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第十三話:異常

 俺は、学校に登校していた。机に頭を伏せて、周囲からの情報をシャットアウトする。米倉は俺を殺そうとしてこない。桜木という恋人(?)もいる。桜木の弁当もある。桜木と話すこともできる。友人はいないが、何の不満もない。

 ……ほぼ、桜木関係だ。

 俺はそこまで考えて、不毛なことに気が付いて思考することをやめた。とりあえず、今が十分、幸せであることは間違いないからだ。そんなことを考えていた俺の近くに足音が近づいてきた。


「おはよう。椿くん!」


 そう元気よく俺に挨拶したのは、米倉だ。彼女は今日も元気そうだ。俺は、そんな米倉に返事をした。


「……ああ、おはよう……。」


 俺は簡潔に一言だけ挨拶をすると、そのまま机に頭を預けたのだった。そんな俺に対して米倉はお構いなしに話を始めたのだ。


「それでね!私、思うんだけど……」


 米倉は、何かを話し始めたのだが、俺は彼女に返事することができなかった。なぜなら、俺はまともにその話を聞いていないのだから。生返事というものをして、頷く。そんなときだった。キーンコーンカーンコーン……。聞き慣れたチャイムが学校の予鈴として鳴り響いたのだった。


「あっ!ホームルーム始まっちゃう!またね!」


 そういう彼女は、慌てて教室へ戻っていったのだった。そのまま、担任の教師が入ってきたようだ。いつもと変わらない日常の風景だ。そんな風景を見ながら、俺は今日という一日が始まったことを実感したのだった。そんな俺を見ている存在がいることを俺はその時、考えてもいなかった。


 とある、休み時間。


「おい。ちょっと。来い。」


 早川だ。彼女が俺を睨むように、そういってきた。なんか、こういうのは二度目だ。


「ああ。ああ。」


 俺は動揺しながらも、そう言った。そのまま、早川に腕を掴まれて教室から連れ出された。俺が早川に連れてこられたのは、女子陸上部室だった。プレハブで作られた簡易的な建物が部室棟であり、その一画にある女子陸上部室だ。この展開も非常にデジャブがあった。


「この中に入れ。」


 早川はそう言って、部室の扉を開けて俺を中に入れた。俺は、部室の中に誰かがいるのかを見る。

 ……米倉は、いないようだ。

 というより、早川と俺以外に誰も、この部室には人がいなかった。その様子に俺は、胸をなで下ろした。早川は、そんな俺の様子を全く気にしていないようだ。


「よし、そこに座れ。」


 早川はそういうと、部屋の中にあった椅子を指さした。俺は言われるがままに、椅子に座った。俺の前に座っているのは、早川だ。彼女も椅子に座り始めたのだった。そんな早川に俺が声を掛けた。


「……それで?なんの用だ?」

「お前と桜木はどういう関係だ?」


 早川は真剣な表情で、俺に聞いていた。


「どうって……。」


 俺は、返答に困ってしまった。桜木とは、恋人関係だ。ただ実際は、仲介者という関係をカバーするために、恋人という関係にしているのだ。最も、そんな関係を早川に説明するつもりはない。


「……付き合っているのか?」

「……まあ、そういう関係だな……。」


 俺のその適当な答えに、業を煮やしている彼女はさらに質問してきたのだった。


「そうか?本当に、お前らは恋人同士か?お前たちは恋人同士なのに、あの距離感なのか?……ありえないだろ?」

「だから、恋人関係だよ。」


 俺は、投げやりにそう答えた。そんな俺の返答を聞いた早川は、俺に勢いよく迫ってきたのだった!


