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賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


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第211話

 太平洋上空、高度3000メートル。

 雲海を突き抜けた先に浮かぶ、オーストラリア大陸にも匹敵する巨大な陸塊――ムー大陸。

 その南西部に広がる広大な未踏査区域『セクター・デルタ』は、マザー・キーパーによる管理が行き届いたピラミッド周辺の整然とした草原地帯とは、まるで異なる様相を呈していた。


 そこは、世界で最も濃密で、そして最も原始的な「生命」の坩堝るつぼだった。


 国連多国籍特別調査団(UN-MUE)の偵察・生態系調査班、総勢50名。

 彼らは今、地球上のどのジャングルよりも深く、そして重苦しい湿気に満ちた緑の迷宮を、慎重に進んでいた。

 先頭を行くのは、最新鋭の対魔法防御スーツに身を包んだアメリカ軍特殊部隊『アークエンジェル』の分隊と、ロシア軍『スペツナズ』の重装歩兵。

 その中央には、世界中から選抜された生物学者、地質学者、そして古生物学者たちが、まるで宝の山に放り込まれた子供のように目を輝かせ、あるいは恐怖に身を震わせながら、周囲を観察している。


 気温35度、湿度98%。

 まとわりつくような熱気が、兵士たちの体力をじわじわと削り取っていく。

 だが彼らが装着している『D級・レンジャースーツ(環境適応)』の冷却機能と、腰に下げた『スタミナ・フラスコ(魔力自動充填式)』のおかげで、行軍速度は維持されていた。


「……酷い環境だ。まるでサウナの中に放り込まれたようだな」


 アメリカ軍の分隊長、ミラー大尉がバイザー越しに悪態をついた。

 彼の手には、KAMIから「安価」で譲り受けた『銀河標準光線銃(GSB-9000)』が握られている。

 バッテリー残量は十分だが、この視界の悪さはハイテク兵器の利点を殺していた。

 鬱蒼と茂る巨大シダ植物は高さ十メートルを超え、空を覆い隠している。


「マナ濃度、依然として異常値を継続中」


 隣を歩く日本の『月読研究所』から派遣された魔法技術官が、手元の測定器を見ながら警告する。

「ピラミッド周辺よりも遥かに濃いです。計測不能エラーが出かかっています。まるでこのエリア全体が巨大な培養槽の中にいるような……。生物の活性化レベルが、桁違いに高い」


「培養槽か。言い得て妙だな」


 後方から声を上げたのは、フランスの著名な古生物学者デュボア博士だった。

 彼は興奮のあまり護衛の制止を振り切って、巨大なシダの葉に触れようとしていた。

「見てくれたまえ、この植物を! 『グロッソプテリス』に酷似しているが、サイズが違う! 一万年前どころではない、数億年前の植生だ! ここは時間が止まっているのか、それとも……」


