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賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


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第193話

 東京・永田町。国会議事堂。

 この国の立法府は、連日連夜、ダンジョンという前代未聞の事象を、法という枠組みに収めるための、終わりのない戦いの場となっていた。


 衆議院予算委員会。

 この日、委員会室は異様な熱気に包まれていた。

 先日可決された『中小企業ダンジョン参入特例法』――通称「F級解禁法」の成功を受け、野党および一部の与党議員から、さらなる規制緩和を求める声が噴出していたからだ。


 テレビ中継のカメラが回る中、質問に立ったのは、中小企業の味方を自認する野党の急先鋒、立花議員だった。

 彼女はマイクを握りしめ、ひな壇に座る閣僚たち――特に、沢村総理と麻生ダンジョン大臣を鋭く見据えた。


「――総理。

 先日解禁された中小企業のF級ダンジョン参入、これは極めて順調に推移しております。

 町工場の社長や商店街の有志たちが、安全な装備に身を包み、確実に魔石を持ち帰っている。

 彼らの表情には、久しぶりに希望の光が宿っております。

 この点については、政府の英断を評価いたしましょう」


 まずは持ち上げる。

 政治の常套手段だ。

 だが、彼女の声色はすぐに厳しくなった。


「しかし!

 現場からは既に次なる要望……いや、悲痛な叫びが上がっております。

 『F級だけでは物足りない』、『もっと稼げる場所へ行かせてくれ』と。

 すなわち――『中小企業へのE級ダンジョン解禁』です!」


 議場がざわめく。

 F級解禁から、まだ一ヶ月も経っていない。


「総理にお伺いします。

 F級での安全性が確認された今、速やかにE級への参入も認めるべきではないでしょうか?

 彼らの事業意欲を、成長の芽を、政府が不当に摘み取ってはなりません!」


 その直球の質問に対し、答弁に立ったのは麻生ダンジョン大臣だった。

 彼は、あからさまに不機嫌そうな顔で、手元の資料をめくることなく答えた。


「立花先生ね。

 あのなぁ……失礼。あのですね。

 F級を解禁したら、次はE級ですか?

 時期が早すぎるのでは?

 解禁したばかりじゃないですか」


 麻生は呆れたように言った。


「まだ一ヶ月ですよ?

 F級でのオペレーションが定着し、安全管理のノウハウが蓄積されるまで、最低でも半年は様子を見る必要がある。

 それを舌の根も乾かぬうちに『次へ行かせろ』とは。

 赤ん坊がハイハイできたからといって、すぐに100メートル走をさせる親はいませんよ」


「赤ん坊扱いは失礼でしょう!」


 立花が色をなして反論する。


「彼らは歴戦の経営者であり、日本の経済を支えてきた大人たちです!

 それに、安全面を懸念されているようですが……。

 KAMI様のお言葉を、お忘れですか?」


 彼女は、虎の威を借る狐のように神の名を出した。


「KAMI様は仰いました。

 『装備がしっかりしていれば死なない』と!

 適切な防御力と耐性を備えた装備があれば、E級だろうとD級だろうと即死することはない。

 それがこの世界のルール(仕様)です。

 政府が定めた装備基準をクリアしているならば、E級への挑戦を止める理由はないはずです!」


「そうだそうだ!」と野党席から野次が飛ぶ。

 KAMIの言葉は絶対だ。

 それを否定することは、この国では政治的自殺に等しい。


 だが麻生は動じなかった。

 彼はニヤリと笑い、その論理の穴を突いた。


「いやいや、先生。

 それは『装備をしっかりしていれば』という前提があっての話でしょうが」


「ですから基準を満たせば……」


「その基準を満たすのに、いくらかかると思ってるんですか?」


 麻生は九条官房長官に目配せをした。

 九条がすかさずモニターに資料を投影する。

 そこには、F級とE級、それぞれの「推奨装備セット」の市場価格比較が表示されていた。


【F級推奨装備セット(武器・革鎧・靴)】

 → 約 30万円 ~ 50万円


【E級推奨装備セット(魔法武器・鉄鎧・基礎耐性アクセサリ)】

 → 約 300万円 ~ 500万円


 桁が一つ違っていた。


「ご覧の通りです」

 麻生が説明する。


「F級のゴブリン相手なら、ホームセンターの作業着に毛が生えた程度の装備でも、なんとかなる。

 だがE級からは違う。

 スケルトンの弓矢、オークの一撃、そして何より『魔法攻撃』を行ってくるモンスターが出現する。

 これに耐えうる装備、つまり『マジックアイテム』で全身を固めようと思えば、社員一人あたり数百万の投資が必要です」


 麻生は身を乗り出した。


「中小企業に、その金がありますか?

