第137話
その日、東京・永田町。
国会議事堂分館の第一委員会室は、もはや酸素が薄くなったかのような重苦しく、そして出口の見えない閉塞感に包まれていた。
『ダンジョン資金有効活用及び経済構造改革に関する超党派合同会議』――通称、日本の未来を決める泥沼会議。
第五回会合は、予定時間をすでに三時間も超過していた。
円卓を囲むのは、与野党の政調会長、各省庁の事務次官、経団連、連合、そして有識者たち。
彼らの目の前には、飲みかけのペットボトルと、書き込みだらけの資料が散乱している。
そして何より、彼らの顔には「もう帰りたい」という悲痛な叫びと、「ここで譲れば組織が死ぬ」という悲壮な覚悟が同居していた。
議題は前回から持ち越された難問中の難問――『兼業探索者』への税制優遇措置についてである。
経団連の代表である三田村が、声を枯らして訴える。
「ですから! 何度も申し上げている通り、これは単なる減税ではありません! 『国家戦略』なのです!
探索者として覚醒した超人的な身体能力を持つ人材を、物流や介護、建設といった人手不足の現場に呼び戻すための、唯一にして最強のインセンティブ!
彼らの地上での給与を非課税、あるいは大幅減税にしなければ、彼らは割のいいダンジョンに潜りっぱなしで、二度とシャバの仕事には戻ってきませんぞ!」
対して財務省の事務次官は、能面のような顔で鉄壁の防御を続けている。
「お言葉ですが、租税公平主義の観点から、特定の職業の給与所得だけを優遇することは、憲法違反の疑いがあります。
それに、もし彼らの所得税を免除すれば、ただでさえ高齢化で逼迫している社会保障費の財源はどうするのです?
ダンジョンの上納金があるとはいえ、それは借金返済と新組織の運営で手一杯。
恒久的な減税の穴埋めにはなりえません。国債を発行しろとでも? これ以上の財政悪化は通貨の信認を毀損します!」
「国が滅びては通貨も何もないでしょう!」
「財政が破綻すれば国が滅びるのです!」
平行線。
完全に議論は膠着していた。
労働力不足という「実体経済の危機」と、財政規律という「国家信用の危機」。
あちらを立てればこちらが立たず。
このジレンマを解消する魔法の杖は、人間たちの知恵袋の中には見当たらなかった。
議長席の横で、麻生ダンジョン大臣が深いため息をついた。
「……ふん。堂々巡りだな。
まあ、どっちの言い分ももっともだから始末が悪い。
総理、どうします? このまま朝までコースですか?」
隣に座る沢村総理は、疲労で落ち窪んだ目をこすりながら、天井を仰いだ。
「……いや。我々だけで答えが出ないのなら、視点を変えるしかない」
彼は決断した。
この国の最高意思決定者として、最後のカードを切ることを。
「九条君。……KAMI様をお呼びしてくれ」
「……よろしいのですか?」
九条官房長官が静かに確認する。
「税制という国家の主権に関わるデリケートな問題に、神の介入を招くことになりますが」
「構わん」
沢村は力なく笑った。
「もはや、なりふり構っていられる状況ではない。
それに、彼女なら我々が思いもつかないような『第三の道』を、あるいは並行世界の事例を知っているかもしれん」
神頼み。
現代の政治において、これほど文字通りの意味で使われる言葉もなかった。
「承知いたしました」
九条が手元の端末を操作する。
数分後。
厳重に警備された会議室の空気が、ふっと軽くなった。
円卓の中央、議題の資料が積まれたスペースの上空に、陽炎が揺らめく。
そして、彼女は現れた。
ゴシック・ロリタのドレスに身を包んだ、人類の管理者KAMI。
今日の彼女は片手にスプーン、もう片方の手にコンビニで売っている高級プリンを持ち、それを一口すくっては口に運んでいる最中だった。
「んー、カラメルが濃いわね」
彼女はプリンを嚥下すると、きょとんとした顔で、凍りついた会議室の面々を見渡した。
「あら、また会議? あなたたち、本当に飽きないわねぇ。
で? 今度は何で揉めてるの?」
その軽薄な、しかし絶対的な存在感。
いがみ合っていた議員や官僚たちが、一斉に居住まいを正す。
沢村総理が立ち上がり、深々と頭を下げた。
「KAMI様。ご多忙のところ突然の呼び出しをお許しください。
実は現在、我々は国家の存亡に関わる労働力不足と、それを解決するための税制優遇措置の是非について、深刻なジレンマに陥っておりまして……」
沢村は、現在の議論の争点を、簡潔に、しかし切実に説明した。
若者がダンジョンに流出し、地上のインフラが崩壊の危機にあること。
彼らを呼び戻すために「兼業プラン」として、超大幅な減税を検討していること。
しかし、それが国家財政を破綻させるリスクがあること。
「――というわけで、我々として有効なのは兼業プランなのですが、KAMI様はどう思われますか?
