第五話:転落
「はっ。」
俺は目が覚めた。そこは俺の部屋だった。時計を見ると深夜2時を指していた。
どうやら、夢を見ていたようだ。それにしてもリアルな夢だった。米倉に首を絞められる感覚がまだ残っている気がする。俺は思わず首に手を当てた。特に異常はないようだ。ほっと胸をなでおろした後、俺はベッドから起き上がった。喉が渇いたので飲み物を飲みに行こうと思ったからだ。部屋を出てリビングに向かう。
リビングに入ると、電気は消えていたが、月明かりが差し込む光で部屋は少し明るかった。俺はそのままキッチンに入り、冷蔵庫を開けた。そこにあるペットボトルのお茶を取り出して、棚からコップを出す。
コップにお茶を注いだ。それを一気に飲み干すと少し気分がよくなったような気がした。ふぅっと一息ついてから部屋に戻る。
それにしても嫌な夢だ。俺はそう思いながら再びベッドで寝ることにした。
スマホのアラームが鳴っていた。俺はそれを止めてから起き上がる。
さて、学校へ行く準備をしなければ、と思いながらスマホの時間を見た。
「ん?」
俺は思わず声を出して二度見た。日時が過去をしていた。米倉にクラス委員を誘われた日だ。
スマホの日付が表示されている部分を何度も何度も確認した。
「どういうことなんだ?」
俺は混乱していた。俺は自分の頬に手を立ててみる。触れた感覚がある。これは現実だ。しかし、なぜ過去に来ているのか理由が分からない。
まだ、可能性はある。俺はリビングに向かった。そして、テレビをつけた。
今日が俺の記憶にある、今日の日付であってくれ。俺はどこか祈るような気持だった。
しかし、……そこにある日付は過去のものだった。
俺はテレビのリモコンを放り投げるように置いた。
そして、考えをまとめる。
まず、俺の昨日の記憶を思い出す。
……俺の昨日の記憶は、米倉に殺されたのが最後だった。
だが、俺は生きている。ということは、あれは夢ではなかったのだ。
「まさか、タイムリープでもしたのか?」
そんな非科学的なことを考えてしまうくらい混乱している自分がいた。
全ての事象が過去に戻ってきたことを指し示している。
そこまで考えた俺は、昨晩、夢から目を覚ましたことを思い出した。
……いや、違う。
俺が見たのは夢である可能性もある。
俺が殺されるまでの未来の記憶が、夢であるのかもしれない。
予知夢。
いやにリアルな夢だったが、あの俺が昨日だと思った記憶は未来の予知された夢だと考えるのだ。
俺はそこまで推理を進めていたが、一向に答えは出なかった。
ただ、どちらにしても学校へ行かなければならないことだけは確かだった。
俺は、学校に行く準備を始めた。
時間があまりなかったので、洗面台で洗顔と歯磨きだけする。
そして朝食も食べずに、さっさと俺は制服に着替えて、鞄を持って玄関へ向かった。
天気は快晴だ。
周囲の生徒も疎らな時間に俺は登校をする。
俺は、通学路を歩きながら考え事をしていた。
これから俺は、どうすればいいのだろうか?
まず、予知夢。あるいはタイムリープの記憶によれば、俺はこれから、米倉の手によって強引にクラス委員にされる。
そして、彼女の家へ連れていかれて、そこで殺される。
そこまで考えてから、俺は首を振った。
「いや、違う。俺はまだ死んでない。」
そうだ。俺の記憶では、俺は米倉に首を絞められて殺されたはずだ。しかし、今の時点では生きているし、首も何ともなっていないようだ。
「では、一体なんなんだ?」
俺は自問自答するしかなかった。
そうこうしているうちに学校に到着した。校門をくぐると、多くの生徒がいた。その中に米倉もいたが特に変わった様子はなかった。いつも通りの彼女だった。
ただ、彼女へ話しかけるのは不自然だ。
なぜなら、今の俺はクラス委員ではなく、彼女から話しかけられてもいないからだ。
そこまで考えて、俺は気が付いた。
クラス委員になることを断固として拒否するのだ。
おそらくそれで、俺が殺されるまでの一連の流れを阻止できるかもしれない。
……このまま米倉が俺に声を掛けてくるのか?それが、あの予知夢のとおりなのか?
