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賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


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第190話

 東京、ワシントン、北京、モスクワ。

 世界の運命を握る四つの首都を繋ぐ、最高機密のバーチャル会議室。

 そこは神の気まぐれによって揺れ動く世界を、必死に支える「管理人」たちの終わりのない対策本部の様相を呈していた。


 イベント『エッセンス・ハンティング』も中盤に差し掛かり、ダンジョン経済圏はかつてないほどの活況を呈している。

 F級ダンジョンでは数百万人の市民ランナーたちが走り回り、C級ダンジョンでは企業戦士たちが巨大なハンマーで「一撃必殺」の効率狩りを繰り返す。

 表面的には全てが順調に見えた。


 だが、光が強くなればなるほど、その足元に広がる影もまた濃く、深く、そして凶悪さを増していくのが世の常である。


「――定刻です。四カ国定例首脳会議を始めます」


 議長役の九条官房長官が、重苦しい声で開会を宣言した。

 今日の彼の四つの身体は、いつになく殺気立っている。

 手元のモニターには、警視庁、FBI、中国公安部、そしてロシア連邦保安庁(FSB)から吸い上げられた、極めて不穏なレポートの数々が表示されていた。


「本日の議題はイベントの進捗確認……ではありません。

 現在、世界各地で同時多発的に発生している『特定重要物資』を狙った組織犯罪、およびその対策についてです」


 九条は、一枚の凄惨な現場写真をホログラムで投影した。

 場所は南フランス・ニースにある、とある富豪の別荘。

 厳重なセキュリティシステムが破壊され、金庫室がこじ開けられた無惨な光景が映し出されている。


「問題が発生しております」


 九条の言葉に、アメリカのトンプソン大統領が、苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。


「……ああ。報告は受けている。

 被害者は欧州の海運王、ジャン・ルノワール氏。

 盗まれたのは貴金属でも絵画でもない。

 彼が前回のイベントの際に、持病の悪化に備えて『保険』として確保し、厳重に保管していた……」


「『怪我治癒ポーション・改』三本です」


 九条が引き取った。


「現在の闇市場ブラックマーケットにおける推定取引価格は、一本あたり15億円。

 三本で締めて、45億円相当の被害となります」


「45億か……」


 中国の王将軍が、低い声で唸った。


「たった数リットルの液体に、それだけの値がつく。

 犯罪組織が目の色を変えるのも、無理はない」


 事件は単純な強盗ではなかった。

 犯行グループは明らかに「探索者崩れ」、あるいは「探索者の能力を悪用したプロ」たちだった。

 監視カメラには、身体強化スキルで高塀を飛び越え、魔法で電子ロックを焼き切り、そして警備員を素手で制圧する覆面の男たちの姿が映っていた。


 ダンジョンで得た力が、地上の治安を脅かす暴力として牙を剥いた瞬間だった。


「似たような事件が、ここ数日、世界中でちらほらと起き始めております」


 九条が地図上に、赤いマーカーを点灯させる。

 ニューヨーク、ロンドン、ドバイ、そして東京。

 ポーションを落札した富裕層や、備蓄を持つ医療機関を狙った、襲撃未遂あるいは強奪事件。


「当然でしょうな」


 ロシアのヴォルコフ将軍が、冷ややかに言った。


「ポーションは金塊よりも運びやすく、麻薬よりも高く売れ、そして何より『命』に直結する。

 裏社会の連中にとって、これほど魅力的な商材はあるまい」


 そこへ麻生ダンジョン大臣(オブザーバー参加)が、忌々しげに口を挟んだ。

 彼は被害者リストを見ながら、鼻を鳴らした。


「……ふん。45億円か。

 確かに高価な物だからな。狙われるのも当然だ。

 だが言わせてもらえば、セキュリティがしっかりしてない所に保管してたのが悪いんじゃないのかね?」


 麻生らしい、あまりにも辛辣な、そして正論すぎる指摘。

 彼は続けた。


「ポーションは今や、核物質並みの管理が求められる戦略物資だ。

 それを自宅の金庫程度で守れると思っている、平和ボケした金持ちの認識が甘いのだよ。

 銀行の貸金庫か、あるいはギルドが提供する『特別保管庫ヴォルト』に預けておけば、こんなことにはならんかった」


 その言葉に、沢村総理が慌てて咳払いをした。


「おほん!

 麻生大臣、その発言は……ここだけの話にしてくださいよ。

 間違っても被害者の前で言わないように。

 彼らは納税者であり、そして恐怖に怯える国民なのですから」


「分かっておりますよ」


 麻生は肩をすくめた。


「だが現実は現実だ。

 自衛できない資産を持つことは、狼の群れの中で生肉をぶら下げて歩くようなものだ」


「……議論を戻しましょう」


 九条が、軌道修正を図る。


「被害者の過失はどうあれ、これは国家の治安に対する重大な挑戦です。

 探索者能力スキルを用いた犯罪が組織化しつつある。

 これは警察やFBI、各国の治安機関が総力を挙げて対処すべき案件です」


「全くだ」


 トンプソン大統領が、拳を握りしめた。


「裏ルートを徹底して潰さなければならん。

 盗まれたポーションがどこへ流れるのか。

 闇医者か? 指名手配犯の治療か? あるいはテロリストの資金源か?