「米倉沙織は知っているな?」

「……クラス委員のだろ。」


 俺は、そこで米倉の名前が出てきたことに驚いていたが、努めて平然とそう答えた。


「お前は、米倉をどう思っている?」

「別に、どうとも思ってはいないよ。」


 俺は淡々と答えた。実際のところは、いつ彼女が凶変して自分を襲ってくるのか、と考えると。あまり近づきたくない相手だ。


「米倉がお前に声を掛けるだろ?最近は、自宅に招待したそうじゃないか?」

「桜木と一緒にだが」


 俺は付け加えてそういった。


「ちょっと、黙れ。私の話を聞いていろ」


 早川はそう言った。ペースを乱されるのが嫌なのかもしれない。


「彼女が好きでもない人間を自宅に招待するはずがない。米倉は、お前に好意を持っているはずだ。」

「それは、お前の妄想だ。米倉は、俺に気があるわけじゃない。」


 俺はそう答えたが、早川の追及は止まらなかった。


「いいや。私は、米倉とは友人だ。彼女の態度や雰囲気から察している。米倉は、お前のことが好きなんだ。」


 そこまで早川は言って、ため息をついた。


「お前みたいな根暗野郎のどこがいいのか、私にはさっぱり分からないがな。」

「それで?」


 俺は、どこか考え始めた早川に話を促すようにそう言った。


「お前は、桜木と付き合っているようには見えない。だから、米倉と付き合え。」

「おいおい。」


 俺は、早川の無茶苦茶な主張に呆れてしまった。


「何もおかしなことはないだろう?お前が米倉に愛の告白をすればいいんだ。そうすれば、全てよく収まる。」


 早川は、俺のことを真っすぐに見つめながらそういった。俺は呆れてものも言えなかったが、反論することにした。


「そういうことじゃないだろ?」

「じゃあ、どういうことなんだ?説明してみろよ!」


 彼女は、俺に対して怒りをぶつけてきたのだった。しかし、その彼女の剣幕を気にすることなく、俺は答えることにした。


「俺は、米倉のことはなんとも思っていない。……それに、桜木と俺は恋人同士で同棲もしている。」

「はぁ!?」


 俺は嘘は言わずに、事実を述べた。早川は驚いた様子だったが、一瞬だけ固まった様子で、すぐに活動を再開した。


「じゃあ、別れろ。」

「はぁ?」


 早川が言ったことに、今度は俺が驚く番だった。彼女はいったい何をいっているのだろうか?俺が言っていることを早川は聞いているのだろうか?いや、聞いた上でそう言っているのだろう。

 だとすると、これほどまでになぜ、俺と米倉が付き合うことに固執しているのだろうか?俺は、そう思わざるを得ない。


「別れろ、といっているんだ!」


 早川は、叫ぶように言った。


「……無理に決まってるだろ?」


 俺は当然のことを彼女に告げた。そんな俺の態度に、彼女はさらに怒り出したようで声を荒げながら話し始めた。


「どうしてだ!桜木なんかより、米倉のほうがいいだろう?お前みたいな根暗があんな可愛い子と付き合えるんだぞ?」


 そんなことを言って騒ぎ始めた彼女は、少しすると落ち着いたようで話を始めた。


「私はな。米倉に幸せになってほしいんだ。」


 彼女は話を続ける。


「米倉みたいな、素直でいいやつはいない。私はそう思っている。米倉は純粋だ。そして、危なっかしいくらいに、いつも誰かのために行動している。そんな彼女がお前を望んでいるんだ。」


 俺は彼女の話を黙って聞いていたが、彼女は話を続ける。


「私は、米倉に幸せになってほしい。お前のその根暗さは、私は理解できないが。お前は確かにいいやつなんだろうな。」


 早川はそこまで言って、遠い目をした。


「……それで?」

「お前が、米倉と付き合えば全て丸く収まる。」

「それは本当に、米倉が望んでいることか?」

「ああ、そうだ。分かったな?じゃあ、そういうことだ。」


 早川はそう言って、話を切り上げた。そして、女子陸上部の部室から俺を追い出そうする。


「お。おい。」


 俺は彼女に待ったを掛けた。そんな俺に対して、彼女は相変わらずの表情で俺を見て答える。


「ああ、そういえば、お前の名前はなんだ?」


 早川は、無理やり部室から引きずり出したあとに、そういってきた。


「椿良太だ。」

「椿な。じゃあ、さっきの話。よろしくな。」


 早川はそう言って、部室の扉を閉じた。


「はぁ。」


 俺は、ため息をついた。そして、その部室棟から移動をしはじめた。俺は、資料室にいた。もちろん、目の前では弁当箱を広げた桜木がいる。今昼休みで、昼食を食べる時間だ。いや、俺ももちろん、資料室のテーブルに弁当を広げているので、一緒に食べている。


「桜木。話がある。」


 俺は桜木に切り出した。


「椿さん。なんでしょうか?」


 桜木は、そう言った。相変わらずの無表情だが、食事中の桜木はどこか喜んでいる雰囲気がある。


「えっとな………。」


 俺は、それから先ほどの休み時間にあったことを話し始めた。早川が、俺が米倉へ付き合うようにしろ、と脅迫めいたことを行ってきたこと。桜木との恋人関係を終わらせて、米倉と付き合えという、無茶苦茶な要求だ。


