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第二話:初日

 午後の授業を受けている俺は、クラス委員のことで頭がいっぱいだった。米倉が言うところでは、俺がクラス委員になってから、実際の仕事を任せるまでには、米倉のやっている仕事を見て学んでほしい、といっていた。

 ホームルームで報告や、司会の進行役などである。確かに、彼女なら難なくこなせるだろう。俺はぼんやりとそんなことを考えた。彼女は勉強もできるし、容姿端麗で人当たりも良い。俺なんかとは違って、教師からの信頼も厚いはずだ。そんな相手と比較されると、劣等感すら覚えてしまうかもしれない。そんなことを考えながら授業を受けていると、いつの間にか、最後の授業も終わっていた。


「じゃあ、今日はここまでだな。」


 先生が教室を出ていくと同時に、教室内がざわつき始める。生徒たちは帰宅の準備をしたり、部活に向かったりなど、思い思いの行動を始めた。そんな様子を横目で見ながら、俺は席を立った。そして教室を出て行こうとする。すると突然、後ろから声をかけられた。


「あ、椿くん! ちょっと待って。」


 振り返ると、そこには米倉沙織が立っていた。彼女は笑顔で手を振っている。


「一緒に来てくれる?」

「え、あ……ああ。」


 俺は戸惑いながらも返事をした。そして二人で廊下に出ると、彼女は言った。


「クラス委員のことについて、改めて担任の先生にも話をしないといけないから。」


 米倉は当然のように答える。どうやら拒否権はないようだ。俺は諦めてついていくことにした。職員室に入ると、米倉の先導で我がクラスの担任の教師の席まで行く。


「先生、少しよろしいでしょうか」


 米倉は担任の先生に声をかける。彼女は、若い女性で新米教師という感じが漂っている。あまり慣れていない先生は顔を上げると笑顔で応じた。


「ああ、米倉さん。どうかしましたか?」

「はい。実は、クラス委員の件なのですが、私と椿くんに担当を任せていただけないでしょうか」


 米倉は単刀直入に言う。担任は戸惑った表情を見せながら米倉と俺の顔を交互に見た後、答えた。


「うーん。椿君もそれでいいのね?」

「……はい」


 唐突な質問だったので、少し間が空いてしまったが、俺は頷いた。担任は少し考え込んでいたが、やがて口を開いた。


「そういうことなら分かりました。お任せします。」


 教師は納得したように微笑むと、米倉の方を見た。米倉は嬉しそうな顔をすると、軽く会釈した。俺もそれに応えるように頭を下げる。そして、教師に別れを告げるとその場を去った。その後二人で職員室を後にして教室に戻りながら俺は米倉に話しかけることにした。


「なあ、どうして俺なんだ?」

「うーん。私はクラス委員としてクラスの雰囲気づくりが大事だと考えているの。……それで、孤立している椿くんと私が一緒にクラス委員をやれば、椿くんもクラスのみんなと仲良くなれるかなって。」

「なるほどな……。」


 確かに一理ある。ま、最も俺はあまり乗り気ではなかったのだが。米倉は話を続ける。


「それにね、クラス委員だからって許されることはあると思うの。だから椿君には適任かなって……それに、私は椿くんともっと仲良くなりたいと思っているの」


 そんなどこか思わせぶりな彼女の一言にドキッとする。彼女にその気がない、とは分かっているが、そんな風に言われると俺は心を揺さぶられてしまう。俺は平静を装って返事をしたが、内心かなり動揺していた。


「そう、か。」


 俺は何とかそれだけ口にすることができた。米倉はそんな俺の様子を見てクスッと笑ったような気がしたが、気のせいだろうか?


「じゃあ、さっそくクラス委員としてのお仕事を始めましょうか。」


 米倉はそう言って微笑んだ。その笑顔が眩しすぎて、俺は思わず目を逸らしてしまった。その後、俺と米倉は二人で教室に戻り、明日のための準備を始めた。俺は米倉の指示に従いながら、黒板に表記されている日付や名前などの書き換え。教室にある机やロッカーの整理整頓など、雑務という雑務をこなしていく。


「うん、椿くん。よくできました。」


 米倉は満足そうに言った。どうやら一通り終わったようだ。


「じゃあ、今日はこれで終わりにしましょう。」


 米倉の言葉に時計を見るともう夕方になっていた。


「分かった。」


 俺は返事をすると帰り支度を始めた。


「じゃあ、また明日ね。椿くん。」

「ああ、じゃあ。さようなら。」


 俺がそういうと、米倉は、手を軽く振ってから先に教室から出ていった。俺も荷物をまとめて教室を出ると、帰路についた。

 クラス委員の仕事は思ったよりも楽かもしれない、俺はそう思いながら家路についた。

 俺が校舎を出た時には、夕暮れ時になっていた。オレンジ色の夕陽が目の前に広がっている。初夏の気温は心地よく、適度な湿度だ。そして、風が吹くと、汗ばむことなく涼しさが広がった。俺はゆっくりと自宅へ向かって歩き始めた。

 俺の家は、この学校から歩いて15分ほどの距離にある。自転車で通学することもできるが、俺はいつも徒歩を選んでいる。歩くことで、頭の中を整理し、色々と考える時間を持てるからだ。