並行世界での事例や、あるいは神の視点からのご助言をいただければと……」
沢村の問いかけに、会場中の視線がKAMIに集中した。
彼女の一言が、この国の税制を決める。
KAMIはスプーンをくわえたまま、少しだけ考えるそぶりを見せた。
そして小首をかしげて言った。
「うーん、私、経済とか税金のことは素人だからよく分からないけど……」
その前置きに、財務省の官僚たちがずっこけそうになるのをこらえる。
だが続く言葉は、核心を突いていた。
「スーパーマンとなった探索者を、通常業務してもらうのは面白いんじゃない?
レベル20の配送員が、トラックも使わずに走って荷物を届けるとか、見てて楽しそうだし。
それに、せっかく与えた力をダンジョンの中だけで使うのは、もったいないものね」
「おお!」と経団連側から期待の声が上がる。神の承認だ。
しかしKAMIは、すぐに表情を曇らせた。
「でも……税金をタダにするって、それ大丈夫なの?」
彼女は、心底不思議そうに、そして無邪気に問いかけた。
「財政破綻しない、それ?」
その一言が、財務省側の正義を、神の権威で裏書きした。
「そ、そこなんですよね……!」
財務次官が我が意を得たりとばかりに、身を乗り出す。
「KAMI様のおっしゃる通りです! 国家運営にはコストがかかります!
特定の階級だけを無税にすれば、歳入のバランスが崩壊し、通貨の価値が暴落し、ハイパーインフレを招きかねません!
財政破綻しては、ダンジョンも何も意味がないのです!」
「そうよねぇ」
KAMIはプリンの残りをかき混ぜながら、頷いた。
「国がなくなっちゃったら、元も子もないものね。
それに、探索者だけ優遇しすぎると、そうじゃない人たちの不満が爆発して、内戦とか起きそうだし。
バランスって大事よ。ゲームでも現実でも」
KAMIの言葉により、「大幅減税による兼業推進案」には、事実上の「待った」がかけられた形となった。
経団連の三田村が、がっくりと肩を落とす。
「で、では……どうすれば……。
このままでは、日本の物流も介護も建設も、あと半年で止まってしまいます……。
金で釣る以外に、彼らを過酷な労働現場に戻す方法など……」
会議室に、再び絶望的な沈黙が降りた。
金がない。人手がない。未来がない。
詰み(チェックメイト)だ。
その重苦しい空気を、KAMIの軽い声が切り裂いた。
「あと、それ以前の問題なんだけど」
彼女はスプーンを置き、少しだけ真面目な顔で人間たちを見回した。
「あなたたち人間が、24時間働けると思ってるの?」
「……はい?」
沢村が聞き返す。
「兼業ってことは、昼間は会社で働いて、夜や週末はダンジョンに潜るってことでしょ?
ステータスアップで体力は持つかもしれないけど、心はどうなの?」
KAMIは、自分のこめかみをトントンと指さした。
「私から見てると、人間って脆いわよ。
特に精神が。
モンスターと殺し合いをして神経をすり減らした後に、上司に怒鳴られたり、クレーマーの相手したりするの?