 ズゥゥゥゥン……。


 突如、地面が微かに、しかし確かに震えた。

 博士の言葉が止まる。

 それは地震のような広域的な揺れではない。

 もっと局所的で、リズミカルで、そして何よりも「重い」振動だった。


「……おい、止まれ」


 ロシアのスペツナズ隊長が拳を挙げて列を止めた。

 彼は地面に片膝をつき、震動感知センサーのディスプレイを睨みつける。

 その顔色が、見る見るうちに蒼白になっていく。


「何か来る。……デカいぞ」


 ズゥゥゥゥン……。

 ズゥゥゥゥン……。


 振動は確実に大きくなり、近づいてくる。

 木々の梢がざわめき、鳥のような形をした――いや、明らかに羽毛ではなく皮膜の翼を持つ小型生物が、一斉に飛び立った。

 ジャングルの奥深く、濃霧の向こうから、巨木がなぎ倒される破壊音が、バリバリという轟音と共に近づいてくる。


「熱源感知! 前方12時方向!」

「機械か!? ムーの防衛ドローンか!?」

「いえ、違います! 生体反応です! ですがサイズが……! 熱量が戦車並みです!」


 オペレーターが絶句した、その時。

 霧を切り裂き、巨大なシダの壁を突き破って、その「影」が姿を現した。


 全長およそ十五メートル。

 鋼鉄のように強靭な筋肉の鎧を纏った、逞しすぎる二本脚。

 太く長い尻尾が大木を鞭のように薙ぎ払い、粉砕する。

 そしてトラックほどもある巨大な頭部には、ナイフのような鋭利な牙がびっしりと並んだ顎。


「……馬鹿な」


 デュボア博士が腰を抜かして、その場にへたり込んだ。

 彼の脳裏にあった古生物学の知識が、目の前の圧倒的な現実と衝突し、ショート寸前の火花を散らす。

 それは図鑑や映画の中でしか見たことのない、太古の地球の覇者。


「――ティラノサウルス……!? いや、T-レックスだ!!」


 だが教科書で見る姿とは、決定的に何かが違っていた。

 その皮膚にはアステルガルドの魔物のような極彩色の幾何学紋様が浮かび上がり、脈動している。

 吐き出す息には青白い魔力の燐光が混じり、眼球は知性と狂暴性が入り混じった黄金色に輝いていた。

 この高濃度のマナ環境に適応し、数千万年の時を超えてさらなる変異エボルーションを遂げた、魔法生物としての恐竜。


「グオオオオオオオオオオッ!!!」


 咆哮。

 それは単なる音波ではなかった。

 物理的な衝撃波ソニックブームとなって大気を震わせ、最前列にいた兵士たちを数メートル後方へと吹き飛ばす。

 周囲の木々の葉が、その咆哮だけで散り散りになった。


「くっ! 戦闘用意! 総員、撃てッ!」


 ミラー大尉の指示と同時に、光線銃と魔導ライフルが一斉に火を噴く。

 青いビームと魔力を帯びた徹甲弾が、巨獣の身体に吸い込まれる。


 ジュッ! ドォン!


 着弾。

 皮膚が焦げ、肉が弾け飛ぶ。

 だが巨獣は止まらない。

 痛みは怒りを増幅させる燃料にしかならなかった。


「効いてないのか!?」

「いや、ダメージは入っている! HPバーも表示されている!

 だが……回復速度がおかしい! 再生速度がダメージを上回っているぞ!」


 マナを過剰摂取した細胞が、異常な速度で傷を塞いでいく。

 撃たれた端から肉が盛り上がり、傷口が塞がっていく。

 恐竜は怒り狂い、その巨大な顎を開いて、最も近くにいたロシア兵へと突進した。


「――回避ッ!」


 狙われた兵士は腰に装備していた『F級・疾風のブーツ(移動速度+10%)』のスキルを反射的に発動させ、辛うじてその噛みつきを躱した。


 ガチンッ!!


 彼が先ほどまでいた空間の空気が顎によって圧縮され、爆発のような破裂音を立てる。

 もし食らっていれば即死ロストだった。

 ポーションを飲む暇も、回復魔法をかける暇もない。

 文字通り一口で上半身を持っていかれ、咀嚼されていただろう。


「こいつ、ダンジョンのボス級だぞ! いや、C級のネームドモンスター並みだ!」

「総員撤退! 距離を取れ!

