第199話
木更津から転送された多国籍特別調査団(UN-MUE)の隊列は、異様な緊張感の中にあった。
ジャングルの湿った大気が、彼らの肺を重く満たしている。
だが、彼らの足を止めさせたのは、環境の過酷さではない。
それは、突如として周囲の茂みから湧き出した、無機質な「音」の包囲網だった。
ガシャッ。ウィーン。キイィン。
鳥の声も、風の音も消えた。
代わりに聞こえるのは、金属が擦れ合う駆動音と、重低音の唸りだけ。
「――全周反応あり! 囲まれています!」
ロシア軍スペツナズの索敵兵が、悲鳴に近い声を上げた。
彼の持つ魔導センサー(KAMIの技術供与で作られた最新鋭だ)のディスプレイが、真っ赤に染まっている。
「数は!?」
総指揮官バーンズ大佐が叫ぶ。
「不明! 熱源反応なし! 心拍なし!
ですが、マナ反応が異常に高い!
これは……生物ではありません! 機械です!」
その報告と同時だった。
鬱蒼としたシダ植物の壁が、物理的な力で押し開かれた。
現れたのは、奇怪で、しかし洗練されたフォルムを持つ「それら」だった。
あるものは多脚戦車のような形状をし、あるものは宙に浮く球体、そしてあるものは滑らかな曲面で構成された、人型に近いシルエットを持っていた。
共通しているのは、その素材だ。
錆一つない白銀色とも黄金色ともつかぬ未知の金属。
表面には淡い青色の光のラインが、血管のように明滅している。
一万年の時を超えて稼働し続ける、ムー帝国の自動防衛システム(オートマトン)。
「――撃つな! ホールド!」
バーンズが、部隊全体に及ぶ怒声を発した。
緊張のあまりトリガーに指をかけていた兵士たちが、ギリギリで踏みとどまる。
ここで発砲すれば、即座に殲滅戦が始まる。
そして相手の戦力は、未知数だ。
機械の群れは無言のまま、調査団の車列を包囲した。
武器らしき突起物をこちらに向けているが、発砲してくる気配はない。
ただ、冷徹なレンズの瞳が、侵入者たちをじっと見据えている。
「……何をする気だ?」
小此木が、装甲車の防弾ガラス越しに呟いた。
その時。
先頭にいた人型の機械が、頭部と思われる部位から扇状の赤い光を放った。
ブォォォン……。
その光は、バーンズ大佐の乗る指揮車両、そして周囲の兵士たちを、ゆっくりとなめるようにスキャンしていく。
X線か、あるいは魔力による解析か。
肌がチリチリと焼けるような不快感が、隊員たちを襲う。
「な、なんだ!? 何をされた!?」
「解析されているのか……?」
「装備の構造、DNA、魔力量……全てを裸にされている気分だ」
中国の『青龍』部隊の隊長が、不快そうに顔をしかめた。
スキャンは数秒で終わった。
赤い光が消え、機械の瞳の色が、警戒を示す赤から、中立を示す黄色へと変わる。
そして。
機械の群れから、合成音声のような、しかし奇妙に抑揚のない「声」が発せられた。
『――Γuest?(ゲスト?)』
最初はノイズ混じりの不明瞭な音だった。
だが機械たちは瞬時に周波数を調整し、調査団の無線、あるいは隊員たちの発する言語データを、リアルタイムで解析・学習していく。
『――Okyakusama Desuka?(お客様デスカ?)』
『――Are you guests?(貴方達は客デスカ?)』
『――Вы гость?(客デスカ?)』
『――您是客人吗?(客デスカ?)』
日本語、英語、ロシア語、中国語、フランス語、ドイツ語……。
調査団に参加している全ての国の言語で、その問いかけは繰り返された。
それは不気味な合唱のように、ジャングルに響き渡った。
『オキャクサマデスカ? オキャクサマデスカ? オキャクサマデスカ?』
その問いかけに、調査団は凍りついた。
客。
敵でもなく、侵入者でもなく、客。
その単語の選択が、彼らをさらに混乱させた。
「……どうします、リーダー?」
ロシアのスペツナズ隊長が、銃を構えたままバーンズに通信を送る。
「敵対的ではないようです。ですが、肯定して良いものか?
『客』と認められれば歓迎されるかもしれませんが、『招かれざる客』として処理される可能性も……」
「あるいは『生贄』という意味の客かもしれませんよ」
『月読研究所』の科学者が、震える声で最悪の可能性を示唆した。
判断が迫られる。
沈黙は敵対の意思とみなされるかもしれない。
バーンズ大佐は、額の汗を拭った。
彼の決断が200名の命、ひいては人類とムー文明との関係を決定づける。
その時。
後方の車両から、一人の男が通信に割り込んできた。
『ムー』編集長の三神だ。
『――大佐! 肯定してください!
