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賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


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第222話

 東京、ワシントン、北京、モスクワ。

 世界の運命を握る四つの首都は、今、ダンジョンという巨大な経済エンジンが吐き出す熱気と、そして新たに投下された「芸術」という名の狂気に包まれていた。


 ことの発端は、KAMIが実装したイベント『占いカード収集祭』の、さらに奥深くに隠されていた「シークレット枠」の発見だった。


 これまでの占いカードは、あくまで「アイテムの引換券」としての機能的価値が主だった。

 だが今回、新たに発見されたシリーズは、その概念を根底から覆すものだった。


 通称、『神話級・幻想画集ミソロジー・アーカイブ』。


 それは、各国の文化や神話をモチーフにした、極めてドロップ率の低い――F級ダンジョンにおいては数百万分の一、B級においてさえ数十万分の一という天文学的な確率でしか産出されない、幻のカード群だった。


 その一枚一枚が、神(KAMI)の直筆とも言える圧倒的な美的センスと、超常的な技術で描かれており、見る者の魂を吸い込むような魔性の美しさを湛えていた。

 そして何より、そのカードが約束する報酬は、既存のユニークアイテムの枠組みを超えた「国宝級」の性能を持つ、セット専用装備だったのだ。


 ***


 東京・永田町。

 ダンジョン庁長官室には、今日も今日とて怒号と悲鳴、そして電卓を叩く音が響き渡っていた。


「――大臣! また更新されました!

 オークションサイト『ヤフオク・ダンジョン』にて、日本神話シリーズのNo.1『天照大御神アマテラス』のカードが、単価200億円で落札されました!」


 秘書官の報告に、麻生ダンジョン大臣は愛用の帽子をデスクに叩きつけそうになるのを堪え、深い深いため息をついた。


「……200億か。紙切れ一枚が、だぞ?」


 麻生はモニターに映し出された、そのカードの画像を睨みつけた。

 そこには、息を呑むほど美しい太陽の女神が描かれていた。


 単なる印刷ではない。

 カードの表面には微細な魔力の粒子が定着しており、角度を変えるたびに女神の衣装が揺らめき、後光が差すように輝く。

 ホログラム技術など児戯に等しい、本物の「神秘」がそこに封じ込められている。


「美術品としての価値……か」


 隣に立つ九条官房長官(の分身)が、冷静に分析を加える。


「ええ。単なる装備の引換券ではありません。

 KAMI様はこのカードそのものを、『鑑賞に堪えうる芸術品』としてデザインされました。

 ルーブル美術館や大英博物館に飾られている名画と並べても、何ら遜色のない――いや、魔力を帯びている分、それ以上の存在感を放つ至高のアートです」


 九条は手元のタブレットを操作し、現在の市場動向を表示した。


「現在、世界中の富豪たちが装備としての実用性よりも、このカードを『コレクション』することに熱中しています。

 特に、神話シリーズのコンプリートを目指す動きが加熱しており、総額で10兆円を超える資産が、このカード市場に流入しています」


「10兆円……」


 麻生は頭を抱えた。


「たかがカード集めに、国家予算並みの金が動くとはな。

 しかも問題なのは、こいつらが『交換しない』ことだ」


 そう、このブームの最大の問題点は、そこにあった。


 本来、占いカードは集めてアイテムと交換するためのものだ。

 だが、この『神話級』に関しては、カードそのものの美術的価値が高すぎるあまり、交換して消滅させることを「文化的損失」と考えるコレクターが続出していたのだ。


「5枚集めれば最強の剣『草薙剣クサナギノツルギ』が手に入る。

 その剣の性能は、間違いなく日本のダンジョン攻略を数年早めるレベルの代物だ。

 だが、そのために必要な5枚のカード――『天照』、『須佐之男』、『八岐大蛇』……これらを揃えたコレクターは、それを額縁に入れて飾ってしまう!」


 麻生は声を荒らげた。


「装備として使われなければ、ダンジョン攻略は進まない! 国益の損失だ!