 まともにやり合う相手じゃない! データを持ち帰るのが最優先だ!」


 ジャングルはパニックに陥った。

 だが彼らはプロフェッショナルだった。

 日本の『月読』メンバーが即座に『アイス・ウォール』を展開して足止めし、アメリカ軍の重装兵が牽制射撃を行いながら、整然と後退していく。


 カメラは、その一部始終を記録していた。

 一万年前に絶滅したはずの王者が魔力を纏って現代の兵士たちを追い回す、悪夢のような、そしてあまりにも魅力的な光景を。


 ***


 数時間後。

 ニューヨーク、国連本部ビル。緊急安全保障理事会。

 そして並行して接続された、東京、ワシントン、北京、モスクワを繋ぐ最高機密のバーチャル会議室。


 緊急招集された四カ国の指導者たち、そして国連加盟国の代表たちは、送られてきた映像を前に言葉を失っていた。

 巨大なスクリーンに映し出されるティラノサウルスの暴威。

 光線銃を弾き返し、魔法障壁を噛み砕く圧倒的な生命力。


「……恐竜だと?」


 アメリカのトンプソン大統領が、信じられないものを見る目でモニターを凝視している。

 葉巻を持つ手が、微かに震えている。


「これ、これはハリウッドのCG映画の予告編ではないのかね?

 スピルバーグの新作か? それともドッキリか?」


「残念ながら、紛れもない現実リアルの映像です、大統領」


 日本の九条官房長官が、淡々と、しかし重苦しい声で事実を告げた。

 彼の手元には、現地から送られてきた膨大な解析データがある。


「場所はムー大陸南西部、セクター・デルタ。

 調査団が遭遇したのはティラノサウルスだけではありません。

 上空にはプテラノドンらしき翼竜、湿地帯にはブラキオサウルス級の超巨大草食竜の群れも確認されています。

 さらにトリケラトプスの群れが、魔法障壁のようなものを展開して移動している映像もあります。

 あのエリアは完全に白亜紀そのものです。……いや、魔法で強化された『スーパー白亜紀』です」


 議場がざわめく。

「スーパー白亜紀」などという単語が、国連の公式な場で語られる日が来るとは、誰も思わなかっただろう。


「時代が違うではないか!」


 中国の王将軍が耐えきれないように机を叩いた。


「ムー大陸が存在したとされるのは一万二千年前。

 恐竜が絶滅したのは六千六百万年前だ!

 数千万年の時間のズレがある!

 なぜ古代文明の遺跡に、さらに太古の生物が跋扈しているのだ!?

 歴史的整合性が全く取れん!」


「遺伝子操作による再生か?」


 ロシアのヴォルコフ将軍が、軍人らしい推測を口にする。


「マザー・キーパーの技術力なら、化石からDNAを抽出してクローンを作ることも可能かもしれん。

 『ジュラシック・パーク』を地で行く実験場だったということか?

 生物兵器としての運用実験か?」


「いえ、それにしては……」


 日本の沢村総理が首を傾げる。


「生態系が完成されすぎています。

 クローン実験場のレベルではない。

 植物、昆虫、微生物に至るまで、完全に『当時の環境』がそのまま保存されているように見えます。

 これは単に生物を蘇らせた、というレベルの話ではありません」


 科学的常識の崩壊。

 指導者たちが混乱の淵に立たされる中、九条が静かに、しかし決定的な一言を告げた。


「……その謎について、専門家からの見解が届いております。

 今回の調査団に同行している、月刊『ムー』の三神編集長からの緊急レポートです」


 三神。

 この超常現象だらけの世界において、今や最も信頼できる(そして最も怪しい)解説者となった男。

 九条は現地から送られてきた、三神のビデオメッセージを再生した。


 画面の中の三神は、ジャングルの湿気にまみれ、サングラスを少し曇らせながらも、興奮で紅潮した顔で語りかけてきた。

 その背後には巨大なシダ植物と、遠くで吠える恐竜の声が聞こえる。


『――驚かれるのも無理はありません。

 ですがこれはオカルト的には……いえ、ムー文明の超技術を前提とすれば、極めて整合性の取れる事象なのです』


 三神はカメラに向かって、芝居がかった仕草で指を一本立てた。


『皆様、思い出してください。

 ムー帝国は重力を操り、空間を折りたたむ技術を持っていました。

 KAMI様も仰っていた。「空間操作」の技術があると。

 ならば彼らがさらに高次元の領域……すなわち「時間」と「空間」の壁さえも超えていたとしても、不思議ではありません』


 三神の声が熱を帯びる。


時空超越クロノ・ダイバー

 ムーの科学者たちは単に地理的な領土を広げるだけでなく、過去の地球、あるいは異なる時間軸の地球からも、資源や生物を「収集」していたのではないでしょうか?

