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賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


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第112話

 その夜、東京・ワシントン・北京・モスクワを結ぶ最高機密回線は、いつになく和やかな空気に満ちていた。

 人類の歴史を塗り替える「ダンジョン解禁」初日。

 当初懸念されていた大混乱や暴動、あるいはゲート前での凄惨な殺し合いといった最悪のシナリオは、奇跡的に回避された。

 世界は、新しいおもちゃを与えられた子供のように、無邪気に、そして熱狂的にこの「ゴールドラッシュ」を楽しんでいるように見えた。


「――では、四カ国定例首脳会議を始めます」


 議長役の九条官房長官が、穏やかな声で開会を宣言した。彼の四つの身体(本体と分身)も、今日ばかりは少しだけ肩の力を抜いているように見える。


「本日の議題は、ダンジョン解禁初日の総括、および次なるフェーズへの移行についてです。まずは各国の状況報告から」


 最初に口を開いたのは、アメリカのトンプソン大統領だった。彼は手元のグラス(中身はいつものバーボンではなく、勝利のシャンパンだ)を揺らしながら、満足げに言った。


「報告するまでもないだろう。我が国では大きな混乱は皆無だ。

 ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルス……。全てのゲート前で人々は整然と列を作り、そして満面の笑みで帰還している。

 州兵を出動させる準備もしていたが、杞憂に終わったよ。国民の民度は、我々が思っていたよりも高かったようだ」


 北京の王将軍も、珍しく上機嫌だった。

「我が国も同様です。党の指導の下、人民は規律正しく行動しております。

 上海のゲートでは、一度に二千人の集団突入を行いましたが、将棋倒し一つ起きませんでした。これぞ中華の団結力というものですな」


 モスクワのヴォルコフ将軍も頷く。

「ロシアでも問題なしだ。寒さに耐え忍ぶ我慢強さは、我が国民の美徳だからな。

 それに、事前に流しておいた『噂』が効いたようですな」


 ヴォルコフはにやりと笑った。


「『ダンジョン内でトラブルを起こした者はブラックリストに登録され、一ヶ月間ゲートへのアクセスを禁止される』――という、あの噂ですよ。

 公式発表はしておりませんが、SNSを通じて意図的にリークさせた情報です」


 沢村総理が苦笑した。

「ええ、日本でもその噂は効果覿面でしたよ。

 『出禁』になることへの恐怖が、彼らの理性を繋ぎ止めているようです。

 今の彼らにとってダンジョンに入れないというのは、空気を吸えないのと同じくらいの苦痛でしょうからね」


 欲望こそが最大の規律となる。

 皮肉な話だが、それが今の世界の真実だった。


「結構なことです」

 九条がまとめた。

「初日は満点と言って良いでしょう。では、次の議題に移ります。『4カ国以外からの問い合わせ』についてです」


 九条は手元の端末を操作し、世界地図を投影した。

 そこには、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、南米……ダンジョンを持たざる国々からの悲痛なまでの「要求」の矢印が、四カ国へと集中していた。


「えー、早くもEUや各国から、ダンジョンへの移民受け入れや、各国国民への解禁を要求して来ております」

 九条は淡々と報告した。

「彼らの言い分はこうです。『オークションには参加させてもらえなかった。せめて身体一つで挑むチャンスくらいは平等に与えてくれ』と。

 特にフランスやドイツといった先進国の若者たちからの突き上げが激しいようです。『なぜ日本人やアメリカ人だけが強くなれるんだ!』と」


「ふむ……」

 トンプソンが顎を撫でた。

「まあ今のところ問題はないので、解禁しても良いと思われますが……?

 我が国の観光産業にとっても、世界中から探索者が集まるのは悪い話ではない」


「うーん、でも問題になるのでは?」

 慎重論を唱えたのは、中国の王将軍だった。

「一気に外国人が押し寄せれば、治安が悪化する恐れがあります。

 それに、もう少し焦らしても良いのでは? 我々の優位性を、もう少し長く保ちたいというのが本音です」


「しかしですね、将軍」

 沢村が割って入った。

「装備オークションの件で、彼らは『国民限定』というルールにより完全に蚊帳の外に置かれました。

 その不満は今や限界に達しています。『これ以上我々を排除するなら、四カ国製品の不買運動も辞さない』という過激な声も上がっているのです」


 沢村は続けた。

「しょうがないとはいえ、彼らもかなり焦らしています。

 ここはガス抜きのためにも解禁が良いと思われます。もちろん、入国審査は厳格に行うという条件付きで」


 議論が平行線を辿りかけたその時、九条が視線を虚空に向けた。


「――では、解禁ということで。神? よろしいですね?」


 その問いかけに応えるように、円卓の中央にKAMIの姿がポップアップした。

 今日の彼女は、日本の高級旅館の浴衣を着て、湯上がりのように寛いでいる。手には冷えた牛乳瓶。


「ん? いいわよ」

 KAMIは牛乳を一口飲み干すと、あっさりと許可を出した。


「ダンジョンの運用側としては問題なし!

