第233話
アメリカ合衆国、ワシントンD.C.、ペンシルベニア大通り。
ホワイトハウスからほど近い、重厚な石造りの建物の一室に、英米両国の運命を握る男たちが顔を突き合わせていた。
表向きは「英米通商代表者会議」とされているが、その実態は全く異なる。
ここは『国立ダンジョンセンター(National Dungeon Center: NDC)』。
アメリカにおけるダンジョン管理、資源配分、そして対モンスター戦術を統括する、新時代のペンタゴンとも言うべき最重要施設である。
会議室の空気は、最高級の葉巻の香りと、冷徹な計算の匂いで満ちていた。
テーブルを挟んで対峙するのは、アメリカ合衆国大統領ジョン・トンプソンと、NDC長官であるロバート・キング(キャピタル・ギルドCEOを兼任)。
そして対するは、大英帝国首相ボリス・ジョンソンとMI6長官、さらにはロンドン金融街「シティ」のフィクサーと呼ばれる男たちだ。
「――さて、ボリス。始めようか」
トンプソンが葉巻を灰皿に押し付け、身を乗り出した。
「KAMI君からの許可は降りた。次は君たちの番だ。
だが、単にダンジョンを開くというだけでは済まないことは、インドの例を見ても明らかだろう。
君たちの国には、君たちの国特有の……なんと表現すべきか、『伝統という名の枷』が多すぎる」
「枷? ノンノン、トンプソン大統領。
それは『格式』と呼ぶべきですな」
ボリスはトレードマークのボサボサ髪を揺らしながら、不敵な笑みを浮かべた。
その手には、日本から輸入したというペットボトルの緑茶が握られている。
「我々は準備万端ですぞ。
KAMI様が仰った『管理』と『秩序』、そして貴国が実践している『利益の最大化』。
これらを英国流にアレンジし、最も洗練されたシステムを構築しました。
名付けて――『階級別完全管理型ギルドシステム(Class-based Total Management Guild System)』です」
ボリスは合図を送った。
シティの代表である初老の紳士がスライドを操作する。
スクリーンに映し出されたのは、英国全土を網羅する複雑怪奇な、しかし美しい幾何学模様のような組織図だった。
「我が国のダンジョン運営における最大の方針。
それは『探索者の完全なる公的組織化』です」
ボリスが演説ぶった口調で語り始めた。
「アメリカや日本のように、個人が勝手にライセンスを取って、勝手に潜り、勝手に稼ぐ……。
そんな無秩序な自由主義は、我が国の国情にはそぐわない。
フーリガンが剣を持って暴れまわる未来など、女王陛下もお望みではないでしょうからな」
「ほう。では、どうするつもりだ?」
「全ての探索者を、国家が認可した『公式ギルド』に強制加入させます。
フリーランスは認めない。野良は違法です。
ダンジョンゲートを通過できるのは、ギルドの紋章を持つ者のみ」
ボリスはスクリーンを指し示した。
「そして、そのギルドは一つではない。
国民の『身分』と『資産』、そして『役割』に応じて、明確にランク分けされた複数のギルドを用意するのです」
画面に二つの巨大なエンブレムが表示される。
一つは黄金の獅子と王冠をあしらった荘厳な紋章。
もう一つは鉄のハンマーと歯車を組み合わせた武骨な紋章。
「上流階級、および資産家エリート層向けには、『ナイツ・オブ・ラウンド(円卓の騎士)』ギルド。
ここは入会金も維持費も高額ですが、最高級の装備、専用のラウンジ、そしてKAMI様好みの『騎士道精神』に基づいた優雅な探索環境を提供します。
彼らの役割は指揮官であり、高難度ダンジョンの攻略、そして何より『名誉』の獲得です」
「対して、労働者階級向けには、『ユニオン・ジャック・レイバーズ(連合労働者)』ギルド。
こちらは入会金無料。装備は貸与。
その代わり、ドロップ品の納入ノルマが課され、収益の大部分はギルド(つまり国)が吸い上げます。
彼らの役割は資源の採掘、雑魚の掃討、そして騎士様たちの『荷物持ち』です」
トンプソンが呆れたように口を開いた。
「……おいおい、ボリス。
それは現代版の封建制度じゃないか。
騎士と農奴か? 21世紀にそんなシステムが通用すると、本気で思っているのか?」
「通用させますよ」
ボリスは涼しい顔で答えた。
「むしろ、これこそが英国民が望んでいる形なのです。
『誰もが平等』などというアメリカ的な建前は、我が国では逆に混乱を招く。
『分相応な役割』を与えられ、その中で全力を尽くす。
エリートはノブレス・オブ・リージュ(高貴なる義務)を果たし、労働者はその庇護下で確実に稼ぐ。
これぞ『ゆりかごから墓場まで』のダンジョン版です」
