第十四話:原点
俺と桜木は、放課後の校舎を歩いていた。
「なあ?これから部室棟にいくんだよな?」
「はい。そうです。」
桜木は淡々とした様子でそういった。
「女子部員がいる女子陸上部室へ、男子の俺が入れるのか?」
「大丈夫です。想定しています。」
桜木は、簡単にそういった。部室棟のあるのは、校庭の隅だ。そこまでそれなりの距離だ。
桜井に連れられて、俺は歩いた。周囲では、部活を始めている生徒たちのかけ声が、響いていた。
……陸上部は、練習を始めているようだ。俺はそれを横目に移動をする。
なんだか、これから悪いことをするみたいだ。こちらは人助けをしているのに。とはいえ、俺や桜木が仲介者であることや、この世界の真実について話すわけにもいかない。もっとも、誰も信じることはないだろう。
……その目で実際に見るまで。なんだかな、と俺は思った。
到着した部室棟には、他の部の部室もあって、人が出入りしている。それぞれプレハブの構造だ。簡単な小屋が連結したようなつくりである。
「桜木?」
そんな俺の疑問に桜木が答えた。
「はい。椿さん、なんでしょうか?」
彼女は淡々とした様子でそう言った。もちろん、その間も桜木は歩いている。そして桜木は、女子陸上部室の前まで行くと、そのアルミ製の引き戸に手を掛けていた。中からは、女子生徒の話し声が聞こえた。
「おいおい。」
俺はそういって、止めさせようとした。引き戸が開く。中には、女子陸上部員が数人いた。彼女らは、何か談笑をしているようだ。
「えっ、あ!すまない!……あれっ?」
反射的に俺は思わず、そう声を出してしまった。そして、扉を閉めて戻ろうとしたのだが。様子がおかしい。
彼女たちは、文字通り固まっていた。つまり、完全なる静止状態だ。周囲の音が消えている。
……ああ、時間を桜木が止めたのか。俺はそう思った。
「椿さん。こちらへどうぞ。」
桜木は、部室の前で立ったまま硬直している俺へ、そう話しかけた。
「ああ、ありがとう。」
俺はそう言って、部室の中に入った。そして、桜木は扉を閉めた。
……さてと。
俺は周囲を見た。女子陸上部員たちは、固まったままだ。そんな彼女たちを気にせずに、桜木は部屋の中心まで移動していた。俺も彼女に続いて、移動するのだった。
「椿さん。ここから早川結衣のデータへアクセスします。」
彼女はそういって、スマホを取り出した。桜木は、なにかを操作をしているようだ。ただその姿は、女子部室で一人、スマホを操作している姿にしか見えない。
「それでは、アクセスします。椿さん。これから起こることを観測してください。」
桜木がそう言った。俺は、桜木のその言葉に頷いた。おそらくは米倉の時と同じことをすればいいんだろう、と俺は思った。しばらくすると、俺と桜木以外の景色が二重に重なって見え始めた。それは確かに俺と桜木は、この女子陸上部室に存在している、のだが。二つの女子陸上部室がブレるかのように、重なって見えているのだ。
それは、どこか別の時間なのか、桜木が言うところの別のシミュレーションが、重なって見えるようだった。その奇妙な状況を待っていると、やがて景色が定まってきた。
景色の定まった女子陸上部の部室には、先ほどまでいた女子部員が微妙に違った位置で椅子に座って、駄弁っている。そして、部室には先ほどまでいなかった早川もいた。
ただ、早川は他の女子生徒とは、若干離れた場所にいる。お互いに話してはいないようだ。完全にハブられている、そんな感じだ。
「夏日だし。」
「午後の練習だるい。」
「あはは、言えてる。」
そんな会話が聞こえてくる。女子生徒たちは、早川がまるでいない者であるかのように話を続けるのだった。
そんな状態に耐えきれなくなったのか、早川はその場にあったパイプ椅子から立ち上がった。そしてそのまま部室から出ていく。
「早川さんって、感じ悪いよね?」
「だねー。」
早川がいなくなった部室では、そんな会話がなされていた。完全にハブられているようだ。俺と桜木は、そんな女子生徒の会話を横目に部室から出ていった、早川を追いかけた。