 だが個人の財産権を侵害して、『交換しろ』と命令するわけにもいかん!」


「皮肉な話です」


 九条が同意する。


「神が作ったカードが美しすぎたが故に、道具としての機能を果たさず、美術品として死蔵される。

 KAMI様も、ここまでは予想外だったかもしれませんね」


 ***


 その頃、東京・六本木。

 月読ギルドの本部ビル最上階、マスター執務室。


 ギルドマスター月島蓮は、目の前のデスクに並べられた5枚のカードを、祈るような、そして恐れるような眼差しで見つめていた。


 『天照大御神』

 『月読命』

 『須佐之男命』

 『八岐大蛇』

 『天叢雲剣』


 日本神話セット『三貴子の誓い』。

 これを揃えるために、月読ギルドは総力を挙げた。

 所属する数千人の探索者が血眼になってダンジョンを周回し、出た利益のほぼ全てをオークションに突っ込み、ようやく揃えた血と汗と金の結晶だ。

 市場価値、合計1000億円。


「……マスター。交換しますか?」


 副ギルド長が、ゴクリと喉を鳴らして尋ねる。

 彼らの目の前にあるのは、1000億円の美術品だ。

 このまま飾っておけば、ギルドの権威は高まり、資産価値も上がり続けるだろう。

 だが交換すれば、カードは消滅する。

 手元に残るのは、一本の剣だけだ。


「……美しいな」


 月島はカードに描かれた月読命ツクヨミノミコトの絵柄を指でなぞった。

 夜空のように深い蒼色が、指先に冷たく吸い付く。

 それは、見ているだけで心が洗われるような神聖な美しさを持っていた。


「これを燃やして(交換して)剣にする。

 美術愛好家が見たら、発狂するような蛮行だろうな」


「ええ。昨夜も国立美術館の館長から、『寄贈してくれればギルドの名前を永遠に残す』という電話がありました」


「だが」


 月島は迷いを振り払うように顔を上げた。

 その目には、探索者としての鋭い光が戻っていた。


「我々はコレクターじゃない。探索者だ。

 飾るための1000億じゃない。使うための1000億だ。

 この剣があれば、我々はB級の最深部、そしてA級の中層までもを無傷で踏破できる可能性がある」


 彼は決断した。


「交換だ。

 美術品としての価値など、命の前では無に等しい。

 このカードは、我々が前へ進むための切符チケットだ」


 5枚のカードを所定の位置に並べる。


 「交換!!!」


 カッッッ!!!


