第185話
東京、ワシントン、北京、モスクワ。
世界の運命を握る四つの首都を繋ぐ、最高機密のバーチャル会議室。
この日、円卓を囲む四人の指導者たちの表情には、いつものような「ダンジョン運営の苦労」や「国民の突き上げに対する疲労感」とは異なる、ある種の剣呑な、しかしどこか少年のような高揚感が漂っていた。
議題は現在進行中の最重要プロジェクト――『宇宙開発』に関する、極めてデリケートな法解釈についてである。
「――では、確認させていただきます」
議長役の九条官房長官が、慎重に言葉を選びながら切り出した。
彼の四つの身体は、それぞれが国際法、宇宙条約、そしてKAMIとの契約書(口約束だが)のデータを、並列処理で解析している。
「現在、我々四カ国はKAMI様との間に『神の不戦協定』を結んでおります。
これは四カ国の正規軍同士による、直接的な武力衝突を禁じ、違反した場合はペナルティとしてダンジョンへのアクセス権、あるいは付与された能力を剥奪されるという、絶対的なルールです」
九条はホログラムの地球儀をゆっくりとズームアウトさせた。
視点は地上を離れ、大気圏を抜け、そして静寂の宇宙空間へと移る。
そこに浮かぶ蒼い月。
「しかし、この協定の適用範囲について、明確な定義はなされておりません。
すなわち――『地球の大気圏外』、特に『月面』および『火星』といった地球外領土においても、この不戦協定は有効なのか?
それとも宇宙は『例外』なのか?」
その問いかけに、アメリカのトンプソン大統領が二ヤリと口の端を歪めた。
彼は手元の葉巻を回しながら、挑発的に言った。
「……長官。君も官僚だな、細かいことを気にする。
だが常識的に考えてみたまえ。
KAMI君が興味を持っているのは、あくまで『地球という箱庭』の中での我々の振る舞いだ。
宇宙? あそこは無法地帯だよ。
まだ地図さえない荒野に、地上の法律を持ち込むのはナンセンスだとは思わんかね?」
その言葉に、ロシアのヴォルコフ将軍が低い笑い声を漏らした。
「ククク……。大統領にしては気が合いますな。
私も同意見だ。
地上では手足が縛られている。核も撃てない、軍も動かせない。
だが宇宙まで行って、仲良く手繋ぎ鬼ごっこをするつもりはない。
資源の奪い合い、領土の線引き……。
力なき者が淘汰されるのは、自然の摂理だ」
中国の王将軍も、静かに、しかし力強く頷いた。
「宇宙開発は、人類の総力戦です。
そこには競争があり、衝突がある。
『不戦』などという綺麗事で、我が国の宇宙進出の足枷をはめられてはたまらない。
月面においては、実力行使も辞さない覚悟が必要です」
三カ国の意見は一致していた。
彼らは地上での平和(という名の膠着状態)に、飽き飽きしていたのだ。
有り余る軍事力、そしてダンジョンで得た新たな力を思う存分振るえる「フロンティア」を求めていた。
それに月面の地下には「A級ダンジョン」がある。未知のモンスター、未知の脅威。
そこでは武力が必要不可欠なのだ。
「……なるほど」
日本の沢村総理は、苦笑しながら頭をかいた。
「つまり皆様のご意見を総括すると……。
『宇宙は例外扱いで良いじゃねーか』と。
そこではドンパチやっても、KAMI様のお目こぼしを頂こうというわけですな?」
「そういうことだ!」
トンプソンが机を叩いた。
「戦争ができなくなる? 冗談じゃない!
健全な競争と多少の『摩擦』があってこそ、技術は進化するのだよ!」
「……分かりました」
九条がため息混じりに、しかし了承の意を示した。
「では日本政府としても、その解釈を支持します。
『宇宙空間における紛争は、神の不戦協定の対象外とする』。
……まあ、地上に被害が出ない限り、KAMI様も『勝手にやってれば?』と仰るでしょうし」
とりあえずの合意は形成された。
宇宙は、次の戦場となることが決定した。
だが、そこでトンプソンがふと真剣な顔つきになって、身を乗り出した。
「さて、戦場が決まったとなれば……だ。
道具の話をせねばならんな」
「道具ですか?」
「ああ。
沢村総理。
我々は先日、KAMI君から『時間操作』の技術を断られたばかりだ。
あれは確かに危険すぎた。世界の理を壊しかねん。
だが……」
トンプソンは、少年のように目を輝かせた。
「宇宙に出るのだぞ?
