第181話
C級ダンジョンの解禁と「オーラ」の実装から数週間。
世界は、またしても神の気まぐれな、しかしあまりにも核心を突いた「仕様変更」の衝撃に揺れていた。
その震源地は、いつもの四カ国首脳会議の場だった。
***
「――というわけで、今のバランス、魔法職が不遇すぎるのよね」
KAMIは、日本のコンビニで買った「ふわとろクリームパン」を頬張りながら、唐突に切り出した。
円卓を囲む、沢村総理、九条官房長官、トンプソン大統領、王将軍、ヴォルコフ将軍の顔が、一斉に強張る。
「不遇……ですか?」
沢村が、恐る恐る尋ねる。
「C級では魔法が必中ということで、彼らの地位は向上したと思っておりましたが」
「攻撃面はね」
KAMIはクリームを舐め取った。
「でも、防御面がペラペラすぎるわ。
物理職は鎧を着て、物理ダメージを軽減できる。盾も持てる。
でも魔法職は?
ローブなんて布切れ一枚よ? 物理防御力なんて紙みたいなものじゃない。
これじゃあ、高難度ダンジョンで弓矢一本飛んできただけで即死よ。
見ててハラハラするっていうか、ワンパンで死ぬからつまんないの」
彼女は空中に、現在の探索者人口の構成比グラフを投影した。
・物理職(戦士、弓手、盗賊):75%
・魔法職(魔導師、僧侶):20%
・その他(生産、テイマー等):5%
「ほら。みんな死ぬのが嫌だから、物理職ばっかり。
これじゃあ、パーティ構成の多様性が生まれないわ。
だから……魔法職に、新しい『命』を与えることにしたわ」
KAMIは指を鳴らした。
世界中の探索者の視界に、そして会議室のモニターに、巨大なアップデート告知が表示される。
【大型アップデート:魔法職救済パッチ Ver.2.0】
【新ステータス『エナジーシールド(ES)』の実装】
「エナジー……シールド?」
トンプソンが呟く。
「そう、魔法の障壁よ」
KAMIは解説を始めた。
「これは、ライフ(HP)の上に被さる『第二のHP』だと思って。
敵の攻撃を受けると、まずこのエナジーシールドが減る。
シールドが尽きたら、初めて生身のライフが減る仕組みよ」
彼女は、その特性を列挙した。
「特徴その一。
エナジーシールドは、一定時間ダメージを受けなければ、ものすごい速度で『自動回復』する。
ポーションを飲まなくても、隠れていれば勝手に満タンになるわ」
「特徴その二。
これが重要なんだけど……ステータスの『知性(Int)』10ごとに、エナジーシールドの最大値に+2%の補正がかかるわ」
会議室がどよめく。
「知性……つまり、魔法職が上げるべきステータスですね」
九条が、素早く計算する。
「魔法威力を上げるために、知性を盛れば盛るほど、同時に防御力(シールド量)も増えていく……。攻防一体のステータスになるわけですか」
「ご名答」
KAMIはニヤリとした。
「今までは、知性を上げても火力しか伸びなかったけど、これからは生存力に直結するわ。
知性を極めた大魔導師は、戦士よりもタフな『魔法障壁』を纏うことになるわね」
そして彼女は、市場を根底から覆す「装備改変」を告げた。
「それに伴って、装備の仕様も変えるわ。
今まで魔法職用の『ローブ』や『サークレット』には、申し訳程度の物理防御力がついてたけど……。
今後ドロップする全ての魔法職用防具から、物理防御力を削除します」
「はあ!?」
王将軍が声を上げた。
「防御をなくすのですか!?」
「その代わり」
KAMIは続けた。
「『エナジーシールド』の数値を付与するわ。
これからのローブは、物理的な布の厚さじゃなくて、魔法的なバリアの強度で身を守るものになるの」
彼女は、慌てふためく人間たちを見透かすように付け加えた。
「あ、安心して。
『過去にドロップしたアイテム』には、この変更は適用されないわ」
レガシー化。
