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魔王と勇者 ~キミを殺した千年と、キミと暮らした千年と、キミと殺した千年と~  作者: 夕藤さわな


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第9話

 聖剣の存在を知るまでに五十年、聖剣がどこにあるのか情報を集めるのに百年、聖剣が隠されているという〝天空の神殿〟への扉を突き止めるのに五十年、〝天空の神殿〟の中を彷徨さまよって聖剣を手に入れて脱出するまでに百年。

 一度目の千年ではおよそ三百年の月日を費やして聖剣を手に入れた。

 情報を集め、〝天空の神殿〟への扉を探している合間合間に魔獣の討伐を行ったりもしていたが、中に一度、入ってしまうと外の様子はわからない。聖剣を手に入れて〝天空の神殿〟を出た時には人口は三分の一以下に減り、国や街のほとんどが壊滅し、人々は小さな集落を点々と作って隠れ住んでいる状態だった。


 〝天空の神殿〟の中を彷徨さまよって聖剣を手に入れて脱出するまでの百年。あの百年の間に起こった劇的な変化は絶望と後悔として私の胸の奥深くに残り続けている。

 でも、今回は大丈夫だ。


「タリア、〝天空の神殿〟ってどんなところ? やっぱり名前のイメージ通りに綺麗なところなのかしら?」


 魔法使い風のローブを羽織り、魔法使い風の杖を握りしめたロザリーがキラキラと目を輝かせて私の隣を歩いている。一度目の千年で魔王だったロザリーが、だ。

 この世界に魔王はいない。魔王の瘴気によって生まれる魔獣ももちろん存在しない。一度目の千年のように人口が三分の一以下に減っていたり、国や街が壊滅していることもないだろう。


「とてもきれいなところだ。一度目の千年では景色をゆっくりと楽しむ余裕なんてなかったけどな」


「それじゃあ、今回は隅から隅までゆっくりと楽しみましょう! 堪能しましょう!」


「〝天空の神殿〟に生えている木にはいろいろな種類の果物がなっているんだが、それがどれも美味しいんだ」


「堪能しましょう! きれいな景色も、美味しい果物も全部! 〝天空の神殿〟を思う存分、堪能しましょう!」


 私もタリアも千年を生きるバケモノだ。広い〝天空の神殿〟を思う存分、堪能してもまだまだ時間はある。

 と――。


「……ロザリー」


「なあに、タリア」


 しれっと私の腕に腕をからませるロザリーに私はため息をついた。


「何度も言ってるだろ。腕に……」


「腕にしがみつくなー。昔は私の手を引いて歩いてくれたじゃなーい。それは子供の頃の話だろー。いい年して結婚もせず、女二人で暮らしているというだけでも奇異の目で見られるんだ。目立つ行動は控えないとー、でしょ?」


「……」


「私以外に目をやってるからまわりの目が気になるんです。何度も言ってるでしょ。よそ見しない」


 お決まりのやりとりを私のセリフも自分のセリフもすべて言い切り、澄まし顔をしているロザリーを困り顔で見下ろす。

 でも――。


「ところでタリア。〝天空の神殿〟には私がタリアの腕にしがみついたり、タリアが私の手を引いて歩いたとして奇異の目を向けるような人はいるのかしら」


 ロザリーにそう尋ねられて目をしばたたかせた。魚や虫や鳥、小・中型の動物はいたが人間の姿はなかった。

 私の表情を見れば答えは一目瞭然だったのだろう。


「人の目がないんだもの。奇異の目で見られるから目立つ行動を控えないと、なんて言い訳、通じないんだから!」


 ふふん! と笑って私の目をのぞきこみ、ますます強く腕にしがみつくロザリーを見下ろしてため息を一つ。


「腕にしがみつくのはだめだ」


 私はロザリーの手をつかんで腕をほどいた。

 そして――。


「〝天空の神殿〟内部は道が細い。並んで歩いては危険だ」


 十二才の頃以来だろうか。ロザリーの手を引いて白く輝く〝天空の神殿〟への扉をくぐり抜けた。


 はるか空の上。白い雲よりもさらに高い場所に浮かぶ大小、無数の浮島うきしま

 その浮島には青々とした葉を茂らせた草木が揺れ、色とりどりの花が咲き乱れている。浮島と浮島をつなぐ橋や階段、水路はいずれも細く、まぶしいほどに白い石でできている。水路には魚が泳ぎ、水草が揺れている。

 誰が、どんな存在がこの美しい場所を作り上げたのか。それはわからない。

 私とロザリーは〝天空の神殿〟の美しい景色を、美味しい果物を、隅から隅までゆっくりと堪能した。それこそ三百年ほどをかけてゆっくりと。

 そうして、ようやく聖剣を手に入れて〝天空の神殿〟を後にした私は――。


「なんだ、これは」


 出た瞬間に困惑した。


 深い深い森の奥にあったはずの〝天空の神殿〟への扉はレンガを積み上げて作られた壁に囲まれていた。穏やかな木漏れ日が差す美しい場所だったはずなのに、せまくて薄暗くて湿っぽい場所に変わっていた。

 一本だけ伸びている細い細い道を、壁に肩や腕をりながら進むと多少は広い整った道に出た。多くの人や荷馬車が引っ切りなしに、せわしなく行き交う。

 放置された馬の糞尿のせいか。座り込んでいる病人や横たわり朽ち果てるがままになっている死人のせいか。道は汚れて空気は臭い。

 遠くに目をやってもひたすらにごちゃごちゃと背の高い建物の影が並んでいるだけ。屋根から空へと伸びる細長い筒からは真っ黒な煙が吐き出されている。天気のせいなのか、真っ黒な煙のせいなのか。灰色の雲だか霧だかにおおわれて青い空は見えない。


「……」


 視線に気が付いてふと目を向けると花売りらしい少女がぽかんと口を開けてこちらを見ていた。痩せた、質素な身なりの少女だ。

 私たちと後ろの何かを交互に見る少女につられて振り返る。どうやら私たちが通り抜けてきたのは細い道ではなく建物と建物のすき間だったらしい。そんなところから人が出てきたのだから少女も何事かと思うだろう。

 〝天空の神殿〟への扉はレンガでできた四、五階建ての建物がびっしりと立ち並ぶせま苦しい街の片隅に追いやられていたのだ。


 勇者として神から与えられた能力はいくつかある。あらゆる人間の居場所を把握できる能力もその一つだ。元は人間だった魔王を見つけるため、魔王が次に襲う可能性の高い人口の多い場所や魔王から隠れている人々を見つけるために与えられた能力だ。

 だから、魔王を倒す必要も探す必要も、魔王から人々を守る必要もない今回の千年では使うのは二度目。十二才だった三百云十年前に魔王になる寸前のロザリーが王都のどこのボロ宿にいるのか探したとき以来だ。

 私は目を閉じ、そして――。


「……なんなんだ、これは」


 呆然と呟いた。

 三百云十年振りに確認した世界の人口は四倍以上に増え、人々はひしめき合うように陸地のほとんどに存在していた。〝天空の神殿〟をロザリーと二人、ゆっくりと楽しんでいたこの三百年のあいだに起こった劇的な変化に私は呆然としながら薄汚くせま苦しい街をふらふらと歩き出した。


「タリア……?」


 ロザリーが心配そうな顔で追いかけてくることにも、この三百年のあいだ、ほとんど離すことのなかった彼女の手を離していることにも気が付かないまま。

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