表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/15

第十二話:再生

 俺は、桜木の手によって、二倍程度には広くなった自室にいた。

 自称『桜木の部屋』に桜木はいるのだが、まあ、そんなことはどうでもいい。

 『俺の部屋』と『桜木の部屋』の間には、壁なんて一切ないのだ。つまり、一緒の部屋に桜木と俺はいるのだ。

 両親公認の仲で、桜木という恋人と同棲している?

 事実だけを述べればそうなる。

 しかし、そんなロマンティックの欠片も持ち合わせていない桜木は、自分のベッドに入るとさっさと眠ったようだ。

 『俺の部屋』の照明がついているのにも関わらず、そんなことは何も気にならないようだ。


 ……まあ、彼女は人間であるのか怪しいところがあるので、それも当然か。

 俺は、まだ寝る気になれなかった。

 今日の仲介者としての観測で、米倉の人生や本性を見たことに動揺しているのかもしれない。

 俺の短い人生。その中でも、米倉はぶっちぎりにやばいやつだったのは間違いないだろう。


 彼女の周囲を無価値とみる価値観。過激な攻撃志向。

 一方で、周囲からの期待と、自らが答えられない劣等感と、その足掻き。

 彼女の叫びが聞こえるような心情世界。


 ……そこまで考えてから、俺は頭を振った。


 誰しも、米倉のような醜悪で異常な一面を持っているのだ、と。

 そんな感傷に浸っていると、気疲れなのか、どっと疲れが出てきた。

 俺は、そのままベッドに横になることにした。

 『俺の部屋』の照明を消して、俺はベッドに入る。

 ベッドに横たわると、疲れのせいか、すぐに睡魔が襲ってきた。

 そのまま俺は眠りについたのだった。


「椿さん。起きてください。」


 桜木の声で俺は目が覚めた。

 俺の部屋にいる。日が昇ってはおらず、薄暗い空が広がっていた。


 桜木は、すでに夏のセーラー服に着替えている。

 彼女はすでに、朝食を食べ終えているんだろうな、とまず俺は思った。


「俺の朝食は、少しでいいからな?」

「はい、椿さん。すでに、そのようにしております。」


 桜木は、それだけいって、俺と桜木の部屋から出ていった。


 それからは特段いうことはなかった。

 トースト一枚とコーヒー。

 朝食が食べ終わり、登校の準備も整った。


 俺と桜木が家の玄関にいるときだった。


「椿さん。これを。」

「ん、ああ?」


 桜木は、自分の鞄から渡してきたのは、弁当箱だった。

 どうやら、彼女が俺に作ってくれたようだ。


「ありがとう。桜木。」


 俺はそういって、弁当を受け取り、自分の鞄へ入れた。

「椿さん。お昼ご飯は、きちんと食べてください。」


 桜木は、真剣な顔でそういった。

 俺は、分かったように会釈した。

 それを核にしたように桜木は、玄関の扉を開けた。


「では、行きましょうか。」


 桜木は、そういって玄関から外へ出た。

 俺も彼女の後を追って外に出たのだった。

 いつものように通学路を二人で歩いて学校へと向かう。


 曇り空は、いい感じに太陽光を遮っていて、俺にとっては過ごしやすい日だった。

 そのまま、校舎へ向かう一同に交じって、遅刻しないぎりぎりの時間で、桜木と俺は通学を続けたのだった。


「おはよう。椿君。桜木さん。」


 教室に入ると、米倉が声を掛けてきた。


「おはようございます。」

「……ああ、おはよう。」


 桜木があいさつを返す横で、俺は動揺していた。

 無理もない。文字通り、命のやり取りをした相手なのだ。

 しかし、俺も慣れたもので、すぐに動揺を抑えて、俺は挨拶を返した。


「椿君?どうか、した?」

「いや、なんでもない。」


 愛くるしい仕草をしながら米倉は、俺にそう聞いていた。

 それに反して俺は、ロボットのような淡々さで米倉へ返事をした。


「沙織。たぶん、こいつ緊張しているんだぜ?」


 そんな様子を見ていた早川が米倉にそう言って、絡んでいた。


「沙織が可愛いから勘違いしているんじゃないか?」


 早川は冗談交じりにそう言った。


「やだっ、もう。」


 米倉もそう言っているが、まんざらでもないようだ。

 桜木と俺は、そんな様子でずっと仲良くやっている米倉と早川を置いて移動をした。

 淡々とその二人を置いて自分の席へと向かった。

 そして俺はいつものように、机に頭を突っ伏した。


「はぁ……。」


 俺は思わず溜息をついてしまった。

 そんなことをしていると、遠くで聞こえていた米倉と早川の声も消えて、チャイムが鳴った。

 ホームルームが始まったようだ。


 今日も一日が始まったのだ。


