第179話
【特集:現代日本の裏経済】 大手参入は周回遅れ!?
「福利厚生でダンジョン攻略」――中小企業がひた隠す“サークル活動”という名の闇探索実態に迫る
20XX年 X月X日配信 文:経済ジャーナリスト・城戸孝之
序章:表のニュース、裏のリアル
連日のニュースをご覧になっている読者諸賢ならば、最近の経済界のビッグニュースをご存知だろう。
『トヨタ、ダンジョン事業部を正式発足』
『三菱商事、魔石資源開発へ数千億規模の投資』
『ソフトバンク、探索者支援プラットフォームを発表』
経団連を中心とした日本の巨大企業たちが、政府の法整備(特区制度など)を待ちわび、満を持してダンジョン産業への参入を表明している。
彼らはコンプライアンスを遵守し、巨額の資本を投じ、安全管理を徹底した上で、社員を「企業探索者」として送り込もうとしている。
それは日本の産業構造の転換点として、華々しく報じられている。
だが、現場の空気を知る人間からすれば、これらのニュースは「何を今更」という冷めた感想しか生まれない。
なぜなら、日本のビジネスの最前線――特に中小企業の現場においては、すでにダンジョン探索は「日常業務」として、あるいは極めてグレーな「福利厚生」として、深く、静かに、そして熱狂的に浸透しきっているからだ。
彼らは大々的なプレスリリースなど打たない。
コンプライアンスの壁を正面から突破しようともしない。
彼らが使うのは、日本社会に古くから存在する魔法の隠れ蓑――「社内サークル活動」という名目だ。
本誌取材班は、都内某所の中小企業に勤務し、週末は同僚たちと共にダンジョンへ潜る一人の男性への接触に成功した。
彼が語ったのは、大手企業が絶対に真似できない、泥臭くも合理的で、そして少しばかり狂気じみた「中小企業流・ダンジョン生存戦略」の実態だった。
第1章:居酒屋の密会――「社名は伏せてくださいよ(笑)」
取材場所は、新橋のガード下にある喧騒に満ちた居酒屋の個室。
現れたのはA氏(仮名・30代後半)。都内の中堅物流会社に勤務する、一見するとどこにでもいる疲れたサラリーマンだ。
しかし、彼がジャケットを脱ぎ、シャツの袖をまくり上げた瞬間、記者は息を呑んだ。
その前腕の筋肉は、ボディビルダーのそれとは違う、鋼鉄のワイヤーを束ねたかのような実戦的な密度で隆起しており、シャツの生地が悲鳴を上げんばかりに張り詰めていたからだ。
「ああ、これですか? まあ職業病みたいなもんですよ。最近は荷物が軽くて困りますわ」
A氏はジョッキのビールを一息で半分ほど飲み干すと、豪快に笑った。
記者が恐る恐る取材の趣旨――中小企業のダンジョン参入実態について――を切り出すと、彼は悪びれる様子もなく、むしろ誇らしげに語り始めた。
「企業名を出さないならいいですよ(笑)。バレると税務署とか、労基とか、あとダンジョン庁とかがうるさいですからね。
まあ、ぶっちゃけて言えば、うちは『会社ぐるみ』でやってますよ。ええ、ガッツリと」
――会社ぐるみとは具体的にどのような形式ですか? 業務命令として行われているのでしょうか?
「いいえ、いいえ! 業務命令なんて言ったら法律違反になっちゃいますからね。
表向きはあくまで『有志による社内レクリエーション』、つまりサークル活動です。『ダンジョン探検部』って名前で届出してますよ。
活動時間は平日の定時後か、土日祝日。参加は自由……ということになってますが、まあ実質的には若手から中堅の男性社員は、ほぼ全員参加してますね」
A氏は焼き鳥を串から外しながら、その巧妙なカラクリを明かした。
「会社としては『社員の健康増進』と『チームワークの醸成』を目的としたサークル活動を支援する、という建前です。
でも、実際は社長が一番ノリノリで、先頭きってゴブリン殴ってますけどね」
第2章:300万円の「福利厚生」――装備は誰が買うのか?
