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賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


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第204話

 東京、ワシントン、北京、モスクワ。

 世界の運命をその掌中で握りつぶしかねない四つの巨大な権力が、細く、しかし強固なデジタル回線で結ばれていた。

 最高機密バーチャル会議室。


 この日、その空間を支配していたのは、ムー大陸浮上という人類史の転換点を乗り越えた安堵感などではなく、手に入れてしまった「あまりにも巨大すぎる遺産」をどう管理するか、という胃の痛くなるような現実的な政治課題の重圧だった。


 円卓を囲む四人の指導者たち――日本の沢村総理、アメリカのトンプソン大統領、中国の王将軍、ロシアのヴォルコフ将軍。

 そして議長席には、今日も今日とて四つの身体(本体と分身)をフル稼働させている日本の九条官房長官が座っている。


「――では、定刻となりましたので、四カ国定例首脳会議を始めます」


 九条が、感情のない事務的な声で宣言した。

 彼の手元のモニターには、ムー大陸に駐留している多国籍調査団(UN-MUE)から送られてくる膨大なレポートと、それに対する国連加盟国からの矢のような問い合わせ(クレーム)の山が表示されている。


「本日の議題は、大きく分けて二つ。

 第一に、ムー大陸の中枢システム『アカシックレコード』へのアクセス権、および管理体制について。

 第二に、マザー・キーパーより供与された『五つの新技術』の分配と運用についてです」


 九条は、まず一枚のレポートを空中に投影した。

 そこには、先日救出されたフランスのデュポン博士の、その後の経過観察記録が記されていた。


「まず、アカシックレコードの危険性について、再確認させていただきます。

 デュポン博士は帰還後、肉体的な健康は取り戻しましたが、精神的には極めて不安定な状態が続いています。

 彼は一日中、『あの光に戻りたい』『続きを見せろ』と、うわ言のように繰り返し、食事もろくに喉を通らない状態です。

 これは重度の薬物依存症の禁断症状に酷似しています」


 その報告に、会議室の空気が凍りついた。


「……やはりか」

 トンプソン大統領が苦々しげに葉巻を噛んだ。

「『知の麻薬』。三神編集長の警告は正しかったわけだ。

 マザー・キーパーが『レベル1』の情報しか見せないと制限したのも、人類を守るための安全装置だったということか」


「ですが」

 王将軍が鋭い視線を向けた。

「制限された情報であっても、その魅力は抗いがたい。

 『江戸時代の庶民の生活』や『フランス革命の群衆の熱気』。

 それらを文字ではなく、五感全てを使った『完全な体験フルダイブ』として味わえる。

 歴史学者にとって、それは天国であり、そして二度と抜け出せない牢獄でしょう」


「その通りです」

 九条が頷く。

「体験した者の脳内では、ドーパミン等の快楽物質が異常分泌されていることが確認されています。

 さらに問題なのは、マザー・キーパーの機嫌です。

 彼女(AI)はアクセスする人間の精神状態や品性を厳しくチェックしています。

 もし欲望にまみれた無作法な者がアクセスし、彼女の不興を買えば……」


「接続遮断、記憶消去。最悪の場合は……」

 ヴォルコフ将軍が首を切るジェスチャーをした。

「敵対的行動とみなされ、防衛システムが作動するかもしれん。

 たった一人の愚か者のせいで、人類全体が『出禁』を食らうリスクがある」


「故に」

 沢村総理が重々しく結論を述べた。

「アカシックレコードへの閲覧は、極めて厳しい制御が必要です。

 誰でも彼でも行かせるわけにはいかない。

 強靭な精神力と高い倫理観を持ち、かつマザー・キーパーの『審査』に合格できる見込みのある、真に選ばれた学者のみに限定すべきです。

