第216話
東京、ワシントン、北京、モスクワ。
世界を動かす四つの拠点を繋ぐ、最高機密のバーチャル会議室。
B級ダンジョン『竜のあぎと』の解禁から数週間。
当初は「死地」と恐れられたその場所も、人類の驚異的な適応力と、四カ国による徹底した管理体制によって、今や安定した資源供給源へと変わりつつあった。
「――B級ダンジョンの攻略状況は、極めて順調です」
議長役の九条官房長官が、淡々と定例報告を行った。
モニターには、右肩上がりに伸びる魔石の供給量と、そして探索者たちの平均レベルの推移グラフが表示されている。
「ソロ禁止令の徹底により、死亡事故はほぼゼロで推移。
各国のトップランカー、および精鋭部隊の平均レベルは『35』に到達し、さらにその数を増やし続けています。
もはやB級は、我々にとって未知の脅威ではなく、計算可能な『職場』となりつつあります」
「うむ、悪くない」
アメリカのトンプソン大統領が、葉巻をくゆらせながら満足げに頷いた。
「アークエンジェル部隊も順調だ。
レベル35……。
人間の限界を超えた身体能力と魔力。
これだけの戦力が整えば、多少のイレギュラーが発生しても対応できるだろう」
会議室には、穏やかな空気が流れていた。
危機感や焦燥感はない。
あるのは、計画通りに事が進んでいるという安堵感と、順調な成果への満足感だけだった。
その時だった。
フォン。
軽い電子音と共に空間が歪み、円卓の中央に、いつものゴシック・ロリタ姿の少女が現れた。
今日のKAMIは、なぜか卒業証書のような黒い筒を小脇に抱え、手には紅白饅頭を持っていた。
「やっほー。
なんか余裕ぶっこいてるみたいね、あなたたち」
彼女は紅白饅頭をパクつきながら、軽い調子で言った。
四人の指導者たちは、慌てて居住まいを正した。
「KAMI様。お待ちしておりました」
九条が頭を下げる。
「報告は聞いてたわよ」
KAMIは空中に浮かぶデータを、指先で弾いた。
「B級も安定してきて、レベルが上がってきたじゃない。
35ぐらいも増えてきたし。
うんうん、合格点よ。よく頑張りました」
「お褒めにあずかり、光栄です」
沢村総理が微笑む。
「で、だ」
KAMIはニヤリと笑った。
「そろそろ『上級職』を解禁していいと思うのよね」
「……上級職、ですか?」
沢村が聞き返した。
その言葉の響きに、他の三人の指導者たちの目も鋭く光った。
「ええ。
今のあなたたちはレベルは上がってるけど、あくまで『基本職』の延長線上にいるだけよ。
戦士なら戦士、魔法使いなら魔法使い。
でもRPGには『クラスチェンジ』ってのがあるでしょ?
レベルがある程度上がったら、より専門的で強力な職業に就くシステム」
KAMIは、空中に複雑かつ巨大なスキルツリーの「先」を投影した。
そこには、今までロックされていて見えなかった新たな領域が広がっていた。
「レベル35。これが条件よ。
このラインに到達した探索者は、新たな力を得る資格を得る。
上級職に成れば、それぞれビルドに特化した職業に成れるの」
彼女はいくつかのアイコンを指差した。
「例えば『剣聖』。
剣の道を極めた鬼神。
攻撃範囲が倍になったり、クリティカル率が跳ね上がったり、敵の防御を無視したり。
近接戦闘における最強の一角ね」
「『大魔導師』。
魔法の深淵を覗いた者。
一発の魔法で画面全体を焼き尽くしたり、詠唱なしで連発したり、複数の属性を融合させたり。
歩く戦略兵器よ」
「『守護騎士』に『オーラ使い(バッファー)』。
『暗殺者』に『召喚師』……。
方向性はそれぞれ違うし、全部で数十職あるからね。
自分のプレイスタイルや、パーティの役割に合わせて好きなものを選べるわ」
「数十職……!」
ヴォルコフ将軍が唸った。
「それは凄い。部隊の編成が根本から変わるぞ」
「おおよそ、かなり強い能力を得ることが出来るわ」
KAMIは胸を張った。
「レベルはそのままで、職業だけチェンジするイメージね。
レベル1に戻るわけじゃないから安心して。
今のステータスを維持したまま、強力な専用スキルが追加される感じよ。
劇的に強くなるわ」
それは願ってもない提案だった。
B級攻略が安定した今、次なるステップへの渇望は確実にあった。
「素晴らしいご提案です」
九条が迅速に応答する。
「では、その上級職になるにはどうすれば?
