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賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


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第221話

 世界は狂っていた。

 あるいは、正常な判断能力を完全に喪失し、集団的な陶酔と破滅の淵で、ワルツを踊っているかのような状態にあった。


 原因は、たった一枚のカード。

『混沌の涙(Tears of Chaos)』。

 5枚集めれば、ランダムなランクの魔石5個と交換できるという、KAMIが仕掛けた悪魔の宝くじ。


 そのカードの市場価格は、イベント開始当初の数万円から、瞬く間に高騰の一途を辿っていた。

 YouTuber、ガルドが叩き出した「S級魔石5個(2500億円相当)」という特大のジャックポット。

 その映像が網膜に焼き付いた人類は、確率統計学という理性をかなぐり捨て、欲望の沼へと頭からダイブしていたのだ。


 現在の取引価格――1枚200,000円。

 5枚揃えるには、100万円が必要となる。

 交換してF級(5万円)が出れば、95万円の損失。

 E級(50万円)でも半減。

 D級(75万円)でも赤字。

 C級(150万円)以上を引かなければ、元が取れないという、誰がどう見ても「分の悪い賭け」だった。


 だが、人々は止まらなかった。

「次こそはS級が出る」「俺だけは特別だ」という根拠のない確信が、彼らの財布の紐を、そして人生の紐を緩めさせていた。


 借金をしてカードを買う者。

 家を売ってカードを買う者。

 企業の運転資金を横領してカードを買う者。


 その惨状を見かねて、ついに「運営」が動いた。


 ある日の正午。

 全世界のスマートフォン、街頭ビジョン、PCモニターに、緊急のアラートと共にKAMIの姿が強制割り込みで表示された。

 今日の彼女は白衣に眼鏡、指示棒を持った「女教師」風のコスチュームだった。

 背景には黒板があり、そこには絶望的な数式が書かれている。


『――はーい、注目! 補習の時間よ、愚かな人類諸君』


 KAMIの声は、呆れを通り越して、哀れむような響きを帯びていた。


『あなたたち、ちょっと熱くなりすぎじゃない?

 見てられないから、運営わたしから直々に「確率の講義」をしてあげるわ』


 彼女は指示棒で黒板を叩いた。


『いいこと? よく聞きなさい。

 S級魔石の排出率。

 それはね、あなたたちが雷に打たれながら宝くじの一等を当てて、その足で隕石に当たるくらいの確率なのよ』


 具体的な数字(0.0000001%以下)が、赤字でデカデカと表示される。


『ガルド君が当てたのは、あれはもう「バグ」みたいなものよ。

 あるいは、私の気まぐれなサービス。

 二度目はないわ。

 システムログを確認したけど、あれ以来、世界中で何千万回と交換が行われているけど、S級はおろかA級すら片手で数えるほどしか出ていないの』


 彼女は、冷酷な現実を突きつけた。


『期待値(EV)計算って知ってる?