 キャパシティにはまだ余裕があるし、多国籍軍になった方がデータも面白そうだしね。

 初日、問題が起きなくて結構! あなたたち人間にしては上出来だったわよ」


 神からの珍しいお褒めの言葉。

 四人の男たちは、思わず安堵の表情を浮かべた。


「ただし」

 KAMIは釘を刺した。

「次のE級ダンジョンの解禁準備はもう出来てるけど、勇み足が怖いから、しばらくは解禁なしね」


「えっ? まだですか?」

 王将軍が残念そうに声を上げた。彼の国の精鋭部隊は既にレベル5の壁にぶち当たり、次のステージを渇望していたのだ。


「ダメ」

 KAMIはぴしゃりと言った。

「今の様子だと、調子に乗りすぎだもの……。浮かれすぎよ、貴方達と国民は。

 F級で『俺TUEEE』してる状態で、いきなりE級のオークとかスケルトンに挑んだら、絶対に死人が出るわ。

 もう少しF級で基礎を固めなさい。レベル上げよりも、プレイスキルを磨く時期よ」


「……まあ、浮かれない方が無理ですから……」

 沢村が苦笑した。

 確かに今の世界は異常な熱狂の中にある。少し頭を冷やす期間が必要なのは事実だった。


「さて」

 九条が話題を変えた。

「他国に探索者解禁となると、懸念しなければならないのはテロ組織などへの力の拡散です」


 彼は深刻な表情で言った。

「一般の旅行者を装って入国したテロリストが、ダンジョンで力をつけ、あるいは魔石を資金源として持ち帰る。

 これは世界の安全保障にとって、悪夢です」


「そうようねぇ」

 KAMIもそこは同意した。

「力は使う人を選ぶべきだわ。そこはしっかりリスト管理して、テロ組織はダンジョン出禁ね」


 彼女は指先で空中にウィンドウを開いた。

 『グローバル・ブラックリスト・データベース』。

 そこには、CIA、FSB、公安調査庁、その他各国の諜報機関が持つテロリスト情報が、リアルタイムで統合されているようだった。


「私の方で設定するから、リストを随時連絡すること!

 顔認証、虹彩認証、歩容認証……あらゆる生体データを使って、ゲートをくぐろうとした瞬間に弾いてやるわ。

 『あなたはBANされています』ってね」


 神による絶対的なセキュリティゲート。

 これならば、人間の警備の目をすり抜けたとしても、ダンジョンへの侵入は不可能だ。


「ありがとうございます。これで安心して解禁できます」

 トンプソンが胸を撫で下ろした。


「で、最後だけど」

 KAMIが興味津々といった顔で身を乗り出した。

「ユニーク装備。結構ドロップしてるはずなんだけど、持ち込みは今現在もなしなの?」


 ユニーク装備。特殊能力エンチャントが付与された一点物のレアアイテム。

 KAMIの設定では、F級ダンジョンでも0.001%程度の超低確率でドロップすることになっている。

 数十万人が挑んだ今日、確率論的には数十個は出ているはずだった。


「ないですね……」

 九条が少し残念そうに首を振った。

「日本、アメリカ、中国、ロシア。

 全ての国のギルド支部からの報告を確認しましたが、ユニーク装備の買い取り持ち込み、およびオークションへの出品登録は一件もありません」


「まあ、使ったほうが強いから、当たり前と言ったらそうなんだけどね」

 KAMIは頬杖をついてため息をついた。

「ユニーク装備、かなり強く設定してあるから。

 F級で手に入るやつでも、レベル10相当の下駄を履かせてくれるくらい強いからねぇ。

 『火炎耐性』とか『自動回復リジェネ』とか、初心者には喉から手が出るほど欲しいスキルばっかりだし」


「それを手に入れたら、誰だって手放したくはないでしょうな」

 ヴォルコフ将軍が、実感を込めて言った。

「金など後からいくらでも稼げる。だが、命を守る装備は金では買えん(今のところは)。

 私でも、もし手に入れたら隠し持って使う」


「まあ、仕方がないか」

 KAMIは肩をすくめた。

「1個ぐらいオークションに出て高値になってくれると嬉しいんだけど。『10億円で落札!』みたいなニュースが見たかったのに」


「うーん、そこまで上手く行かないか……」

 彼女は少しだけ不満げだったが、すぐに気を取り直した。


「ま、いいわ。隠し持ってても、いつかはバレるし。

 そのうち『俺TUEEE』動画とかで自慢し始めるのが、人間のさがってものよ。

 それを楽しみに待ちましょう」


 神の悪趣味な予言。

 だが、それは的中するだろう。

 力は隠しておけない。特に、承認欲求という名の魔物に憑かれた現代人にとっては。


「では本日の会議は以上です」

 九条が締めくくった。

「明日より全世界に向けて『外国人探索者の受け入れ開始』をアナウンスします。

 世界はさらに混沌と、そして熱狂の渦に包まれるでしょう」


 四人の男たちは互いに頷き合った。

 それは、次なる波乱への覚悟の合図だった。


 会議が終わり、通信が切れる。官邸の執務室には再び静寂が戻った。


「……総理」

 九条の本体が沢村に声をかけた。

「一つ懸念があります」


「なんだね」


「ユニーク装備の件です。もしそれを手に入れた者が善人であれば良いのですが……。

 もし悪意を持つ者、あるいは精神的に未熟な者の手に渡っていたとしたら」


 九条は、モニターの片隅に映る今日の渋谷の雑踏を見つめた。

「レベル10相当の力。それは、今のD-POLの隊員(レベル5)でさえ、単独では対処できない脅威となり得ます」


「……そうだな」

 沢村は重く頷いた。

「だが、それもまた『可能性』の一部だ。

 我々にできるのは、最悪の事態に備えてD-POLの装備と訓練を強化することだけだ」


 彼は窓の外の東京の夜景を見つめた。

 その無数の光のどこかに、今、神の気まぐれな贈り物を手にした「誰か」が潜んでいる。

 その「誰か」が英雄となるか、それとも怪物となるか。

 物語の次のページは、まだ白紙のままだった。



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― 新着の感想 ―
「――では、解禁ということで。神? よろしいですね?」  この時KAMIは温泉を楽しんでいて九条の声掛けに気づかず九条が恥をかいたことに同情して慌てて過去に戻って返事をした説を置いておきますね。
インフレとかやばそうだなこの世界・・・
cランク位までは死ぬことは無いみたいな事言ってなかった?
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