 いずれにせよ、放置すれば社会の癌になる」


 ここで王将軍が、一つの提案――あるいは疑問を口にした。


「……九条長官。

 この件、KAMI様に対処して貰えば良いのではないか?

 彼女は世界の管理者だ。

 『盗品には呪いをかける』とか、『正規の所有者以外が使うと効果がないようにする』とか。

 仕様システム側で対策を講じてもらえば、物理的な捜査など不要になる」


 神頼み。

 それが、最も効率的で確実な解決策に思えた。


 だが九条は、静かに首を横に振った。

 その顔には、苦渋の色が滲んでいた。


「……いえ、将軍。

 実は事前に、KAMI様にその旨を打診いたしました」


「ほう。なんと?」


「……一蹴されました」


 九条はKAMIの言葉を、そのまま伝えた。


『はぁ? なんで私がそんなことしなきゃいけないのよ。

 私はアイテムを作って配っただけ。

 それを盗むのも、守るのも、取り返すのも、あなたたち人間の遊び(ゲーム)の一部でしょ?

 それくらい自分達で対処しなさいよ。甘えるんじゃないわよ』


 ――あまりにも冷徹な、しかし彼女らしい突き放し方。


 それを聞いて、ヴォルコフ将軍が苦笑した。


「……なるほど。まあそういう気持ちも分かるな。

 神はアイテムを創造したが、警察官までは創造していないということか」


「ええ」


 沢村総理が頷いた。


「彼女にとって犯罪もまた、人間社会の『イベント』の一つに過ぎないのでしょう。

 こればかりは、我々が汗をかいて解決するしかありません」


 トンプソンが唸る。


「……だが厄介だぞ。

 今はまだ被害に遭っているのが『どうでもいい金持ち(失言)』……失礼、富裕層だけだから世間の同情も薄いかもしれん。

 『金持ちが損をしただけだ』というやっかみもあるだろう」


 彼は最悪のシナリオを提示した。


「だがもし……。

 チャリティで寄付された難病の子供のためのポーションが盗まれたとしたら?