 住宅街をゆっくりと歩きながら、オレンジ色の夕陽が世界を包む光景が見える。俺と同じような年齢層の生徒が帰っている姿や、地元の住民が往来している姿が見える。そんな中で、今日一日の出来事が頭の中でぐるぐると巡り、特に米倉の言葉が何度もリフレインする。


「もっと仲良くなりたい…か。」


 俺は思わず苦笑する。米倉沙織は確かに魅力的な人物だ。勉強もできるし、人当たりも良く、美しい容姿を持っている。しかし、彼女が俺に対して本気で興味を持っているとは思えない。彼女はクラス委員の職務に忠実なだけなのだろう。しかし、それでも彼女が俺ともっと仲良くなりたいと言ってくれることは、とても喜びを感じた。


「彼女ともっと仲良くなりたいものだな…。」


 俺は、美しい容姿を持つ彼女との恋愛を考えながら、それを口にしていた。ただ、その心の中に浮かぶ不埒な考えはどうにも実現しないことも理解できていた。単に彼女との関係がクラス委員としてのものに過ぎないのは分かっている。それでも彼女との距離を縮めることは、俺にとっても悪くないことだと自分に言い聞かせた。

 帰路の道は、思考の渦にいた俺にとってはあっという間に過ぎ去った。木造二階建ての一軒家が俺を迎えてくれた。住宅街の一画にあり、車庫や庭も備えたそこそこの広さの家だ。

 玄関の扉を開けて靴を脱ぎ、静かなリビングに足を踏み入れる。広いリビングには、ダイニングキッチンと庭を見渡すことができるスライド式のガラスドアがあり、部屋にはソファとテレビが置かれている。

 両親は忙しく、俺が高校に入ってから家に帰ってくることが稀になった。父親は単身赴任中で、母親もいつ家に帰っているのか全く分からない。家の中は、静まり返っていて、どこか寂しい感じがする。それでも、高校二年生の俺にとっては、両親とずっと一緒にいたいとは思わない。

 リビングにあるソファのそばで制服を脱ぎ、リラックスできる服に着替える。適当な服に着替えた俺は、キッチンへと向かい、給湯器のスイッチを入れて自動で浴槽にお湯が張るように設定する。風呂が沸くまでの時間を潰すため、ソファに座ってテレビをつけると、ニュースが流れている。今日は特に興味を引かれるニュースはない。ぼんやりと画面を眺めながら、今日の出来事を振り返る。

 米倉沙織の鼻筋の通った顔、白い透き通った肌、石鹸のような匂い。彼女の夏服のセーラー服姿は、一言で言うなら清純な美少女。女子高生だ。そんな彼女に好意的な声を掛けられ、そのお願いを断れる男子高校生はいないだろう。そんなことを考えていると、電子音が鳴り、風呂が沸いたことを知らせていた。

 思考を中断して脱衣所へ向かう。服を脱いで浴室のドアを開けると、ほんのりとした温かさが感じられ、湯気が立ち込めているのが見える。浴槽に足を入れると、適温の湯が足元からじわじわと伝わってくる。


「ふぅ…。」


 体全体が湯船に沈むと、温かさが全身に広がり、疲れが少しずつ溶けていく感覚に包まれる。湯気が顔を撫で、ほんのりとした熱が心地よい。目を閉じると、水の音が微かに聞こえ、心地よいリズムが耳に響く。しばらく湯船に浸かっていると、今日の出来事が頭の中を巡る。米倉との会話やクラス委員としての初仕事。彼女の真剣な眼差しや、微笑む顔が何度も浮かんでくる。彼女と本気で付き合うことができたら、どんなに幸せだろう。そこまで考えて、ため息をついた。


「米倉沙織か。」


 そう呟きながら、俺はゆっくりとお湯から上がる。シャワーで軽く体を流し、シャンプーで髪を洗う。泡が立つと、フレッシュな香りが鼻をくすぐり、リラックスした気分がさらに深まる。シャワーを終えると、体を拭いてバスローブを羽織り、浴室を出た。リビングに戻ると、エアコンの涼しい風を感じた。リビングにあるガラスの面積が広く採光性が高いその引き戸からは、月光に輝いている庭が見えた。

 明日からのクラス委員の仕事をこなさないといけないな、俺はリビングでそう考えながら、飲み物を飲んでいた。


「さて、宿題をするか。」


 俺はそう独り言をいうと、飲み終えたコップを片付けてから、2階にある自分の部屋へと向かった。自室にあるテーブルにプリントと教科書を広げて数学の宿題を片付ける。順調に宿題は進んでいく、数学の問題をすべて解き終えるころには、寝るにはいい時間になっていた。


「そろそろ寝るか…。」


 ベッドに横たわると、すぐに疲れが押し寄せてきた。明日もまた米倉とクラス委員の仕事をすることになるだろう。そのことを考えると、少しだけ楽しみな気持ちもあった。目を閉じると、すぐに眠りに落ちた。夢の中で俺は、米倉と共にクラスの中で過ごしている自分を見ていた。彼女と笑い合いながら、俺たちは何かの作業を行っていた。


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