 これは観光旅行ではない。命がけの潜水ミッションなのですから」


 全員が頷いた。

 ここまでは四カ国の総意だった。

 問題は、その「選別」を誰が行うかだ。


「……大筋に異論はありませんな」

 九条が次のスライドを表示した。

 そこには、国連本部での激しい議論の様子が映し出されていた。


「管理は当然ながら、実力を持つ我々四カ国が主導して行うべきことだ。

 国連などの寄り合い所帯に任せられることではない!」

 王将軍が声を荒らげた。

「彼らに任せれば、『平等の名の下に』各国の三流学者を大量に送り込み、収拾がつかなくなるのは目に見えている。

 厳格な審査と統制ができるのは、我々だけだ」


「同感だ」

 トンプソンも同意した。

「だが国連内では既に、『人類共有の遺産であるアカシックレコードの管理は、ユネスコ(UNESCO)および国連の特別機関が管轄すべきだ』という声が上がっている。

 フランスやドイツ、インドといった国々が主導して、決議案を提出する動きもあるようだ」


「なし崩し的に国連管理になりそうですよ?」

 九条が警告する。

「もし国連管理になれば、我々のコントロールは効かなくなります。

 閲覧者の選定に政治的な配慮が入り込み、質が低下する。

 そして何より、得られた情報の『秘匿』ができなくなる。

 全ての情報が公開されれば、我々のアドバンテージは失われます」


 四カ国の本音は一つ。

「情報は独占したい。少なくとも一番美味しい部分は、自分たちが握っておきたい」。

 だが国際世論という壁が、それを阻む。


「……どうします?」

 沢村が苦悩の色を浮かべて問いかけた。

「強引に押し切れば、国際的な孤立を招く。

 かといって妥協すれば、リスクが増大する。

 ……何か彼らを黙らせる『絶対的な権威』があれば良いのですが」


 その言葉が、一つの解を導き出した。

 絶対的な権威。

 この世界において、国連決議よりも、国際法よりも、核兵器よりも強い発言力を持つ存在。


「……呼びましょうか」

 九条が言った。

「ムー大陸の探索は、KAMI様の許可があって初めて成立したものです。

 ならば、その管理についてもKAMI様のご意志が最優先されるべきだ。

 ……そういう『物語ロジック』を作るのです」


 ***


 数分後。

 会議室の空間が歪み、いつもの電子音と共にKAMIが現れた。

 今日の彼女は、日本の高級フルーツパーラーでしかお目にかかれないような、見事なマスクメロンのパフェを抱えていた。

 スプーンを口に運びながら、彼女は不思議そうに四人を見回した。


「んー? また揉めてるの?

 せっかくプレゼントあげたのに、仲良くできないのねぇ」


「KAMI様……!」

 九条がすがるような目で説明を始めた。

 アカシックレコードの危険性、国連の介入による管理不全の懸念、そして厳格な管理の必要性。


「……というわけでして。

 我々としては安全確保のため、四カ国による直接管理を行いたいのですが、国際社会の反発が強く……。

 ここは一つ、KAMI様の『威光』をお借りして場を収めたいと考えております」


 九条は恐る恐る切り出した。

「具体的には、『KAMI様が管理能力の高い四カ国にのみアクセス権限を委任した』という声明を出していただけないかと……」


 その、あまりにも虫のいい、そして政治的なお願い。

 KAMIは、パフェの上のさくらんぼをつまみ上げながら、つまらなそうに言った。


「うーん……まあ、私の威光を使っても良いわよ」


「本当ですか!?」


「ええ。

 だってマザー(管理AI)もうるさいしね。

 『変な奴を寄越すな』『レベルの低い人間は門前払いだ』って、私にまでクレーム入れてくるんだもの。

 国連とかいう集団に任せて、有象無象が押し寄せて、マザーがキレたら、尻拭いするのは私でしょ?

 そんなの面倒くさいわ」


 彼女は、あっさりと承諾した。

 理由は「面倒だから」。

 神の行動原理は常にシンプルだ。


「私が『管理は四カ国だけ』と言えばいいんでしょ?

