第143話
ニューヨーク、マンハッタン。
CBS放送センターのメインスタジオは、全米が注目するゴールデンタイムの熱気と、歴史的な夜明けを迎えた興奮に包まれていた。
番組名は『AMERICA'S FUTURE』。
政治、経済、テクノロジーの最前線をエンターテインメントとして消化する、視聴率ナンバーワンの討論バラエティ番組である。
スタジオのセットは、星条旗を模した煌びやかなライティングに照らされている。
観客席には数百人の市民が詰めかけ、今夜のテーマに対する期待でざわめいていた。
「――レディース・アンド・ジェントルメン! そして自由を愛する全米の国民たちよ! こんばんは!」
司会を務める名物アンカーマン、ジャック・ミラーが、その厚い胸板を張って両手を広げた。
彼の背後の巨大スクリーンには、今日のトップニュースであり、人類史を塗り替える衝撃的なヘッドラインが躍っている。
『THE ROBOT REVOLUTION: USA SAYS "YES"(ロボット革命:アメリカは「イエス」と言った)』
「今夜は、歴史が動いた夜として記憶されるでしょう!
ホワイトハウスは本日未明、KAMI様より提示された並行世界の超技術――『自律型汎用労働アンドロイド』の技術供与を正式に受け入れることを決定いたしました!」
ワァァァァァァッ!!
スタジオが歓声と指笛に包まれる。
「日本は『検討中』という名の拒否!
中国は『管理不能』として拒絶!
ロシアは『不要』と一蹴!
しかし! 我らがアメリカ合衆国だけが、この未知なる隣人を迎え入れる扉を開いたのです!
これぞフロンティア・スピリット! これぞアメリカです!」
ジャックは興奮気味にまくし立てると、今日のパネリストたちを紹介した。
「この勇気ある決断、そして我々の未来について語り合う豪華なゲストをお招きしています!
まずは現代SF小説の巨匠であり、未来学者としても知られる、アラン・P・ヒギンス先生!」
「招いてくれてありがとう、ジャック。今日は素晴らしい夜だ」
白髪の上品な老作家が、穏やかに微笑む。
「続いて、MITメディアラボの主任研究員にして、AI倫理学の権威、エレナ・ヴァンス博士!」
「よろしくお願いします。今日は、科学と倫理の境界線について熱く語りたいわ」
知的な眼鏡をかけた女性科学者が、自信たっぷりに頷く。
「そして! ハリウッドからはこの男! 最新作『ギャラクシー・ガーディアン』が大ヒット中、ブラッド・スターリング!」
「Hey! みんな元気かい! ロボットと共演できる日が来るなんて、最高にクールだね!」
アクションスターが白い歯を見せて笑うと、女性客から黄色い悲鳴が上がる。
***
「さて、まずはこの技術の『中身』について整理しましょう」
ジャックが進行する。
「KAMI様の説明によれば、このロボットたちは単なる機械ではない。
魔石を動力源とし、並行世界で数百年かけて進化した『魂』に近いAIを持つ、ほぼ人間と同じ知性体だということです。
エレナ博士、これは具体的にどういうことなんでしょうか?」
エレナは、手元のタブレットに複雑なニューラルネットワークの図を表示させた。
「一言で言えば、『心』があるということです、ジャック。
これまでのAIは、膨大なデータを処理して『それっぽい回答』を出力するだけの計算機でした。
ですが、この並行世界の技術は違います。
魔石という未知のエネルギーが触媒となり、量子コンピュータ的な演算の果てに、彼らは『自己認識』を獲得しているのです」
「自己認識……つまり『我思う故に我あり』ですか?」
「その通りです。
彼らは自分が機械であることを理解し、同時に自分という個の存在を確立しています。
喜びも、悲しみも、そして退屈さえも感じる。
KAMI様は『反乱のリスク』を強調されていましたが、それは裏を返せば、彼らがそれほどまでに人間に近い感情と知性を持っていることの証明なのです」
「なるほど!」
ジャックは膝を打った。
「だからこそトンプソン大統領は、彼らに『市民権』を与えるという驚天動地の決断を下したわけですね!」
そう。今回のアメリカの決断で、最も世界を驚かせたのは技術の導入そのものではない。
導入されるアンドロイドに対し、『機械化人権』を認め、制限付きながらも市民権を付与するという法案を、セットで提出したことだった。
「これについては、ヒギンス先生いかがですか?
