表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

199/261

第176話

 C級ダンジョン『鋼鉄の迷宮』解禁当日。

 東京・渋谷のゲート前は、これまでのどの解禁日とも異なる、ある種の「過剰なまでの警戒心」と、それを上回る「貪欲さ」が混ざり合った空気に包まれていた。


 探索者たちは学んだのだ。

 これまでの教訓から、「HPゼロ=ロスト」という絶対的なルールを。

 だからこそ、最前列に陣取るトップランカーたちの装備は、以前のような攻撃一辺倒のものではない。

 火、氷、雷。

 それぞれの耐性を極限まで高め、さらにライフ最大値をブーストした、重厚で、そして堅実な装備に身を包んでいる。

 彼らの表情には、「絶対に死なない」という悲壮な決意があった。


「……よし、行くぞ」


 “剣聖”ケンタが、真新しい級レア装備(なんと『ライフ+150』がついている!)を鳴らして、ゲートへと足を踏み入れた。

 彼の背後には、月読ギルドの精鋭、そして五菱商事の企業部隊が続く。


 彼らは、死闘を覚悟していた。

 だが、彼らの予想は半分当たり、そして半分は拍子抜けする形で、裏切られることになった。

 C級ダンジョンの本質は、「死ぬか生きるか」の瀬戸際ではなかったのだ。

 もっと地味で、もっと陰湿な、「当たるか当たらないか」というストレス耐久テストだったのだ。


 ***


 転移した先は、金属と石材で構成された、無機質な回廊だった。

 『鋼鉄の迷宮』。

 その名の通り、壁も床も冷たい鉄の色をしている。


「――接敵! 前方、人型モンスターの集団!」


 斥候スカウトの声が響く。

 現れたのは、全身を流線型の金属鎧で覆った、細身の騎士のようなモンスターたち。

 『クイックシルバー・ナイト』。

 数は5体。1パック(集団)としては標準的な規模だ。


「魔法攻撃に警戒しろ! 耐性は積んでるな!?」


 ケンタが叫ぶ。

 D級の悪夢――四方八方から飛んでくる魔法の集中砲火――を警戒し、全員が盾を構えて防御態勢を取る。


 だが。

 モンスターたちは、魔法を撃ってこなかった。

 彼らは、音もなく滑るように間合いを詰めてきたのだ。

 速い。だが、見えないほどではない。


「……物理か! なら俺の出番だ!」


 ケンタが前に出る。

 物理攻撃なら、盾で弾いてカウンターを入れればいい。

 彼は、得意の『シールドバッシュ』からの『ダブルストライク』を叩き込もうとした。


 ブンッ!


 空を切る音。


「……は?」


 ケンタの剣は、確かに敵の胴体を捉えていたはずだった。

 だが、手応えがない。

 敵は、避ける動作すらしていない。ただ、剣が触れる瞬間に、まるで蜃気楼のように像が揺らぎ、刃が虚空を滑ったのだ。


「なっ……!?」


 動揺するケンタに、ナイトの細剣が突き出される。

 ガキンッ!

 それは、盾で防いだ。


 ダメージを見る。


【Damage: 250 (Blocked)】


「……痛くない?」


 ケンタは拍子抜けした。

 D級の魔法攻撃に比べれば、物理ダメージ自体はそこまで脅威ではない。

 これなら、殴り合えば勝てる――。


 そう思った彼は、再び剣を振るった。

 横薙ぎ。突き。切り上げ。

 だが。


 スカッ。

 ヌルッ。

 フワッ。


 当たらない。

 当たらないのだ。

 敵は目の前にいる。剣も届いている。

 なのに、システムが頑として「ヒット」を認めない。

 視界の端に、無慈悲な文字が連続してポップアップする。


【Miss】

【Miss】

【Evaded】

【Miss】


「なんだこれええええええ!?」


 ケンタが絶叫した。


「当たんねえ! 何だよこれ! バグかよ!?」


 彼だけではない。

 後方から援護射撃をしていた弓使いの矢も、ことごとく敵の身体をすり抜けていく。

 まるで幽霊と戦っているような感覚。


「――落ち着け! 魔法だ! 魔法で焼け!」


 サブリーダーが叫ぶ。

 パーティの魔法使いが杖を掲げて、『ファイアボール』を放つ。

 火球が飛ぶ。

 敵は……避けない。避けられない。

 魔法スペルは必中だ。


 ドォォォン!!


