も絶対に手出しのできない、完全な聖域です。
皆様の個人資産として、あるいは極秘の政治資金として、自由にお使いいただける」
アンリとクラウスが息を呑んだ。
それは国への利益ではない。彼ら個人、あるいは彼らの一族に対する直接的な、そして巨額の「賄賂」の提案だった。
国の利益(30%)で国民を納得させ、個人の利益(10%)で指導者を懐柔する。完璧な二段構え。
「……特別レートの、さらに特別レートということか」
アンリの手が震える。
目の前に積まれた魔石の山が、個人の資産として雪崩れ込んでくる光景が脳裏をよぎる。
相場の10分の1。それを転売すれば莫大な利益が転がり込む。
「ただし」
アーサーは釘を刺した。
その声は甘く、しかし逃げ道を塞ぐように冷たかった。
「英国に忠誠を誓え、なんて野暮なことは言いませんが。
便宜は図ってもらいますよ?
国連の反対大合唱を止めて、とりあえずEUは『イギリスを実験台として見守る』というアメリカの世論と同調して頂く。
そして何より……」
彼はニヤリと笑った。
「今後、英国が主導する『ロンドン・マナ・エクスチェンジ(魔石金融市場)』の設立に対し、EUとしても全面的に支持・参加していただくこと。
ポンド建ての魔石取引をデファクトスタンダードとして認めていただく。
これが基本条件です」
ここに来て、英国の本当の狙いが露わになった。
彼らは魔石そのものよりも、「魔石を扱う金融システム」の支配権を狙っていたのだ。
EUの重鎮たちを賄賂で縛り、彼らを共犯者にすることで、ロンドンのシティを世界のマナ金融の中心地として盤石なものにする。
フランスやドイツが気づいた時には、彼らの経済はポンドと魔石証券によって完全に首根っこを押さえられているだろう。
だが、目の前の甘い汁は、あまりにも魅力的すぎた。
アンリとクラウスは顔を見合わせ、そして無言で頷き合った。
彼らは政治家であり、実業家だ。理想よりも実利。国家よりも一族の繁栄。
その天秤は最初から傾いていたのだ。
「……よかろう」
アンリがしゃがれた声で言った。
コニャックを一気に飲み干す。
「貴国の提案、前向きに検討しよう。
EU議会の方も私が責任を持って『説得』する。
『対決よりも対話を』『性急な判断は危険だ』……まあ言い訳はいくらでも立つ。
大衆は、我々が守ってやっていると思わせれば満足するのだ」
「ドイツ産業界も、英国とのパートナーシップを歓迎するだろう」
クラウスもアタッシュケースの中の魔石を愛おしそうに撫でながら言った。
「特にこの『特別報酬』のスキーム……。
詳細を詰める必要があるな。私のプライベートバンカーを紹介しよう。
スイスの口座が良いか、それともケイマンか……」
「賢明なご判断に、女王陛下も感謝なされるでしょう」
アーサーは立ち上がり、完璧な角度で一礼した。
その顔には、勝利した者の驕りも、相手を騙した罪悪感も浮かんでいない。
ただ任務を遂行したプロフェッショナルの冷ややかな満足感だけがあった。
「では契約成立ということで。
詳細な手続きは後ほど、シティの担当者から連絡させます。
……ああ、そのポーションはどうぞお使いください。
貴方方の健康は、我々にとっても重要な資産ですから」
彼は踵を返し、サロンを後にした。
背後からは、早速ポーションの分配を巡って話し合う老人たちの浅ましい声が聞こえてくる。
廊下に出たアーサーはネクタイを少しだけ緩め、耳元のインカムに触れた。
『――こちらアーサー。ミッション・コンプリートだ』
通信の相手は、ダウニング街10番地の執務室にいるボリス・ジョンソンだ。
『あちらの反応は?』
首相の愉快そうな声が返ってくる。
「予想通りです。
30%で国を黙らせ、10%で個人を買いました。
彼らはもう我々の共犯者です。二度と英国に牙を剥くことはないでしょう。
自分たちの隠し口座が人質になっているのですから」
『ハハハ! 安いものだ!』
ボリスが高笑いする。
『たかが魔石の4割で欧州全土の主導権が買えるならな!
それに彼らは気づいていないだろうな。
その魔石の価格決定権を我々が握っているということに』
「ええ。
彼らが買い漁る魔石の相場を、シティの先物市場で操作すれば、支払った賄賂などすぐに回収できます。
彼らは永遠に我々の手のひらの上で踊り続けることになる。
魚を与えて、釣り竿は渡さない。完璧な依存関係の構築です」
三枚舌外交。
一枚目の舌で国民に「主権」を叫び。
二枚目の舌で四カ国に「従順」を誓い。
三枚目の舌で隣人たちを「共犯」の泥沼へと引きずり込む。
これぞ斜陽の帝国が生き残るために編み出した、老獪にして最強の処世術。
かつて世界を支配した外交のDNAは、未だ死に絶えてはいなかった。
「……さて」
アーサーは懐からサングラスを取り出した。
「次はKAMI様への報告ですね。
『円卓の騎士』の準備も整えねば。政治の次はエンターテインメントの時間だ」
彼はパリの石畳を踏みしめながら、不敵に微笑んだ。
霧の都の住人は霧の中でこそ、その真価を発揮するのだ。
世界はまだ知らない。
英国が仕掛けたこの巨大な蜘蛛の巣が、やがて世界経済をどのように絡め取っていくのかを。
フランスとドイツの大物たちが、自分たちが得たと思っていた利益が、実は蜘蛛の糸であったことに気づくのは、ずっと先のことだろう。
ストック切れたので今後1日1回更新です。