その言葉が、麻生大臣の脳裏をよぎった。
「つまり……今、倉庫に眠っている『物理防御がついたローブ』は、二度と手に入らない『旧仕様品』として残るわけですね?」
「そうよ。
物理防御とエナジーシールド、両方が欲しい、欲張りなハイブリッド職にとっては、喉から手が出るほど欲しいお宝になるかもね」
市場がまた荒れる――麻生は直感した。
だが、KAMIの話はまだ終わっていなかった。
彼女は、甘い飴玉を与えた後に、必ず苦い毒を含ませるのだ。
「……さて。
魔法使いが硬くなりすぎても、ゲームバランスが悪くなるわよね?」
彼女の瞳が、悪戯っぽく、そして残酷に輝いた。
「だから、新しい『属性』を追加するわ。
火、氷、雷に続く第四の属性。
その名は――『混沌』」
混沌。
その響きに、不吉な予感を覚えない者はいなかった。
「カオスダメージの特徴はシンプルよ。
『エナジーシールドを貫通する』」
「貫通……!?」
「ええ。どんなに分厚いシールドを張っていても、カオスダメージはそれを無視して、直接『ライフ』を削り取るわ。
毒ガスみたいなものね。バリアの隙間から染み込んで、生身の肉体を腐らせるの」
それは、エナジーシールドに依存する魔法職への、明確な「殺し(カウンター)」だった。
知性を上げてシールドを数千数万と確保しても、ライフが低ければ、微弱なカオスダメージで即死する。
「これに対抗するには、『混沌耐性』が必要よ」
KAMIは説明した。
「今までの全属性耐性には、カオスは含まれないわ。
別途、専用の装備やパッシブで稼がないといけない」
「……面倒なものを」
ヴォルコフ将軍が呻いた。
「ただでさえ三属性の耐性パズルで手一杯だというのに、四つ目か」
「まあ、今のところカオス攻撃をしてくる敵は少ないわ。毒を使う虫とか、アンデッドの一部くらい。
ダメージ量もそこまで大きくないから、耐性は0%……つまりマイナスじゃなければ、まあ死にはしないレベルよ。
優先度は低いわね」
だが、彼女は最後に爆弾を落とした。
「ただし。
B級ダンジョンからは、環境デバフで『全属性耐性-20%』がかかるって言ったわよね?
あれ、もちろん『混沌耐性』も含まれるから」
「なっ……!」
「カオス耐性がマイナス20%の状態で、毒の沼に入ったり、カオスボルトを食らったらどうなるか……。
想像にお任せするわ。
倍率ドン! でライフが一瞬で溶けるわよ?」
結局、盛らなければならないのだ。
B級という死地においては、甘えは許されない。
「……飴と鞭が極端すぎますな」
沢村が苦笑した。
「シールドという鎧を与えつつ、それを無視する毒針も用意するとは」
「バランスよ、バランス」
KAMIは笑った。
「で、最後に一つ。
魔法職のために、究極の選択肢を用意したわ。
新しいキーストーン・パッシブ(重要スキル)。
その名は――『カオス・イノキュレーション(Chaos Inoculation:混沌免疫)』」
モニターに、骸骨と盾が描かれた不気味なアイコンが表示される。
【キーストーン:カオス・イノキュレーション (CI)】
効果:カオスダメージに対して完全な免疫を得る。
デメリット:最大ライフが『1』になる。
「……はい?」
トンプソンが、訳がわからないという顔をした。
「ライフが……イチ? 100%ではなく、数字の1ですか?」
「そう、1よ。オワタ式ね」
KAMIは楽しそうに言った。
「これを取れば、厄介なカオスダメージは一切効かなくなる。毒も無効。最強の耐性よ。
その代わり、ライフは1になる。
つまり、エナジーシールドが割れた瞬間に、どんなに弱い物理攻撃だろうが、小石につまずこうが、即死する身体になるわ」
狂気。
ライフ1。それは「生身の死」を受け入れた者が手にする、禁断の契約。
「魔法職は知性でシールドを盛れるでしょ?
