第194話
ネタ回です。読者がDX玩具をマジック化して変身してる探索者いそう…とコメントあったので書きました。
その日、東京・渋谷のF級ダンジョン『最初の隘路』第3層は、いつものように、初心者探索者たちの熱気と、ゴブリンの不快な鳴き声、そして鉄と汗の匂いに満ちていた。
ここは「稼ぎの場」であり、「日常」だ。
数ヶ月前までの非日常は、今や完全に生活の一部として消化され、探索者たちは黙々と作業をこなしていた。
だが、その倦怠した空気を、一つの電子音が切り裂いた。
『Standing by』
低く、しかしクリアに響く機械音声。
近くにいた数人の探索者が、反射的に顔を上げた。
聞き覚えがある。
いや、聞き覚えがあるどころではない。
それは、日本の少年の心を持った男たちならば、遺伝子レベルで刻み込まれている、「あの音」だった。
「……え?」
薄暗い洞窟の奥から、一人の男が歩み出てくる。
彼はゴブリンの群れに囲まれていた。
装備は……ない。
Tシャツにジーンズ、手には武器すら持っていない。
ただ腰に一本の「ベルト」を巻いているだけだ。
プラスチックのような光沢を持つ、赤と銀のラインが入った太いベルト。
「おい! 危ないぞ!」
近くにいた探索者が叫ぶ。
ゴブリンが棍棒を振り上げ、無防備な男に襲いかかる。
男は動じない。
彼は右手に持った携帯電話型の端末を、静かに掲げた。
そして叫んだ。
「――変身!」
彼はフォンを、ベルトのバックルに突き刺し、横に倒した。
『Complete』
刹那。
男の全身から、鮮烈な真紅の光のライン(フォトンブラッド)が、奔流となって噴き出した。
光は瞬く間に幾何学的な回路を描き、彼の身体を包み込む。
物質化されたナノメタルが鋼鉄の装甲となり、Tシャツ姿の青年を一瞬にして、「銀と赤の装甲の戦士」へと変貌させた。
円形のバイザーを持つ、サメをモチーフにしたフルフェイスヘルメット。
暗闇の中で、その複眼が黄色く発光する。
「……嘘だろ」
目撃した探索者が腰を抜かした。
そこに立っていたのは、紛れもなく『仮面ライダーファイ◯』だった。
「ギョギョ?」
ゴブリンが困惑したように動きを止める。
ファイ◯は無造作に右手を振った。
手首のスナップだけで放たれた裏拳が、ゴブリンの顔面を捉える。
ドガァッ!!
重金属が激突したような重い音が響き、ゴブリンが吹き飛んで壁に激突し、光の粒子となって消滅した。
パンチ力数トン。
F級モンスターなど、触れるだけで粉砕する圧倒的な質量。
「はっ……!」
ファイ◯は右手を振って、手首の調子を確かめるような仕草(あの特徴的な仕草だ!)をすると、腰のベルトからミッションメモリを引き抜き、右足のアンクルパーツに装填した。
『Ready』
電子音が鳴る。
彼はゆっくりと腰を落とし、エネルギーを充填する構えを取った。
フォトンブラッドが脚部に集中し、真紅の光が溢れ出す。
ゴブリンの群れが、本能的な恐怖を感じて後ずさる。
だが遅い。
『Exceed Charge』
ファイズが跳躍した。
空中で静止したかのような滞空時間。
そして右足から放たれた円錐状の赤いポインターマーカーが、ゴブリンの一体をロックオンする。
ドリル状のエネルギーフィールドが、敵を拘束する。
「たあぁぁぁぁッ!!」
流星のようなキックが、マーカーに導かれて突き刺さる。
クリムゾン・スマッシュ。
直撃の瞬間、赤い紋章が浮かび上がり、ゴブリンは絶叫する間もなく原子分解された。
着地。
ファイ◯は背後で爆散する敵を見ることなく、ゆっくりと立ち上がり、青いΦの文字が浮かび上がる残心を見せた。
静寂。
洞窟内の全ての探索者が、その光景に言葉を失っていた。
それは特撮番組の撮影ではない。
本物の質量と、本物の破壊力を持った「ヒーロー」の実在証明だった。
***
「あ、あの……!」
