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賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


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第232話

 東京、ワシントン、北京、モスクワ。

 世界の覇権を握る四つの首都と、そこに新たに加わったニューデリーを繋ぐ、最高機密のバーチャル会議室。

 この日、その円卓には、かつて世界の半分を支配した帝国の末裔――大英帝国の象徴たる人物が、六つ目の椅子に腰を下ろしていた。


 ボサボサのブロンド髪、どこか道化めいた愛嬌のある表情。

 しかし、その奥に冷徹な計算を隠した瞳。

 イギリス首相、ボリス・ジョンソンである。


 彼は、この場に招かれたことを光栄に思うような素振りを見せつつも、

 その背後には、老獪な外交官としての厚い霧を纏っていた。


 国連での議論は紛糾している。

 EU諸国、とりわけフランスとドイツによる「英国へのダンジョン設置反対」のロビー活動は熾烈を極め、

 議場は怒号と嫉妬の坩堝と化していた。


 だが、この部屋にいる者たちは知っている。

 国連の議決など、神の意志の前では紙吹雪ほどの重みも持たないことを。


「――ようこそ、ジョンソン首相」


 議長役の九条官房長官が、儀礼的に、しかし余計な感情を挟まずに挨拶した。


 その直後だった。

 円卓の中央、いつものように空間が歪み、電子音と共に彼女が現れた。


 ゴシック・ロリタ姿の管理者、KAMI。

 今日の彼女は、なぜか英国近衛兵の赤い制服を可愛らしくアレンジした、ミリタリーロリータ風の衣装を纏い、

 手には焼きたてのスコーンを握りしめていた。


「Hello everyone!(みんな、ごきげんよう!)」


 KAMIはスコーンをかじりながら円卓を見回した。

 その視線が、新入りのボリス・ジョンソンに止まる。


「あら、あなたがイギリスのボスね。髪の毛、面白いわね」


「おお、これはこれは! KAMI様!」


 ボリスは席を立ち、演劇的な大げささで深々とお辞儀をした。


「お初にお目にかかります。

 女王陛下の政府を代表し、貴女様のご降臨を心より歓迎いたしますぞ。

 そのお召し物、バッキンガム宮殿の衛兵も裸足で逃げ出すほど、お似合いですな!」


「お世辞はいいわよ」


 KAMIはニヤリと笑った。


「国連の方、相変わらずうるさいみたいね。

 『イギリスだけズルい』『EUを無視するな』って。

 あそこまで拗れると、全会一致なんて百年かかっても無理そうね」


「面目次第もございません」


 ボリスは肩をすくめた。


「我が国の魅力が罪深いゆえの嫉妬……と言いたいところですが、

 まあ大陸の方々は、昔から我々のことがお気に召さないようで」


「ま、いいわ」


 KAMIはあっさりと切り捨てた。


「あんなの待ってたら日が暮れちゃうし。

 もう決めちゃいましょう。

 とりあえず話は進めるわよ。次はイギリス。決定」


 神の裁定が下った。

 国連での議論など、彼女にとってはBGMに過ぎないのだ。


「Thank you! 賢明なるご判断に感謝します!」


 ボリスが破顔一笑する。


「で、その進め方なんだけど」


 KAMIは隣に座るアメリカのトンプソン大統領を指差した。


「イギリスのダンジョン導入に関しては、アメリカが『教育係』をしてあげてくれない?」


「……教育ですか?」


 トンプソンが葉巻を止めた。


「そう。

 日本がインドのお世話をしたみたいにね。

 イギリスも初めてなんだから、ノウハウがないでしょ?

 ギルドの作り方、魔石の管理、対モンスター戦術……。

 アメリカはもう『先輩』なんだから、手取り足取り教えてあげなさいよ」


 その言葉に、会議室の空気が一瞬だけ凍りついた。


 アメリカとイギリス。

 かつての宗主国と、独立した植民地。

 歴史的な親子関係が逆転し、今や「元・植民地」が「元・宗主国」に教えを垂れる。

 英国のプライドにおいて、これ以上の屈辱はないはずだ。


 KAMIは悪戯っぽく笑った。


「かつての植民地に教育されるのは屈辱だと思うけど?

 まあそれは置いておいてね。

 実利を取るのが『大人の対応』ってやつでしょ?」


 神による露骨な煽り。

 沢村総理と九条は内心で冷や汗をかいた。


(……KAMI様、わざと言ってるな。この男の反応を楽しんでいる)


 だが、ボリス・ジョンソンは眉一つ動かさなかった。

 いや、むしろその表情は、より一層の愛想笑いで彩られた。


「いえいえ! そんな屈辱だなんて!」


 ボリスは両手を振って否定した。

 その声は驚くほど明るく、そして軽かった。


「アメリカは今や世界の警察、そしてダンジョンの最先端を行く偉大なるリーダーですぞ!