 このセクター・デルタは、彼らが六千五百万年前の地球から空間ごと切り取り、この大陸へと接合マージした「保護区」、あるいは王族のための「狩猟場」なのです!』


「時空を……切り取る?」

 トンプソンが絶句する。

「土地ごとタイムトラベルさせてきた、と言うのか?」


『ええ。これは単なる生物学的発見ではありません。

 ムー文明が「時空すら統べる帝国」であったことの証明なのです。

 恐竜たちはその生きた証人。

 クローンでも幻影でもない。

 過去から連れてこられ、この高マナ環境で独自の進化を遂げた、正真正銘の「オリジナル」なのです』


 三神は恍惚とした表情で締めくくった。


『……半端ねえっすよ、ムー大陸は。

 ここは時間の博物館だ。

 我々は今、神の庭に足を踏み入れているのです』


 ビデオが終わると、会議室はしばし呼吸するのも忘れるほどの沈黙に包まれた。


 時空を統べる。

 その言葉の重みが指導者たちの野心を再び刺激し、そして同時に根源的な恐怖を与えた。

 もしその技術が残っていたら?

 もしその技術が悪用されたら?


「……なるほどな」

 ヴォルコフ将軍が低い声で唸った。

「過去から連れてきたか。

 辻褄は合う。マナによる変異も、あの異常な強さも。

 ……恐ろしい連中だ」


「だが脅威であることに変わりはない」

 王将軍が冷徹さを取り戻す。

「あの映像を見る限り、恐竜たちは極めて凶暴だ。

 魔法耐性も高く、光線銃でさえ一撃では仕留めきれない。

 もし奴らがセクター・デルタを出て、我々のベースキャンプを襲撃したら?

 あるいは何らかの事故で、地上(地球)に降りてきたら?」


「ゴジラ映画の再現になるな」

 沢村が顔をしかめる。

「自衛隊が市街地でティラノサウルスと交戦するなど、悪夢でしかない。

 それこそダンジョンブレイク以上の災害になる」


「排除すべきか?」

 トンプソンが問う。

「アークエンジェルと各国の魔導師部隊を総動員し、空爆と広域魔法でエリアごと焼き払うか?