戦闘終了後、震える足で近づいてきたのは、現場に居合わせたオタク趣味を持つ探索者タナカだった。
彼の目は恐怖よりも、好奇心と感動で潤んでいた。
「あ、あなた……ファイ◯ですよね!? 本物の!?」
装甲の戦士はタナカの方を向くと、ベルトのフォンを引き抜いた。
解除音が鳴り、装甲が光の粒子となって霧散する。
中から現れたのは、どこにでもいそうな、少し目つきの悪い痩せ型の青年だった。
「……本物じゃねえよ」
青年は気まずそうに頭をかいた。
「ただの『DXファイ◯ドライバー』だ」
「は? DX? おもちゃですか?」
「ああ。これを見てみろ」
青年は腰に巻いたベルトを指さした。
近くで見ると、それは確かに、バンダイ製の量販店で数千円で売られている、プラスチックの玩具に見える。
だが、その質感は何かが違っていた。
プラスチックのはずの表面が、未知の金属のような冷ややかな光沢を帯び、内部からは微かな魔力の脈動が感じられる。
タナカは探索者用の『鑑定』スキルを使用した。
そして表示されたウィンドウを見て、悲鳴を上げた。
【アイテム名:DXファイ◯ドライバー(変身ベルト)】
【レアリティ:マジック(青)】
【種別:魔導変身デバイス】
【状態:クラフト済み】
【付与プロパティ(MOD)】
・《固定》ギミック完全稼働(F級ダンジョン適正):
このアイテムは本来の「設定」に基づいた機能を、物理的に発揮する。
変身後の身体能力は、F級ダンジョンにおけるレベル20相当に固定される。
・《ランダム》適合者補正 +30%:
変身者の「なりきり度」に応じて、攻撃力および防御力が最大30%上昇する。
「な……なんだこれえええええええ!?」
タナカの絶叫が洞窟に木霊した。
「『ギミック完全稼働』!? 『設定に基づいた機能』!?
つまり……おもちゃが本物になったってことですか!?」
「そういうことらしいな」
青年は愛おしそうにベルトを撫でた。
「昨日、気まぐれで拾った『富のオーブ』を、部屋にあったこいつに使ってみたんだよ。
そしたら、こんなMODがついた。
半信半疑でここに来て試してみたんだが……まさか本当に変身できるとはな」
「す、すごい……! すごすぎる!」
タナカは興奮で過呼吸になりそうだった。
「レベル20相当!? F級ダンジョンじゃ無双じゃないですか!
しかもフォトンブラッドの輝き……本物以上だ!」
「ああ。だが制限もある」
青年は少し疲れた顔をした。
「MPの消費が激しい。
一回の変身で、5分も持たないな。
それに……一番キツイのは『適合者補正』とかいう謎の条件だ」
「条件?」
「ああ。どうやらシステムが、俺の『精神状態』を読み取ってるらしい。
恥ずかしがったり、『どうせおもちゃだし』なんて思ってると、変身が解除されそうになる。
本気で『俺は乾巧だ』と思い込み、ポーズもセリフも完璧にキメないと、スペックが出ないんだよ」
青年は真顔で言った。
「つまり、衆人環視の中で、全力の『変身ポーズ』を決める覚悟が必要だ。
……精神力が削られるぜ」
だがタナカには、その言葉は「福音」にしか聞こえなかった。
恥ずかしさ? なんだそれは。
子供の頃からの夢が叶うのだ。
魂を燃やす代償としては、安すぎる。
「ありがとうございます! ありがとうございました!」
タナカは青年の手を握りしめ、そして脱兎のごとく走り出した。
「俺も! 俺も家に帰って、『オー◯ドライバー』を持ってきますッ!」
***
その数時間後。
SNS「X」と動画サイト「YouTube」は、かつてない爆発的なトレンドに支配されていた。
『【速報】ダンジョンで仮面ライダー出現』
『DX玩具にオーブを使うと変身できるバグ発覚』
『俺のCSMが火を噴く時が来た』
タナカが投稿したファイ◯の戦闘動画は、瞬く間に1000万再生を突破。
そして、それに呼応するように、日本中の「大きなお友達」たちが動き出した。