早川は、まるで走るかのように校舎へと戻っていく。歩いているように見える早川は、どんどんその足を速めていく。走っているといってもいいくらいの速さだ。俺と桜木は、そんな彼女についていく。普段の運動不足が祟っているのか、俺は早川についていくのがやっとだった。
そんな様子の早川について校舎の中へと入ると、彼女は自分の教室へと戻った。教室の中に入ると、周囲を観察してからすぐに教室から出ていった。それは何かを探しているような感じだ。そのまま、彼女は廊下を突き進んで、生徒指導室へと向かう。
早川は、ノックもせずにその扉に手を掛けた。生徒指導室の扉は施錠されているようだ。彼女は、扉に鍵がかかっていることを確認すると、また、移動を開始した。
どんどんと廊下を突き進んでいく。確かに彼女は走っていない。しかし、そのペースが異様に早い。俺は彼女を追うのがやっとだった。そんな状態の早川を俺と桜木は、追いかける。やがて彼女は職員室へ入った。職員室は、ガヤガヤとした喧噪に包まれていた。
そんな中、早川はなにかを捜すようにキョロキョロと周囲を見回していた。彼女は、その目的のものを見つけたようだった。米倉沙織がいた。担任の新米女性教師と話している米倉をじっと見た早川は、そのまま職員室から出た。そして、職員室前の廊下で彼女を待っているようだった。
つまり、早川は米倉を探していたのだ。しばらくして、職員室から米倉が廊下へと出てきたときに、早川は米倉に話しかけていた。
「沙織。」
「ああ、結衣。どうしたの?」
米倉と早川は職員室前の廊下で話し始めた。
その様子は、俺も何度か見たことがあるものだった。
「椿さん。ここでの観測は、これまでです。」
桜木は、そう言った。
「分かった。次は刺激的でないものを祈るよ。」
俺は、桜木にそう言った。
「…?刺激的ですか?早川さんのデータなので、希望には添いかねます。」
桜木はそう淡々といいながら、桜木は、職員室の扉を開けて中へと入っていった。俺も、その桜木について職員室へと入った。
例のごとくなのだが、職員室に入ると、そこは職員室ではなかった。そこは、教室だった。しかし、机や椅子の位置は低い。
おそらくは小学校。誰もいない教室へ、何人かの小学生が飛び込んできた。元気いっぱいという感じで、俺は思わず、その様子を目で追った。教室へ入ってきたのは一人の女子生徒。そして、数人の男子生徒だった。
「こらっ!走るな!」
そこでは一人の女子生徒が、他の男子子供たちに、そう注意をしていた。そんな注意もどこふく風といった様子で、子供たちは走り回っている。
「うるさい。ゴリラ女!」
男子生徒の一人がそういった。
「うるさい!黙れ!」
女子生徒は、怒った様子で、そう反論するのだった。そして、その女子生徒は男子生徒へ攻撃を始める。その時になって、俺はこの女子生徒は、小学校時代の早川であることに気が付いた。俺はじっと、彼らの様子を見ていた。
「おい、やめろよ!」
「痛い!お前、暴力女か?」
男子生徒たちは口々にそういったが、早川の勢いは止まらない。そんな様子に他の子供たちも教室へ集まってきた。すると早川は攻撃をやめたようだが、後から入ってきた女子生徒たちは、早川を遠巻きに見ているだけだった。
早川が男子生徒への攻撃をやめると、攻撃を受けていた男子生徒たちが勢いづく。
「ゴリラ女、こっち来んなよな?」
「暴力女、人間じゃねぇ。」
「マジでゴリラじゃね?」
男子生徒たちは好き勝手にそんなことを口にしていた。
「うるさい!」
早川は、一人でそんなことを叫んでいた。ただ、教室に入ってきていた女子生徒のグループは、そんな早川と男子生徒たちを、嫌そうな顔で遠巻きに見ていた。彼らを止める生徒はいない。教師も今この場にいない。しばらく、そんな叫びあいを早川と男子生徒たちが行っていた。
「早川さん。男子とばかり遊んで、気持ち悪い。」
「男子とばっかり遊んで、気持ち悪い。」
「ゴリラ女って、あだ名がピッタリだよね?」