ギルドで手続きをするだけで良いのでしょうか?」
「甘いわね」
KAMIはチッチッと指を振った。
「強くなるには試練が必要よ。
これからダンジョンのドロップテーブルに、新しいアイテムを追加するわ」
彼女は空中に一枚の、古びた石板のようなアイテムを表示させた。
表面には、不気味な迷宮の図面が刻印されている。
「『試練の鍵』。
これがB級以上のダンジョンで、ドロップするようになるわ。
これを使って異空間にある特別なダンジョン――『試練の迷宮』へのゲートを開くの」
「試練の迷宮……」
トンプソンが眉をひそめる。
「また新しいダンジョンか。危険度は?」
「モンスターもいるけど、それ以上に『罠』だらけだから気をつけてね」
KAMIは楽しそうに言った。
「床から飛び出す槍、回転するノコギリの刃、毒矢の雨、転がる巨大岩……。
インディ・ジョーンズも真っ青のアスレチックコースよ。
一歩間違えれば串刺しかミンチ。
だからライフポーション、多めに持ち込んでね」
「罠、ですか……」
王将軍が難しい顔をする。
「戦闘力だけでは突破できないということか」
「そう。
だからこそ、ここでも『パーティ』が重要になるのよ」
KAMIはウィンクした。
「試練の迷宮は、パーティで挑むことも出来るわ。
というか推奨ね。
例えば『盗賊』や『スカウト』がいれば、先行して罠を発見・解除できるでしょ?
彼らが安全を確保して、戦士たちが敵を排除する。
そうやって助け合えば、かなり楽出来るわ」
彼女は先日の「ソロ禁止令」のことを引き合いに出した。
「パーティみんなでいくことをオススメするわね。
B級でパーティ組むの必須になったし、ちょうどいいじゃない。
普段組んでる仲間と一緒に試練を受けて、みんなで一緒に上級職になればいいのよ」
「なるほど……」
九条が頷く。
「ソロ禁止の流れとも合致しますね。
盗賊職の需要も高まり、雇用も生まれる。
理にかなっています」
「でしょ?」
KAMIは得意げだ。
「あと職業選択で悩む必要はないわよ。
『間違えて剣聖になっちゃったけど、やっぱり大魔導師が良かった!』ってなっても大丈夫。
職業を変えたい場合は、また『試練の迷宮』に入ってクリアしたらいいから。
やり直しも出来るわ」
「リスペック(振り直し)可能ということですか」
麻生大臣(の代理アバター)が安堵の息を漏らす。
「それはありがたい。
『一度選んだら一生そのまま』だと慎重になりすぎて、誰も転職できなくなりますからな」
「私は優しいからね」
KAMIはニッコリと笑った。
「ただし試練の迷宮に入るたびに『鍵』は消費するから、また拾ってこなきゃダメだけどね。
経済を回すためにも、鍵のドロップ率は少し絞っておくわ。
高値で取引されるといいわね」
彼女は、まるで市場を操作する投資家のような顔をした。
「さて話は以上よ。
レベル35に達した精鋭たちに伝えてあげなさい。
『さらなる高みへ登る準備はいいか?』ってね」
KAMIは手に持っていた紅白饅頭を、ぽいっと九条の方へ投げた。
九条の分身が、それを受け止める。
「じゃ、よろしく!
みんながどんなビルドを組んでくるか、楽しみにしてるわ!」
そう言い残すとKAMIは、光の粒子となって消滅した。
残された四人の指導者たちは、手に入れた新たな情報と、これから始まる「大転職ブーム」への対応策を練るべく、即座に動き出した。
***
翌日。
全世界の探索者ギルド、およびニュース速報で、衝撃的な発表がなされた。
『緊急告知:上級職解禁!』
『条件はレベル35! B級ダンジョンでドロップする「試練の鍵」を入手せよ!』
『「剣聖」「大魔導師」など、数十種類の強力な職業が登場!』
このニュースは、B級攻略に勤しんでいた探索者たち、そして停滞感を感じ始めていたトップランカーたちに、爆発的な熱狂をもたらした。
日本のネット掲示板『ダンジョンちゃんねる』も、一瞬にしてサーバーがダウンしかけるほどの勢いで書き込みが殺到した。
【祝】上級職解禁! レベル35以上の選ばれし者たちへ【試練の迷宮】
1: 名無し探索者
うおおおおおおおおお!