秋葉原、まんだらけ、中野ブロードウェイ、そして全国のホビーオフ。
中古玩具店の棚から、変身ベルトという変身ベルトが、一瞬にして消滅した。
「DX」「CSM」「レジェンド変身ベルトシリーズ」。
子供のおもちゃとして埃をかぶっていたプラスチックの塊が、今や「F級ダンジョン攻略用・最強装備」としての価値を持ち始めたのだ。
そして、検証動画が次々とアップロードされる。
『【検証】戦◯ドライバーで変身してみた』
動画の中では、フルーツの鎧を纏った男が「オレンジアームズ! 花道・オンステージ!」と叫びながら、二刀流でゴブリンを切り刻んでいる。
『【悲報】変身失敗』
別の動画では、ベルトを巻いた男が棒立ちで「変身」と呟くが、何も起きない。
テロップが出る。
『※解説:ポーズにキレがないためシステムが承認しませんでした。もっと魂を込めてください』
『【神回】俺のマグナムシューターが実弾撃ち始めた件』
おもちゃの銃が、マジックアイテム化によって本物の魔弾を放ち、岩を粉砕する映像。
ネットは熱狂の坩堝と化した。
「マジかよ! 俺の家にある『デンオ◯ベルト』も使えるのか!?」
「CSM版だと性能上がったりするのかな?」
「『ギミック完全稼働』のMODさえ引けばいいんだろ? 富のオーブの相場がまた上がってるぞ!」
「バンダイの株価がストップ高www」
「KAMI様……あんた分かってるな!」
KAMIによるダンジョンの調整。
それは単なる戦力の増強ではなく、日本人の深層心理に眠る「変身願望」という最強のスイッチを押す行為だった。
***
翌日の渋谷ダンジョン。
そこは、もはや危険な魔窟ではなかった。
世界最大規模の、そして実弾飛び交う「コスプレ会場」と化していた。
「ここか、祭りの場所は」
ゲートの前に立ったのは、白衣を着たマッドサイエンティスト風の男だった。
腰には『ビル◯ドライバー』。
彼は実験用フラスコを振るようなポーズを決め、ハンドルを回し始めた。
「さあ実験を始めようか!」
鋼鉄のラビットタンクフォームに変身し、跳躍力でゴブリンの頭上を飛び越える。
別の場所では、カードデッキを持った男が、鏡の前(ダンジョン内の水溜まり)に立っていた。
「変身!」
鏡の中から装着された鎧が、彼を『仮面ライダー龍◯』へと変える。
「折れたぁっ!」と叫びながらも、ドラゴンを召喚してファイナルベントを放つ。
極めつけは、広場の中央で仁王立ちする黄金の戦士だった。
『オーマジオ◯ドライバー』。
最強にして最凶の魔王の力を宿したそのベルトは、F級ダンジョンにはあまりにもオーバースペックだった。
「祝え! 全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え、過去と未来をしろしめす時の王者!」
彼が手を振るうだけで、周囲のモンスターが念動力で吹き飛び、爆散していく。
(※ただしMODの効果は、あくまでF級上限に制限されているため、見た目ほどの威力はないが、それでも十分すぎるほど強かった)
彼らは戦っていた。
だが、その顔は、これまでの探索者たちのような悲壮感や金欲に歪んだものではなかった。
マスクの下の素顔は、童心に帰ったような、輝くばかりの笑顔だった。
「俺は……俺は仮面ライダーなんだ!」
「見てくれ、この必殺技! CGじゃねえぞ! リアルエフェクトだ!」
「ゴブリンが悪の組織の戦闘員に見えてきた……!」
彼らは互いに協力し合い、即席の「ライダー大戦」を繰り広げた。
カブ◯とガタッ◯がクロックアップ(高速移動スキル扱い)で戦場を駆け抜け、ウィザー◯が魔法陣を展開して援護する。
ブレイ◯がカードをラウズし、フォー◯が「宇宙キター!」と叫んでドロップキックを放つ。
それは混沌でありながら、奇妙な調和と愛に満ちた空間だった。
彼らは、ただ子供の頃に憧れた「ヒーロー」になりたかったのだ。
そしてKAMIは、その夢を「物理現象」として叶えてしまった。