 俺は、米倉沙織がホームルームの司会進行をする声を聴きながら、一日がさっさと終わらないかな、と思った。

 俺の願い通り、授業は進んでいった。

 そして昼休みになった。

 俺は、桜木と一緒に資料室で、昼食を取っていた。


 桜木の作ったお弁当を俺は広げていた。

 ふと、桜木のお弁当を見る。

 内容は一緒のようだ。卵焼き、から揚げ、餃子、しょうが焼き、ブロッコリー、プチトマト。

 そして、主食のご飯だ。

 結構、分量がある。この量を全て食べきれるのか?、と俺は思った。


「桜木は、この分量で足りるのか?」

「はい、足りています。」


 桜木は淡々と答えた。


「そうか。」


 俺がそういうと、桜木は食べることに集中し始めたようだった。

 実のところ俺は、自分の弁当の食べきれない量を、彼女に押し付けようとしたのだが……。

 彼女のその様子を見て、俺はとりあえず弁当を食べることにした。


 しばらく、無言で食べる時間が続いた。


「さて、椿さん。」


 彼女は、弁当を卵焼きを食べながら俺に話してきた。

 桜木は、もぐもぐと食べているが、その口調は真剣そのものだ。


 それに彼女は、自分の弁当を半分以上食べきっていた。俺はまだ、唐揚げを2個くらい食べたくらいなのだが。

 そんな桜木の様子に少し圧倒されつつ、俺は彼女のほうを向いた。


「なんだ?」


 俺が尋ねると、桜木は少し間をおいてから話した。


「もし、椿さんが、お弁当が食べきれない場合は、残りは私が食べます。」

「ああ、そうして貰うと助かるよ。」


 桜木の申し出はありがたいものだった。

 俺は、素直にそう答えることにした。


「そうですか。では、椿さんが食べきれない分は、私が頂きますね。」


 桜木は淡々とした様子で、そう言ってからまた、自分の弁当へと集中しだしたようだ。

 そんな様子をみて俺も食事を再開した。


 それから彼女は、気持ちがいいように自らの弁当を平らげたあと、俺の弁当も食べ始めた。

 時間もかからずに、全ての弁当はすべて空になったのだった。


 彼女は、顔色一つ変えることなく、淡々と食べ終わっていた。

 小柄な彼女のどこへあの分量が入っているのかは、謎であったが。

 それから弁当を片付けて、俺はスマホを弄っていた。

 その様子を桜木はじっと見ていた。


「椿さん。」

「なんだ?」


 俺は、桜木にそう答えた。

 彼女は、顔色を変えずに淡々と話す。


「しばらくは、問題はないはずです。もし、仲介者としての仕事がある場合、全ては私を通して行います。」

「そうか。分かったよ。」


 俺はそう答えた。

 桜木は、スマホを弄っている俺の前に座っている。

 そして何をするでもなく、俺を見ているのだった。


 しばらくすると、昼休みの終わりが近づいていた。

 俺と桜木は、そのまま資料室を出て教室へ戻ることにした。


 放課後。

 俺はいつものように、自分の机から顔を上げた。


「椿くん?」


 米倉が声を掛けていた。


「今日も、私の家に来る?」

「いいや、今日は早めに家に帰らないと。」


 俺は、努めて普通に米倉の誘いを断った。


「あっ。そうなのね。じゃあ、またね。」


 米倉は、それだけ言って去っていった。

 その後ろ姿は、やはりあの時のことを思い出してしまって、俺はいい気がしない。


「はぁ。」


 俺はため息をついて桜木の席へと近づいた。


「椿さん。帰りましょうか。」


 そういった桜木は、自席に座っていた。

 そして、スマホを弄っていた手を止めて、俺のことを見上げるように見ていた。


「ああ。」


 俺は、桜木が席から立ちあがって帰宅する準備をするところを見る。


「さて、行きましょう。」


 桜木のその掛け声で、俺たちは教室から出た。


 家へ帰った俺と桜木は、流れ作業のように風呂に入り、夕食を取り、そして自室へと戻る。

 桜木は、もうすでに自分のベッドで寝ている。


 彼女を横目に、俺も、ベッドで横になっていた。

 ただ、俺は、隣で寝ている桜木のことについて考えていた。

 桜木は、お昼にあれほど食べていたのにも関わらず、夕食を俺と同じ分量。いや、それ以上を食べていた。

 そのことに徐々に疑問を抱くことがなくなっている、そんな自分に驚いた。


 ……俺は、そんな不毛な考えを中断した。

 俺は、桜木の部屋と俺の部屋の照明を消す。

 ベッド脇においたスマホからは、お気に入りのアーティストの音楽を流した。

 そんなリラックスした空間で俺は目を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