「なるほど。早川さんがそのようなことをおっしゃっていたのですね。」


 桜木は、感情を見せない様子でそう言った。そして、弁当をパクパクと食べている。


「場所が女子陸上部室という場所だったのが、個人的には嫌だったな。」


 俺はそういった。というのも、そこには、米倉に殺されそうになったトラウマがある場所だ。

 ……トラウマだらけだな、俺。


「それで、椿さんはなんと答えたのですか?」

「ああ、断った。だが、彼女には聞き入れられていない。多分、俺の返事は彼女には関係ないんだろうな。」


 俺は桜木に愚痴るようにそういった。そこまでいって、俺は桜木に悪いことを言ったように思った。


「すまない。こんな愚痴みたいなことをいってしまって。」

「いいえ。これは私と椿さんの関係を破棄しろと彼女が言っているので、私にも関係がある話です。」


 彼女は、特に気にした様子はなさそうだった。


「そうか、ありがとうな。」


 俺は礼を言った。そして、話を続けることにしたのだった。


「桜木、俺はお前と恋人関係を続ける気だ。」


 俺はそう桜木に言った。米倉と付き合うなんてしたくない。従って、俺が桜木と恋人で居続けるのが一番だ。


「はい。もちろんです。」


 桜木はそう返事をした。俺は、その桜木の言葉を以外だと思った。彼女なら、分かりました。と答えそうなものだが。

 ……まあ、いいか。

 俺はそう結論付けた後に考える。どちらにせよ。俺は仲介者なのだ。その仕事はすべて、桜木がいないといけないだろう。


「ありがとう。桜木。これからもずっとよろしくな?」

「はい。椿さん、分かりました。」


 彼女は無表情だったが、微笑んだように見えた。それは微かに、だったが。

 その後、桜木が弁当を食べるのを俺は見ていた。正確には、俺も弁当を食べていたのだが、分量が全然、違っていた。俺はさっさと食べ終えてしまっていたのだ。


「桜木。おいしそうに食べるな。」

「はい。おいしいです。」


 桜木はそう言った。


 弁当をすべて食べ終えた桜木は、弁当箱を片付けてから、俺のほうを向いた。


「椿さん。仲介者としての仕事です。」


 彼女は、そういった。そして、真剣な表情でこちらを見ていた。


「早川さんには、異常が出ています。これを修正するのが、今回の仲介者としての仕事です。」


 桜木は、真面目な様子でそういった。


「あの、米倉と俺と付き合わせようとするのが、異常なのか?」

「はい。ある意味そうとも言えます。」


 桜木はそこで言葉を区切った。


「彼女は、別のシミュレーションの影響を受けています。その影響で、あることに異常な執着を見せています。それが米倉さんと椿さんの関係です。」


 桜木は淡々とそういった。


「そうなのか?ただ、お節介焼きが極限にまでいってしまった、という風にも見えるんだが。」


 俺のその言葉を聞いた桜木は、少し考えた後にいった。


「彼女が説得に選んだ場所。そして、彼女から出ている異様な雰囲気がその証拠です。彼女の言動には論理的な破綻はありませんから。」


 彼女はそういうと、さらに続けるのだった。


「おそらく、完全に消えたはずの米倉沙織のデータ。そのシミュレーションの影響を彼女が強く受けています。したがって、修正する必要があります。」


 桜木は、淡々とそういった。


「えっと、具体的には、どうするんだ?」


 俺がそう聞くと、彼女は答えたのだった。


「米倉さんの時と同じです。アクセスは女子陸上部室から行います。」

「なるほど。」


 俺はそう言った。しかし、女子陸上部の部室。部室棟には常に人が居るのだ。いつ、そこにいくのだろう?


「放課後、女子陸上部の部室から早川結衣のデータにアクセスします。アクセスした後は、米倉さんの時と同じように観察を続けてください。あとは私が修正作業を行います。」

「分かったが、部室棟や部室には常に人が居るだろう。」

「大丈夫です。問題ありません。」

「そうなのか?」


 俺は、どことなく自信ありげな雰囲気で返答する桜木を見る。

 ……まあ、彼女が大丈夫と言えば、大丈夫なんだろう。


「では、よろしくお願いします。」


 そう言って桜木は、弁当箱を持って、立ち上がった。彼女は、資料室から出ようと歩き始めた。俺もそんな桜木に合わせて、資料室から出る準備を始めた。


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