 親子? 歴史? そんなものは博物館にでも飾っておけばいいのです。

 上手くいっている相手に教えを請うのは、屈辱でもなんでもありません。

 むしろ最強のパートナーから直接指導を受けられるとは、これ以上の幸運はありませんな!」


 彼はトンプソンに向き直り、ウィンクしてみせた。


「トンプソン大統領、どうかこの老いた元・親父に、最新のダンスの踊り方を教えてやってくださいよ。

 我々は学ぶことには貪欲ですからな」


 その、あまりにも見事な「道化」の仮面。

 プライドをかなぐり捨てたように見せて、その実、必要なものは全て手に入れようとする貪欲な姿勢。

 トンプソンは鼻を鳴らして笑った。


「ハッ! 言うねえ、ボリス。

 いいだろう。可愛い『元・親父』のために、我が国が誇る最新のノウハウを叩き込んでやろうじゃないか」


「交渉成立ね」


 KAMIは満足げに頷いた。


「人間関係のドロドロしたプライド合戦が見れるかと思ったけど、意外とあっさりしてるのね。

 つまんないの」


 彼女は最後のスコーンを口に放り込んだ。


「じゃあ、あとは任せたわよ!

 ダンジョンの場所と規模は、後で通知するわ。

 せいぜい仲良く喧嘩しなさい」


 KAMIは手を振り、光の中に消えていった。


 ***


 神が去った後の会議室。

 そこには先ほどまでの道化じみた空気は、微塵も残っていなかった。

 残されたのは、世界を牛耳る冷徹な政治家たちの本音と計算がぶつかり合う、ヒリヒリとした緊張感だけだ。


 ボリス・ジョンソンは、ゆっくりと表情を変えた。

 愛想の良い笑顔は消え、そこには大英帝国の末裔としての老獪で、そして底知れぬ凄みを湛えた政治家の顔があった。


「……さて、紳士諸君」


 ボリスの声が、低く重く響く。


「神のお遊び(茶番)は終わった。ここからはビジネスの話をしよう」


 彼は手元の資料を開くことなく、宙を見つめながら切り出した。


「現状、EU諸国……特にフランスとドイツは、我が国へのダンジョン設置に対してヒステリックな反応を見せている。

 『経済制裁』だの『ドーバー海峡封鎖』だの、威勢のいいことを叫んでいるが……。

 これを放置すれば欧州は分断され、不要な混乱が長引く。

 それは貴国らにとっても、あまり好ましい状況ではないはずだ」


「……それで?」


 中国の王将軍が、探るような目で促す。


「そこでだ」


 ボリスは不敵に笑った。


「我々は対EU対策として『裏口入学バックドア』の提案をする用意がある」


「裏口……入学?」


 沢村が眉をひそめる。


「ええ。

 表向きには我々はEUに対して強硬姿勢を貫く。

 『ダンジョンは神の恵みであり、英国の主権に属する。指図は受けん』とな。

 だが水面下では、MI6とシティ(金融街)のルートを使って、独仏の政財界トップに囁くのだ」


 ボリスは指を鳴らした。


「『公には言えないが、英国は欧州の友人のために“特別優先枠”を設ける用意がある』と。

 具体的には、英国ダンジョンで産出される魔石・資源の30%を、関税なしの特別レートでEUの主要企業に優先的に卸す。

 さらに、EU市民のための『特別探索ビザ』を発給し、事実上EU市民も英国ダンジョンを自国のように使えるようにする……とな」


 その提案にヴォルコフ将軍が目を丸くした。


「なんと……。

 英国が、そこまで譲歩するというのか?

 せっかく手に入れた独占権を、みすみす分け与えると?」


「譲歩?」


 ボリスは心外そうに首を振った。


「ヴォルコフ将軍、勘違いしないでいただきたい。

 これは『餌』ですよ」


 彼は続けた。


「彼らに、こう囁くのです。

 『プライドを捨てて、実利を取りませんか?

 日本やアメリカに頭を下げて、太平洋の向こうまで物乞いに行くより、同じ欧州のよしみでドーバーを渡って手を組んだほうがマシでしょう?