彼はニヤリとした。
「それに、金を取るギルドと取らないギルドを分けることで、富の再分配もコントロールしやすい。
『円卓』からはふんだんに金を巻き上げ、『ユニオン』には最低限の生活を保障する。
社会保障費の削減にも繋がりますな」
「……なるほど。探索者の完全な管理というわけですね?」
トンプソンは、その冷徹な統治哲学に、ある種の感銘を覚えていた。
「アメリカには真似できんが、英国ならあるいは……か」
「ええ。さて、ここからが本題です」
ボリスは表情を引き締めた。
ここまでは前置きだ。
英国が直面している問題は、単なる組織論で解決できるほど単純ではない。
歴史の亡霊と金融の怪物。
その二つを飼い慣らさねばならないのだから。
「アメリカ国立ダンジョンセンターの皆様。
貴国が日本から共有されたという『インド・ダンジョン導入のケーススタディ』。
その資料を拝見したい」
NDC長官のキングが、分厚いファイルをテーブルに滑らせた。
「これだ。
日本政府がインドで行った『カースト対策』『宗教的配慮』、そして『貧困層の暴走抑制』に関する詳細なレポートだ。
九条長官の血と汗の結晶だよ」
ボリスはそれをパラパラとめくった。
「……ふむ。『牛を出さない』『スマホを配る』『特区を作る』か。
日本人は相変わらず現場の火消しが上手い。
だが我々が抱える爆弾は、インドのそれとは質が異なります」
ボリスは指を折って数え上げた。
「第一に、北アイルランド国境問題。
第二に、スコットランド・ウェールズの独立機運。
第三に、シティ(金融街)の暴走リスク。
……どれ一つとっても失策すれば、連合王国が解体しかねない時限爆弾です」
「特にシティの暴走で世界経済に影響が出ると不味いですね」
トンプソンが鋭く指摘した。
「ロンドンは魔石を金融商品化しようとしていると聞く。
『魔石先物』『ダンジョン債』……。
実体のない信用創造でバブルを膨らませ、弾けた時に世界中を巻き込むつもりか?
リーマンショックの二の舞いは御免だぞ」
「耳が痛いですね」
ボリスは肩をすくめた。
「ですが止められませんよ。
彼らは金の匂いがすれば、地獄の底までパイプラインを引く連中です。
KAMI様も『面白そう』と仰っていた。
ならば我々にできるのは、その暴走を『管理可能な範囲』に留めることだけです」
ボリスはシティの代表に目配せをした。
老紳士が静かに口を開いた。
「大統領閣下。ご懸念は尤もです。
ですがリスクを恐れて市場を閉ざせば、地下経済が肥大化するだけです。
我々は魔石の価値を『ポンド』とリンクさせることで、英国経済、ひいては世界経済の新たな基軸を作ろうとしているのです」
老紳士は一枚のチャートを示した。
「我々は『英国王立ダンジョン中央銀行』を設立します。
そして産出される全ての魔石を、この銀行が一度買い上げ、
その埋蔵量と産出予測に基づいた『ダンジョン・ポンド』を発行する。
これは金本位制ならぬ、『魔石本位制』の導入です」
「魔石本位制……!」
トンプソンが息を呑む。
「はい。
魔石は金と違い、消費される資源です。
ですがKAMI様のシステムがある限り、枯渇することはない。
つまり『減らない金鉱脈』を担保にした通貨です。
これほど強力な信用はありません。
この通貨を用いて先物取引やデリバティブを行う。
もちろん過度な投機を防ぐための『サーキットブレーカー』は、KAMI様のシステムと連動させる形で組み込みます」
「KAMIと連動?」
「ええ。
相場が過熱しすぎた場合、KAMI様に『ドロップ率の一時的な調整』をお願いするのです。
供給量を物理的に操作することで、相場を強制的に冷やす。
いわば『神の金融緩和・引き締め』ですな」
神の力を、中央銀行の金利操作のように使う。
その冒涜的かつ合理的な発想に、アメリカ側も言葉を失った。
「……なるほど。考えてはいたんだな」
トンプソンが唸る。
「神をFRB議長にするとは、英国人らしい皮肉だ」
「生き残るためです」
ボリスが笑った。
「さて次は領土問題です。
北アイルランド。EU加盟国であるアイルランドとの国境線。
ここにダンジョン資源が絡めば密輸の温床となり、
かつての紛争が『魔法』という新たな火薬を得て再燃しかねない」
彼は地図上のアイルランド島を指した。
「ここに関しては、日本の『インド・パキスタン国境管理』のノウハウを参考にさせていただきました。
すなわち『経済的相互依存による平和維持』です」
「具体的には?」
「北アイルランド国境付近に、EU市民向けの『共同探索区』を設置します。
アイルランド国民もフリーパスで、このエリアのダンジョンに入れるようにする。