チャーチワードの文献によれば、ムー帝国は太陽の如く寛容で、来る者を拒まぬ平和な文明だったとされています。
彼らのプロトコルに「客」という概念があるなら、それは「友好的な訪問者」を意味するはずです!
ここで否定すれば、防衛システムは我々を「害獣」として排除にかかるでしょう!』
オカルト雑誌の編集長の言葉。
普段なら一笑に付すところだが、今の状況では、それが唯一の「専門家の意見」だった。
「……くそっ、賭けだな」
バーンズは覚悟を決めた。
彼は装甲車のハッチを開け、身を乗り出した。
そして武器を持たず、両手を広げて機械たちに見せた。
「――そうだ! 我々は客だ!」
彼は英語ではっきりと告げた。
「我々は遥か遠方より、この地を訪れた訪問者だ!
敵意はない! 我々は客だ!」
その声がジャングルに吸い込まれていく。
一瞬の静寂。
機械たちの電子頭脳が、その言葉の意味と、バーンズの生体反応(敵意の有無)を照合しているかのような間があった。
ピロン。
軽快な、まるでコンビニの入店音のような電子音が鳴った。
機械たちの瞳の色が、黄色から鮮やかな緑色へと変わる。
『――認証。ゲストト認メマシタ』
『――認証。ゲストト認メマシタ』
機械たちの合唱が、柔らかなトーンに変わる。
包囲網が解かれた。
先頭にいた人型の機械が、くるりと背を向け、そして手招きのような動作をした。
『案内シマス。案内シマス。案内シマス』
『コチラヘ。コチラヘ。コチラヘ』
機械たちは、調査団が進もうとしていた方角――草原にあるピラミッドの方角へと、滑るように移動を始めた。
「……ついて来いってか」
バーンズが、安堵のため息と共に呟いた。
「どうやら殺されることはなさそうだ。
よし、総員! 警戒を維持しつつ、機械に付いていくぞ!
ただし、いつでも撃てるようにしておけ。罠かもしれん!」
「ラジャー!」
装甲車のエンジンが唸りを上げ、徒歩の兵士たちが隊列を組み直す。
多国籍調査団は、未知の機械の先導に従い、ジャングルの奥へと進み始めた。
機械たちは優秀なガイドだった。
道なきジャングルを、彼らの巨体や重力制御ユニットが木々をなぎ倒し、あるいは押し広げ、即席の道路を作りながら進んでいく。
時折現れる肉食恐竜のような猛獣も、機械が威嚇音を発するだけで、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
一時間ほどの行軍の後。
視界が劇的に開けた。
ジャングルの木々が途切れ、目の前に広大な草原が現れたのだ。
そしてその中央に鎮座する、圧倒的な構造物。
「……あれが」
小此木が息を呑んだ。
遠くからドローンで見た時とは迫力がまるで違う。
巨大なピラミッドだった。
エジプトのそれとは比較にならない。
高さは優に500メートルを超えているだろう。
そして何より異質なのは、その材質だ。
石ではない。
全体が黄金色に輝く金属――あるいは結晶体で構成されていた。
太陽の光を浴びて、眩いばかりの輝きを放ちながら、その表面には複雑な幾何学模様の回路が走り、脈打つように光が流れている。
古代の神殿であり、同時に超未来のエネルギー・プラント。
その威容は、人類の文明レベルを嘲笑うかのように、そこに存在していた。
機械たちは、ピラミッドの基部にある巨大な開口部――神殿の入り口のようなゲートの前まで来ると、ピタリと止まった。
『――案内シマシタ。案内シマシタ。案内シマシタ』
彼らは一斉にそう告げると、興味を失ったかのように左右に展開し、そのまま草原の彼方へと去っていってしまった。
まるでタクシーが客を降ろして、次の仕事に向かうかのように。
「……行ってしまったな」
バーンズが呆気にとられたように言った。
「中まで案内してくれるほど親切ではないらしい」
「ふー……。まあ、攻撃されなかっただけマシですね」
三神が装甲車から降り立ち、ピラミッドを見上げた。
「これがムーの遺産……。
『太陽のピラミッド』か、あるいは『全能の神殿』か。
いずれにせよ、あの中に答えがある」
調査団はピラミッドの前の広場に車両を展開し、即座に陣地構築を始めた。
だが作業を始めた隊員たちが、すぐに異変に気づき始めた。
「……おい、なんだこれ?」
「身体が……軽い?」
重装備を背負っているはずの兵士たちが、まるで重力が半分になったかのように軽々と動き回っている。
疲れを感じない。
いや、それどころか、身体の奥底から力が無限に湧き上がってくるような感覚がある。
「す、凄い……! このピラミッド、凄まじいエネルギーを放っています!」
『月読研究所』から派遣された魔法技術者が、測定器を見ながら叫んだ。
メーターの針が振り切れている。
「マナ濃度が……地球の100倍、いや、アステルガルドの王都以上です!