 全人類に向けてアナウンスしてあげるわ。

 『あなたたちの四カ国が責任を持って管理しなさい。それ以外の勝手なアクセスは認めない』ってね。

 これで文句ある?」


「あ、ありがとうございます!!」

 四人の指導者たちが一斉に頭を下げる。

 神の勅命。これさえあれば国連決議など紙切れ同然だ。

 どんな国も神に逆らってまで権利を主張することはできない。


「まあ、それはどうでも良いけど」

 KAMIはパフェのメロンを頬張りながら話題を変えた。

 彼女の瞳が少しだけ真剣な、そして試すような光を帯びる。


「問題はそっちじゃないわ。

 与えられた技術の分配はどうするの?」


 その問いに、会議室の空気が再び張り詰めた。


 マザー・キーパーから託された五つの技術データ。


 オリハルコン採掘・加工


 海水淡水化プラント


 重力制御システム


 放射能汚染除去技術


 魔導工学基礎理論


 どれもが世界を変える力を持っている。

 だがKAMIが特に注目していたのは、その中でも最もデリケートで、そして最も危険な意味を持つ技術だった。


「日本はフクシマ、ロシアはチェルノブイリで、放射能汚染除去技術を試したいでしょ?」


 図星だった。

 日本とロシアにとって、それは積年の悲願であり、国家の威信をかけた最優先事項だった。


「はい、その通りです」

 沢村が真剣な眼差しで答えた。

「福島第一原発周辺の帰還困難区域。そして処理水の問題。

 これらを完全に浄化し、故郷を人々の手に取り戻す。

 それは日本の総理大臣としての、私の悲願です」


「ロシアも同じだ」

 ヴォルコフ将軍が頷く。

「チェルノブイリの封印された大地ゾーン。あそこを浄化できれば、広大な農地と資源が手に入る。

 そして何より、『死の土地』を克服したという事実は、我が国の科学技術力の証明となる」


「そうでしょうね」

 KAMIは頷いた。

「まずはフクシマとチェルノブイリを試したい、というのは分かるわ。

 マザーも『掃除用具だ』って言ってたし、正しい使い方よ」


 だが彼女は、そこで言葉を切った。

 そして少しだけ悪戯っぽく、しかし底知れぬ深淵を覗かせるような口調で言った。


「でもね……。

 核汚染除去技術は私も持ってるけど。

 内容は、こっち(ムー大陸)の世界の技術の方が良いわね」


「……KAMI様もお持ちなのですか?」

 九条が驚く。


「ええ。並行世界には色々あるから」

 彼女は空中に別の技術データを投影した。

「私が持ってるのは、遺伝子操作された特殊な『バクテリア』を使うタイプよ。

 放射性物質を食べて、無害な元素に変換する微生物。

 これを使うとね……まあ、おまけで『常温常圧超伝導体』ができるんだけど」


「――ッ!!??」


 その言葉を聞いた瞬間、会議室の全員が椅子から転げ落ちそうになった。

 トンプソン大統領がシャンパングラスを倒したことにも気づかず叫んだ。


「じょ、常温常圧超伝導体だとぉぉぉッ!?」


「ええ。バクテリアの排泄物が、たまたまそういう結晶構造になるのよ」

 KAMIは事もなげに言った。


 常温常圧超伝導。

 それは現代物理学の聖杯。エネルギー革命の最終到達点。

 ロスゼロの送電、リニアモーターカーの普及、量子コンピュータの実用化、核融合発電の制御……。

 ありとあらゆる未来技術の鍵となる、夢の物質だ。


「そ、それを! そのバクテリアをください!」

 王将軍が目の色を変えて叫ぶ。

「核のゴミが超伝導体に変わる!?

 まさに現代の錬金術だ!

 ムーの技術より、そっちの方が遥かに価値がある!」


「ですよねー」

 KAMIはニヤニヤした。

「でも、あげない」


「なっ……!?」


「だって今の世界には必要ないし……」

 彼女はパフェの底に残ったコーンフレークをかき混ぜた。

「エネルギー問題は魔石で解決しつつあるし、浮遊技術はムーの重力制御があるでしょ?

 そこに超伝導まで入れたら、技術ツリーが渋滞してカオスになるわ。

 それに……」


 彼女は少しだけ真面目な顔になった。


「バクテリアは生き物よ。

 制御不能になって変異したら、世界中の金属を食い荒らす疫病になるかもしれない。

 管理コストが高すぎるの。

 だからマザーがくれた『分子分解ビーム』みたいな物理的な除去技術の方が、今のあなたたちには安全でお似合いよ」


「……それもそこそこ欲しいですが、まあ今はいいです……」

 沢村が断腸の思いで引き下がった。

 KAMIがダメと言ったらダメなのだ。

 下手に食い下がって機嫌を損ねるわけにはいかない。


「賢明ね」

 KAMIは頷いた。


「で、話を戻すけど」

 彼女の表情が急に冷徹なものになった。


「あと核汚染が過去のものになるなら、逆に『核開発』が加速しそうだし。

 火種は多いわよ?」


 その指摘に、四人の指導者たちは沈黙した。

 彼らもまた、その危険性に気づいていながら、あえて口にしていなかったタブーだったからだ。


「……核開発が進みそうですか」

 トンプソンが重い口調で認めた。


「確かに。

 これまで核兵器の使用が躊躇われてきた最大の理由は、その破壊力もさることながら、『放射能汚染』という長期的かつ無差別な環境被害への恐怖でした。

 汚染された土地は勝者にとっても利用価値のない死の大地となる。

 そして自国にも死の灰が降るリスクがある。

 それが『相互確証破壊』の心理的なブレーキの一部になっていた」


「だが」

 ヴォルコフ将軍が引き継いだ。

「もし汚染を100%、しかも短期間で完全に浄化できる技術が確立されたら?