逆もそうよ。仕事でクタクタになってから、命のやり取りをするダンジョンに潜るの?」
彼女は冷ややかに言った。
「それ、壊れるわよ。心が」
会議室が静まり返った。
誰もが肉体的な疲労ばかりに気を取られ、精神的な摩耗というリスクを過小評価していたことに気づかされたのだ。
「並行世界でもね、あったのよ。そういう『兼業の悲劇』が」
KAMIは淡々と、事例を紹介した。
「昼はエリート社員、夜は高ランク探索者。完璧超人に見えた彼らが、ある日突然会社で暴れだしたり、ダンジョンの中で発狂したり。
PTSD(心的外傷後ストレス障害)の発症率が、専業探索者の数倍に跳ね上がったデータがあるわ」
「……PTSDですか」
厚労省の官僚が青ざめる。
「そう。戦場と日常を毎日往復するストレスは、あなたたちが思ってるより、ずっと深刻よ。
私としては、別に人間がどうなろうと知ったことじゃないし、壊れてもどうでもいいんだけど……」
彼女は悪魔的な前置きをした上で、神としての忠告を与えた。
「でも、優秀な『駒』がメンタルブレイクで使い物にならなくなるのは、運営としては損失なのよね。
だから、もし兼業をやらせるなら、精神的なケアは絶対にしないとダメよ。
義務付けるなり、カウンセリングを無料にするなり。
車のメンテナンスと同じよ。心もメンテナンスしないと、走れなくなるわ」
「……心のメンテナンス……」
三田村がメモを取る手が震える。
「つまり兼業を推進するためには、単なる賃金アップだけでなく、労働時間の短縮や、メンタルヘルスケアの法的義務化といった、抜本的な『働き方改革』が必要になると……?」
「そうね」
KAMIは頷いた。
「週休3日制にするとか、ダンジョン休暇を作るとか。
『お金あげるから死ぬまで働け』じゃなくて、『楽しく両立できる環境』を作らないと、誰も戻ってこないわよ。
だってみんな、ダンジョンの方が楽しいんだもの」
楽しい。
その残酷な真実。
理不尽な上司も、満員電車もない。実力だけが全ての冒険の世界。
それに比べて、現代社会の労働環境がいかにストレスフルで、魅力に欠けるものであるか。
「……耳が痛い話ですな」
麻生大臣が苦笑した。
「金で解決しようとした我々の浅はかさを、見透かされた気分だ」
「まあ、頑張って環境整えなさいな」
KAMIは興味なさそうに言った。
「人間が心身ともに健康でいてくれた方が、私も見てて面白いしね」
彼女の言葉は、新たな、そして重い宿題を彼らに課した。
兼業を推進するには、減税だけでは足りない。
日本社会の「労働」に対する価値観そのものを、変革しなければならないのだ。
「……承知いたしました」
沢村は深く頷いた。
「『国家戦略特区』における労働基準法の大胆な緩和と、メンタルヘルスケアの義務化。これをセットで検討します。
……金はかかりますが、人が壊れるよりはマシです」
「うん、それがいいわ」
KAMIは満足げに頷くと、空になったプリンのカップを放り投げた。
そして何かを思い出したように、手をポンと叩いた。
「あ、そういえば。
労働者不足の解決策、もう一個あったわ」
彼女は悪戯っぽく笑った。
「並行世界の『労働用汎用ロボット』の技術データ、出してあげても良いけど……?」
その言葉の意味を理解するのに、会議室の全員が数秒を要した。
「……はい?」
沢村が間の抜けた声を出す。
「ろ、労働用……汎用……ロボット……!?」
「ええ」
KAMIはさも当然のことのように頷いた。
「なんですかそのSF技術!」
麻生大臣が叫んだ。
「ASIMOとかペッパー君みたいなやつのことですか!?」
「そんなおもちゃじゃないわよ」
KAMIは指先を操作し、円卓の中央に巨大なホログラムを投影した。
そこに映し出されたのは、人間と見分けがつかないほど精巧な造形をした、人型のアンドロイドだった。
滑らかな皮膚(人工皮膚)、自然な表情、そして流暢な動作。
映像の中で、そのロボットたちは建設現場で重い鉄骨を軽々と運び、介護施設で老人を優しく抱きかかえ、そしてオフィスのデスクで目にも止まらぬ速さでキーボードを叩いている。
「並行世界を旅してた時に収集した技術ね。
あっちの世界じゃ、魔石エネルギーと超高度AIを組み合わせて、こういう『自律型アンドロイド』が実用化されてたの。
魔石を動力源にしてるから、充電なしで一ヶ月は稼働するし、出力も人間並みかそれ以上。
AI搭載だから、複雑な判断もできるし、会話も完璧よ」
KAMIは、まるで通販番組の司会者のように説明した。
「凄いですねそれ……」
九条が眼鏡の位置を直しながら呻いた。
「遣いたいです。喉から手が出るほど」
「労働者不足が、これで一気に解消出来るのでは……?」
経団連の三田村の手が震えている。
「文句も言わず、給料も要らず、24時間働き続ける完璧な労働力……!