ライフを捨てて、全ての防御リソースをシールドに全振りする。
そうすれば、物理攻撃も魔法攻撃も、分厚いシールドで受け止められる。
カオスは無効化してるから、シールドを貫通してくる攻撃はない。
……理論上、最強のタンク魔導師が完成するわ」
「ですが……」
九条が冷や汗を流す。
「シールドが切れたら終わり、というのはリスクが高すぎませんか?
気絶や状態異常で回復が間に合わなければ……」
「だから『選択』なのよ」
KAMIは言った。
「ライフとシールドを両立させる『ハイブリッド型』でいくか。
ライフを捨てて、シールドとカオス免疫を取る『CI型』でいくか。
プレイヤーの腕と装備次第ね」
そして彼女は、最後の慈悲を発表した。
「いきなりこんな大きな変更をしたら、みんなビルド構築に困るでしょ?
ステータスの振り直しとか、スキルの取り直しとか。
だから……」
【全探索者対象:パッシブスキルツリー・リセット権付与】
【期間:本日から10日間】
【期間中は何度でもコスト無しでスキルの振り直しが可能】
「10日間だけ、無料で振り直し放題にしてあげるわ。
『後悔のオーブ』を使わなくてもいい、大盤振る舞いよ。
この間に、シールド型を試すなり、物理型を極めるなり、好きに実験しなさい」
「……それは助かります」
沢村が頭を下げた。
「国民も混乱するでしょうから、試行錯誤の期間があるのはありがたい」
「感謝なさい。
じゃ、パッチ当てるわよ。
3、2、1……エンター!」
KAMIが虚空のキーを叩いた瞬間。
世界中の探索者のステータス画面が書き換わった。
物理防御の欄の横に、青白く輝く新しいバー『Energy Shield』が出現する。
そして、耐性の項目に、ドクロマークの『Chaos Res.』が追加される。
魔法職の冬の時代が終わり、新たな、そしてより複雑怪奇な「魔導の時代」が幕を開けた。
***
翌日。
日本中が、この「大規模バランス調整」の話題で持ちきりになっていた。
大手掲示板『ダンジョンちゃんねる』。
【魔職】エナジーシールド(ES)検証スレ Part.1【救済】
1: 名無し魔導師
キタコレ!!
俺の時代きたああああああ!
知性300ある俺、裸でもシールド600ついたぞwww
ゴブリンの攻撃とか自然回復で相殺できるwww
2: 名無し魔導師
ローブ着たらさらにドン!
E級の「魔導師のローブ」が、一晩で物理防御ゴミから最強防具に進化したわ。
ES値150とかついてる。硬すぎワロタ。
3: 名無し魔導師
でも物理防御ゼロになったから、シールド割れたら即死じゃね?
4: 名無し魔導師
だから割らせなきゃいいんだよ。
ヒット&アウェイ徹底すれば、数秒でシールド全快するし、
ポーション飲まなくていいからコスパ最強。
5: 名無し魔導師
なおカオスダメージ。
6: 名無し探索者
D級の「毒キノコ」の毒霧に入ったら、シールド満タンなのにライフだけ減って死にかけたわ。
カオス貫通怖すぎ。
7: 名無し魔導師
そこで『CI』ですよ。
俺、取ってみたわ。
8: 名無し探索者
7
勇者かよwww
ライフ1とか怖くて歩けねえよ。
9: 名無し魔導師
8
いや、意外と快適だぞ。
毒沼も平気で歩けるし、カオス攻撃してくる「ダークスピリット」も完封できる。
装備でES盛りまくって2000くらい確保したから、物理攻撃も数発なら耐える。
ただ、スタン(気絶)ハメされたら終わるから「スタン無効」の装備が欲しいな……。
10: 名無し探索者
なるほど、装備依存度が高い上級者向けビルドか……。
初心者は手を出さないほうが無難だな。
***
一方、市場も激しく反応していた。
『ダンジョン・マーケット』。
「旧仕様」のローブ――すなわち、物理防御力が付与されていた頃のローブが、突如としてプレミア価格で取引され始めたのだ。