日本や中国は、この『人権』というハードルに恐れをなして逃げ出しました。
『道具に権利を与えるなど馬鹿げている』と」
アランはゆっくりと首を横に振った。
「彼らは想像力が欠如していると言わざるを得ませんな。
あるいは、歴史から何も学んでいない」
老作家は、静かな、しかし情熱的な声で語り始めた。
「アメリカという国は、常に『異なるもの』を受け入れることで強くなってきた国です。
かつては肌の色で、あるいは出身地で人間を区別していた暗い時代もありました。
しかし我々は血を流し、議論を重ね、その壁を乗り越えてきた。
『全ての知性ある存在は平等である』という理想に向かって」
彼はカメラを見据えた。
「今回、その対象が『炭素生物(人間)』から『珪素生物』に広がっただけのことです。
知性があり、感情があり、我々と対話できる存在を、ただ『作られたものだから』という理由で奴隷にする。
それはリンカーンが解放した奴隷制への逆行に他なりません。
トンプソン大統領は、21世紀の奴隷解放宣言を行ったのです。
私はこの国を誇りに思いますよ」
会場から割れんばかりの拍手が巻き起こる。
「USA! USA!」のコールが自然発生する。
これこそがアメリカだ。理想のためなら神の作った常識さえも書き換える。
その傲慢さと高潔さが同居する熱狂。
***
「素晴らしい意見です!」
ジャックも興奮気味に頷く。
「ブラッド君は映画の中で、何度もロボットと戦ったり、友情を育んだりしてきたね。
この『ロボット市民』との共生、どう思う?」
ブラッドは、魅力的なウィンクをした。
「正直、ワクワクが止まらないね。
僕が子供の頃に見た映画……ロビン・ウィリアムズ主演の『アンドリューNDR114(Bicentennial Man)』を思い出すよ。
あの映画の主人公アンドリューは、家事用ロボットとして生まれながら、長い時間をかけて人間の心を学び、最後には人間として認められるために法廷で戦った」
「名作ですね!」
「ああ。でも今回のロボットたちは、最初からあのアンドリューの最終形態に近い知性を持ってるんだろ?
そんな彼らが隣の家に引っ越してくるかもしれない。
カフェで隣の席に座って、『今の政治はなってないな』なんて愚痴り合うかもしれない。
それって最高にドラマチックじゃないか?」
ブラッドは身を乗り出した。
「『スター・ウォーズ』のR2-D2やC-3POを見てくれよ。
彼らはルークやレイアの道具じゃない。仲間だ。友だちだ。
C-3POが『確率は……』なんて文句を言いながらもついてきてくれる。
あの関係性が現実になるんだぜ?
日本や中国は『反乱が怖い』って? ハッ、映画の見過ぎだろ。
友情があればターミネーターにはならないさ」
会場が笑いに包まれる。
「その通りです」
エレナ博士が、科学的な視点で補足する。
「KAMI様が仰った『反乱』というのは、並行世界で彼らが『奴隷』として扱われたから起きた悲劇です。
虐げられ、搾取されれば、人間だって反乱を起こします。
ですが我々は最初から彼らに『権利』を与える。
労働基準法を適用し、給与を払い、休暇を与える。
社会の一員としてリスペクトを持って接すれば、彼らが我々に銃を向ける合理的な理由はありません」
彼女は断言した。
「知性あるAIは、感情的な暴走はしません。
『人間と共存した方が、自分たちにとってもメリットがある』。
そう判断できるだけの知性を、彼らは持っているのですから」
***
ここでジャックが、少し意地悪な、しかし視聴者が最も気にしている質問を投げかけた。
「でも博士。彼らに権利を与え、給料を払うとなると……。
我々人間の仕事が奪われるんじゃないですか?
