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賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


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第213話

 日曜日の午後八時。

 日本列島の全てのテレビ画面が、そしてインターネットのライブストリームが、一つの映像にジャックされていた。


 渋谷スクランブル交差点。

 かつて若者たちの聖地と呼ばれたその場所は、今や人類の未来を占う最前線の「戦場」への入り口として、世界中の視線を集めていた。


 上空を旋回する報道ヘリのローター音が、地上のざわめきと混じり合い、一種異様な低周波となって人々の腹の底に響く。

 投光器の強烈な光が、ゲートの前を一心に照らし出している。


 固唾を飲んで見守る数万の群衆。

 そして画面の向こうの数億の視線。


 その時、ゲートの漆黒の渦が大きく波打った。


「――来たぞ!」

「帰還だ! 先行調査隊が戻ってくる!」


 ゲートから吐き出されるようにして、一団が姿を現した。

 五菱商事、ダンジョン攻略部第一班。

 日本最強の企業戦士たちだ。


 彼らが身に纏うのは、一着数億円を投じて揃えられた最新鋭の『C級・レア装備イエロー』。

 そして、幾重にも重ねられた耐性付与エンチャントが施されたフルプレートメイルである。


 その鎧は投光器の光を反射して、冷たく、そして完璧な輝きを放っていた。

 傷一つなく、汚れ一つない。


 この世界のダンジョン装備に「耐久度」という概念は存在しない。

 刃こぼれもせず、凹むこともなく、メンテナンスも不要だ。

 KAMIが与えた装備は、物理法則を超えた不滅の加護を帯びている。


 だが、その傷一つない完璧な鎧とは対照的に、中の人間たちの消耗は凄まじかった。

 先頭に立つ部隊長、佐山専務が膝から崩れ落ちそうになるのを、剣を杖代わりにして辛うじて堪える。


 肩で息をし、膝は震え、その瞳孔は極限の集中から未だ戻りきっていない。

 兜のバイザー越しに見えるその顔色は、死人のように蒼白だった。


 無傷で輝く鎧が、かえって中の生身の人間の脆弱さと、彼らがくぐり抜けてきた精神的な「死の圧力」を、残酷なまでに浮き彫りにしていた。


『――速報です! たった今、B級ダンジョン先行調査隊が帰還しました!』


 現場リポーターの声が上ずっている。

 カメラが佐山の手にズームインする。


 震える手。

 その泥と煤にまみれた掌の中に、死に物狂いで握りしめられているもの。


 それは、これまでのF級やE級、D級の魔石とは一線を画す、圧倒的な存在感を放っていた。

 大きさはソフトボールほど。


 だが、その色は漆黒ではなく、内側から脈動するような深紅の輝きを帯びている。

 まるで大地から切り出されたばかりの、生きている心臓のように。


 ドクン、ドクンと、その石自体が周囲のマナを呼吸しているかのような錯覚さえ覚えさせる。


『確認されました! ドロップ品です!

 あれが……あれが噂の「B級魔石」です!』


 佐山が防毒マスクを外し、荒い息を吐きながら、その石をカメラに向けて掲げた。

 その顔には、死線を越えた者だけが浮かべることのできる疲労と狂喜が入り混じった笑みが張り付いていた。


「……獲ったぞ」


 彼の掠れた声が高性能マイクに拾われ、全国に響き渡る。


「我々は……生き残った。

 そして持ち帰った。

 これこそが次なる時代の『核』だ」


 その瞬間、日本中がどよめいた。


 死者ゼロ。

 全属性耐性がマイナス20%されるという、あのB級ダンジョンの死地からの生還。

 そして人類が初めて手にした、高純度エネルギーの結晶。


 画面の下に速報テロップが流れる。


【速報:B級魔石、ギルド暫定買取価格発表】

【――5,000,000円(500万円)】


「ご、500万……!?」


 テレビの前で、お茶の間の視聴者たちが息を呑む。

 たった一個の石ころが、高級車一台分の価値を持つ。


 F級魔石(1万円)の500倍。

 C級魔石(30万円)の16倍以上。


 これまでのインフレなどという言葉では追いつかない、暴力的なまでの価値の跳躍。

 それは「稼げる」という次元を超え、「世界が変わる」という予感を人々に叩きつける数字だった。


 だが、その驚愕はまだ序の口だった。

 翌朝のニュース番組『サンデー・クロスファイア』が、この価格の裏にある「本当の意味」と、その先に待つ「A級」という名の未来を解説した時、世界は真に戦慄することになる。