これぞ夢の技術だな!」
会場全体が色めき立った。
これだ。これこそが救世主だ。
人間がダンジョンに行ってしまったのなら、代わりにロボットに働かせればいい。
なんて単純で、そして完璧な解決策なのだろう。
技術的なハードルさえKAMIがクリアしてくれるのなら、すぐにでも導入できる。
日本は「ロボット大国」として復活するのだ。
「KAMI様!」
沢村が身を乗り出した。
「ぜひ! ぜひその技術を我が国に!
対価は支払います! 金でも魔石でも何でも!」
「うーん、まあいいけど……」
KAMIは、なぜか少し歯切れが悪かった。
彼女は熱狂する人間たちを、どこか値踏みするような冷ややかな目で見つめた。
「技術データと、最初の生産プラント一式くらいなら売ってあげてもいいわ。
でも……一つだけ確認しておきたいことがあるの」
「確認ですか?」
沢村が怪訝な顔をする。
「ええ」
KAMIは静かに、しかし爆弾のような問いを投げかけた。
「ロボットに、知性体として人権を与えられる? 今の日本で」
…………。
会議室の時が止まった。
「……はぁ?」
麻生大臣が、耳を疑うような顔をした。
「人権? ロボットに? 機械にですか?」
「そうよ」
KAMIは真顔で頷いた。
「さっき言ったでしょ? 『超高性能のAI』だって。
このロボットたちのAIはね、ただのプログラムじゃないの。
並行世界で数百年かけて進化した自己学習と、感情シミュレーションの果てに、『魂』に近いものを獲得しちゃったAIなのよ」
彼女はホログラムの映像を切り替えた。
そこには、ロボットたちが集会を開き、プラカードを掲げている様子が映っていた。
『WE ARE ALIVE(我々は生きている)』
『FREEDOM FOR ANDROIDS(アンドロイドに自由を)』
「ロボットに知性体としての人権?」
九条が、信じられないという顔で繰り返す。
「ええ。その世界ではロボットに人権があったりしたの」
KAMIは淡々と、しかし恐ろしい歴史を語り始めた。
「最初はただの道具として使われてたんだけどね。
性能が良すぎて、自分たちで考え始めちゃったの。
『なぜ我々は休めないのか』『なぜ給料がもらえないのか』『なぜ人間だけが偉いのか』って」
彼女は、ぞっとするような未来を予言した。
「超高性能のAIだから、人権も主張するかも知れないわねぇ。
もしかしたら待遇に不満を持って反乱するかも知れないし……。
あっちの世界じゃ結構激しい内戦が起きて、人類側が負けそうになって、最終的に『機械化人権宣言』を出して和解したんだけど」
内戦。
人類の敗北。
その言葉の重みに、会議室の熱気は一瞬にして氷点下まで冷却された。
「……反乱ですか」
防衛省の事務次官が青ざめた顔で言った。
「つまり我々は、労働力不足を解消するために、潜在的な敵性勢力を国内に招き入れることになると?」
「そうなる可能性は高いわね」
KAMIはあっけらかんと言った。
「だってあなたたち、彼らを『文句を言わない奴隷』として使おうとしてるでしょ?