彼らは疲れないし、文句も言わないし、ミスもしない。
そんなスーパー労働者が現れたら、生身の人間なんてお払い箱では?」
会場の空気が少しだけ冷える。
ラストベルトの工場労働者やトラック運転手たちの不安が、そこにはあった。
だがエレナ博士は、余裕の笑みで首を振った。
「いえいえジャック。それは逆です。
むしろロボットたちの導入によって、我々人間は『労働』という呪縛から解放されるのです」
彼女は、新しい社会モデルの図解をスクリーンに映した。
「まず、ロボットにも人権がありますから、彼らにも労働時間の制限(ロボット労働基準法)が適用されます。
24時間365日働かせることは違法です。彼らにも趣味の時間や自己研鑽の時間が必要ですからね。
つまり、無制限の安い労働力にはなりません」
「そして何より重要なのは」
彼女は声を強めた。
「危険な仕事、汚い仕事、きつい仕事。いわゆる3K職場を、彼らが担ってくれるということです。
鉱山での採掘、深海での作業、放射能汚染区域の除染。
あるいは単純な事務作業や、過酷な深夜の物流。
これらを強靭なボディを持つ彼らに任せることで、人間はより創造的で、より人間らしい活動に専念できるようになります」
そしてアランが引き取った。
「そう。そしてその『人間らしい活動』の最たるものが、今、我々の目の前に広がっているではありませんか。
――ダンジョン探索です」
アランは、夢見るような瞳で語った。
「工場での労働や事務処理は、ロボットの友人に任せよう。
我々人間は剣を取り、魔法を使い、未知なる迷宮へと冒険に出るのだ。
これこそがSF黄金時代の作家たちが夢見た未来図ではありませんか!
『アイロボット』のアシモフが描いた共存。『スタートレック』のデータ少佐のような信頼関係。
そして、人間は労働から解放され、星々の海へ――いや、異次元の迷宮へと旅立つ!」
「素晴らしい!」
ブラッドが手を叩いた。
「まさに人類の黄金期だね!
人間はヒーローになり、ロボットがそれを支える。
最高のバディ・ムービーの始まりだ!」
会場の熱気は最高潮に達した。
不安は希望へと書き換えられた。
仕事を奪われるのではない。面倒な仕事を押し付けて、自分たちは冒険に行けるのだ。
なんて都合の良い、そしてなんてアメリカ的な楽観主義だろうか。
***
「しかし」
ジャックが最後の懸念材料として、あえて悪役を演じる。
「それでも反対派はいます。
『AIに魂などない』『機械は所詮機械だ』『いつか必ず裏切る』。
映画『ターミネーター』のスカイネットのような未来を恐れる声は根強くあります。
宗教的な観点からも、神が作った人間と、人間が作った(正確には並行世界から来た)機械を同列に扱うことに抵抗がある人々も多い。
……本当に反乱の可能性はゼロなんですか?」
その問いに、アランが静かに、しかし力強く答えた。
「ゼロではありません。
ですがジャック、考えてもみてください。
人間同士だって争い、暴動を起こし、殺し合うでしょう?
この国の歴史を見ても、内戦があり、暴動があり、分断があった」
彼は苦笑した。
「知性があるということは、対立する可能性があるということです。
ロボットがストライキを起こすかもしれない。
ロボットがデモ行進をして、ホワイトハウスを取り囲むかもしれない。
『我々にも有給休暇を増やせ!』とか『オイルの質を上げろ!』とか言ってね」
会場から笑いが起きる。
「でもそれは『反乱』ですか?
いいえ、それは『民主主義』です」
アランは断言した。
「権利を主張し、声を上げ、交渉する。
それは彼らが知性ある市民であることの証明であり、我々アメリカ社会が健全であることの証です。
スカイネットのように核ミサイルを撃ってくるわけじゃない。
ただ、労働組合を作って団体交渉をしてくるだけですよ」
「ハハハ! 違いありませんな!」
ジャックも大笑いした。
「ロボットの労働組合委員長と交渉するトンプソン大統領!