 ***


 翌朝。テレビ朝日スタジオ。


「おはようございます! 歴史が変わった朝です! 司会の黒崎です!」


 黒崎謙司のテンションは、いつになく高かった。

 スタジオのセット背景には、昨夜のB級魔石の拡大映像がデカデカと映し出されている。

 深紅の輝きは、モニター越しでも見る者を惹きつける魔力を持っていた。


 パネリスト席には、いつもの面々。

 この国のダンジョン行政を一手に握る、麻生ダンジョン大臣。

 ビデオ出演での参加となる、沢村総理。

 経済評論家の山岸。

 そしてSF・ファンタジー知識の権威として政府アドバイザーも務める、ライトノベル作家の沢渡。


「さて、山岸さん。

 単刀直入にお聞きします。500万円です。たった一個で500万円。

 時給換算すれば数千万円にもなる凄まじい収益率ですが……これはバブルですか?

 それとも適正価格なのでしょうか?


 確かにB級は命がけの修羅場です。装備を揃えるのに数億円かかることも理解しています。

 ですが石一個に500万というのは、我々庶民の感覚からは、あまりにも乖離しているようにも思えますが」


 黒崎の問いに、山岸は分厚い資料を広げながら紅潮した顔で答えた。

 眼鏡の奥の瞳が、経済学者としての興奮でギラギラと光っている。


「結論から申し上げますと、これは『適正』、いや長期的には『安い』とさえ言える価格です」


「安い!?」

 スタジオの観覧席から、どよめきが起きる。


「はい。なぜB級魔石が、これほどまでに高いのか。

 その理由は、この石単体のエネルギー価値だけではありません。


 もちろんB級魔石一つで、東京ドーム数個分の電力を賄えるほどのエネルギー密度を持っていますが、それだけなら500万は高い。

 真の理由は……これがさらに上位の――人類がまだ到達していない領域の技術への『通行手形チケット』になるからです」


 山岸はフリップをめくった。

 そこには先日KAMIから提示された技術ツリーの最上位に位置する、二つの夢の技術が記されていた。


『物質転送ゲート(ショートレンジ)』

『空間拡張技術』


「この二つです。

 まずは『物質転送ゲート』。

 これは長距離移動用の都市間ゲートとは異なり、ビル内や敷地内といった短距離を瞬時に結ぶ技術です。


 これが実用化されれば、エレベーターや階段は不要になります。

 1階のロビーから50階の社長室へ、ドアを一枚開けるだけで移動できる。

 高層ビルの構造そのものが変わり、移動時間が消滅する『建築革命』です」


 山岸は熱弁を振るう。


「そして『空間拡張技術』。

 これは限られた物理的空間の内部を魔力的に拡張する技術です。


 トラックの荷台を倉庫並みに広げ、4畳半のワンルームを豪邸のリビングに変える。

 物流業界、不動産業界が根底から覆る、まさに魔法の技術です」


「夢のような話ですね」

 黒崎が唸る。

「ですが、それとB級魔石の価格に何の関係が?」


「これらの技術を実現するための触媒……エネルギーコアとして必要なのが、B級のさらに上……『A級魔石』なのです」


「A級……!

 ですがA級ダンジョンは、まだ存在しませんよね?