 危険の芽は早めに摘むべきだ。

 研究など二の次だ。安全保障が最優先されるべきだ」


 軍事的な観点からは、それが正解に思えた。

 制御不能な猛獣は駆除するに限る。

 国連の場でも、多くの国が「即時殲滅」を支持する空気が流れ始めていた。


 だが。


 その強硬論に待ったをかけたのは、意外なところからの報告だった。

 九条が新たなウィンドウを開く。

 そこには世界中のSNS、大学のサーバー、そして科学コミュニティから吸い上げられた膨大なデータの奔流が表示されていた。


「……お待ちください。

 この『恐竜発見』のニュースがリークされてから数時間。

 世界中のアカデミズム、特に古生物学者や生物学者たちのコミュニティが、かつてないほどの色めき立ち方を……いや、狂乱状態に陥っております」


 モニターには世界中の大学や研究機関からの嘆願書メール、そしてSNSでの熱狂的な投稿が映し出された。


『生きた恐竜!? 化石ではなく、生体が!?』

『羽毛説は本当なのか! 配色は!? 鳴き声は!? 歩行法は!?』

『殺すな! 絶対に殺すな! それは人類の至宝だ!』

『研究させてくれ! サンプルをくれ! 糞でもいいから採取してくれ!』

『ジュラシック・パークが現実に……! 今すぐ行きたい!』

『ティラノサウルスの求愛ダンスが見られるかもしれないんだぞ! 爆撃なんてしたら、人類の損失だ!』


 科学者たちにとって、それはKAMIの超技術以上の衝撃だった。

 失われたはずの生命。進化のミッシングリンク。

 それを解明できるチャンスを軍事的な都合で灰にすることなど、学問に対する冒涜に他ならなかった。

 彼らは普段の冷静さをかなぐり捨て、各国政府に猛烈な圧力をかけ始めていた。


「……彼らの熱意は、凄まじいものがあります」

 九条が報告する。

「すでにハーバード、オックスフォード、東大など各国のトップ大学が共同声明を出す準備をしています。

 『恐竜保護区の制定』と『学術調査団の派遣』を求めて。

 さらには自然保護団体、動物愛護団体までもが『恐竜も守るべき自然の一部だ』と声を上げ始めています」


「……やれやれ」

 トンプソンが苦笑した。

「学者というのは、どうしてこうも危険を顧みないのだ。

 食われるぞ? あんな怪物の前に立てば」


「ですが」


 ここで麻生大臣オブザーバーが、電卓を弾くような手つきで口を挟んだ。

 彼の目は学術的な価値ではなく、もっと即物的な「金」の価値を見積もっていた。


「悪い話ではありませんな。

 恐竜。このキラーコンテンツの経済価値は計り知れませんぞ。

 研究資料としての価値はもちろんですが、将来的には……そう、サファリパークとしての観光資源化も十分に考えられる」


「観光!?」

 沢村が目を剥く。


「ええ。

 『本物の恐竜に会える島』。

 入場料が100万円でも、世界中から客が殺到しますよ。

 ガラス張りの装甲車でジャングルを巡るツアー。恐竜の餌やり体験。

 ディズニーランドなんて目じゃない」


 麻生は冷徹な計算を披露した。


「それに、あの恐竜たちの素材……皮や骨、そして魔石。

 これらもまたダンジョンのモンスターとは一線を画す、希少な資源になり得る。

 『竜の鱗』で作った鎧、『竜の牙』で作った剣。

 これらはオークションで、とんでもない高値がつくでしょう」


 彼は結論づけた。


「殲滅するのは、もったいない。

 資源として、コンテンツとして、『管理』すべきです。

 殺してしまえば一度きりですが、生かしておけば永遠に金を産む」


「管理……か」

 ヴォルコフ将軍が顎を撫でる。

「確かに強さに関しては、C級やB級ダンジョンのモンスターに比べれば、まだ『生物』の範疇だ。

 銃も魔法も効く。知能も高くない。

 軍隊で包囲し、結界で閉じ込めれば、封じ込めることは可能だろう。

 動物園の檻を、少し頑丈にすればいいだけの話だ」


「そうですな」

 王将軍も同意した。

「あのエリア『セクター・デルタ』を隔離指定区域とし、厳重な監視下に置く。

 その上で許可された研究者や、あるいは高ランクの探索者だけが入れるようにする。

 ……悪くない。

 我が国の漢方医学においても竜骨(恐竜の化石)は貴重な薬だ。生きた竜の骨となれば、その効能は計り知れん」


 四カ国の思惑が一致した。

 恐竜は脅威ではない。「資源」だ。

 排除するのではなく、囲い込み、利用する。

 それが強者の論理だった。


「しかし」

 トンプソンが懸念を示す。

「我々四カ国だけで独占すれば、また国際社会から突き上げを食らうぞ。

 『恐竜は人類の遺産だ』とな。

 特に科学者連中はうるさい。彼らを敵に回すと、世論形成で不利になる」


「そこで国連です」

 九条が提案する。

 彼はこの問題を「政治的なガス抜き」として利用するプランを提示した。


「この件に関しては、調査と管理の権限を『国連主導』という形に委ねてはいかがでしょう?