 核は『使っても後片付けができる兵器』になる」


「『きれいな核戦争』……」

 王将軍が呟いた。

「戦術核で敵軍を消滅させ、その直後に浄化部隊を送り込んで領土を占領する。

 そんな作戦が可能になる。

 核使用のハードルが劇的に下がる恐れがある」


「それに」

 沢村が懸念を加えた。

「核を保有していない中小国や独裁国家が、『汚染のリスクがないなら』と核開発に乗り出す口実にもなりかねません。

 核の拡散プロリフェレーションです。

 確かに核を爆弾だと思ってる国は多いです。

 それが加速するかも知れないと考えると、恐ろしいですね……」


 技術は常に両刃の剣だ。

 地球を救うための「掃除機」が、より気軽に戦争をするための「モップ」として使われる未来。

 マザー・キーパーが「兵器技術は渡さない」と言ったにも関わらず、人類は民生技術を軍事転用する天才なのだ。


「でしょ?」

 KAMIはパフェを完食してスプーンを置いた。


「技術の分配は、よく考えた方がいいわね。

 日本とロシアが使う分には、まあ監視の目もあるし大丈夫でしょうけど。

 この技術を『人道支援』の名目で、紛争地帯や政情不安な国に安易に渡したら?

 あるいは技術データが流出して、テロリストの手に渡ったら?

 『汚染除去装置』を逆転させて『放射能散布装置』に改造する奴が出てくるかもしれないわよ?」


 背筋が凍るような可能性。


「……管理を徹底せねばなりませんな」

 九条が決意を込めて言った。


「放射能除去技術は、あくまで『四カ国の厳重な管理下』でのみ使用する。

 装置の輸出は禁止。技術供与も禁止。

 他国の汚染を除去する場合は、我々が『除去部隊』を派遣し、作業完了後は直ちに撤収する。

 ブラックボックス化を徹底するしかありません」


「IAEA(国際原子力機関)とも連携し、核物質の監視体制をさらに強化する必要がある」

 トンプソンが付け加えた。

「『除去技術があるから核を持ってもいい』という論調を、国際社会で絶対に許してはならない」


「……難しい舵取りになりますね」

 沢村がため息をついた。


「だが、やるしかない。

 福島を、チェルノブイリを、そしてビキニ環礁を。

 人類が汚した地球をきれいにする。

 そのメリットは、リスクを冒してでも手に入れる価値がある」


「うん、その意気よ」

 KAMIは満足げに頷いた。


「私の威光も技術も、使いようよ。

 あなたたちが賢く振る舞うなら、世界はもっと面白くなるわ。

 ……ま、失敗して核戦争になっても、それはそれで『エンディング』の一つとして楽しませてもらうけどね」


 彼女は立ち上がった。


「じゃあ、アカシックレコードの件は私がアナウンスしておくわ。

 技術の分配については、あなたたちでしっかり揉みなさい。

 ……またね」


 KAMIは姿を消した。


 後に残された四人は、再び重苦しい現実と向き合っていた。

 ムー大陸から持ち帰った「夢の技術」。

 それは世界を救う鍵であると同時に、新たな火種でもあった。

 オリハルコンを巡る経済戦争。

 重力制御による空の支配権争い。

 そして核のタブーへの挑戦。


「……休まる暇がないな」

 沢村がぼやいた。


「ええ。ですが総理」

 九条が少しだけ明るい声で言った。

「これで福島の帰還困難区域がなくなります。

 故郷に帰れる人々がいます。

 それだけでも、我々が戦う意味はあるのではありませんか?」


「……そうだな」

 沢村はモニターの中の日本地図、未だ赤く塗られた福島の一角を見つめた。

「やろう。

 どんなにリスクがあろうとも、進むしかない。

 それが神のいないこの世界で、我々人間が選んだ道なのだから」


 四カ国の指導者たちは、新たな条約の草案作りに入った。

 その夜もまた、彼らの執務室の明かりが消えることはなかった。



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 核による事故は知っていても戦争に使われた当時を知らないか傍観者ならではの感覚なんだろうな、浄化であって汚染したものが元に復元されないなら変異した生き物や植物による異常が起きそうだけど大丈夫なのか?そ…
チェルノブイリはソビエト連邦でしたが 今はウクライナになってます
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