 必死にポイントを貯めて、やっとの思いで手に入れた一般市民のポーションが、暴力によって奪われたとしたら?」


 その言葉に、会議室の空気が凍りついた。


「……国民感情の怒りは抑えきれないでしょうな」


 麻生が真顔で言った。


「暴動が起きる。そしてその怒りの矛先は『治安を守れなかった政府』に向く。

 政権がひっくり返るぞ」


「そうなる前に、手を打たねばなりません」


 九条が、決断を促した。


「そうですね……」


 沢村が決意を固める。


「とりあえずG7と協力して、緊急の共同声明を出しましょう。

 『国家として怪我治癒ポーション・改の不正取引は徹底対応していく』と。

 盗品の売買に関わった者は、たとえそれが救命目的であったとしても、テロ支援者と同等の厳罰に処す。

 それくらいの強いメッセージが必要です」


「そして捜査だ」


 トンプソンが付け加えた。


「FBI、CIA、そしてD-POLの合同捜査本部を立ち上げる。

 盗まれたポーションには、生産時に微細な魔力マーカー(KAMIの仕様ではなく、人間側で後付けしたものだが)が付与されている。

 それを追跡し、闇ルートの元締めを炙り出す」


「中国も協力しましょう」


 王将軍が言った。


「我が国の監視システムをフル稼働させ、怪しい資金の流れを洗います。

 ポーションを盗むような不届き者は、社会の敵だ。

 徹底的に排除する」


「ロシアもだ」


 ヴォルコフも頷く。


「マフィアたちに警告を出しておこう。

 『ポーションに手を出せば国家が相手になると思え』と」


 方針は決まった。

 神の力に頼らず、人間の法と力で秩序を守る。

 それはダンジョン時代における、国家の威信をかけた戦いだった。


 ***


 重苦しい議題が終わり、会議は次のフェーズへと移った。

 経済状況の確認である。

 画面には現在のF級ダンジョンにおける『エッセンス』の取引相場のグラフが表示された。


「……では気を取り直して、経済の話に移りましょう」


 九条が、少しだけ声を明るくした。


「幸いなことに、こちらの状況は極めて順調です」


 グラフは、美しい水平線を描いていた。

 『30,000円』。

 F級エッセンス(ティア7)の価格は、イベント開始直後の乱高下を終え、この価格帯でピタリと安定していた。


「エッセンスの供給が、驚くほど安定しています」


 九条が解説する。


「F級探索者達がこぞって周回してくれているおかげです。

 彼らは『日給保証』のような感覚で、毎日確実にエッセンスを市場に供給し続けています。

 一方、需要側も旺盛です。

 C級ダンジョンの『一撃必殺メタ』の確立により、強力な武器を作るためのクラフト需要が爆発しています。

 供給と需要が、高い次元で均衡しているのです」


「3万円か……」


 麻生が計算機を弾く。


「悪くない数字だ。

 探索者にとっては十分な実入りがあり、企業にとってはコスト計算がしやすい価格帯だ。

 これならダンジョン経済の基軸通貨として機能する」


「イベント終了後の見通しは?」


 トンプソンが尋ねる。


「はい」


 九条が、予測データを表示した。


「KAMI様の予告通り、イベント終了後はエッセンス・モンスターの出現率が現在の『3分の1』程度に低下します。

 供給が減るため、価格の上昇は避けられません」


「3倍……ということは9万から10万円程度か」


 王将軍が推測する。


「ええ、その辺りで安定すると見ています」


 九条が頷いた。


「1個10万円。

 そうなればF級探索者にとっては、『一発当たればデカイ』という宝くじ的な魅力が増します。

 逆に企業にとってはコスト増になりますが、その頃にはC級以上の攻略が進み、より上位のエッセンスの直ドロップが増えているでしょうから、バランスは取れるはずです」


「うむ。良いんじゃないか?」


 沢村が満足げに言った。


「急激なインフレもデフレもなく、ソフトランディングできそうだ。

 これこそ我々が望んでいた『持続可能なダンジョン経済』の姿だ」


 ポーション強奪という影はあるものの、経済の根幹は揺らいでいない。

 その事実は、指導者たちに大きな安心感を与えていた。


 ***


 主要な議題を終え、会議は徐々にリラックスした雑談モードへと移行していった。

 KAMIのいない会議室は、中間管理職たちのささやかな休息の場でもあった。


「そういえば」


 トンプソンが、コーヒーを飲みながら切り出した。


「最近我が国の若者の間で『ダンジョン料理』なるものが流行っていてな。

 モンスターの肉やキノコを調理して食べる動画が、大人気なのだよ」


「ああ、日本でも人気ですよ」


 麻生が笑う。


「『オークのステーキ』だの『スライムゼリー』だの。

 衛生局が頭を抱えていますが、まあ毒はないようですし、味も悪くないとか」


「中国では既に高級食材として流通しています」


 王将軍が自慢げに言った。


「薬膳料理としての効果が注目されていましてな。

 『コカトリスのスープ』は精力がつくと、党幹部の間でも評判です」


「ロシアではウォッカのつまみだな」


 ヴォルコフも相好を崩す。


「『アイス・ウルフの干し肉』は最高だ。

 噛めば噛むほど魔力が染み出してくるようでな」


 彼らは笑い合った。

 政治や軍事だけでなく、食という最も原始的な文化レベルでも、ダンジョンは人類の生活に深く根を下ろし始めていた。


「あと、ゲート周辺の不動産価格も面白いことになっていますな」


 九条が話題を振る。


「騒音や治安悪化で下がるかと思いきや、逆に『職住近接』の需要で高騰している。

 『ダンジョン徒歩5分』が、最強のステータスになりつつあります」


「我が国では、ダンジョン直結のタワーマンションが建設中です」


 トンプソンが言う。


「エレベーターで地下に降りれば、そのままゲートへ直行できる。

 探索者専用の要塞のようなマンションだ」


「日本でも似たような計画がありますよ」


 沢村が言った。


「『ダンジョンヒルズ』構想とか言ってたかな。

 1階にはギルド支部と武器屋と病院が入って、上層階は居住区。

 一つの街が、ダンジョンを中心に形成されようとしている」


 彼らは語り合った。

 変わりゆく世界の風景を。

 適応していく人類の逞しさを。


 そこにはKAMIの姿はなかった。

 神は介入しない。

 ただルールとリソースを与え、あとは人間たちがそれをどう料理するか、高みから見物しているだけだ。


 そして人間たちは、神の想定内、あるいは想定外のスピードで、その新しい環境を「日常」へと変えつつあった。


「……まあ色々ありますが」


 会議の終わりに、沢村がまとめた。


「我々はやるしかない。

 治安を守り、経済を回し、そして国民を食わせる。

 それが神のいないこの世界で、我々に課せられた仕事なのですから」


「ですな」

「全くだ」

「同意する」


 四人の男たちは互いに目配せをし、そして通信を切断した。


 モニターが消え、それぞれの執務室に静寂が戻る。

 だが彼らの仕事は終わらない。

 机の上には、ポーション強盗対策の指示書、エッセンス市場の分析レポート、そして無数の決裁書類が山積みになっている。


 窓の外では夜明けが近づいていた。

 今日もまた数百万人の探索者がゲートをくぐり、一喜一憂のドラマを繰り広げるだろう。

 その喧騒を守るために。


 彼らの眠らない戦いは、今日も続いていくのだった。


 KAMIの出番はない。

 今日は人間たちの日だった。



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あれ?インベントリは?そこに入れとけばいいんじゃないの?ポーション。
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