 今のカード相場、20万円で計算するとね……回収率は「3%」以下よ。

 パチンコやカジノが可愛く見えるレベルの、超・回収モード。

 胴元わたしが言うんだから、間違いないわ。

 これは「夢」じゃなくて「搾取」よ』


 KAMIはカメラに顔を近づけ、真顔で告げた。


『だから、もうやめなさい。

 悪いことは言わないから、カードは売る側に回りなさい。

 剥くな。売れ。

 これ以上、破産者が増えると世界経済のバランスが崩れて、私の箱庭が面白くなくなるから。

 ……以上、神様からの親切な忠告でした』


 プツン。

 通信が切れる。


 神による、前代未聞の「ガチャ回すな」宣言。

 通常なら、これで熱は冷めるはずだった。

「運営が当たらないと言っているのだから、当たるわけがない」と。


 だが。

 人類の業は、神の想定を(悪い意味で)超えていた。


 その放送の直後。

 SNSには、こんな投稿が溢れた。


『聞いたか? KAMI様が「出る確率はゼロじゃない」って言ってたぞ!』

『「バグみたいなもの」ってことは、バグらせれば出るってことか!』

『運営が必死に止めに来るってことは、逆に今が「出し時」なんじゃね?』

『俺のゴーストが囁いている。次はS級だと』

『数学? 確率? 知らねえよ! 俺の運命力ラックは計算できねえ!』


 逆効果だった。

「禁止されるとやりたくなる」「否定されると燃え上がる」。

 ギャンブラー特有の認知バイアスが、KAMIの警告を「挑戦状」あるいは「ヒント」として、都合よく解釈してしまったのだ。


 カード価格は下がらない。

 むしろ「神が注目するほどのアイテム」として、20万円の壁を突破し、21万、22万とジリジリ値を上げ続けていた。


 ***


 それから数日。

 世界は、「静かなる絶望」のフェーズへと移行していた。


 熱狂は続いている。カードは売れている。

 だが、報告が上がらないのだ。

 S級はおろか、A級、B級の報告さえも、SNSからパタリと途絶えていた。


「当たった!」という歓喜の声はなく、あるのは「爆死した」「人生終わった」「借金どうしよう」という、地獄の底からの怨嗟の声ばかり。


 YouTubeでは、『混沌の涙1000連やってみた』という配信者が、生放送中に全財産を溶かし、カメラの前で虚ろな目をして放送事故を起こす動画が量産されていた。

 企業勢も撤退を始めていた。

「期待値が低すぎる」「リスク管理の観点から禁止」。

 合理的な判断ができる組織は、早々にこの泥沼から足を洗っていた。


 残されたのは、引くに引けなくなった個人のギャンブラーたちだけ。

 彼らは今日も、なけなしの金を握りしめ、あるいは借用書にサインをして、一枚のカードを求めて彷徨っている。

 S級という幻影を追い求めて。


 ***


 東京、ワシントン、北京、モスクワ。

 四つの首都を繋ぐ、最高機密バーチャル会議室。


 そこには、いつものメンバーが集っていた。

 沢村総理、九条官房長官。

 トンプソン大統領。

 王将軍。

 ヴォルコフ将軍。


 彼らの表情は、外の世界の狂騒とは裏腹に、極めて冷静で、そしてどこか冷ややかだった。


「……愚かなものですな」


 議長役の九条が、モニターに映る世界中のカード相場のグラフを見ながら呟いた。


「KAMI様が直々に『やるな』と仰ったにも関わらず、人類は止まらない。

 S級の報告など、一件もないというのに。

 まさに、沈む船に群がる鼠のようです」


「全くだ」


 トンプソン大統領が、呆れたように肩をすくめた。


「我が国の国民も、給付金や年金を突っ込んで破産する者が後を絶たん。

 『アメリカン・ドリーム』の解釈を間違えているとしか思えんよ。

 S級など、都市伝説レベルの確率だというのに」


 彼らは知っていた。

 国家の情報機関を総動員して監視しているが、ガルド以降、S級魔石がドロップ(あるいは交換で排出)された事実は、ただの一度もないことを。

 確率は収束する。0に限りなく近い数字に。


「そもそも」


 ロシアのヴォルコフ将軍が、ウォッカを舐めながら低い声で言った。


「S級ダンジョンどころか、A級すら攻略されていない現状で、S級素材がぽんぽん出るわけがないのだ。

 ゲームバランスを考えれば分かることだろう。

 最強装備エンドコンテンツの素材が、序盤のイベントで大量配布されるはずがない」


「ええ」


 中国の王将軍も同意した。


「KAMI様の意図は明白です。

 『見本』として数個だけ世に出し、その価値を知らしめる。

 そして『欲しければ、もっと強くなって、もっと深いダンジョン(S級)に潜ってきなさい』と誘導する。

 今回のカードは、そのための撒き餌に過ぎない」


 彼らは冷静だった。

 なぜなら、彼らは既に「持っている」からだ。

 世界に5個しか存在しないS級魔石。

 そのうちの4個を、彼ら四カ国の指導層が独占している。

 勝者の余裕が、彼らを高みから見下ろさせていた。


「……ですが」


 沢村総理が話題を変えた。


「人々がそこまでしてS級魔石を求める理由。

 それは、単なる金銭欲だけではありません。

 やはり、あの『用途』が魅力的すぎるのです」


 沢村は、手元の資料にある『身代わりの聖石サクリファイス・ストーン』の項目を指差した。


「『1回、死を帳消しにできる』。

 この究極の保険。

 命の値段が500億だとしても、権力者や富豪にとっては安い買い物でしょう。

 死にたくない。その根源的な恐怖が、彼らをガチャへと駆り立てている」


「違いない」


 トンプソンが頷く。


「私も、もし手元になければ、国家予算を使ってでも引いていたかもしれん。

 ……だが、我々にはある」


 彼は胸ポケットに手を当てた。

 そこには、厳重なケースに収められた加工済みの『身代わりの聖石』が眠っているはずだ。

 アメリカ合衆国大統領の命を守る、最後の切り札。


 だが。


 ここで、奇妙な空気が流れた。

 中国の王将軍と、ロシアのヴォルコフ将軍。

 二人の表情が、トンプソンや沢村とは違う、どこか誇らしげで、そして恍惚としたものに変わったのだ。


「……ふふふ」


 王将軍が、抑えきれない笑みを漏らした。


「命ですか。

 確かに、惜しいものです。

 ですが、真の忠臣にとっては、自らの命よりも重いものがある」


「……?」


 沢村が怪訝な顔をする。


「どういうことですか、将軍?」


 王将軍は、もったいぶるように間を置いてから、とんでもない事実を告白した。


「実は……。

 我が国に割り当てられたS級魔石。

 あれは、国家主席の指示により、私、王が所持することになったのです」


「なっ……!?」


 トンプソンが目を剥いた。


「君が!? No.2の君が持つのか!?