剣と魔法もいいが、やはりここは……『SFテクノロジー』が欲しくないかね?
少し凄いくらいの、男のロマンをくすぐるようなやつが」
「SF……」
沢村が首を傾げる。
「具体的には?」
「決まっているだろう!」
トンプソンは、まるで映画のヒーローのようなポーズで叫んだ。
「――『光線銃』だ!!」
その一言に、会議室の空気が一瞬止まった。
そして次の瞬間、男たちの目が一斉に輝きだした。
「光線銃……!」
ヴォルコフ将軍が唸る。
「ビーム兵器か。
確かに無重力・真空の宇宙空間において、実弾兵器は反動や弾道計算が厄介だ。
直進し、着弾即破壊をもたらすエネルギー兵器……。
戦略的価値は計り知れん」
「ロマンですね……」
王将軍も、珍しく顔をほころばせた。
「中華SF映画に出てくるような、閃光を放つ武器。
我が軍の兵士がそれを構え、月面を行進する姿……。
悪くない。いや、素晴らしい」
「だろう!?」
トンプソンが得意げに言う。
「魔法の杖もいいが、やはり宇宙軍にはビームライフルだよ!
KAMI君なら持っているはずだ! 1000個の世界を巡ったんだぞ?
SF世界の一つや二つ、攻略済みのはずだ!」
その熱気に押されるように、九条が端末を操作した。
召喚プロトコル起動。
「……呼びましょう。
聞くのはタダですから」
***
フォン、という軽い音と共にKAMIが現れた。
今日の彼女は、なぜか銀色の全身タイツのようなレトロフューチャーな衣装(宇宙人風?)に身を包み、手には奇妙な形状のアンテナを持っていた。
「ワレワレハウチュウジンダ……」
彼女は機械的な声色でふざけて見せたが、すぐにいつもの調子に戻った。
「なーんてね。
なに? また変なこと企んでるの?」
「KAMI様!」
トンプソンが、食い気味に叫んだ。
「単刀直入にお伺いする!
貴女の『技術カタログ』の中に……『光線銃』はありますか!?」
「……は?」
KAMIはきょとんとした。
「光線銃? ビーム撃つやつ?」
「イエス! ビームだ! レーザーだ! ブラスターだ!
宇宙開発にあたり、我々は新たな自衛手段を求めている!
時間操作のような危険なものでなくていい!
ただ少し凄い程度の、男のロマンを満たすSF兵器が欲しいのだ!」
そのあまりにも直球な欲望。
KAMIは呆れたように、しかしどこか楽しそうに笑った。
「あはは! 何よそれ。
時間操作ダメだったから、おもちゃをおねだりする子供みたいね」
彼女は手元のアンテナをくるくると回した。
「あるわよー、光線銃」
「あるのか!!」
四人が同時に叫んだ。
「ええ。
『銀河コミュ二ティ標準歩兵用多目的光線銃』。
通称『GSB-9000』ってやつね」
KAMIは指先で空中にウィンドウを開き、そのフォルムを投影した。
それは流線型の美しいボディを持つ、まさにSF映画から飛び出してきたようなハンドガンだった。
グリップは手に吸い付くようなポリマー素材、銃身にはエネルギー充填率を示すインジケーターが青く輝いている。
「これ、結構便利なのよ」
KAMIは解説を始めた。
「最大の特徴は『威力完全制御』機能ね。
ダイヤル一つで出力を調整できるの。
『レベル1』なら相手を気絶させるだけのスタンガン程度。
『レベル5』で鉄板を焼き切る工業用レーザー。
そして最大出力の『レベル10』なら……」
彼女はシミュレーション映像を見せた。
荒野に向けられた銃口から、極太の青白い光線が放たれる。
着弾。
轟音と共に、小型の山が一つ、跡形もなく消滅した。
「……大型ミサイル並みの火力を一点に集中して放てるわ。
もちろん反動はゼロ、音も静か。
誰でも簡単に、都市の一区画くらいなら更地にできるわよ?」
しんと静まり返る会議室。
だがその沈黙は恐怖ではない。
圧倒的な「力」への渇望の沈黙だった。
「……素晴らしい」
ヴォルコフ将軍が震える手でグラスを握りしめた。
「スタンガンから戦略兵器まで、これ一丁で……。
まさに夢の兵器だ」
「欲しいです!!!」
沢村総理が、日本の技術者魂を刺激されたのか、身を乗り出して叫んだ。
「ぜひ! ぜひその技術を我が国に!