慣れとは恐ろしいもので、俺はそんなことを考えながらも、無意識の内にいつの間にか、自分の教室へと向かっていた。
そしてそこからは、あっという間だった。
……俺が気が付くと、いくつかの授業が終わっていた。
ある休み時間で俺は、いつものように俺は机に伏して寝たふりをしていた。
そこで、周囲にいる女子生徒の会話が聞こえる。
「そういえば、隣のクラスの話って知ってる?」
「えーっ。なになに?」
俺はその話を聞いて、この会話を聞いたことがあることを思い出した。
「最近来なくなった子いるらしいじゃん、その子。妊娠したらしいのよね。」
「うっそ。やばくない? それ。」
「やばいでしょ。で、産むんだってさ。」
「え、マジ? やばくね?」
「やばいっしょ。それでさ……。」
女子生徒たちの会話は続く。
あの夢の中で会った会話だ。全く同じ内容を俺は知っていた。
それに気が付いた瞬間。
俺は、驚いたように机から顔を上げた。
話していた女子生徒のグループの一人がビクッとした。
彼女らは驚いた顔をしたが、俺だと気が付くと、知らないふりをした。
そして彼女たちは、何事もなかったのように、そのまま自分たちの話に戻っていった。
俺は、この女子生徒たちの会話内容が、あの予知夢で聞いた内容と同じことに気が付いた。
目の前の現象に説明のつかない恐ろしさを感じていた。
俺は、あの予知夢への考察を再開する。……もしかして、予知夢ではなくタイムリープが本当に起きたのだろうか? いや、そんな非科学的なことが起こるはずがない。
「椿君?」
ふと、声を掛けられた。米倉の声だった。俺は思わず顔を上げた。そこには米倉が立っていた。彼女は不思議そうな顔をして俺を見ている。
「どうかした? 具合でも悪い?」
米倉は心配そうな顔をしていた。どうやら俺の顔色が悪く見えたらしい。
「いや、別に。」
俺は慌てて答えたが、内心動揺していた。まさか向こうから話しかけてくるとは思わなかったからだ。
「そう? ならいいんだけど。」
米倉はそういうと、そのまま自分の席に戻っていった。俺はそれを見届けてから再び机に伏した。そして考えるのだ。
……このままいけば俺は殺されるのだろうか? 俺は、自分が夢で見た内容がこれから起こると仮定して行動することにした。つまり、この予知夢通りに事が進まないようにするのだ。そうすれば俺が殺される未来を阻止できるはずだった。
まずは、米倉と仲良くならないことだ。つまり、俺はクラス委員にならない。
これは最も優先されることだった。
俺は授業中も必死で、今後のことを考えていた。
すると授業の時間はあっという間に過ぎていた。
そして、昼休みに入るチャイムがなった。教員は授業を切り上げた。
俺はすぐに席を立ち、教室を出た。米倉に捕まらないようにする。
「椿くん。ちょっといいかしら?」
後ろから、米倉の声が聞こえていた。
しかし俺は振り返らなかった。そのまま逃げるように足早に歩いた。俺はその足で校舎を出て中庭へ向かったのだ。
中庭に着くとベンチに腰掛ける。空を見上げると雲一つない快晴だった。春の心地よい風が吹いている。
これで少なくとも、この昼休み中は安全だろう。
俺はそう思った。
「椿君。探したわ。」
しかし、その考えは甘かったらしい。後ろから声が聞こえたと思ったら米倉がいた。俺は驚いて思わず身構えた。
颯爽と彼女は俺の隣に座ってきた。肩が触れ合うような距離だった。そして彼女は俺に話しかけてくる。
「ねぇ、椿君。お昼ご飯。ちゃんと食べているの?」
優しい声で彼女は俺に声を掛けてきた。
俺は動揺を隠しつつ答えることにする。
「……ああ。……今日は、なんか具合が悪くて。」
俺はそれだけ言った。嘘ではない。米倉のせいで具合が悪いのだ。
「そう。じゃあ、保健室へ行きましょうか?」
彼女は心配そうな顔をして俺に言った。俺は首を振りつつ断ることにする。
「あぁ。そうしようかな。」
俺はそういうと、保健室へ向かおうとした。
しかし、彼女も保健室へついてくるようだ。
「一人で大丈夫だ。」
「体調不良の生徒は、先生に報告しないといけないから。私も保健室まで一緒に行くわ。」
彼女はそういうと俺の隣を歩き始めた。俺は諦めてそのまま保健室まで一緒に行くことにしたのだ。
「失礼します。」
米倉は、そう言って保健室へ入った。俺もそれに続いて入ることにする。俺はベッドへ横になることにした。
「椿君。担任の先生には私から報告しておくわ。」
米倉はそういうと、俺の頭を撫でてきた。その優しい手つきに俺は少しドキッとしたが平静を装った。
「ああ、ありがとう。」
俺がそういうと米倉は少し微笑んでから保健室を出て行った。俺はそれを見送ってから目を閉じた。
しばらくすると先生が来た。平熱で特に問題がないはずだったが、頭痛があると俺が伝えると、保健の先生は病院へいくことを進めてきたので、俺はそのまま早退することになった。
無事、早退し自宅へと帰宅することに成功した俺は、家のリビングで一人くつろいでいた。
リビングにあるソファの上で、寝っ転がった。
両親がいない俺の家では、仮病を使った連絡が、学校から母親へいっているらしく。
サイレントモードのスマホが何度か振動をしていた。
俺は、振動するスマホを放置しており、ようやく家について確認した俺のスマホには、母親からのメッセージがいくつか来ていた。
そのメッセージを確認した俺は、母親へ病院へいくと返信をしておいた。
そして俺は再び、リビングのソファに寝っ転がった
もちろん、病院へ行くという母親への報告は、そのやる気の欠片もない嘘である。
しばらくしたら、病院の診断だと何も問題なかった、と親へと再度返事をする予定だった。
これで俺は、予知夢のように米倉から殺されることもないだろう。
ようやく俺は、これで安心することが出来たのだった。