 主席はどうした!? 自分の命が惜しくないのか!?」


「主席は仰いました」


 王将軍は、感動に打ち震える声で言った。


「『私にはKAMI様から授かった“分身”がある。

 片方が死んでも、もう片方に意識を移せば生き残れる。

 実質的な不死身だ。だから身代わりの石など不要だ』と」


 彼は胸を張った。


「そして『お前には分身がない。

 だがお前は我が国の柱石だ。

 お前を失うことは党の損失だ。

 だから、この石はお前が持て。

 私の代わりに長生きして、国を支えろ』と……!

 ああ、なんと慈悲深きお言葉か!」


 王将軍の目には、涙が浮かんでいるようだった。

 独裁国家のNo.2がトップから「命の保証」を与えられた。

 それは最大の信頼の証であり、絶対的な忠誠の鎖でもあった。


「ロシアも同じだ」


 ヴォルコフ将軍が重々しく頷いた。


「ウラジミール大統領閣下も、また同様の判断を下された。

 『私には分身がある。それに……』」


 ヴォルコフは、大統領の言葉を真似て不敵に笑った。


「『私は神を目指す男だ。

 石ころに頼って生き延びるなど、プライドが許さん。

 死ぬ時は死ぬ。

 だが私は死なん。

 ヴォルコフ、お前はまだ人間だ。

 保険が必要だろう?

 くれてやる。受け取れ』と」


「……!!」


 沢村と九条、そしてトンプソンは言葉を失った。


 分身ブンシン

 かつてKAMIが「福利厚生」として、日中露の指導者たちに与えたスキル。

 アメリカのトンプソンだけが、宗教的・倫理的な理由で受け取りを拒否(保留)した、あの能力。


 それが、こんな形で作用するとは。


 分身を持つ者は、実質的に「予備機スペア」を持っている状態だ。

 だからこそ、彼らは「身代わりの石」という物理的な保険を、部下に譲渡する余裕があったのだ。


 沢村と九条は顔を見合わせた。

 彼らも分身を持っている。

 だが彼らの場合は「総理」と「官房長官」という一心同体のパートナー関係だ。

 石は一つ。

 沢村はまだ、その石を誰が持つか、最終的な決定を下していなかった(現在は厳重な金庫に保管されている)。

 だが、中国とロシアの「主従の絆」を見せつけられ、複雑な思いを抱かざるを得なかった。


 そして、トンプソンに至っては完全に蚊帳の外だった。

 彼には分身がない。

 だから彼はS級魔石を自分で持つしかない。

 部下に譲るなどという「余裕」も「美談」も、彼には許されていないのだ。


「……くっ」


 トンプソンが悔しげに呻く。

 民主主義のリーダーとしての矜持と、独裁者たちの「余裕」とのギャップ。


 その微妙な空気を、電子音が破った。


 フォン。


 円卓の中央に、KAMIが現れた。

 今日の彼女は優雅なティーセットを用意し、アフタヌーンティーを楽しんでいる様子だった。

 手にはスコーン。テーブルにはジャムとクロテッドクリーム。


「あら、みなさん。ごきげんよう」


 KAMIは上品に微笑んだ。


「ちょうど今、王さんのお話をしてたのよ?」


「……私ですか?」

 王将軍が背筋を伸ばす。


「ええ。

 昨日、北京の中南海で主席とお茶してきたんだけどね」


 神は、さも近所のカフェに行ったかのように言う。

 国家主席とのお茶会。


「彼、すごく褒めてたわよ。あなたのこと。

 『王はよくやっている。彼に石を渡して正解だった。

 あれで彼の忠誠心は永遠のものになった。

 私の分身たちも、彼なら安心して背中を預けられると言っている』って」


「おおお……!」


 王将軍が感極まって、ハンカチで目頭を押さえた。

 神の口から伝えられる、主君の直々の賞賛。

 これ以上の名誉はない。


「ヴォルコフさんのことも聞いたわよ」


 KAMIはロシアの方を向いた。


「ロシア大統領さんが言ってたわ。

 『ヴォルコフは不器用だが芯が強い。

 あいつに石を持たせておけば、私が無茶をして死にかけた時、きっと自分の石を使ってでも私を助けようとするだろう。

 そういう男だ。

 だからこそ、あいつ自身が死なないように石を持たせたのだ』って」


「……閣下……!」


 ヴォルコフ将軍の目からも、大粒の涙がこぼれ落ちた。

 冷徹な軍人の仮面が外れ、主君を慕う一人の忠臣の顔になる。


「えっ、本当ですか?