分解して構造を解析したい! 量産したい!」
「いいわよー」
KAMIはあっさりと頷いた。
「別にこれ、銀河じゃ型落ちの安物だし。
大したテクノロジーじゃないから、安めでいいわよ?」
「や、安いのですか!?」
麻生大臣が、信じられないという顔をした。
「戦略級の兵器ですよ!?」
「だって今の地球見てみなさいよ」
KAMIは肩をすくめた。
「『マジックアイテム』が跋扈してるじゃない。
因果律改変(魔法)なら、隕石落としたり、空間ごと切り裂いたりできるでしょ?
それに比べれば、所詮は物理法則に則ったビームなんて、大したテクノロジーじゃないわ。
魔法障壁なら完封できるしね」
彼女にとっては、科学兵器など魔法の下位互換に過ぎないらしい。
「だから対価は……そうねぇ。
サンプルとして現物10丁転送するから、金10キロでいいわよ」
「……はい?」
トンプソンが耳を疑った。
「金10キロ……今の相場で約1億数千万円か?」
麻生が素早く計算する。
「……タダ同然じゃないか!!!」
1億円。
戦闘機一機の値段が百億円を超える現代において、未来の超兵器10丁が1億円。
1丁あたり1000万円。高級車一台分だ。
テクノロジーの価値としては、実質無料に等しい。
「いいんですか!? そんなに安くて!」
王将軍が、後で追加請求が来るのではないかと疑うような顔をした。
「いいのいいの」
KAMIは手を振った。
「どうせあなたたち、これを解析して量産するんでしょ?
その過程でまた経済が回って、技術が発展して、面白いことになるなら、それが私への『対価』よ。
それに……」
彼女は二ヤリと笑った。
「これには『錬金術のオーブ』が使えるのよ」
「――ッ!?」
その一言が、全員の脳髄を直撃した。
「えっ、KAMI様。
科学兵器である光線銃に、魔法のオーブが……適用可能なのですか?」
九条が確認する。
「もちろん」
KAMIは頷いた。
「この光線銃も『アイテム』として認識されるわ。
だからオーブを使えば『マジックアイテム化』も『レアアイテム化』も可能よ。
考えてもみなさい。
ただでさえ強力な光線銃に、魔法のMODがついたらどうなるか」
彼女は楽しそうに例を挙げた。
「『連射速度+50%』がついたマシンガン・ブラスター。
『攻撃時10%の確率で火炎爆発を引き起こす』がついたナパーム・レーザー。
あるいは……『弾道誘導』がついた必中のスナイパー・ビーム」
「うおおおおおおお!!!」
トンプソンが絶叫した。
「夢が広がるな!!
科学と魔法の融合!
これぞ新時代の武装だ!」
「そして『変化のオーブ』で厳選もできる……!」
沢村も興奮した。
「最強の光線銃を作るために、またオーブが消費される!
500万円の『錬金術のオーブ』が飛ぶように売れるぞ!」
「……1億は安すぎる」
ヴォルコフが震えた。
「これは罠か? いや、神の慈悲か……」
***
「じゃ、送っとくわね」
KAMIが指を鳴らすと、それぞれの国の首相官邸や大統領執務室のデスクの上に、重厚な金属ケースが出現した。
中には、鈍い光を放つ未来の銃が収められているはずだ。
「あ、それとね」
KAMIは去り際に、ついでのように付け加えた。
「その銃、すごいのは威力じゃないのよ。
中に入ってる『バッテリー』が革新的なの」
「バッテリー……?」
「そう。
『マイクロ・フュージョン・セル』っていうんだけど、手のひらサイズなのに異次元の容量があるの。
これ、銃から取り外して、他の機械に流用することもできるわよ」
彼女は、とんでもないことをサラリと言った。
「並行世界じゃ、野良の天才科学者がこのバッテリーを使って、面白いものを作ってたわね」
「面白いもの……?」
「『パワードスーツ』よ」
ドクン。
トンプソンの心臓が跳ねた。
「パ、パワードスーツだと!?」
「ええ。
いわゆる『リアル・アイアンマン』ね。
重い装甲を纏って空を飛び、ビームを撃つ。
現代の技術じゃ、動力源が重すぎて実現不可能だったけど……。
このセルがあれば、人間サイズのスーツでそれが可能になるわ」
アイアンマン。
その単語が出た瞬間、会議室のIQが急激に低下した気がした。
彼らは一国の指導者から、ただの「ロボット好きの少年」に戻っていた。
「アイアンマン!!!!」
トンプソンが立ち上がった。
「作れるのか! 私が! 着て! 飛べるのか!?」
「技術的には可能よ」
KAMIは笑った。
「さらに言えば……あなたたちが開発した『魔石バッテリー充電シール』あるでしょ?