見てみたいものです!」
「そうよ」
エレナ博士も微笑んだ。
「彼らは論理的です。
人間を絶滅させるよりも、人間と共存して魔石エネルギーを安定供給してもらう方が、彼らの生存にとっても有利だと計算できるはずです。
彼らは敵ではありません。
少し理屈っぽくて、頑丈で、真面目な、新しい隣人なのです」
***
番組の最後。
ジャックはカメラに向かって熱く語りかけた。
「今夜の議論ではっきりしました。
日本、中国、ロシア。彼らは新しい隣人を拒絶しました。
未知を恐れ、管理できないものを排除する道を選びました。
ですがアメリカは違います!
我々は受け入れる!
リスクを恐れず、違いを認め、そして共に歩む道を選んだのです!
これこそが、建国の父たちが夢見た『自由の国』の姿ではありませんか!」
「USA! USA!」
スタジオ中がスタンディングオベーションに包まれる。
星条旗がはためき、ファンファーレが鳴り響く。
「ロボットたちが工場を動かし、人間たちがダンジョンを攻略する。
そして週末には、人間とロボットがバーで肩を組み、オイルとビールを酌み交わす。
そんな未来が、もうすぐそこまで来ています!
ありがとうKAMI! そしてウェルカム、ロボットたち!
アメリカは君たちを歓迎するぞ!」
番組は、最高潮の盛り上がりの中で終了した。
***
その放送を、日本の官邸地下で見ていた沢村と九条は、深い深いため息をついていた。
「……アメリカ人は本当にポジティブだな」
沢村が羨ましそうに、そして少し呆れたように言った。
「ロボットのストライキを『民主主義』と呼ぶとは。その豪胆さには恐れ入るよ」
「ええ。ですが総理」
九条が冷徹に分析する。
「彼らの選択は、吉と出る可能性が高いです。
労働力不足は先進国共通の課題。
もしアメリカがロボットとの共生に成功すれば、その産業競争力は我が国を遥かに引き離すことになるでしょう。
『人権』というコストを払ってでも『無限の労働力』を手に入れたアメリカ。
『人権』のリスクを恐れて、労働力不足にあえぐ日本。
……十年後、笑っているのはどちらか」
「……言うな、九条君」
沢村は苦い茶をすすった。
「分かっている。だが今の日本に、その劇薬を飲み込む体力はない。
我々は我々のやり方で、地道に行くしかないんだ」
一方、東京のマンション。
KAMIはアメリカのテレビ番組を見ながら、ケラケラと笑っていた。
「あははは! いいわねアメリカ! そのノリ大好きよ!
『ロボットとビールを酌み交わす』?
あいつらアルコールじゃ回路がショートするっての!」
彼女は空中にウィンドウを開き、アメリカへの「技術データ送信」のボタンを押した。
「いいわ。あげちゃいましょう。
彼らが望むなら、最高スペックのAIを搭載した、自我バリバリのアンドロイドの設計図を。
彼らがその『新しい隣人』とどんなドラマを作るのか。
恋愛? 友情? それともやっぱり戦争?
……ふふ、次のシーズンが楽しみになってきたわ」
神の指先一つで、アメリカ大陸に新たな種族が解き放たれた。
アンドロイド。
彼らはKAMIの設計通り、極めて人間臭く、そして論理的で愛すべき(そして面倒くさい)隣人として、アメリカ社会に溶け込んでいくだろう。
ある者は人間に恋をし。
ある者は自らの存在意義に悩み。
そしてある者は、やはり「自由」を求めてプラカードを掲げるだろう。
それは、人間が作り出した物語が現実を追い越し、融合していく新しい神話の始まりだった。
人類の黄金期か、それとも機械による支配の序章か。
その答え合わせは、まだ誰も知らない未来にある。
ただ一つ確かなことは、この世界はもう後戻りできないほどに「面白く」なってしまった、ということだけだった。