ここで一つの疑問が浮かぶ。
ダンジョン探索には金がかかる。
現在の市場価格で、F級ダンジョンを安全に攻略するための標準装備(武器、防具一式、装飾品)を揃えようとすれば、安く見積もっても300万円前後は必要になる。
給料の上がらない中小企業の社員がおいそれと出せる金額ではない。
――装備代はどうされているんですか? 個人負担ですか?
記者の問いに、A氏はニヤリと笑って首を横に振った。
「まさか! 自腹で300万なんて中小の平社員には、逆立ちしたって出せませんよ(笑)。
そこが『会社サークル』の強みなんです。装備は全部、会社が買ってます」
――会社が? それは経費として?
「ええ、まあ帳簿上どうなってるかは、経理の部長しか知りませんがね……。
噂じゃ『福利厚生費』とか『研修用機材』とか、あるいは社長のポケットマネーとか、いろいろ混ざってるみたいです。
名目は『サークル活動費』です。会社がサークルに対して活動に必要な備品――つまり剣とか鎧とか――を、現物支給あるいは貸与するという形をとってます」
A氏はスマホを取り出し、自分の装備の写真を見せてくれた。
そこには鈍い光沢を放つ『F級・鋼鉄のフルプレート(物理耐性・毒耐性付き)』と、身の丈ほどもある『グレートアックス』で武装した、どう見てもファンタジー映画の重戦士のようなA氏の姿があった。
「これ、セットで450万くらいしたらしいですよ。社長がオークションで競り落としてきました。
個人じゃ絶対に無理でしょう? でも会社なら、例えば社用車を一台買うのを我慢すれば買える額です。
うちは物流会社なんで、トラック一台買うか装備一式買うかみたいな天秤ですね。最近はトラックより装備優先ですけど(笑)」
――会社がそこまでして社員に装備を買い与えるメリットは何ですか?
「リターンがでかいからですよ。
個人で潜ると、怪我をした時のリスクで、結構カツカツになることもあります。
でも会社組織でやれば、装備も使い回しができる。何より探索で得た利益の配分がデカイ」
第3章:闇の配当金――「山分け」という名のボーナス
A氏は声を潜め、記者の耳元で囁くように言った。
「ダンジョンの成果は、基本的には『みんなで山分け』です」
そのシステムは、驚くほど原始的で、かつ合理的だった。
サークル活動として得られた魔石やドロップアイテムは、一度会社(あるいはサークル長である社長)が代表してギルドで換金する。
そこから装備の減価償却費や次回の探索経費、そして会社の「運営費(ピンハネとも言う)」を差し引いた残りを、参加メンバーで頭割りするのだという。
「先週の日曜日なんて凄かったですよ。E級の『腐敗した聖堂』の奥でレアな素材がザクザク出ましてね。
一日でチーム全体の売上が500万を超えました。経費引いても一人あたり30万くらいが現金で手渡されましたよ。
給料とは別にですよ? しかも非課税扱いのダンジョン所得として処理されるから、まるまる手取りです」
――週末一日で30万円。それが月に四回あれば……。
「月収120万の副収入ですね。本業の給料の三倍から四倍です。
これを知っちゃったら、もう普通の残業なんて馬鹿らしくてやってられませんよ(笑)。
うちの会社の離職率、ダンジョン参入してから激減しましたもん。みんな辞めない。辞めたら装備も返さなきゃいけないし、この甘い汁が吸えなくなるから」
A氏は笑うが、その目は笑っていない。
それは甘い蜜の味を知ってしまった者の、逃れられない依存の色を帯びていた。