しかもこのエネルギー波形……。
我々の『因果律改変能力』と、完全に同調しています!」
「どういうことだ?」
バーンズが問う。
「ブーストです!
このピラミッドの周囲にいるだけで、我々の魔法能力が強制的に底上げされているんです!
MPの回復速度が異常に早い!
身体強化の効率が跳ね上がっています!
身体が軽いのは、無意識のうちに身体強化魔法が最大出力で発動しているからです!」
「……パワースポットというわけか」
中国の魔導師部隊の隊長が、自分の手のひらを見つめ、そこに集まる濃密な気を練り上げた。
普段なら詠唱が必要な上級魔法が、一瞬の思考だけで発動可能な状態になっている。
「素晴らしい……。ここなら、私は神に近づける」
ロシアのスペツナズ隊員も、重いコンテナを片手で持ち上げながら笑った。
「ハハッ! ドーピングいらずだな!
これなら、どんな怪物が来ても素手で捻り潰せそうだ!」
ピラミッドは単なる建物ではなかった。
それは巨大な「増幅器」だった。
周囲の空間そのものを、魔法を行使しやすい環境へと書き換える、超古代のテラフォーミング装置。
「……確かに、異様に身体が軽い」
小此木も自分の身体を確かめるようにジャンプしてみた。
普段なら30センチも飛べない彼が、ふわっと2メートル近く跳躍してしまった。
「うわっ!? ……な、なるほど。これは便利ですが、慣れないと危険ですね」
「何らかのブーストをかける装置みたいですね……」
三神が冷静に分析する。
「チャーチワードは言っていました。ムーの民は『宇宙のエネルギー』を取り込み、巨石を軽々と浮かせていたと。
これが、その力の源泉なのかもしれません」
調査団は、浮き足立つ心を抑えながら、ピラミッドの入り口へと近づいた。
高さ20メートルはある巨大な三角形状の開口部。
扉はない。
中は薄暗いが、壁自体が淡く発光しており、視界は確保されている。
そして、その奥に揺らめく光の膜が見えた。
「……ゲートだ」
バーンズが指差す。
「ダンジョンの入り口と同じ反応だ。
あの中が、本当の『内部』ということか」
調査団はゲートが見える位置まで進み、そこで足を止めた。
あまりにも巨大で、あまりにも美しい黄金の壁を見上げる。
「素晴らしい……。金で出来てるのか、このピラミッドは?」
アメリカの兵士が、欲に目がくらんだような声を出した。
「これ、剥がして持って帰るだけで億万長者だぞ」
「やめとけ」
同僚がたしなめる。
「金じゃない。オリハルコンか、未知の合金だ。
下手に傷つけたら、さっきのロボット軍団が戻ってきて、消し炭にされるぞ」
バーンズ大佐は周囲の状況を確認し、決断を下した。
「……よし。
とりあえず、ここをベースキャンプにしますか?」
彼は各国の代表に問いかけた。
「同意する」
中国代表が頷く。
「マナ濃度が高く、防御にも適している。
それに、このピラミッドの調査こそが我々の最大の任務だ」
「ロシアも異存はない」
ヴォルコフの代理人が言う。
「ここに拠点を構え、ピラミッドの機能を解析する。
あわよくば、このエネルギー供給システムを掌握したい」
「そうだな、そうしよう」
バーンズは結論づけた。
「では工兵部隊は直ちにキャンプの設営を開始!
防御結界を展開し、通信アンテナを設置しろ!
日本とアメリカの本部に、到着の報告を!」
「イエッサー!」
そして彼は科学者チームに向き直った。
「では私達は、ピラミッドの捜査をするので……。
よりピラミッドを検査するぞ!
構造、材質、エネルギー源、そして内部への侵入経路。
全てを丸裸にしろ!」
「お任せください!」
須田教授が、子供のように目を輝かせて叫んだ。
「こんな巨大な未知のサンプル、研究しがいがあります!
まずは外壁の組成分析から……いや、エネルギー場の測定からか!」
三神もまたカメラを構えて、ピラミッドの壁面に刻まれた文様を撮影し始めた。
「この文字……やはりナーカル文字に似ているが、より複雑だ。
解読には時間がかかるかもしれませんが、必ずやこの遺跡の『意味』を突き止めてみせますよ」
多国籍調査団は動き出した。
ジャングルの脅威を抜け、機械の洗礼を受け、そして今、人類の想像を絶する黄金の巨塔の足元に、その拠点を築いたのだ。
彼らはまだ知らない。
このピラミッドが単なる遺跡ではなく、今も生き続ける「都市」の玄関口に過ぎないことを。
キャンプの明かりが灯る。
それは、失われた大陸の闇に穿たれた、人類という名の小さな、しかし貪欲な光の点だった。