教室の傍らから女子生徒たちが、ひそひそと小声でそんなことを話していた。早川は、その女子生徒たちの声が耳に入ったようだった。男子生徒への口論をやめた。
「おい!お前ら。」
早川が、その女子生徒たちへそう叫んだ。
「は?」
女子生徒たちは、そんな返事をした。
「私は、男子になんか興味ない!」
そんな早川の叫び声に、教室の中は静かになった。
「……いきましょ。」
女子生徒の一人が言った。そのまま、教室には早川以外の女子生徒はいなくなってしまった。ただ、ゴリラ女や暴力女と叫ぶ男子生徒と早川が、教室の中に残っていた。早川は目に涙をためて、教室から出ていく。
「おい!待てよ!」
そんな早川に男子生徒が声をかける。しかし、早川はそれを無視した。そして、そのまま廊下を駆けて行ってしまったのだった。俺はそんな様子をただ見ているほかになかった。
「椿さん。ここでの観測は終わりました。」
桜木がそう話しかけてきた。俺は、どうやら固まっていたらしい。
「……ああ、ああ。」
俺がそう答えると、桜木は、教室の扉へと歩いた。そして扉を開いた。
そこは、学校の廊下ではなかった。教室が見えた。少なくとも、小学校ではない。
俺の知らない学校の教室。その教室へ、桜木の後に続いて俺は入った。休み時間の教室で、見知らぬ制服を着た生徒達がたむろしているなかで、見知った顔が一人いた。
早川だ。おそらく顔立ちから考えると、高校に上がる前だろうか?となれば、ここは早川の中学時代の光景だろうか。早川は一人で自分の席について、なにやら考えているようだ。
その孤独っぷりは、いつもの俺のようにも見える。早川は、女子生徒のグループから完全にハブられたように孤立した場所に座っており、そんな彼女は教室の窓から外を眺めていた。
空は快晴で、晴れ渡っている。早川は、その空の何を見ているのか。あるいは、何も見ていないか。ただ、その様子は、孤独極まったもので、その様子を見ている俺にも痛さが伝わってきた。
休み時間の喧騒が溢れている教室で、しばらく、早川は一人で物思いにふけっていた。しばらくすると、彼女は立ち上がった。そのまま、教室の外へ出ていった。
桜木と俺は、そんな早川についていった。彼女が廊下を走るように、歩いて行った先は、学校の中庭だった。昼休みにも関わらず、その中庭にいる生徒は疎らだ。中庭に植えられている木が、風に吹かれて葉をそよがせている。季節は夏には至らないが暖かい、そんな感じだ。
そんな様子の中庭へ俺と柵木は、早川について足を踏み入れた。
しばらく歩くと、校舎によって陰になっている場所へと早川は歩いて行った。そこに一人の男子生徒がいた。もちろん、その男子生徒を俺は見たことはない。早川は、その男子生徒見るや否や、全力疾走を始めた。
俺も走って追いかけたが、彼女のペースには追い付けない。いつも俺と登校している時とさして変わらない様子の桜木は、早川のペースについていく。やはり、彼女は何か根本的に異なるんだろう。俺はそんなことを考えながらも、なんとかその男子生徒と早川がいる場所へと到着した。
俺が到着して時には、早川と男子生徒は何やら話を始めていた。
「あの。……私と付き合ってくれませんか?」
顔を赤く染めた早川が、男子生徒にそう話していた。
「俺には、別に好きな人が居るんだ。ごめん。」
男子生徒は、早川へそう言った。
そしてそのまま、その場から歩き出そうとしていた。
「ちょっと。」
早川はそういって、男子生徒の肩を掴んだ。
「それは誰なんだ?」
肩を掴まれた男子生徒は、早川を嫌そうに見ているが、無言だ。
「おい。誰かくらい、教えてくれてもいいだろ?」
早川は必至な様子で、そう叫んでいる。周囲にいた、ある女子生徒のグループがその様子を見ていた。そして、お互いにヒソヒソと話を始めた。
「やめてくれ。」
「でも。」
男子生徒の両肩を掴んで離す様子もない、早川と困惑気味な男子生徒という構図だ。確かにこれは、格好の話のネタになるな、と俺は思った。
「実際は、そんな人はいないんじゃないか?だったら、私と……」
