第177話
C級ダンジョン『鋼鉄の迷宮』の解禁、および新システム『オーラ』の実装から、一週間。
日本列島は、かつてない「好景気」と「多幸感」に包まれていた。
その理由は、明白だ。
KAMIが予告した通り、新アイテム『オーラ・スキルジェム』は、C級のような高難度ダンジョンだけでなく、F級、E級、D級といった、すべての下位ダンジョンにおいても、ドロップテーブルに追加されていたからだ。
それは、すべての探索者に対する、神からの太っ腹な「ベースアップ(賃上げ)」に他ならなかった。
***
東京・渋谷、日本探索者公式ギルド・ロビー。
そこは今、換金所のカウンターに並ぶ探索者たちの笑顔と、活気に満ちた会話で溢れかえっていた。
「おい、見たかよ! さっきのF級周回で『バイタリティ(ライフ回復)』落ちたぞ!」
駆け出しの探索者が、虹色に輝くジェムを仲間に見せびらかす。
「マジかよ! おめでとう! 今の相場、いくらだ?」
「90万だってよ! F級の魔石90個分だぞ! 一発で借金返せたどころか、新しい装備まで買えるわ!」
ロビーのあちこちで、似たような景気の良い話が飛び交っている。
「俺はD級で『ヘイスト(速度上昇)』拾った!
これ、自分で使うか売るか迷うなぁ~」
「使え使え! 移動速度上がれば周回効率上がるし、元なんてすぐ取れるぞ!」
「だよな! オーラ展開して走れば、今まで間に合わなかったリポップにも間に合うしな!」
オーラジェム。
それは現在のダンジョン経済において、「使って良し、売って良し」の完全食だった。
自分で使えばステータスが底上げされ、生存率と周回効率が跳ね上がる。
売れば、数十万から数百万の現金が即座に手に入る。
初心者から上級者まで、誰もが恩恵を受けられる、ハズレなしの宝くじ。
大手掲示板『ダンジョンちゃんねる』も、この「オーラ・ボーナス」の話題で持ちきりだった。
【全域】オーラジェム総合スレ Part.25【ドロップ報告】
125: 名無し探索者
オーラジェム美味しすぎワロタ
F級のゴブリンからポロっと落ちた時の脳汁がヤバい
今まで魔石(1万)拾って喜んでたのが馬鹿らしくなるわ
138: 名無し探索者
だよなー
これマジで「完全食」だろ
使えば強くなるし、余ったら売ればいいし
装備みたいに嵩張らないから、インベントリも圧迫しない
145: 名無し探索者
ただ、相場は少しずつ下がってきてるな
初動は100万超えてた『クラリティ(マナ回復)』も、今は90万くらいか
まあF級からも出るんだから、供給過多になるのは当然だけど
150: 相場師
145
今の高値は、ご祝儀相場&需要爆発のせいだな
みんな自分の装備のソケットに埋める分を確保したいから買ってるけど、
行き渡れば需要は落ちる
最終的には「10万円」前後まで落ちると予想
151: 名無し探索者
150
10万でも十分すぎんだろwww
F級のレアドロ枠としては破格だぞ
それに消耗品じゃなくて装備品だから、価値がゼロになることはないしな
152: 名無し探索者
10万まで落ちたらあれだな。
後輩とか、新しく探索者になる家族のために買いやすくなるな。
今は高すぎて手が出ない貧乏人も、そのうち全員オーラ持ちになるだろ。
「入学祝いにオーラジェム」とか、普通の時代が来そう。
市場は冷静に、しかし歓迎ムードで推移していた。
価格はいずれ下落する。
だがそれは、「オーラが当たり前のインフラになる」という健全な進化の過程であり、誰も損をするわけではない。
***
そんな中、F級ダンジョンの現場では、さらに新しい「流行」が生まれつつあった。
仕掛け人は、やはり彼らだった。
民間の雄、『月読ギルド』である。
渋谷ダンジョン・F級エリアの入り口付近。
そこには、月読ギルドのエンブレムをつけた数名の探索者が、ボランティアのように立っていた。
彼らは武器を構えていない。
ただ、全身から眩いばかりの光のオーラを立ち昇らせている。
「――はい、新規の方ですね! こちらへどうぞ!」
月読のメンバーが、おずおずとやってきた初心者グループ(装備はバットと鍋の蓋だ)に声をかける。
「今から『初心者支援・高速周回ツアー』出発します!
我々が『ヘイスト(速度)』『ディターミネーション(防御)』『プレシジョン(命中)』『バイタリティ(回復)』の4大オーラを展開して引率します!
君たちは、ただ我々の近くについてきて、弱ったゴブリンにトドメを刺すだけでいい!
安全に、そして爆速でレベル上げと魔石集めができますよ!」
「えっ、いいんですか!?」
「お金とか……」
「無料です! 月島マスターの方針で、今週は強化週間なんです!
その代わり、将来強くなったらウチのギルドに入ってね、という宣伝も兼ねてますが(笑)」
その提案に、初心者は飛びついた。
いざ出発すると、その効果は劇的だった。
オーラの範囲内に入った瞬間、初心者の身体が羽のように軽くなる。
ゴブリンの攻撃を受けても、防御オーラのおかげで「カキンッ」と弾き返せる。
傷ついても、回復オーラが瞬時に癒やす。
「すすげええええ!」
「俺、強くなってる!?」
「これならバットでも余裕で戦えるぞ!」
それは、いわば「パワーレベリング」の民主化だった。
装備が揃っていない初心者でも、オーラの恩恵を受ければ一人前の戦士になれる。
月読ギルドが撒いたこの「オーラ支援」という種は、瞬く間にF級ダンジョン全体に広がり、一種のフィーバー状態を引き起こしていた。
ネット掲示板でも、その話題で持ちきりだった。
188: 名無し探索者
月読の「オーラ配り」マジで神施策だろ
あれのおかげでF級の回転率が爆上がりしてる
初心者でも時給1万オーバー余裕らしいぞ
190: 名無し探索者
装備揃ってない奴が調子に乗って入ってくるのはどうなの?