ただし、そこで得た魔石の換金は、必ず英国側のギルドを通さなければならない。
EUに持ち帰ることは許可するが、その際には『輸出税』ではなく、『利用料』としてマージンを徴収する」
「つまり、アイルランド人に稼がせてやりつつ、その首根っこは英国が握ると?」
「ええ。
彼らが豊かになれば、テロリストに加担する動機も減るでしょう。
『英国のダンジョンがあるおかげで飯が食える』と思わせれば、国境問題は沈静化します。
いわゆる『ソフト・ボーダー』のダンジョン版ですな」
「スコットランドとウェールズは?」
「彼らには『独自のダンジョン』を与えます。
KAMI様にお願いして、エディンバラとカーディフにもゲートを設置してもらう。
そして、その運営権の一部を自治政府に委譲する。
『独立すれば、この権利を失うぞ』とチラつかせながら、
同時に『連合王国(UK)に留まれば、ロンドンの巨大市場にアクセスできる』というメリットを提示する」
ボリスは両手を組んだ。
「要は『アメとムチ』です。
ダンジョンという強烈なアメを配りつつ、その供給源をロンドンが握ることで、遠心力を求心力に変える。
魔法の力で、綻びかけた連合王国を縫い合わせるのです」
その説明は完璧なように聞こえた。
だがトンプソンは、一つの懸念を拭いきれなかった。
「……計算は完璧だ、ボリス。
だが現場レベルでの混乱は避けられんぞ。
特に『階級社会』の軋轢だ。
『円卓』と『ユニオン』。上流と労働者。
もし労働者たちが、
『俺たちが命がけで取ってきた魔石を、貴族どもがピンハネしている』と気づいて反乱を起こしたら?
魔法で武装したフーリガンが暴動を起こせば、ロンドンは火の海だ」
「そのために」
ボリスはMI6長官に目配せをした。
「我々は『英雄』を用意します」
「英雄?」
「ええ。日本における『剣聖ケンタ』や『月読ギルド』のような存在です。
労働者階級出身でありながら、その実力で成り上がり、『円卓の騎士』に叙任される若者。
現代のシンデレラ・ボーイ、あるいはアーサー王の再来。
そんなアイコンを作り上げ、大衆のガス抜きにするのです」
MI6長官が補足する。
「既に候補者は選定済みです。
ロンドンのイーストエンド出身。天涯孤独だが、剣の才能に溢れた少年。
彼をメディアがこぞって取り上げ、サクセスストーリーを演出する。
『頑張れば誰でも騎士になれる』という夢を見せるのです。
夢さえあれば、人は暴動など起こしませんよ」
メディア操作、世論誘導、そして偶像崇拝。
英国の情報操作技術の粋が、そこにはあった。
「……恐れ入ったよ」
トンプソンは感嘆のため息をついた。
この男たちは、ダンジョンという未曾有の事態さえも、既存の統治システムを強化するための道具として使いこなそうとしている。
そのしたたかさは、さすがかつて七つの海を支配した帝国の末裔だ。
「よかろう。アメリカは全面的に協力する。
NDC(国立ダンジョンセンター)のデータを全て提供しよう。
初期装備の輸出も、優先的に行う」
「感謝します」
ボリスは、にこやかに笑った。
「あと……銃が使えれば探索が捗るのですが……。
KAMI様の仕様では、通常火器は無効化されるとのこと。
貴国の『魔銃』技術、あれも頂けませんか?」
「……ちゃっかりしているな」
トンプソンは苦笑した。
「いいだろう。
ただし旧式のM4カービンの在庫処理を手伝ってもらうことが条件だ。
『富のオーブ』でマジック化すれば十分実戦に耐えうる。
それを貴国の『ユニオン』ギルドに配備すればいい」
「素晴らしい!
労働者たちに銃を持たせる。革命的ですな(皮肉ではない意味で)」
ボリスは満足げに頷いた。
「まあ、そこは置いておきましょう。
とりあえず第一回は、これで行きましょう。
並行してEU懐柔も、よろしくおねがいしますね。
フランスやドイツがうるさいのは、変わりませんから」
「ああ、分かっている」
トンプソンは頷いた。
「彼らには、
『イギリスのダンジョンは実験場だ。失敗すれば笑ってやればいいし、成功すればおこぼれを貰えばいい』
と伝えておく。
彼らのプライドをくすぐりつつ、実利で釣る。
君たちの得意技だろう?」
「ええ、その通りです」
会議は終わった。
「……さて」
ボリスは呟いた。
「紅茶の時間だ。
KAMI様をお招きして、最後の仕上げといこうか。
最高のスコーンと、そして『円卓の騎士ごっこ』という極上のエンターテインメントを用意してな」
彼は知っていた。
神を動かすのは理屈ではない。――「面白さ」だ。
英国紳士のユーモアと演技力が試される時が来たのだ。