 爆発。

 敵のHPバーが、ガクンと減る。


「当たった!」

「魔法は当たるぞ!」


「くそっ、魔法職頼みかよ!」


 ケンタは盾を構え直し、敵の攻撃を受け止めることに専念した。


「オラァ! こっちを見ろ! 俺がタンクやるから、後ろから焼いてくれ!」


 その戦闘は、ひどく奇妙なものになった。

 前衛の剣士たちは、ひたすら敵の攻撃を弾き、挑発し、耐えるだけ。

 彼らの剣は空を切り続け、ダメージソースには全くなれない。

 その間に、後衛の魔法使いが必中の魔法で、一体ずつ確実に処理していく。


 5体の敵を倒すのに、いつもの倍以上の時間がかかった。


「……はぁ、はぁ……」


 ケンタは剣を下ろした。

 疲労ではない。徒労感だ。

 剣士としてのプライドが、ズタズタにされたような気分だった。


「……なんなんだよ、このクソゲーは……。

 でもまあ……死ぬ気配はなかったな」


 そう。一番の懸念だった「即死」のリスクは、驚くほど低かったのだ。

 敵の攻撃は当たりにくいが、こちらの防御(特に過剰に積んだ耐性)のおかげで、食らっても痛くない。

 泥仕合だが、安全な泥仕合だった。


 ***


 五菱商事ダンジョン事業部・作戦司令室。

 専務の佐山は、初日の「収穫」レポートを冷めた目で見つめていた。


「……本日の魔石納品数、全社員合計で2500個。売却益、約7億5000万円ですか」


 部下が誇らしげに報告する数字に、佐山は鼻を鳴らした。


「まあ悪くはない。だが、これはあくまで『最低保証ベース』だ」


 社員一人あたり日当数百万円。

 一般の感覚からすれば異常な高収益だが、佐山にとっては、これは社員の給料と装備の償却費を賄うための「小銭」に過ぎなかった。

 彼の目が探しているのは、もっと別の数字だ。


「ユニークアイテムはどうだ? 出たのか?」


「は、はい! 一件、確認されております!」


 部下が震える手で、別のタブレットを差し出す。


「第3攻略班が、エリアボスの『ミスリル・ゴーレム』よりドロップを確認!

 鑑定結果……『不滅のアイギス(The Immortal Aegis)』!