『【激レア】レガシー・シルクローブ(物理防御+50付き)』
『現在価格:500万円』
「物理防御とES、両方欲しいハイブリッド職には唯一無二の装備だ!」
「二度とドロップしないからな。コレクターズアイテムとしても価値がある」
逆に、新仕様のES付きローブは供給過多で値崩れを起こすかと思いきや、魔法職人口の急増により高値安定を続けていた。
知性(INT)の価値が上がったことで、知性を底上げするアクセサリーも高騰。
魔導書、杖、魔法関連の全てがバブル状態となっていた。
***
そして、このパッチの影響を最も強く受けたのが、月読ギルドの月島蓮だった。
彼は緊急のギルド集会を開いていた。
「――状況が変わった」
月島は、ホログラムのステータス画面を指して言った。
「魔法職の生存率が劇的に向上した。これにより、我々の攻略編成を根本から見直す必要がある」
彼は新しい戦術を提示した。
「これまでは物理タンクが前線を支え、後ろから魔法で援護する形だった。
だが、これからは『ESタンク』という新しい概念が生まれる」
彼は、ギルド内で最も知性の高い魔導師を指名した。
「君だ。CI(カオス免疫)を取得し、ES特化の装備で固めろ。
そして最前線で敵の攻撃を受けつつ、至近距離から魔法を叩き込め。
物理ダメージさえ防げれば、君は不死身の砲台になれる」
「は、はい……! ライフ1ですが、やってみます!」
「それと、カオス耐性だ」
月島は全員に警告した。
「B級ダンジョンへの挑戦が近い。あそこでは全耐性がマイナス20%される。
カオス耐性がマイナスだと、毒を受けた瞬間に即死する可能性がある。
CIを取らない者は、せめて『カオス耐性0%』までは装備で戻しておけ。
『アメジストの指輪(カオス耐性付き)』を買い占めるんだ」
月読ギルドは、KAMIの提示した「10日間の無料リセット期間」をフル活用し、来るべきB級攻略に向けて、パーティ全員のビルドを最適化する実験を繰り返していた。
失敗してもやり直せる。
この期間こそが、人類が強くなるための最大のチャンスだった。
***
官邸地下、ダンジョン庁長官室。
麻生大臣は、モニターに映る「パッシブツリー変更ラッシュ」のデータを見ながら、苦笑していた。
「……人間というやつは、無料と言われると、普段はやらないような無茶な実験を始めるものだな」
データによれば、この数日で国民のスキル構成は劇的に多様化していた。
極端な火力特化、ネタのような移動速度特化、そして自殺志願のようなライフ1ビルド。
成功と失敗を繰り返しながら、集合知として「最適解」が模索されていく。
「結構なことです」
九条が頷く。
「この試行錯誤こそが、我が国の探索者の質を高めます。
教科書通りのステータス振りしかしない他国の軍人たちとは、応用力が違います」
「しかし、カオス耐性か……」
麻生は渋い顔をした。
「また新しい装備需要が生まれたな。
アメジストの指輪、ブラック・ベルト……。カオス耐性がつく装備の価格が高騰している。
私の財布(国庫)も忙しくなりそうだ」
「B級解禁への布石でしょう」
九条が予見する。
「炎、氷、雷、そして混沌。
全ての耐性を揃え、ライフとESを確保し、命中と火力を維持する。
……要求されるスペックが、天井知らずに上がっていきますね」
「ついてこれる奴だけが、次のステージに行ける」
麻生は玉露を飲み干した。
「脱落する者も出るだろうが……生き残った者は化け物になるぞ」
10日間の「モラトリアム(猶予期間)」。
それが終われば、修正の利かない本番が始まる。
B級ダンジョンという、神が用意した処刑場への扉が、音を立てて開きつつあった。
探索者たちは、己の魂の形を必死に書き換えている。
最強の自分を見つけ出すために。
死なないために。
そして、神を驚かせるために。
世界は今、静かなる進化の時を迎えていた。