キタキタキタキタ!
ついに上級職きたあああああ!
2: 名無し探索者
マジかよ!
俺、ちょうど昨日レベル35になったとこだ!
タイミング神すぎ! KAMI様、愛してる!
3: ガチ勢
詳細見たけど、ヤバいぞこれ。
『剣聖』のスキル詳細が一部リークされてるけど、
「両手剣の攻撃速度+50%」「クリティカル時、敵の防御力を無視」とか書いてある。
別ゲーになるぞ、これ。
4: 名無し探索者
>>3
インフレしすぎワロタwww
これもうB級モンスター瞬殺だろ。
5: 魔導師志望
『大魔導師』の情報くれ!
俺はずっと魔法職の不遇(詠唱長い、MPすぐ切れる)に耐えてきたんだ!
報われる時は来たのか!?
6: 解析班
>>5
あるぞ。
「元素の加護:全属性耐性貫通」「マナ吸収:魔法ダメージの2%をマナとして吸収」
これがあればMP切れ知らずで魔法撃ち放題になるっぽい。
完全に始まったな。
7: 名無し探索者
でも「試練の迷宮」ってのがキツそうだな。
「罠だらけ」って書いてあるぞ。
「回転ノコギリ」とか「酸の海」とか、SASUKEかよ。
8: 盗賊ギルド
お前ら、今こそ俺たち「盗賊」の出番だぞ!
今まで「火力ない」「役立たず」って馬鹿にしてきたよな?
迷宮の罠解除は、俺たちにしかできない!
土下座して、パーティに誘え!
9: 名無し探索者
>>8
シーフ様! お願いします!
靴舐めますから、罠解除してください!
俺の剣聖への道を切り開いてくれ!
10: 名無し探索者
>>8
マジでこれからはシーフの時代だな。
B級パーティ必須になったし、試練でも必須級。
急にモテ期が来たな、オイ。
11: 経済通
「試練の鍵」の価格はどうなる?
ドロップ率は渋いらしいが。
12: オークション監視員
初動価格出たぞ。
【試練の鍵:3,000,000円】
300万スタートwww
高いけど、上級職になれる権利と思えば安いか?
13: 名無し探索者
300万なら払うわ。
上級職になって効率上がれば、すぐ回収できるし。
問題は鍵が市場に出回るかどうかだ。
ドロップした奴が自分で使うから、なかなか売りに出ないぞ、これ。
14: 名無し探索者
よし、今日は会社休んでB級周回だ!
鍵拾って上級職になって、俺は伝説になる!
上級職の解禁。
それは単なる戦力強化に留まらず、探索者たちのモチベーションを極限まで高め、経済活動(鍵の売買、ポーション消費、盗賊の雇用)をさらに加速させる起爆剤となった。
渋谷のダンジョンゲート前には、今まで見たこともないような熱気が渦巻いていた。
「鍵求む! 高値買い取ります!」というプラカードを掲げる者。
「レベル35以上のシーフ募集! 試練手伝ってください!」と叫ぶパーティリーダー。
そして、ライフポーションを大量に買い込む探索者たち。
かつて「死地」と呼ばれたB級ダンジョンは、今や「英雄への登竜門」へと変貌していた。
誰もが夢を見ていた。
自分が『剣聖』になり、あるいは『大魔導師』になり、無双する未来を。
その光景を国会議事堂の窓から見下ろしながら、麻生大臣は呟いた。
「……うまく誘導されたな。
レベル35で頭打ちになりかけていた不満を、『上級職』という新たな餌で期待感に変え、
『試練の鍵』という新アイテムで市場を刺激し、
『罠解除』という役割を与えることで、不人気だった盗賊職にも光を当てた。
……KAMI様、やはり恐ろしい運営手腕だ」
九条が隣で頷く。
「ええ。
しかも『パーティ推奨』とすることで、ソロ禁止令への反発も自然と解消されました。
『禁止されたから組む』のではなく、『有利だから組む』という形に持っていった。
人心掌握術も見事としか言いようがありません」
人類はまた一つ、強くなる。
だが、それは同時にKAMIの用意した掌の上で、より深く、より熱狂的に踊らされているということでもあった。
試練の迷宮。
そこから最初に帰還し、人類初の『上級職』として名乗りを上げるのは誰か。
新たな競争の幕が、今、切って落とされた。