 我々は仲間(元EU)ではありませんか』と」


 甘い囁き。

 地理的な近さと、かつての連帯感を利用した誘惑。

 EUの政治家たちが、その「実利」に抗えるはずがない。


「これでEUの上層部は骨抜きになります。

 彼らが『裏口』からの利益確保に走れば、表立った反対運動は腰砕けになる。

 結果として、ダンジョン設置の障害は消滅する」


 そしてボリスは、四カ国の指導者たちに向き直った。


「それに合わせて我が国は、貴国らに対し『防波堤ファイアウォール』の役割を請け負いましょう」


「防波堤……?」


 九条が眼鏡の位置を直す。


「ええ。

 EUの連中は飢えています。彼らを完全に締め出せば、暴発してテロや戦争になりかねない。

 それはKAMI様が嫌う『非効率』です。

 だから、英国がダンジョンを持つことで、我々がEUの不満を吸収する『ガス抜き穴』になります。

 我々が欧州をコントロール(管理)します」


 ボリスは胸を張った。


「貴国らは、面倒な欧州の小言を聞く必要がなくなる。

 『欧州のことはイギリスに任せてある』と言えば済む話になる。

 ……どうです? 四カ国のお手を煩わせない、悪い話ではないでしょう?」


 完璧な論理だった。

 四カ国にとってEUの突き上げは頭痛の種だった。

 それをイギリスが一手に引き受け、管理してくれるというなら、これほど都合の良いことはない。


「……なるほど」


 麻生大臣が感嘆の声を漏らした。


「四カ国の負担を減らす代わりに、欧州におけるダンジョン利権の『管理権』はイギリスが独占する……ということですな」


「その通りです」


 ボリスは頷いた。


「その代わり、四カ国は『英国のダンジョン運営』には一切口を出さないでいただきたい。

 我々の庭は、我々のルールで管理させてもらう」


 不干渉の確立。

 それがボリスの狙いだった。

 KAMIと四カ国のお墨付きを得つつ、実質的な運営権は完全に掌握する。


 だが麻生大臣の目は、さらにその奥にある「毒」を見抜いていた。


「……完全にEUの利益を吸い取る気ですね」


 麻生は同類の匂いを感じて、ニヤリと笑った。


「『特別枠』で魔石を流すと言ったが……その決済はどうするおつもりで?

 まさかユーロやドルで、そのまま取引させるわけではありますまい?」


 その問いに、ボリスは悪魔的な笑みを深めた。


「ご明察。さすがは日本の金庫番だ」


 彼は指を一本立てた。


「我が国はシティ(ロンドン金融街)に『ロンドン・マナ・エクスチェンジ(LME)』を設立します。

 そこで扱うのは、現物だけではない。

 『魔石先物』や『ダンジョン資源債権』といった金融商品です。

 そして、その決済通貨はポンド、あるいは我が国が発行する『ギルド証券』のみとする」


 彼は冷徹に言い放った。


「EUが魔石を買えば買うほど、ロンドンの金融市場が潤う。

 彼らがダンジョンに依存すればするほど、彼らの富はポンドへと換金され、シティに吸い上げられる。

 さらに『特別ビザ』で優秀な若者を集めれば、EUの頭脳と労働力も我が国のものだ」


 搾取。

 軍事力ではなく、金融と制度による完全なる経済的植民地化。

 かつて世界を支配した大英帝国の手口が、ダンジョンという新たな商材を得て、現代に蘇ろうとしていた。


「……これが3枚舌ですか」


 沢村総理が、戦慄と共に呟いた。


 1枚目の舌でEUに甘い言葉を囁き、懐柔する。

 2枚目の舌で四カ国に忠誠を誓い、不干渉を約束させる。

 そして3枚目の舌で自国の利益を最大化し、欧州を食い物にする。


「……辛辣ですね」


 王将軍が警戒心を露わにする。


「まさに『不実のパフ・アルビオン』の面目躍如といったところか」


「心外ですな」


 ボリスは涼しい顔で肩をすくめた。


「イギリスは、いつも世界平和を願ってますよ。

 ……第一に、イギリスというだけです」


 America Firstならぬ、Britain First。

 どの国の指導者も考えることは同じだが、その手口の洗練さが違った。


「……まあ、任せますが」


 トンプソン大統領が苦笑混じりに結論づけた。


「EUはうるさいからな。

 君たちが防波堤になってくれるなら、我々としては感謝するよ。

 それに金融システムが整備されるのは、世界経済にとってもプラスだ」


「ロシアも異存はない」


 ヴォルコフも同意した。


「欧州が貴国の魔石に依存するようになれば、我々のガスの売り先が減るのが痛手だが……。

 まあ西側が内輪で富を回している間に、我々は軍備を増強させてもらうさ」


 四カ国は、イギリスの「独立独歩」を容認した。

 それは彼らにとっても、面倒な欧州問題をアウトソーシングできるというメリットがあったからだ。


「ありがとうございます」


 ボリスは勝者の笑みを浮かべて一礼した。


「では早速、準備に取り掛かるとしましょう。

 まずはトンプソン大統領、貴国のノウハウを頂戴にあがりますよ」


「ああ」


 トンプソンは頷いた。


「とりあえず、うちのダンジョン関連を仕切ってる『国立ダンジョンセンター』の連中をよこすから、協議してくれ。

 初期装備の輸出手続きも進めよう。

 ……中古のF級装備でよければ、山ほどあるぞ?」


「結構ですな。安く買い叩かせていただきますよ」


 ボリスは笑った。


 こうして英国のダンジョン計画は動き出した。

 熱狂と暴力のインドとは違う。

 冷徹な計算と、笑顔の裏に隠された毒、そして金融工学という名の魔法。

 紳士たちの国が、その本性を剥き出しにして、ダンジョンという怪物に挑もうとしていた。


 霧の都ロンドンに、新たな、そして深い霧が立ち込めようとしていた。

 その霧の中で、誰が笑い、誰が泣くのか。

 ゲーム・オブ・スローンズの新たな幕が、今、上がった。

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順調に行きそうで問題が発生する展開に期待 国民を上手く操作できても移民がどうなるかとか 北部との確執とか色々とありますしね
ボリスさん好きなので嬉しいです。 麻生さんと同類? 2人がやり合うのも楽しかったです。
ボリスジョンソンかぁ〜あのズラみてぇな髪とおちゃらけ態度のブリカスがねぇ.....イメージがホントないな
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