早川はそう言いながら、強引にその男子生徒へ話しかけた。
「やめろ!」
男子生徒が一喝をする。
その声に驚いたのか、早川も、男子生徒への手を収めた。
「俺は、君のそういうところが嫌いだ。」
男子生徒は、頭に来ているようで、怒った様子で話し始めた。
「君は、何か勘違いしてるんじゃないか?最悪だ。もう二度と話しかけないでくれ」
最後に彼は、早川へそう言い捨てた。早川は、ショックを受けているようで、そのままその場に立ち尽くしている。そして男子生徒は、彼へと背を向けて歩いて行く。早川はそれをただ見ているだけだ。
しばらくすると、早川はその場で泣き出した。その様子は、何かの昼ドラのようだ。やっていることは、単純に早川が暴走しているだけなのだが。
大きな声で、周りの目など気にもせずに泣いている。周囲の生徒は、その様子を面白がっているものが大半のようだった。
そんな様子を俺は見ているだけだった。
「椿さん。ここでの観測は、これまでです。」
桜木は、俺のほうへ向いてそういった。そして、俺の手を引いて校舎のほうへと歩いて行った。
桜木に連れられた俺が、校舎に入った瞬間。その周囲は、教室になっていた。先ほどの教室のようだ。放課後なのか、教師はいないようだ。
そして、教室の後ろのほうで、早川とその周辺に数人の女子生徒が取り囲むようにしている。少なくとも、彼女らは早川の友達というわけではなさそうだ。早川に対して、睨むように女子生徒が見ている。
「ちょっと、男子に色目つかうのやめてくれる?」
リーダー格の女子生徒の一人がそういった。
「は?色目なんかつかっていないし。」
早川が、そう反論した。
「いや、だって男好きでしょ?あんたって?昼間だって、男子に色目使って、告白してさ。」
「そんなんじゃない!」
早川はそう言っているが、周囲の女子生徒は、リーダー格の女子生徒は、どこか馬鹿にした様子で話し始めた。
周囲にいる女子生徒も、リーダーに同調するように話を聞いている様子だ。強い同調圧力。とても、早川が反論しがたい雰囲気だ。
「じゃあ、なんであんたが、あのイケメンへ告白するの?おかしいじゃない?」
問い詰めるように、そのリーダー格の女子生徒はそういった。
「しかも、振られてるし。」
別の女子がそう言った。
「あのね。男好きなあんたに教えてあげる。あの昼間に、告白した彼には、もう彼女がいるの。」
リーダー格の女子生徒は、呆れたように早川へそういった。
「そんなわけない!」
早川がそう反論するが、周りの女子生徒は笑ったままだ。
「いや、彼女いるし。というか、うちらの知り合いだし。」
リーダー格の女子生徒も周囲に合わせて、馬鹿にした様子で早川へそういった。
「うう……。」
早川はとうとう泣き始めた。その様子にリーダー格の女子は気にもかけない様子で、話を続ける。
「あんたは、イケメンならなんでもいいの?」
さらにリーダー格の女子生徒は、早川へそう聞いた。
「そんなんじゃない!」
「じゃあ、なんでイケメンに告白したの?あんたみたいな性格ブスがさ。」
リーダー格の女子生徒はそういった。そして、周りの女子生徒もそれに同調するように笑い始めた。
「もう、そういうのじゃ……ない……。」
早川は泣きながらそう言っているが、周囲の女子生徒はただ笑っているだけだ。
「まあ、うちらでお前の根性を叩き直してやるわ。それでいいっしょ?」
リーダー格の女性生徒がそういうと周囲の女子生徒も同調して頷いている。そのままリーダー格の女性生徒が周囲の女子生徒の一人に指示をする。
早川の机にあった鞄を女子生徒の一人が、リーダー格の女性生徒へ渡した。
女子生徒から鞄を受け取ったリーダー格の女子生徒は、早川の机へと歩いていった。そして、そのまま鞄をひっくり返した。中身が床へと散乱する。教科書やノートなどは周囲に散らばり、筆箱からは鉛筆やペンなどの文房具類が散乱していた。
「あんたみたいな男好きには、勉強道具なんていらないっしょ。」