 部屋が神々しい光に包まれる。

 1000億円分の芸術が光の粒子となって分解され、再構築されていく。

 その輝きは、喪失の悲しみと誕生の喜びが入り混じった、言葉にできない色をしていた。


 やがて光が収まると、そこには一本の剣が浮いていた。


 【草薙剣(Kusanagi no Tsurugi)】

 【レアリティ:ユニーク】

 【種別:片手剣】

 【攻撃力:500 - 650】

 【効果】

 ・全属性耐性貫通 +20%

 ・攻撃命中時50%の確率で『天照の炎』、『月読の氷』、『須佐之男の嵐』のいずれかを追加発動する。

 ・所有者のレベルに応じて、剣の性能が成長する。


「……すごい」


 副長が呻いた。

 攻撃力だけで、既存のユニーク装備の倍以上。

 さらに耐性貫通と、神の力を借りた追加攻撃。

 そして何より「成長する」という未知のプロパティ。


「これが……1000億の剣か」


 月島は剣を握った。

 手に吸い付くような感覚。

 力が体の中から湧き上がってくる。


 カードの美しさは失われた。

 だが、その代わりに手に入れたのは、未来を切り拓くための絶対的な暴力だった。


「行くぞ。

 この剣で我々は、日本のトップを走り続ける」


 彼らは理解していた。

 美術品を愛でる余裕など、死と隣り合わせの彼らにはないことを。

 美しさは、強さの副産物に過ぎないのだと。


 ***


 一方、海を隔てたアメリカ合衆国。

 ニューヨーク、マンハッタンの超高層ビルのペントハウス。

 そこでは日本とは全く異なる価値観での狂乱が繰り広げられていた。


 この部屋の主は、ウォール街の帝王と呼ばれるヘッジファンドのマネージャー、リチャード・ゴールドスミス。

 彼のプライベート・ギャラリーには、ゴッホ、ピカソ、ウォーホルといった人類の至宝が並んでいる。

 だが今、彼が最も熱い視線を注いでいるのは、それら旧時代の遺物ではなかった。


 防弾ガラスのショーケースの中に鎮座する5枚のカード。

 アメリカ神話シリーズ。


 『自由の女神の松明』

 『アンクル・サムの帽子』

 『開拓者の幌馬車』

 『アポロの月面着陸』

 『星条旗の鷲』


 通称、『パックス・アメリカーナ』セット。

 これを揃えれば究極の遠距離武器『リバティ・キャノン』が手に入るとされている。

 だがリチャードに、それを交換するつもりなど毛頭なかった。


「……美しい。実に美しい」


 彼はブランデーを片手に、カードの表面に浮かぶ微細な魔力の揺らぎを眺めていた。

 『自由の女神』のカードからは希望の光が溢れ出し、

 『月面着陸』のカードからは宇宙の深淵と、人類の可能性が感じられる。


「これは単なるアイテムではない。

 神が描いた現代の宗教画だ。

 その価値は、武器などに変えるよりも、このまま保存することにこそある」


 彼の背後には、同じく富豪の友人たちが集まっていた。

 彼らはワインを飲みながら、品評会を開いている。


「リチャード君は運がいい。

 『星条旗の鷲』は先週のサザビーズのオークションで約2億ドル(約300億円)の値がついたと聞くぞ」


「中国の富豪が、どうしても欲しいと値を吊り上げているらしいな」


「フン、売るものか。これはアメリカの魂だ」


 彼らにとって、ダンジョンは資源採掘の場ではない。

 新たな「資産クラス」の供給源だった。

 カードは株や債券、暗号資産を超える、最もホットで、そして最も美しい投資対象となっていた。


「聞いたか?