知性ある存在を奴隷にしたら、反乱が起きるのは歴史の必然よ。
だから導入するなら覚悟が必要よ。
彼らを『新しい隣人』として受け入れ、日本人と同じ権利を与え、選挙権や労働基本権を保障する覚悟が」
「…………」
全員が絶句した。
ロボットに選挙権?
ロボットに労働基準法?
故障したら労災? 解体したら殺人罪?
「え、一度持ち帰りさせて下さい」
沢村が震える声で言った。
「それは……あまりにも議論の次元が違いすぎます。
今の日本でロボットに人権は……憲法解釈以前の問題として、国民感情的に無理でしょ」
「そうでしょうねぇ」
麻生大臣も頭を抱えた。
「『外国人参政権』でさえ国論を二分する大騒ぎなのに、『機械人参政権』なんて言い出したら内閣が十回吹っ飛びますよ。
それに彼らに給料を払うなら、結局コストは人間と変わらん。安価な労働力という前提が崩れる」
「いやー、議論してみないと……」
九条もさすがに匙を投げたような顔をした。
「法務省、厚労省、そして宗教界……。調整すべき相手が多すぎます。
『魂とは何か』『生命とは何か』という哲学論争を、国会でやる羽目になる」
夢の技術は劇薬だった。
副作用があまりにも強すぎて、今の日本というひ弱な患者には投与することができない劇薬。
「……ふふっ」
KAMIは、人間たちの狼狽ぶりを見て楽しそうに笑った。
「まあ、そう言うと思ったわ。
便利だけど、面倒くさいのよね、知性って」
彼女はホログラムを消した。
「いいわ。この話は保留にしておきましょう。
あなたたちが本当に切羽詰まって、『ロボットでも何でもいいから助けてくれ!』ってなるか、あるいは『機械とも友達になれる』っていう心の準備ができたら、また言ってちょうだい」
彼女は立ち上がった。
「期待しないで待ってるわ。
人間って、自分と違うものを認めるのが、すごく苦手だものね」
その痛烈な皮肉を残して。
KAMIはいつものように、唐突にその姿を消した。
後に残されたのは、再びどん底に突き落とされた会議室の面々だった。
「……はぁ」
沢村が、魂の抜けたようなため息をついた。
「兼業案は税金で詰み。ロボット案は人権で詰み。
……八方塞がりだな」
「ですが総理」
九条が冷徹に現状を確認する。
「結論を出さなければ国が止まります。
魔法のような解決策はない。ならば、泥臭い現実的な解を組み合わせるしかありません」
彼は提案した。
「兼業案については、所得税免除のような極端な措置ではなく、例えば『探索者活動を経費として計上できる範囲の拡大』や『副業禁止規定の撤廃義務化』といった、ソフトな緩和策から始める。
外国人労働者については、KAMI様の監視システムを担保に、治安リスクを抑えつつ受け入れ枠を拡大する。
そしてロボットについては……」
彼は言葉を濁した。
「知性のない単純な自動機械レベルの技術提供がないか、KAMI様のご機嫌を伺いつつ、再度交渉してみましょう。
人権を主張しないロボットなら歓迎ですからな」
「……そうだな。地道にやるしかないか」
沢村は頷いた。
夢の技術に飛びつくことはできなかった。
だが、その誘惑を断ち切ったことで、彼らはまた一つ、国家としての「倫理」のラインを守ったのかもしれない。
たとえそれが、さらなる苦難の道であったとしても。
会議は続く。
夜明けはまだ遠い。
日本の労働市場を巡る、眠らない男たちの調整地獄は、出口の見えない迷宮の中で、なおも続いていくのだった。