リーダー格の女性生徒が、早川へそう言った。周囲の女子生徒が、教科書やノートを拾った。そして、それらを持って教室から出ていった。
早川は、それを止めようとしたが、周囲の女子生徒に掴まれて、身動きが取れないようだ。
「一言でいうと、きもいんだよね。」
リーダー格の女性生徒は、泣きべそをかく早川へそういった。早川はもはや、抵抗する気もない様子だ。他の女子生徒に押さえつけられたままだ。
「なんか言ったら?」
リーダー格の女性生徒は、そう早川へ聞いた。
「ううう……。」
早川は嗚咽をこらえるのが精一杯の様子だ。
「それくらい、普段から下手に出ていりゃ問題なんて起きないんだよ。」
リーダー格の女性生徒は、そう言って、周囲の女子生徒と笑いあっていた。しばらくすると、教室から出ていった女子生徒らが戻ってきた。彼女らの手には、持って行ったはずの文房具、教科書やノートは無かった。
周囲の女子生徒は、それを確認してから早川の拘束を解いた。早川は、その様子をみて何も言わなかった。ただ悲しそうな表情をしていた。
「あはは。今のあんたは、とってもいい顔しているよ。これから毎日、うちらが直々に根性叩き込んでやるわ。感謝しろよ!」
リーダー格の女性生徒は、とてもいい笑顔でそういった。周囲の女子生徒も、同じように笑っている。
「……。」
早川は何も言っていない。ただ、悲しそうな表情だ。
「あ、そうだ。」
そんな早川の様子を見て、リーダー格の女性生徒は何か思いついたように手を叩いた。
「あんたさ、明日から、うちらのグループな?」
有無を言わせない雰囲気で、リーダー格の女性生徒がそう言った。
「いいですね!この子、面白いし!」
どこか加虐的な笑みを浮かべた、他の女子生徒が同調する。
「……。」
早川は、何も言わない。ただ、涙を浮かべているだけだ。そんな様子に、リーダー格の女性生徒は苛立った様子で話を続ける。
「なんか言えよ!つまんねぇな!」
周囲の女子生徒がそう叫んだ。
「……はい。」
そんな早川の返事が聞こえた。
「よし、決まりな?これから、うちらがあんたがクラスで上手くやれるように教えてやるよ。」
リーダー格の女性生徒はそういって笑った。そして、他の女子生徒もそれに同調して笑っていた。
「じゃあ、私たちは同じグループだ。名前を決めないと。」
周囲の女子生徒からの笑い声が響いた。リーダー格の女性生徒はそう言った。そして彼女は、周囲と早川を何度か見てから、こういった。
「『男好き』でいいんじゃね?」
周囲の女子生徒は、同調的な笑いをしていた。
そんな周囲の様子に、別の女子生徒が話しを始めた。
「あ、それいい!こいつにはぴったり!」
他の女子生徒も頷いている。どうやら決まったようだ。
ただ、早川だけは俯いていた。
「じゃあさ、これからあんたは『男好き』な!」
リーダー格の女性生徒がそう言った。他の女子生徒らもそれに同調するように笑った。
「……。」
早川は、もう何も言わない。ただ黙っているだけだ。
「じゃあ、明日からよろしくな。『男好き』?」
リーダー格の女性生徒はそういって、また笑った。
「………はい。」
きわめて無表情で機械的に早川はそういった。
その後もしばらくは、その女子グループによって早川は虐められていた。
しかし、たまたまやってきた女性教師が教室へと入ってきた。すると、女子生徒のグループはさっさと教室から出ていった。
その後も、早川は、そのまま一人教室に残って俯いていた。その様子に、教室へ入ってきた教師が早川へ声を掛けた。
「早川さん?ご友人は先にいってしまいましたよ?」
「はい。」
早川は、それだけ言って教室から出ていった。
「椿さん。ここでの観測は、これで終わりです。」
桜木は、俺にそう話しかけてきた。
俺は、女子グループによる陰湿ないじめの現場を見て、重い気持ちになっていた。
「ああ。」
俺はそれだけいった。
桜木は、淡々と教室の扉へと歩いて行った。
「こちらです。」
桜木はそう言って、教室の扉を開いた。
教室の扉を開いた先には、どこかの家の部屋が見えた。