あれと組み合わせれば、さらに面白いことになるわ」
「えっ? でもあれは……」
九条が言った。
「無限エネルギーではない、単なる外付け充電器ですよね?
フュージョンセルのような大容量バッテリーに対して、効果があるのでしょうか?」
「まあ、無限ではないわね」
KAMIは肩をすくめた。
「出力にも限界があるし。
でも、このセルにシールを貼れば、常に外からエネルギーを補給し続けることができる。
実質的に、バッテリー容量が『2倍(セル2個分)』くらいに増えると思えばいいわ」
「2倍……!」
「戦闘中にバッテリー切れで動けなくなるリスクが半減する。
あるいは予備のセルを持ち歩かなくても、シールを張り替えれば継戦できる。
小回りがきく最強の歩兵ができるわよ?」
シナジー。
科学のバッテリーと、魔法の充電器。
二つの技術が悪魔合体した時、兵器の稼働限界は飛躍的に伸びる。
「それに『空間拡張技術』も併用すれば……」
KAMIは続けた。
「スーツの内部に、見た目以上の武装や予備セルを詰め込むこともできる。
ミサイルランチャーを内蔵した重武装スーツも作れるわよ?」
「……テクノロジーは組み合わせてなんぼよ」
彼女はエンジ二アのように、満足げに言った。
「光線銃の技術、バッテリーの技術、魔石の技術、空間技術。
そしてオーブによる魔法付与。
全部組み合わせなさい。
そうすればあなたたちは、宇宙でも最強の歩兵になれるわ」
圧倒的だった。
彼女が提示した未来図は、男たちのロマンをこれ以上ないほど刺激し、そして国家の軍事ドクトリンを根底から覆すものだった。
「……やります」
沢村が、少年の目で言った。
「パワードスーツ作りましょう。
日本のロボット技術とこのバッテリーがあれば……ガンダムも夢じゃない!」
「男ならガチャガチャ組み立てていくあれ、好きでしょ!」
トンプソンが叫ぶ。
「装着シーンだ! ウィーン、ガシャン! ってやつだ!
あれをやるためだけに、予算をつけてもいい!」
「……光線銃を装備した強化外骨格か」
ヴォルコフも夢想する。
「雪原を駆ける鋼鉄の兵士……。美しい」
「量産だ」
王将軍が計算する。
「人民解放軍の全兵士に配備すれば……世界征服も……」
彼らはもう、政治の話などしていなかった。
ただのオタクの雑談だった。
「じゃあ、あとは仲良くね!」
KAMIは、彼らの熱狂を置き土産に手を振って姿を消した。
後に残された四人は、モ二ター越しに顔を見合わせ、そして一斉に笑い出した。
「ハハハハ! いやー凄いですね!」
「光線銃ですか! スタンガンから大型ミサイルまで!」
「新時代の武装だ!」
「そして錬金術のオーブで強化! 夢が広がるな!」
「いやいや、パワードスーツもいいですよ!」
「アイアンマン好きでしょ!?」
「大好きだとも!!!」
この夜、世界は平和だった。
少なくとも、彼らが新しいおもちゃの設計図を引いている間だけは。
だが彼らは知っている。
この光線銃が、パワードスーツが完成したその時。
それが向けられる先は、宇宙のモンスターだけではないことを。
月面での利権争い。火星での領土紛争。
最強の武器を手に入れた人類は、宇宙という広大なキャンバスで、またしても血塗られた歴史を描くことになるのだろうか。
だが今はただ夢を見よう。
鋼鉄のスーツを纏い、光の銃を撃ち、空を飛ぶ夢を。
日本の、そして世界の技術者たちは、明日から徹夜の日々を迎えることになる。
神から与えられた「究極のDIYキット」を完成させるために。
時代は、SFとファンタジーが融合した未知の領域へと突入していた。