中小企業にとってダンジョンは、「第二の事業の柱」などという生易しいものではない。
本業の赤字を補填し、社員をつなぎとめるための生命線となっているのだ。
「社長も言ってますよ。『本業の運送なんか赤字でもいい。ダンジョンで稼いで会社を回せばいいんだ』って。
最近じゃ採用面接でも『体力に自信ある? 剣道経験は?』ってことしか聞かないらしいですからね」
第4章:筋力信仰――「STR極振り」の現場作業員たち
だが、金銭的なメリット以上に、A氏たち中小企業の社員がダンジョンにのめり込む理由がある。
それは彼らの「本業」に直結する肉体的な変化だ。
「レベル上げですよ。ステータスアップです」
A氏は自らの上腕二頭筋を、愛おしそうにさすった。
「ご存知の通り、ダンジョンで経験値を積めば身体能力が向上します。
HPが増えれば疲れなくなる。AGI(敏捷性)が上がれば作業が早くなる。
そして何より……STR(筋力)。これが一番重要です」
彼は、物流業界の過酷な現実を語った。
エレベーターのない団地への配達。数百キロの荷物の積み下ろし。腰痛との戦い。慢性的な人手不足による長時間労働。
それらは全て、「肉体の限界」がもたらす苦しみだった。
「でもね、ダンジョンでレベルを上げて、ステータスポイントを『筋力(STR)』に振れば……世界が変わるんですよ」
A氏の表情が、恍惚としたものに変わる。
「今の私、レベル18なんですけどね。ポイントはほぼ全部、筋力に振ってます。いわゆる『脳筋ビルド』ですね。
今の筋力値だと、冷蔵庫一つくらいなら片手で持って、階段をダッシュで駆け上がれます。
20キロの米袋? 羽根みたいなもんですよ。
トラックへの積み込み作業なんて、以前は二人掛かりで一時間かかってたのが、今じゃ私一人で15分で終わります」
無尽蔵の力と体力。
それは肉体労働に従事する者たちにとって、金銭以上の価値を持つ「福音」だった。
「腰痛? なくなりましたね。肩こりもゼロ。
毎日12時間働いても、翌朝には全回復してます。HP自動回復のパッシブスキルも取ってますから。
これ、仕事の効率が上がるなんてもんじゃないですよ。人生の質が劇的に向上してるんです」
――会社側としても、社員が強くなることはメリットなんですね。
「メリットだらけですよ! 重機がいらないんですから!
フォークリフト? いりません、俺たちが持てばいい。
クレーン? いりません、俺たちが担げばいい。
燃料代も維持費もかからない。究極のエコですよ(笑)」
A氏は笑い飛ばすが、それはある種のディストピア的な光景でもあった。
機械文明が到達した省力化の歴史を、人間自身の「モンスター化」によって逆行させているのだ。
「人力回帰」。
だがそれは、かつてのような悲惨な重労働への回帰ではない。
超人による、楽しげな肉体労働への進化だ。
第5章:戦うOLたち――女性も「筋力」へ
この「筋力信仰」は、男性社員だけの話ではないという。
「うちの経理の女性社員もね、最近すごいですよ」
A氏は声を潜めて言った。
「彼女、元々は華奢で、コピー用紙の箱を持つのも大変そうな子だったんです。
でも『サークル』に参加してから変わりましたね。
彼女、今はレベル12のモンク(格闘家)タイプです。ステータス振りはやっぱり筋力メインかなー。
『護身用にもなるし、ダイエットより効果的にスタイル良くなるし、何より重い買い物しても疲れないから最高!』って言ってますよ」
――女性でも筋肉ムキムキになってしまわないのですか?