 社長一人ならともかく、社員10人分揃えたら5000万だ。

 無理をして安物で済ませようとしたり、装備の更新を怠ったりする企業が必ず出てくる。

 そして、そういう所から死人が出るんです。

 『装備があれば死なない』というのは真理だが、裏を返せば『装備がなければ死ぬ』ということだ。

 当たり前の話でしょう」


 正論だった。

 F級は「初期投資の少ないビジネス」だからこそ、中小企業に開放されたのだ。

 E級は資本力のある者が挑むべき領域フェーズである。


 だが立花議員も引かない。

 彼女は中小企業の「現場の声」を代弁した。


「……しかしですね、大臣。

 中小はF級で充分じゃないんですか? と思われているかもしれませんが。

 現場の声は違います」


 彼女は訴えた。


「F級での稼ぎは、確かに日当20万と魅力的です。

 ですが、それはあくまで『現状維持』か『小遣い稼ぎ』の域を出ない。

 企業として生き残るためには成長が必要です。

 事業拡大を考えると、やはり拡大したいというのが、人の欲であり、経営の本能です!」


 彼女は続けた。


「E級に行けば、より高価な魔石が手に入り、レアアイテムのドロップ率も上がる。

 さらに言えば、最近話題の『エッセンス』や『オーラジェム』の上位品も狙える。

 リスクを取ってでもリターンを求めたい。

 その経営判断を、なぜ国が邪魔をするのですか!」


「欲ですか」

 麻生が冷ややかに言った。

「欲をかくのは勝手だが、それで社員を殺されたらたまったもんじゃない」


 ここで沢村総理が割って入った。

 彼は穏やかな口調で、しかし断固として言った。


「立花議員。

 お気持ちは分かりますが、やはり……いえいえ、時期が早すぎます」


「また時期ですか!」

 立花が声を荒らげる。

「失礼、さっきから時期、時期と言っていますが!

 では具体的にお聞きします。

 政府はどんな時期を想定しているのですか?

 来月ですか? 半年後ですか?」


 沢村は少し言い淀んだ後、事務方が作成した想定スケジュールを口にした。


「……現在、専門家会議で検討中ですが。

 安全データの蓄積、およびE級装備の市場価格の安定化を見極める必要があります。

 ですので、現時点での見通しとしては……。

 少なくとも『1年』は時間を見るべきかと考えております」


 その数字が出た瞬間、議場が爆発した。


「1年!!??」


 立花が絶叫した。

 野党席からも怒号が飛ぶ。

「長すぎる!」「ふざけるな!」「牛歩戦術か!」


「1年ですって!?

 そんなの大手との差が開くだけですよ!」


 立花が鬼の首を取ったように追求する。


「大企業は既にC級、いやB級にまで手を伸ばそうとしている!

 彼らは莫大な資本で装備を揃え、さらに先行者利益を独占して肥え太っていく。

 その間、中小企業はF級という『砂場』で遊んでいろと言うのですか!

 1年も経てば市場は完全に大手に支配されてしまいます!」


 彼女は核心を突く言葉を投げつけた。


「総理! はっきり仰ったらどうですか!

 これは安全のためではない。

 『大手ばかり優遇してないですか!?』と!

 経済連からの献金欲しさに、中小の参入を遅らせてライバルを潰そうとしているのではないですか!」


 痛烈な批判。

 それは国民の多くが抱いている不信感そのものだった。

「上級国民だけが美味しい思いをしているのではないか」という疑念。


 沢村総理の表情が曇る。

 彼はマイクを握り直し、誠心誠意否定した。


「いえいえ、そのようなことはないですよ。

 断じて特定の企業を優遇する意図はありません」


 彼は言葉を継いだ。


「確かに大企業との格差が開くという懸念は理解できます。

 ですが忘れないでいただきたい。

 大企業は、それだけのリスク――『一人死んだら3億円』という巨額の補償金リスクを背負って先行投資をしているのです。

 ハイリスク・ハイリターン。

 それが経済の原則です」


 そして沢村は、この議論における最強のカード――いや、日本が背負っている、あまりにも重い「国際的な十字架」について言及した。


「立花議員。

 今、日本の……いや『世界』のダンジョン政策において、最も守られている数字をご存知ですか?