 名目は『希少生物の保護と研究』。

 実質的な警備と運営、そして利益の配分は我々四カ国が握りますが、看板は国連に持たせる」


「ガス抜きか」

 沢村が頷く。

「確かに恐竜の研究なら政治的な色は薄い。

 各国の学者を混ぜてやれば、彼らも満足するだろう。

 それに……万が一事故が起きて学者が食われても、『国連のプロジェクトでの不幸な事故』として処理できる。

 我々が直接非難されるリスクを減らせる」


 冷酷だが合理的な判断だった。

 夢とロマンを餌に、リスクを分散させる。


「決まりだな」

 トンプソンが言った。

「恐竜エリアは保存する。

 国連に『恐竜調査委員会』でも作らせて、そこに世界中のうるさい学者どもを押し込もう。

 まあ許容の範囲内だ。

 ただし警備費と管理費は高くつくぞ? その分は入場料なり研究費なりで、しっかり回収させてもらうがな」


 方針は決定した。

『セクター・デルタ』は人類初の「異世界恐竜保護区」として指定されることとなった。

 殲滅ではなく、共存(と搾取)の道が選ばれたのだ。


 ***


 数日後。

 国連本部での発表を受け、世界中のメディアは再び沸騰していた。


『ムー大陸にジュラシック・ワールド実在!』

『国連恐竜調査団を結成へ』

『T-レックスは羽毛が生えていた!? 論争に終止符か』

『研究者募集! 求む命知らずの生物学者!』


 科学者たちは歓喜し、子供たちは目を輝かせ、投資家たちは関連株を買い漁る。

 世界はまた一つ、新しい「夢」を見つけたのだ。

 恐竜。その原始的なロマンは、ハイテクや魔法とはまた違うベクトルで人々の心を鷲掴みにしていた。


 その熱狂を東京のマンションの一室から眺めるKAMIは、満足げにプリンを食べていた。


「……ふふっ。

 やっぱり恐竜は人気ねぇ。

 男の子ってこういうの好きよね」


 本体の栞が苦笑しながら言う。

「また面倒なものを残してくれたわね、ムーの人たちも。

 管理大変そうよ?

 餌代だけで国家予算が飛びそう」


「いいじゃない」

 KAMIはスプーンを舐めた。

「人間たちが武器を持って殺し合うんじゃなくて、虫取り網とカメラを持って森を追いかけ回す。

 そういう平和な(?)光景も、たまには悪くないわよ」


 彼女はモニターの中のジャングルを探検する調査隊の姿を見つめた。

 そこには三神編集長がティラノサウルスに追いかけられながらも、満面の笑みで逃げ回っている姿が映っていた。


「それに……」

 彼女は悪戯っぽく瞳を輝かせた。

「恐竜がいるってことは、『ドラゴン』もいるかもしれないわよ?

 ファンタジーの王道だもの。

 ムーの深層には、もっとすごいのが眠ってるかもね。

 本物の『竜騎士』が誕生する日も近いかしら?」


 神のシナリオは、まだ底を見せていない。

 恐竜は序章に過ぎないのかもしれない。


 だが今は、人類はこの太古の贈り物に夢中だった。

 太平洋の空に浮かぶ島で、一万年の時を超えたサファリパークが開園しようとしていた。


 官邸の執務室で沢村たちは、今日もまた新たな調整業務――『恐竜のエサ代の予算計上』『飼育員の労災認定基準』『万が一脱走した際の避難マニュアル』――に追われながらも、どこか楽しげな表情を浮かべていた。


「……恐竜か」

 沢村がふと手を止めて呟いた。

「孫に見せてやりたいな。

 本物のティラノサウルスを見たら、どんな顔をするだろう」


「いいですね」

 九条も少しだけ表情を緩めた。

「いつか一般公開される日が来れば、きっと世界中の子供たちが喜びますよ。

 ……まあ、その前に我々が安全を確保しなければなりませんが」


 そんな人間らしい呟きが、激務の隙間に漏れていた。

 世界は確かに変わっていく。

 時には残酷に、時には滑稽に。

 だがその変化の先には、いつも「人間の夢」があった。



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― 新着の感想 ―
小山消し飛ぶ光線銃で死なない恐竜ヤバ
というか下手に殲滅させようとするとマザーコンピュータ怒るんじゃ……
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