「それが、不思議なことにダンジョンのステータスによる筋力アップは、見た目の筋肉量とは比例しないみたいなんですよね。
見た目はスリムなモデル体型のまま、中身はゴリラ……いや失礼、中身は鬼神のようなパワーを秘めてるんです。
この前、会社のコピー機が詰まった時、彼女、片手で業務用複合機を持ち上げて、下敷きになってた紙を取り除いてましたからね。
見てた新入社員が腰抜かしてましたよ(笑)」
女性が腕力という生物学的なハンデを克服し、男性と対等、あるいはそれ以上の物理的パワーを手に入れる。
これはある意味で、究極のジェンダー平等の実現かもしれない。
ただし、その手段が「モンスターを殴ってレベルを上げる」という点を除けば。
「最近じゃ、彼女たち女性社員だけの『女子会探索』も流行ってるみたいです。
仕事終わりに『ちょっと狩ってく?』みたいなノリで。
カフェでお茶する代わりに、E級ダンジョンでスケルトン粉砕してストレス発散して、魔石を換金してブランドバッグ買う。
……たくましいもんですよ、日本の女性は」
第6章:闇探索者のリスクと誇り
だが、この「サークル活動」には常に危険がつきまとう。
彼らは正規の「企業探索者」ではない。法的にはあくまで、趣味で潜っている一般人だ。
――もし事故が起きたら? 労災は下りないのでは?
その問いに、A氏の表情が曇った。
「……ええ。そこが一番のネックです。
建前上は『サークル活動中の事故』ですから、労災なんて下りません。
会社も『自己責任』という念書を一応書いてもらってます。
もしダンジョンで死んでも、表向きは『休日のレジャー中の不幸な事故』として処理されるでしょうね」
それは、あまりにも危うい橋だ。
だがA氏は、すぐに表情を戻し、力強く言った。
「でもね、みんな覚悟の上ですよ。リスクのないところにリターンはない。
それに、我々はただ金のためにやってるわけじゃないんです」
彼は自分の拳を握りしめた。
「大手企業の連中は、まだ探索もしてないですけどね。
でも我々は違う。限られた予算で知恵を絞って、チームワークで生き残る。
社長が盾を構え、部長が魔法を放ち、平社員の俺が斧を振るう。
ダンジョンの中じゃ肩書きなんて関係ない。背中を預け合える『仲間』なんです。
今の日本で、こんなに熱くなれる仕事、他にありますか?」
「中小企業なめんなよって話ですよ。
図体のでかい恐竜(大手)が動き出す頃には、俺たち哺乳類(中小)が美味しいところは全部食い尽くしてやりますよ」
A氏は残りのビールを飲み干し、席を立った。
時計は午後9時を回っている。
「さて、そろそろ行きますか」
――これから帰宅ですか?
「まさか! 今夜は『金曜定例・深夜アタック』の日ですよ!
社長以下、全社員集合でE級の深層に挑みます。
今日は『ミノタウロス』のドロップ狙いでね。
明日は土曜だし、朝まで狩りまくりますよ!」
A氏は、疲れ切ったサラリーマンの顔から、獰猛な戦士の顔へと変貌していた。
彼は店を出ると、待機していた社員が運転する社名の入ったハイエース(荷台には武器が満載されている)に乗り込み、夜の闇へと消えていった。
結び:日本の底力は「闇」にある
大手企業の参入がニュースを賑わす一方で、日本のダンジョン産業の実態は、こうした無数の中小企業の「サークル」によって支えられている。
彼らは法と規制の隙間を縫い、「自己責任」という名の荒野を、己の肉体とチームワークだけで切り拓いている。
彼らを「闇探索者」と呼ぶのは容易い。
コンプライアンス違反、脱法行為、ブラック労働。
現代的な価値観で裁けば、彼らは間違いなく「悪」だろう。
だが、その「悪」が今、停滞していた日本経済を、物理的にも経済的にも力強く牽引している事実は否定できない。
筋肉で物流を支え、魔石で収支を合わせ、そして命がけの冒険で社員の絆を深める。
それは、かつて日本が高度経済成長期に持っていた、あの無茶苦茶で、しかし圧倒的な「熱量」の再来なのかもしれない。
大手企業が稟議書にハンコを押している間に、彼らは今日もツルハシを振るい、モンスターを狩り、そして強くなっている。
日本の夜明けは霞が関の会議室からではなく、新橋のガード下や、地方の工場の裏手にある名もなき「サークル」の部室から始まっているのかもしれない。
(了)