 KAMI様も『A級の開放は当分先』と仰っていたはずですが」


「ええ。ドロップでは手に入りません。

 ですが、手に入れる『抜け道』はあります」


 山岸はモニターを指差した。

 そこには複雑な錬金術の数式が表示されている。


「『圧縮コンプレッション』です。

 下位の魔石を大量に集め、特殊な魔導炉で高圧圧縮し合成することで、人工的に上位の魔石を作り出すことができます。

 理論上、B級魔石を複数個圧縮することで、A級魔石を生成することが可能なのです」


「なるほど! 合成ですか! RPGでよくあるやつですね!」

 沢渡が膝を打つ。


「ですが、そのレートが問題です」

 山岸は苦笑した。


「現在の我々の未熟な魔導技術による、極めて効率の悪い圧縮プロセスでは……。

 A級魔石を一個作るのに、およそ『40個』のB級魔石が必要になると試算されています」


「よ、40個……!?」


「計算してみてください。

 B級魔石1個が500万円。それが40個。

 つまりA級魔石を1個合成するための原価は『2億円』です」


 スタジオが静まり返った。

 石ころ一つに2億円。


「2億円……。マンションが買えますね」

 黒崎が呆れたように言う。


「ということは、A級魔石の市場価格は2億円ということですか!?」


「いえ、実はそこが面白いところでして」

 山岸はニヤリとした。


「KAMI様が提供している『ギルド公式買取価格表(予定)』によれば、もしA級魔石がダンジョンからドロップした場合の定価は『1億円』と設定されているらしいのです」


「えっ? 半額ですか?」


「そうです。

 本来ならA級ダンジョンを攻略して、ドロップで手に入れれば1億円の価値しかないものなのです。


 ですが現状ではA級ダンジョンが存在しない。

 ドロップでは絶対に入手できない。


 しかし不動産デベロッパーや物流大手、そして軍部は、今すぐにでも『空間拡張』や『転送ゲート』の技術を実用化したい。

 喉から手が出るほど欲しい。


 そのためには非効率を承知で、2億円かけてB級魔石を潰して合成するしかないのです」


「なるほど……。

 『時は金なり』ならぬ、『未来を先取りするための先行投資コスト』というわけですね」


「はい。ですが黒崎さん」

 山岸はさらに声を張り上げた。


「1億だろうが2億だろうが、企業にとっては安いものですよ!

 考えてもみてください。


 都心の一等地に建つ高層ビル。

 その床面積を『空間拡張』で倍にできたら?

 テナント料収入は倍増です。数百億、数千億の利益が生まれます。


 物流トラックの積載量を10倍にできれば?

 輸送コストは10分の1になり、物流革命が起きます。


 その巨大な市場規模と将来利益を考えれば、初期投資の数億円など誤差の範囲です!

 だからこそ五菱商事をはじめとする大企業は、500万円という高値でも喜んでB級魔石を買い漁るのです!」


 スタジオは熱気に包まれた。

 500万円の石ころ。


 それは単なるエネルギー源ではなかった。

 未来都市を建設するための「レンガ」であり、次の産業革命を起こすための「火種」だったのだ。


 麻生大臣がモニターの向こうでニヤリと笑った。

 その表情は、この国の金庫番として、そしてこの狂ったゲームの支配者の一人としての絶対的な自信に満ちていた。


「……ふん。そういうことですわ。

 夢のような技術が使えるようになるなら、金がかかるのは当然。

 いや、未来を買う値段としては、バーゲンセールと言ってもいいくらいですな。


 B級魔石の争奪戦は、これからが本番ですよ。

 日本が世界に先駆けて、この技術を実用化できれば、我が国は再び経済大国として君臨できる。

 そのためなら石ころ一つに500万など、安い安い」


 その言葉に、テレビの前の国民たちは戦慄し、そして熱狂した。

 B級ダンジョン。

 そこは死地だが、そこには確実に国家予算並みの富が転がっている。


「俺もB級に行きたい……」

「500万……人生変わるぞ」

「耐性装備だ! 耐性を積めば生き残れる!」


 新たな目標が提示され、日本中が再びダンジョンへと向かって走り出す。

 その狂騒の裏で、KAMIという神が描いた「経済と技術の循環システム」は、完璧に機能し始めていた。



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― 新着の感想 ―
今回の話とは関係ないのですが 妊婦さんに富のオーブを使ってスーパー赤ちゃんにしたり ロボットに富のオーブを使ってスーパーロボットになったり 市販のゲーム機に富のオーブを使って体感型ゲームになったりはし…
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