 日本の『月読ギルド』とかいう野蛮な連中が、日本神話セットを交換して剣にしたらしいぞ」


「なんてことだ! 文化的破壊行為だ!」


「1000億円の美術品を、ただの道具に変えるとは……。これだから現場の人間は」


 彼らは嘆いた。

 だがその嘆きは、自分たちの持つカードの希少性がさらに高まったことへの、隠しきれない優越感に裏打ちされていた。


 交換されればされるほど、現存するカードの枚数は減る。

 残されたカードの価値は、青天井に跳ね上がる。


「……保管だ。永遠に」


 リチャードは宣言した。


「このセットは、我が家の家宝とする。

 50年後、このカードは今の100倍の価値になっているだろう。

 KAMIという神が実在した証としてな」


 アメリカの富豪たちは力を求めてはいなかった。

 彼らが求めていたのは、所有する喜びと、そして永遠に上がり続ける資産価値だけだった。


 ***


 中国・北京。

 中南海の奥深く、国家主席の私室。

 そこには権力と美学が、奇妙に融合した異様な空間が広がっていた。


 壁一面に飾られた、中華文明の精髄とも言えるカードの数々。

 『青龍』、『白虎』、『朱雀』、『玄武』の四神セット。

 『三国志の英雄たち』シリーズ。

 そして中央に飾られた最も神々しい一枚――『始皇帝の玉座』。


 習近平国家主席は、その『玉座』のカードを、うっとりとした表情で見つめていた。

 カードの中の始皇帝は、生けるが如き威厳を放ち、その瞳は見る者を平伏させる覇気に満ちている。


「……素晴らしい」


 習は呟いた。

 彼の隣には、側近の王将軍が控えている。


「主席。

 この『始皇帝セット』を交換すれば、伝説の防具『龍鱗の皇帝鎧』が手に入ります。

 装備すれば物理・魔法ダメージを90%カットし、さらに周囲の敵を畏縮させる王者のオーラを放つとのこと。

 主席の安全のためにも、交換を推奨いたしますが……」


「ならん」


 習は静かに、しかし断固として拒絶した。


「このカードは、単なるアイテムではない。

 中華の歴史と権威、そのものだ。

 KAMIは我が国の歴史を理解し、その尊厳をこの一枚に込めたのだ。

 これを消滅させるなど、歴史への冒涜だ」


 彼はカードに手を触れた。


「それに鎧など着ずとも、私にはKAMIから授かった『分身』がある。

 身を守るための道具など不要だ。

 必要なのは、このカードが放つ『権威』だ」


 習はこのカードを、政治利用していた。

 国賓を迎える際、この「神が描いた始皇帝」を見せつけることで、自らがその正統なる後継者であることを無言のうちに、しかし強烈に印象づけるのだ。

 それは核兵器よりも、洗練された文化的なマウントだった。


「王よ。

 他のカードは好きにしていい。

 軍の強化のために交換するもよし、市場に流して外貨を稼ぐもよし。

 だが、この『皇帝シリーズ』だけは別だ。

 これは党の、いや、私の魂だ」


「……御意」


 王将軍は頭を下げた。

 独裁者にとって、実利よりも優先すべきものがある。

 それは「自分がいかに選ばれた存在であるか」を示す、神聖なシンボルだった。


 ***


 ロシア・モスクワ。

 クレムリンの地下にある、ヴォルコフ将軍の私的武器庫。

 そこは美術館というよりは、武器の見本市会場のようだった。


 壁には交換済みの強力なユニーク武器がずらりと並んでいる。

 だが、その一角に、額縁に入れられたカードのセットが飾られていた。


 『冬将軍』

 『コサックの騎行』

 『雷神ペルーンの怒り』


 スラブ神話をモチーフにした、荒々しくも美しいカードたち。


「……美しいな」


 ヴォルコフはウォッカを片手に、そのカードを眺めていた。

 彼は実利主義者だ。使えるものは何でも使う。

 だが、このカードたちに関しては、少し事情が違った。


「これらを交換すれば、『ペルーンの戦鎚』が手に入る。

 雷を纏い、一撃で城壁を粉砕する神の武器だ。

 だが……」


 彼はカードに描かれた雪原の風景、そして雷神の猛々しい姿に、自らの故郷とロシアの魂を重ねていた。


「この絵には、我々の血が流れている。

 凍てつく大地で生き抜く強さ、不屈の闘志。

 KAMIは我々の本質をよく理解している。

 これを失うのは……少々、心が痛むな」


 彼は迷っていた。

 軍人としての「戦力増強」の義務と、一人のロシア人としての「美学」の間で。


「……まあ、もう少しだけ眺めておくか」


 彼は結論を先送りにした。

 武器は他にもある。

 だが魂を震わせる芸術は、そうそう手に入るものではない。

 強面の将軍の心にも、神の芸術は深く突き刺さっていたのだ。


 ***


 そして東京。

 全ての元凶であるKAMIの部屋。


 彼女は世界中の反応をモニターで見ながら、満足げにスケッチブックにペンを走らせていた。


「ふふふ。やっぱり美少女キャラは人気ね。

 『天照』のカード、日本での取引価格が異常だわ。

 萌え要素と神々しさのバランス、完璧だったみたい」


 本体の栞が、呆れたように言った。


「あなたいつの間に、あんな絵を描くスキルを身につけたのよ?

 元々プログラマーだったのに」


「良いじゃない」


 KAMIは胸を張った。


「並行世界の『芸術の神』から、センスと技術をダウンロードしたのよ。

 ルネサンスの巨匠の技法と、現代のデジタルアートの色彩感覚、

 それにオタク文化の萌えを融合させた究極の画風。

 人間が夢中になるのも、無理ないわ」


 彼女は新しいカードのデザインを描き進める。

 今度はインド神話の『シヴァ』と『カーリー』だ。

 破壊と創造の神々を、息を呑むような迫力と、そして背徳的な美しさで描き出していく。


「次はインド市場を開拓しなきゃね。

 彼ら信仰心が厚いから、神様のカードには糸目をつけないはずよ。

 『踊るシヴァナタラージャ』のカードなんて出したら、国中が争奪戦になるわ」


「……悪趣味ね」


「ビジネスよ、ビジネス」


 KAMIは笑った。


「でも私が一番嬉しいのはね。

 彼らが『交換するか、コレクションするか』で悩んでる姿を見ることよ」


 彼女は月島の決断と、リチャードの執着を交互に見た。


「機能を取るか、美を取るか。

 未来への投資か、現在の所有か。

 その葛藤こそが、人間の一番人間らしいところじゃない?


 道具としての価値しかなかったダンジョンアイテムに、『文化』と『美』という新しい価値軸を与えた。

 これで市場は、もっと複雑に、もっと面白くなるわ」


 カードは単なる引換券ではない。

 それは人類の欲望を試すリトマス試験紙であり、そして神が人間に与えた「美の教育」でもあった。


 神話シリーズのカード、総額10兆円超の市場。

 それは、まだ序章に過ぎない。


「さあ、次はどんな絵を描こうかしら?」


 神の筆先から、次々と新たな欲望が生まれていく。

 世界はその美しさに魅入られ、そして狂わされていくのだった。


 コレクターたちの眠れない夜は、今日も続く。

 額縁の中の女神が、静かに微笑みかけながら。


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― 新着の感想 ―
月島くんみたいに実際に使うとしたら龍鱗の皇帝鎧が一番いい気がしますね >>装備すれば物理・魔法ダメージを90%カットし、さらに周囲の敵を畏縮させる王者のオーラ 耐性とか敵の攻撃考えても鎧ひとつで90…
これが本当の神絵師ですね
同じカードは出る? ロシアだけ3枚でセット揃うの楽やな
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