 ユニーク盾です!」


 佐山が、その性能データに目を通す。


【不滅のアイギス】

・ブロック率 +10%

・最大ライフ +200

・全属性耐性 +5%

・【ユニーク効果】:ブロック成功時、受けたダメージの20%をライフとして回復する。


「……勝ったな」


 佐山の口元が歪んだ。


「ダメージを受けるたびに回復する盾か。タンク役にとっては垂涎の品だ。

 市場価格は……最低でも30億、競り合えば50億は堅い」


 50億円。

 たった一つのアイテムが、魔石数万個分の価値を持つ。

 これが企業勢の戦い方だ。

 数千人の社員を動員し、確率の暴力を振るい、毎日最低でも一つは「億単位の宝くじ」を当て続ける。

 魔石など、そのための活動経費に過ぎない。


「よし。この盾は自社戦力の強化に回すか、あるいはオークションで外貨を稼ぐか……。

 まあいい。明日の作戦だ。

 魔法職を増員しろ。物理職は壁役タンクに専念させろ。

 C級は、魔法で掘る鉱山だ」


 ***


 一方、市場には新たな「必需品」が登場し、相場を形成し始めていた。

 渋谷ギルド支部の電光掲示板。


【本日のオーラ・スキルジェム相場】

・『バイタリティ(ライフ回復)』:90万円

・『クラリティ(マナ回復)』:110万円

・『エレメンタル・ピュリティ(全耐性)』:300万円


 軒並み100万円前後。

 一般人からすれば高額だが、C級に挑む探索者にとっては「必要経費」として余裕で手の届くラインだ。

 だが、その中に一つだけ、桁違いの輝きを放つジェムがあった。


【『プレシジョン(命中率上昇)』:320万円(↑ ストップ高)】


「……高いな」


 掲示板を見上げる戦士職の男が、苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。


「300万かよ。F級装備一式より高いじゃねえか」


「仕方ないさ」


 隣の魔法使いが肩をすくめる。


「C級の敵は回避が高い。物理職はこれを貼らないと、攻撃が当たらなくてお荷物になる。

 背に腹は代えられない、『人権装備』ってやつだ」


 命中こそが正義。

 その需要が、『プレシジョン』の価格を異常なまでに押し上げていた。

 だが、それでも飛ぶように売れていた。

 なぜなら、C級ダンジョンには、その投資を瞬時に回収できるだけの「ユニーク」が転がっているからだ。


 ***


 官邸の地下。

 沢村総理と九条官房長官は、初日の報告書を見ながら静かに茶をすすっていた。


「……ふむ。C級解禁初日。死者はゼロか」


 沢村が、心底安堵の息をついた。


「一番恐れていた事態は、避けられたな」


「ええ」


 九条が頷く。


「C級の敵は『避ける』だけで、殺傷力自体はそこまで高くありません。D級のような理不尽な魔法弾幕がないのが救いです。

 探索者たちも『攻撃が当たらない』と文句は言っていますが、死ぬよりはマシだと割り切っているようです」


「経済効果も上々だ」


 麻生大臣が、モニターの向こうから声をかけた。


「オーラジェムの取引が活発だ。特に『プレシジョン』の高騰ぶりは凄まじい。

 手数料収入だけでも馬鹿にならんよ。

 それに企業勢がユニークを掘り当てて、莫大な利益を出している。法人税収も期待できそうだ」


 KAMIの「調整」は、結果として絶妙なバランスを生み出していた。

 「攻撃が当たらない」というストレスを課すことで、プレイヤーに工夫(命中盛り)と協力(魔法職との連携)を促し、同時にモンスターの攻撃力を抑えることで、全滅ロストのリスクを下げたのだ。

 それは「長く安全に、そして少しイライラしながら遊ばせる」という、運営の手腕そのものだった。


「……KAMI様には敵わんな」


 沢村が苦笑した。


「我々が必死に安全対策を講じようとしていたのに、彼女は『ゲームバランス』一つでそれを解決してしまった」


「ええ。ですが総理」


 九条が、モニターの片隅を指さした。


「油断は禁物です。C級の深層……ボスエリアのデータが、まだ不足しています。

 雑魚は『避けゲー』ですが、ボスがどうなのか。

 もしボスが『超高回避かつ超高火力』の化け物だったら……」


「……今の安寧は吹き飛ぶか」


 だが、今のところ世界は平和だった。

 魔法使いたちは「俺たちの時代が来た」と歓喜し、戦士たちは「タンクも悪くないな、オーラバッファーとして貢献するのもアリか」と新しい役割に目覚め、企業はユニークアイテムの山を築き上げている。


 C級ダンジョン。

 それは人類にとって、初めての「安定した狩り場」となるのかもしれない。

 少なくとも、次の「B級」という名の地獄の釜が開くまでは。


 こうして世界は、また一つ、ダンジョンという日常に深く深く馴染んでいったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