 嬉しいですね……」


 二人の強面の将軍が、まるで少年のように頬を染めて喜んでいる。

 その光景は異様であり、そしてどこか滑稽で、しかし純粋だった。


 独裁国家特有の濃密で歪んだ、しかし強固な人間関係。

 KAMIはそれを面白そうに、そして少しだけ愛おしそうに眺めていた。


「ふふふ。良かったわね。

 あなたたち、愛されてるわよー」


 彼女はスコーンにジャムを塗りながら、沢村とトンプソンの方をチラリと見た。

 その目は「あなたたちはどうなの?」と語りかけているようだった。


 トンプソンは、ばつの悪そうに視線を逸らした。

 沢村は、隣の九条のホログラムをそっと見た。

 九条は無表情のままだったが、その背中には「私は総理のためなら、いつでも死ねます」という官僚としての静かな覚悟が漂っていた。


(……私たちも負けてはいないさ)

 沢村は心の中で、そう呟いた。


「さて」


 KAMIはティーカップを置いた。


「そんなこんなで、S級魔石の行方は落ち着くところに落ち着いたみたいね。

 4カ国のトップ(とNo.2)がガッチリ確保。

 市場には流さない。

 ……まあ、賢明な判断よ」


 彼女はモニターに映る世界中の混乱――カードを買い漁り、爆死し、絶望する人々の姿――を見下ろした。


「下々の人間たちは、まだ夢を見てるみたいだけど。

 そろそろ熱も冷めてくる頃かしらね。

 『出ない』って現実に、気づき始めたみたいだし」


「ええ」


 九条が報告する。


「カード相場は高止まりしていますが、取引量は減少しつつあります。

 『剥く』よりも『売る』方を選ぶ探索者が増えてきました。

 夢から覚めつつあるようです」


「そう。なら、いいわ」


 KAMIは伸びをした。


「混沌の涙騒動も、そろそろ収束ね。

 みんなが他のカード……もっと実用的な装備とか素材が出るカードに興味を移してくれると良いんだけど」


 彼女は次なるカードのラインナップを、空中に表示させた。

『C級装備セット』『大量のランダム装備』『食料詰め合わせ』。

 地味だが、確実に生活を豊かにするカードたち。


「一攫千金の夢もいいけど、日々の糧も大事よ。

 そっちの方が、ゲームとしては長続きするしね」


 だが彼女は知っていた。

 一度「50兆円」という数字を見てしまった人間が、そう簡単に地道な生活に戻れるわけではないことを。


「……でも」


 KAMIは少しだけ寂しそうに、そして諦めたように笑った。


「混沌の涙ガチャをする流れは、変えられないわね。

 人間って、0.0000001%でも可能性があるなら、それに全てを賭けちゃう生き物だもの。

 はぁ……」


 彼女のため息が、会議室に響いた。


 神でさえ止められない、人間の業。

 ギャンブルという名の魔力。


「ま、それもまた『人間らしさ』ってことで。

 破産しない程度に頑張りなさいって、伝えておいて」


 KAMIは手を振り、光の中に消えていった。


 後に残された四人の男たち。

 彼らはそれぞれの「石」の重みを感じながら、再び現実の業務へと戻っていく。


 中国とロシアのNo.2は、主君への忠誠を新たに誓い。

 アメリカの大統領は、孤独な決断の重圧に耐え。

 日本の総理と官房長官は、終わりのない調整の日々へと。


 世界は回る。

 叶わない夢と、確かな絆と、そして冷徹な計算を乗せて。


 ダンジョンの奥底では今日も、誰かが「混沌の涙」を拾い、震える手でそれを握りしめている。

 その先に待つのが絶望だと知りながら、それでも「もしも」を夢見ずにはいられない。


 それが、この世界の新しい日常だった。


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― 新着の感想 ―
神が思うより人類は愚かだった(嘲笑い) そして忠に篤い家臣達か
「……愚かなものですな」 あれれ〜? たしか国家予算つぎこんで魔石ガチャしてた国があった気がするな〜?どこだったかな〜?
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