危険じゃね?
191: 名無し探索者
190
まあまあ、そう言うなよ
入る探索者が増えれば、巡り巡って市場全体の利益になる
魔石の供給が増えれば関連産業も潤うし、装備の流動性も高まる
裾野を広げるのは大事だぞ
192: 名無し探索者
実際今のF級は「日給10万円」が硬いからなぁ
魔石拾って、たまにオーブ落ちて、運良ければオーラジェム
こんな美味いバイト、他になくない?
そりゃ初心者もガンガン入ってくるわ
193: 名無し探索者
F級が安定したおかげで、D級やC級を目指す中堅層も増えてきたしな
全体的にレベルの底上げができてる感じがする
いい流れだよ
オーラジェムの実装は、単なる新アイテム追加以上の効果をもたらしていた。
それは「弱者救済」と「パーティプレイの促進」という、社会的なインフラ整備として機能し始めていたのだ。
***
F級、E級、D級。
下位から中位のダンジョン攻略は、オーラという潤滑油を得て、かつてないほど順調に進んでいた。
だが、その順調さの先にある「壁」を、トップ層たちは既に見据え始めていた。
次なる難関。
『B級ダンジョン』。
KAMIが予告した「耐性マイナス20%」という、死のデバフが待つ領域。
C級を「天国(魔法職にとっては)」と呼んだ彼らでさえ、その文字面を見ただけで顔をしかめる。
250: 名無し探索者
C級は余裕になったけど、問題はその次だよな
B級……
251: 名無し探索者
ああ
「耐性95%」稼がないと、75%キャップ(上限)に届かないってやつな
現状のC級装備で全身固めても、95%はかなりハードル高いぞ
252: 名無し探索者
計算してみた
「元素の純度」オーラで+30%(効果アップ込み)
パッシブスキルで+15%
残り50%を装備で稼ぐ必要がある
一部位あたり平均10%以上の耐性が必須
しかもライフや他のステータスも落とさずにだ
……選別が始まるな
253: 名無し探索者
でもさ、C級の時も「命中ガー」って騒いだけど、
蓋を開けてみれば「魔法攻撃が少なくて物理主体」だったから楽だったじゃん?
B級もオープンしたての頃は、魔法攻撃してくる敵が少ない可能性も?
254: 名無し探索者
253
いやー、それは甘い考えだろ
KAMI様は「死人が出るのはB級から」って、言外に匂わせてたぞ
あの性格の悪さだぞ?
「耐性マイナス」ってルールを作ったってことは、確実に「属性攻撃満載」のステージを用意してるはずだ
255: 名無し探索者
だよな
C級は「避けゲー(物理)」だったけど、B級は間違いなく「弾幕ゲー(魔法)」になる
耐性足りない奴から蒸発していく地獄だ
甘い考えは捨てたほうがいい
256: 名無し探索者
稼ぐならC級まで
ガチ勢はB級いけよ、って感じの棲み分けになるだろうな
257: 名無し探索者
でも行きてーよなぁ……B級
あそこからドロップする装備、絶対桁違いだろ?
「レア(黄)」の上位とか落ちるんじゃね?
258: 名無し探索者
分かる
死ぬかもしれんけど、そのリスクに見合うリターンがあるなら……
俺は行くかもしれん
探索者の血が騒ぐんだよなぁ
恐怖と、それ以上の好奇心。
順調な「稼ぎ」の日々に満足しながらも、彼らの視線は常に、まだ見ぬ深淵へと向けられていた。
***
そして、そのすべての動向をモニター越しに眺める二人の神。
東京のマンション。
「……うん、順調ね」
KAMIは、月読ギルドの初心者支援活動の映像を見て、満足げに頷いた。
「オーラジェムを全階層に配置したのは正解だったわ。
これで『格差』が固定化されずに、下が上に追いつくための梯子ができた。
プレイヤー全体のレベルが上がれば、それだけ高難度コンテンツの消化率も上がるしね」
本体の栞が、コーヒーを片手に尋ねる。
「B級の準備は?」
「バッチリよ」
KAMIは、悪魔的な笑みを浮かべた。
「みんな『耐性』のことばかり気にしてるけど……。
ふふふ。
B級には、もっと『嫌らしい』ギミックを用意してあるから」
彼女は、新しいモンスターのデータを表示させた。
そこには、単なる属性攻撃だけでなく、『呪い(Curse)』や『持続ダメージ(DoT)』、そして『回復阻害』といった、プレイヤーの精神を削るような能力を持つ敵が並んでいた。
「耐性だけ積めば安心?
そんな単純なゲームじゃないのよ。
……絶望と攻略の楽しさ、たっぷりと味わわせてあげるわ」
神の悪意は、常にプレイヤーの予想の斜め上を行く。
だが、それこそが、この世界を熱狂させる最大のスパイスなのだ。
C級の安定期。
それは次なる「B級」という嵐の前触れに過ぎなかった。
探索者たちは、オーラの輝きに守られながら、今日もダンジョンの奥深くへと進んでいく。
その先に待つ、本当の地獄と、本当の栄光を夢見て。