***
その光景を、ダンジョン庁のモニター室で見つめる麻生大臣は、頭を抱えつつも口元を緩ませていた。
「……なんという事だ。日本中のおっさんと若者が、仮面ライダーごっこに興じているとは」
隣の九条官房長官が、冷静に分析データを読み上げる。
「ですが、大臣、効果は絶大です。
これまでダンジョンに恐怖を感じていた層が、『変身できるなら』と、こぞって参入を始めています。
特に30代〜40代の男性の参加率が急増。
彼らは資金力がありますから、高騰したオーブを買い支え、経済を回しています。
さらに変身後のステータス補正のおかげで、生存率も極めて高い。
『スーツが守ってくれる』という安心感が、彼らを勇敢にしています」
「精神論も馬鹿にならんな」
麻生はモニターの中のライダーキックを決めるサラリーマンを見て笑った。
「『正義の味方』になりきれば、人は本来持っている以上の力を発揮するということか。
……まあ治安維持の面でも悪くない。
彼らは『ヒーロー』を演じている以上、悪事は働きにくいからな。
子供の夢を壊すような真似はできん、という心理的抑制が働いている」
「ええ。D-POLからも、『ライダー装備の探索者はマナーが良い』との報告が上がっています」
九条は頷いた。
「彼らは進んで初心者を助け、ゴミを拾い、ルールを守ります。
それが『ヒーローとしての振る舞い』だと信じているからです」
***
そして、東京のマンションの一室。
全ての元凶であるKAMIは、モニターに映る「平成・令和ライダー大集合」のような渋谷ダンジョンの惨状(?)を見て、爆笑していた。
「あはははは! 最高!
まさかここまで乗っかってくるとはね!
日本人、ノリ良すぎでしょ!」
彼女はお気に入りのポテトチップス(ライダーカード付き)を開封しながら言った。
「『ギミック完全稼働』のMOD作るの、結構大変だったのよ?
玩具の内部構造を解析して、それが『本物だったらどう動くか』を因果律で補完しなきゃいけないから。
でも苦労した甲斐があったわ。
見てよ、あのアギトの角の展開ギミック!
完璧な再現度ね!」
本体の栞が、呆れながらも感心したように言った。
「……あなた、著作権とか大丈夫なの?」
「何言ってるの。私が『現実』にしちゃったんだから、もう著作権も何もないわよ。
それに東映もバンダイも、株価爆上がりでウハウハなんだから、文句言わないでしょ」
KAMIはニヤリとした。
「それにね、これには裏テーマがあるの」
「裏テーマ?」
「そう。『信仰心』のテストよ」
彼女は真面目な顔で説明した。
「宗教家が奇跡を起こせるのは、神への強い信仰があるから。
じゃあ神様を信じてない現代日本人は、どうすればいいか?
答えは『推しへの愛』よ」
彼女はモニターの中のオタクたちを指さした。
「彼らは信じているのよ、仮面ライダーという虚構の英雄を。
その強さを、格好良さを、心の底から信じて愛している。
その『純粋な想い』こそが、因果律を歪める最強の触媒になるの。
『ポーズと口上』を条件にしたのは、そのため。
恥ずかしさを捨てて、本気でなりきることで、彼らの魂はシステムと深く同調する」
彼女は満足げに頷いた。
「この実験は大成功ね。
『愛』があれば、プラスチックのおもちゃだって神器になる。
……人間って、本当に面白い生き物だわ」
こうして、日本に新たな勢力が誕生した。
企業勢でもない、ガチ勢でもない。
『特撮勢』。
彼らは愛と勇気と、そして多額の投資(オーブ代)を武器に、ダンジョンの平和を守るために立ち上がったのだ。
渋谷の地下で、今日も変身音が鳴り響く。
「変身!」
その声は、かつて少年だった大人たちの魂の叫び、そのものだった。
そして彼らの活躍は、これから始まる、より過酷なダンジョン攻略において、予想外の、そして決定的な戦力となっていくことになる。