 それは……全世界における『死亡事故ゼロ』という記録です」


 総理の声が、静かに、しかし重く響く。


「現在、ダンジョンを保有しているのは我々四カ国、日米中露のみ。

 そしてKAMI様の厳格なルールと、各国の徹底した管理体制の下、これまで数億回の探索が行われましたが……。

 未だ、ただの一人も死者は出ておりません。

 これは奇跡的なことであり、同時に我々四カ国の『統治能力』の証明でもあります」


 彼は野党席を見渡した。


「ですが、もしここで……日本が拙速にE級を解禁し。

 全世界で死亡者0人の記録を、日本の中小企業E級解禁で『1人』にしてしまうようなことが起きたら、どうします?」


 その問いに、立花が息を呑む。


「たった1人です。

 確率論で言えば誤差かもしれない。

 ですが、その『人類最初の犠牲者』が日本人であった場合、世界はどう見るでしょうか?」


 沢村は悲痛な覚悟を込めて断言した。


「アメリカは笑うでしょう。

 『日本は管理能力が低い』と。

 中国は非難するでしょう。

 『安全より利益を優先した野蛮な国だ』と。

 ロシアは嘲るでしょう。

 『軟弱な日本人にダンジョンは早すぎた』と。


 そして何より、国民は否定するでしょう。

 『世界中どこも死んでいないのに、なぜ日本だけが死んだのか』、

 『政府の人災だ』と」


 議場が静まり返る。

 それは単なる国内問題ではなかった。

「ダンジョン先進国」としての日本の威信と、そしてKAMIから託された「管理者」としての資格を問われる問題だったのだ。


「我々は、その『世界初の1』を出すわけにはいかないのです。

 他の国で死者が出るまでは、日本で死者を出すわけにはいかない。

 これはメンツの問題であり、外交カードの問題でもあります」


 沢村はトーンを落として締めくくった。


「……ですから。

 少なくとも、もう少し安定するまでは延期するべきです。

 世界的な安全基準が確立されるか、あるいは他国で『最初の悲劇』が起きて世界の目が慣れるまでは。

 今しばらくの辛抱をお願いしたい」


 立花議員は唇を噛み締めた。

 論理では勝てない。

「国のメンツ」と「世界の目」という錦の御旗の前では、経済格差の是正という正義も、あまりにも軽く見えてしまう。


「……分かりました」


 彼女は不承不承ながらも矛を収めた。


「ですが総理。

 1年というのは長すぎます。

 状況は刻一刻と変わる。

 『半年』、いや『四半期』ごとの見直しを強く求めます。

 そして装備購入への補助金拡充もです。

 中小を見殺しにしないという姿勢を、形で見せていただきたい」


「検討しましょう」


 沢村が答弁を終えた。


 委員長が木槌を叩く。


「本件については、政府の慎重な対応を求める決議とし、継続審議といたします」


 ――事実上の延期決定である。


 こうして中小企業のE級進出の夢は、一旦お預けとなった。

 だがこの議論は終わったわけではない。

「稼ぎたい」という国民の欲望と、「世界初の汚名を被りたくない」という国家の重圧。

 その綱引きは、ダンジョンが存在する限り、永遠に続くジレンマなのだ。


 ***


 散会後。

 廊下を歩く沢村と九条、麻生の三人は、どっと疲れが出たような顔をしていた。


「……やれやれ。なんとか凌ぎましたな」

 麻生がネクタイを緩める。

「野党の連中も、本音じゃ分かってるくせに。

 『世界初』の重みをな」


「ですが、時間の問題ですよ」

 九条が冷徹に分析する。

「1年と言いましたが、持ちませんね。

 F級の稼ぎで装備を整えた中小企業が、なし崩し的にE級への『密漁』を始めるのは目に見えています。

 それに今は先進国だけですが、いずれは途上国にもゲートが開きます。

 どこかの国で『最初の死者』が出るのは、そう遠い未来ではないでしょう」


「分かってる」

 沢村が重く頷いた。

「だが、それが日本であってはならない。

 少なくとも『最初』だけは。

 我々はB級開放という特大のイベントも抱えているんだ。

 そっちで大企業がどうなるか……それを見極めてからでも遅くはない」


 彼らの視線は、既に次の戦場へと向いていた。

 B級ダンジョン。

 耐性マイナス、環境デバフ、そして即死級の攻撃。

 そこで「プロ」たちがどう戦い、あるいはどう死ぬのか。

 そのデータが取れるまでは、素人を戦場に出すわけにはいかないのだ。


「……国民を守るというのは、時に国民の欲望と戦うことでもあるな」


 沢村の呟きは、国会議事堂の高い天井に吸い込まれて消えた。

 日本のダンジョン政策は、依然として世界という綱の上を歩むような、危ういバランスの中にあった。



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